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 メリコへの移動、二日目。


 俺たちは相変わらず、ドードが引っ張る荷車に揺られている。


 ヴェロニカは特にすることがない。

 テレパシーで周りの状況を確認したり、同行者の中に怪しいヤツがいないかどうか探ったりしていたが、見張りは俺を含めてトールとジャンがいるし、怪しいヤツがいないことは初日で分かること。

 荷車の揺れが気持ちいいのか、マーベルさんの抱っこで眠ってしまった。

 まあ、やることが無くて暇だと、眠たくなる。どっちかっていうとそっちのほうが利いてるかもしれないが・・・


 一方のマーベルさんは、眠ってしまったヴェロニカを抱えたまま、行商の面々と商売の話をしていた。

 行く先・・・現状はメリコだが、そこで何が売れているだとか、客層はどれくらいのものなのか、情報交換をしていた。

 俺のイメージなんだが、そういう情報はオープンにしないものだと思っていた。

 情報の内容にもよるんだろうが、教えたことで、相手に客を繋げてしまうかもしれない。自分の客として取引できたほうが売り上げに繋がるわけだし、多少の話はするとしても、基本的に自分の情報は秘密にしてきたい・・・そう思う。

 まあ、お互いが旨味のある情報を交換できるっていう利点はあるかもしれない。メリコに自分の商売の旨味がないなら、飛ばして次の町へ行く・・・って判断もできる。そうしたほうが商機を逃さないだろうし、時間を有意義に使える。


 マーベルさんの思惑が読めないからさっぱり分からん。

 読めたところで俺に関係ないからどうでもいいとしても、メリコまでは夫婦ってことで同行しなきゃいけないわけだし、多少は気になる。

 ・・・いや、気にしないほうがいいかもしれない。

 どうせろくでもないことは間違いないだろうし・・・知らないほうが幸せってこともあるし。


「平和だなぁ」

 俺は荷車の運転席に出て、リーダーの隣に座っている。

「ありがてぇありがてぇ」

 とりあえず同意しておく。


 実際、ボルドウィンから出て今の今まで、トラブルらしいトラブルはない。


 マーベルさんとのやり取りは俺の中でトラブルなんだが、それは同行している他の連中には関係のないこと。

 行商の面々も大人しいし、トールとジャンもマーベルさんに引いてしまって、真面目に見張りの仕事をしている。

 旅の遅延も特にないらしいし、平和そのもの。

 俺も見張りをしているものの、モンスターらしい生物も見かけちゃいないし、暇で寝てしまいそうになる。これも平和の証拠か。

「これのどこにモンスターが出る要素があるのやら」

「全くだな」

「そもそも、その情報どこから仕入れた情報なんだ?」

 リーダーも行商の端くれ。それなりに情報源があって、それを信用しているものと思うんだが。

「メリコから来た他の行商から聞いたんだよ」

 まさに今向かっている最中のところからか・・・

「それに、政府もモンスターに警戒しているからな。首都での動きを見たことがあるか?」

「ああ、まあね」

 城で準備をしていたのは知ってる。

「だから警戒の一つくらいはするだろう?なにせ、俺たちは政府から守ってもらえるわけじゃないしな」

 脅威がないのに準備はしない。政府もそこまでバカじゃないだろうし。

 俺たちはしがない行商グループ。俺とヴェロニカ、剣士二人は違うけど。

 どうも、政府お抱えの行商やら企業は、商人側が組んだ予定に合わせて、政府が人員と装備を準備して同行させるらしい。

 扱っている物もそれなりに高価だし、モンスターに襲われたら困る。そういう面もあって、政府としても気がかりで、テコ入れせざるを得ないんだろう。

 マーベルさんやらリーダーみたいな一端の商人はそうはならない。政府が絡んだ取引があればそれなりになるらしいが、このグループはそういう内容とは縁遠いらしく、こうして同志で活動していかなくてはいけないようだ。

「あの二人・・・大丈夫かなぁ」

 リーダーの意識が、荷車に乗っているトールとジャンに向いた。

「大丈夫って何が?一応、仕事はしてるだろ?」

「そりゃそうだが」

 見張り、護衛として同行しているあの二人・・・一応、それなりに仕事はしている。

 交代しながら見張りはしているし、休憩している間も装備の手入れをしているし、俺から見ても、仕事をさぼっているようには見えない。契約的にも問題はないだろうし。

 ・・・まあ、マーベルさんがたまに圧を掛けているみたいで、それを恐れて真面目にやっているっていう一面は否定しないが。

「いやあ、政府お抱えならまだしも、俺たち末端のグループに同行してくれる護衛ってな、色々問題があったりするんだよ」

 ・・・ちょっと待て。

 問題あんの?ああいう連中って・・・

 ああ、理由を確認するのがメチャクチャ怖い・・・

「・・・一応聞くけど、なんで?」

「行商の連れがこういう目に遭ったらしいんだが、今の俺たちと同じように団体で移動しようとしていて、剣士を三人、現地で雇ったらしいんだよ」

「うんうん」

 剣士を三人ってことは、行商とか他の同行者もそこそこ多かったのかもしれないな。

「出発してしばらくして、強いモンスターに襲われて、コテンパンにやられてしまったらしくてな」

「う、うん・・・」

 嫌な予感しかしないな・・・

 こういうのって、フラグを立てるとかいうんだったと思うんだけど・・・

「現地で雇うってな、安くて済む場合があるんだよ。本当は実績のある人間を生活者協会を通じて紹介してもらって、詳しい内容を説明してお互いが納得した上で契約、同行してもらったほうがいいんだが」

 生活者協会って人材派遣みたいなこともやってんのか。

 パスポートの発行に土地の情報の収集、必要があれば教えたりするくらいなもんだと思ってたが、結構手広くやってるなぁ。

 この分だと、他にもやってることあるだろうなぁ。ちゃんと聞いておけばよかった。

「生活者協会はモンスターを狩った情報はパスポートを通じて把握していて、どこの誰がどういうモンスターを討伐したことを記録している」

 ・・・何それ?個人情報をガッツリ把握してるって、怖くない?

「その実績を踏まえて、実力のある・・・例えば後ろの二人みたいな剣士だとか、黒魔術師だとか、そういう戦闘職にランクを付けて、ある程度の実績を挙げた奴に正式に依頼ができるようにしているんだよ」

「ふぅん、なるほどね」

「ただ、そういう連中を雇うにはそれなりに金が掛かる。低ランクの連中ならまだいいが、安心して任せられるような高ランクの連中は依頼料も高い」

 そりゃあ、実績があって優秀なヤツを雇うなら、高くはなるよなぁ。

 低ランクと高ランクの差ってのが分からんから何とも言えないが、行商からして高いと思うのであれば、結構差はありそうだな。

「それに、いちいち生活者協会に行かなきゃいけないし、正式な手続きをする必要がある。依頼をしても護衛が付いてくれるとは限らないし、条件が合った連中を紹介されたとしても、詳しい話を聞いて気に入らなかったら蹴られることもある」

「急ぎたいのに、時間が掛かるってことか」

「そうだな」

 それは地味に辛いな。

 安全を求めて実績のある人物を求めるってところは悪くない。一般的にそうだろうし。

 ただ、手続きをしたところですぐに紹介してもらえるってこともなく、仮に来ても蹴られることがあるなら、手続きと待つ時間が無駄になる。

 一分一秒を争う商売の世界・・・かは知らないが、早く行きたいのに足止めを食らうのは痛い。

「現地で雇うと生活者協会に通さない分早く済むけど・・・」

「実力が伴わないってことも多いってことだな」

 それはそれで困るなぁ。

 それなりにお金を出して雇っているわけだし、それ相応の仕事はしてもらわないといけないが、モンスターにやられるようじゃ話にならん。

 急ぎで出発したいって時は便利は便利だが・・・

 その辺りの判断が難しいな。安心と実績を取るか、スピードを取るか・・・

「そういえば、現地で雇うって問題ないのか?一応、協会を通すとか決まりは?」

「いや、そんなものはない。協会は依頼があれば受け付けるっていう風に言っちゃあいるが、小遣い稼ぎレベルの案件もそれなりに多いし、全部を把握するのは限界があるんだろう。俺も前に依頼をしに行ったことがあるが、短距離であればモンスターに襲われる心配はないだろうし、自分でどうにかされてはいかがですかって言われたよ」

 ・・・そういう対応もあんの?

 受け付けるって言うから行ってんのに、そんな突き放され方されたらたまったもんじゃないな。

 そりゃあ、距離の問題とか、手続きと待機時間の問題もあって、自分でやったほうが早いってこともあるにしても、頭がおかしい。

 もう一つ思ったのは、俺たちに塩対応が飛んでこなくて良かったってことか。

 俺は腹が立ったら言い返したり、無視して帰ることはできるけど、ヴェロニカはそれができない。自分から相談したり、解決することができない。

 最終的にフレアバレットを撃ち込むだけ・・・

 あの時、何も無くて良かったな・・・俺も、協会の面々も。

「協会に通さず、現地で雇うことは問題ないが、最終的に起こった事に関しちゃ自己責任だがな」

 協会が知らないことに関しちゃ仕方がないし、自己責任って言われるのも分かるんだが、それはそれとして納得しかねるな・・・

 まあ、俺たちは必要以上に協会を頼ることはないが、こういう話を聞くと、あの組織にも良い面と悪い面があると分かる。

 頭の片隅に置いておこう。

「あの二人も割安で雇えたんだが、実力はどうなのか・・・」

「一応、尋ねてみたら良かったんじゃないか?聞くのはタダだろ」

 寧ろ、確認もせずに雇うほうがリスキーだと思うんだが。

「一応したんだが、そんなに無いけどがんばるからって泣きつかれてなぁ」

 あの二人、泣きついたのかよ・・・

 よっぽど生活に困窮してるな。

 他の商人の連中がしっかりしていて、できるかできないかの振り分けがされた結果かもしれないが。

「まあ、天気も問題なさそうだし、周りにおかしい点はないし、このまま行けるだろう」

「そうであれば嬉しいねぇ」

 何もないならないで良いですな。

 のんびりしつつ、小遣いも稼げて最高だ。

 この間にちょっとした用事も片付けられるかもしれないし、折を見てやっていければそれでいい。


 ・・・などと思っていたが。


「・・・んん?」

 遠くに何かが見える。

「・・・煙、か」

 煙が上っている。

 方角からして北西・・・十時方向。

 薪が燃える時に出る白煙じゃない。黒い・・・ああいうのはゴミとかが燃える時に出るやつだ。

「どうした?」

「あっちに煙が見えるだろ?あの辺ってああいうのが上がる施設とかがあるのか?オアシスか?」

 マップポーチを開けて地図を確認するが、それらしい場所にオアシスは無さそうではある。

「・・・こりゃあマズいかもしれないな」

「・・・は?何が―――」

「あーーーーーーーーー!!!」


 背後から突然、耳を劈くような泣き声。


「あなた、フェリーチェが・・・!」

 マーベルさんが幌を捲ってこっちにやってきた。

 当然、抱っこしてもらっているヴェロニカさんもいて、

「突然起きて泣き出して・・・よしよし、いい子ですねぇ」

 必死にあやすものの、ヴェロニカにそんなものが利くわけもなく・・・

「キリ、すごいのが来る!」

 生の声は泣いているが、


「ワクワクするねぇ!!」


 ・・・実際の思惑はこんな感じ。

 ワクワクしてるんですか・・・そうですか・・・


「とりあえず俺がもらうわ」

 マーベルさんからヴェロニカを受け取ると、

「ふー、やっぱりここだねぇ」

 すぐに泣き止んだ。

「・・・なんで私には泣くんでしょう。うちの人には懐いているのに・・・」

 マーベルさんが後ろで静かに傷ついているが、今はどうでもいい。

「何があるんだよ?」

「すごい凶暴なのが来るよ!」

 ええ!?来るの!?

 ヤバい、自分でフラグを立てたからか・・・!?

「もう向こうはこっちに気付いてるから、もうすぐ見えると思うよ!」

 もう捕捉されてる、と・・・

 煙が上がっている方向が怪しいな。

 よく観察していると、

「・・・なんだ?ありゃあ」

 砂煙を上げながら、何かがこっちに向かってきていた。

「マズい・・・マズいぞ!!ありゃあランドリザードだ!!」

 リーダーが声を張り上げる。

「・・・なんだ、そりゃ」

 リザードってくらいだから、トカゲか。

 地上を縄張りとしているトカゲ・・・って思えばそんなもんか。

「それにしてもだな・・・」

 トカゲは結構だが、それにしちゃあデカくない?

 パッと見で、ざっくり二メートルはありそうに見える・・・

 俺は例のトカゲを眺めているんだが、荷車の中が慌ただしくなっている。

「ランドリザードはこの辺りでも相当強力な肉食モンスターですよ!!」

「・・・ほう」

 マーベルさんに言われても、意外に冷静な俺がいる。

 なんだろうなぁ。もう危ないとかどうとか、慣れちゃったのかなぁ・・・

「・・・ってかでかくない?あんなモンなのか?」

 まだ距離があることも踏まえても、やっぱりそこそこ大きいな。

 地球でもコモドドラゴンとかいうのがいたが、それに近いのか?

「なあ、あれって簡単に倒せるのか?」

「バカ言え!あんなのに簡単に勝てるか!」

「あの煙・・・別の集団がやられたのかもしれませんね」

 簡単に倒せないなら、やることは数えるくらいしかないな。

「・・・とにかく振り切るしかないな」

 そこまで強くないなら・・・例えば、始まりの町から出た草むらで出会うくらいのモンスターなら、戦って勝つ・・・なんて選択肢もあっただろう。

 ただ、明らかに手に負えない相手だっていうなら、逃げるのが常套手段。

「ドードが持ってくれりゃいいんだが、とにかくやってもらうしかないな!ほらっ!」

 リーダーが手綱で二頭のドードを叩いて足を回させる。

「ありゃあ・・・すごいわ」

 例のオオトカゲがしっかり見えるところまで迫ってきた。

 

 さっきコモドドラゴンを例に挙げたが、あれよりよっぽど凶暴な姿をしている。

 オレンジと黄色の混ざった色合いで、トカゲ特有のぎょろりとした大きな目。体つきもかなりがっしりしているし、地面を蹴る爪も太くて鋭そう。極めつけの大きなトサカ。

 二メートルどころか、三メートルはありそうな巨体・・・ちょっとした乗用車と一緒だ。

 最早、ゲームの化物と大した差は無い。


 ・・・こんなのが追って来るの?


「ギギャアアアアアアアアアア!!!」

 とんでもない咆哮・・・!

「すげぇすげぇ・・・!」

 思わず耳を抑えたくなるほどの声量だ。

 こりゃあ、車の全力クラクション程度じゃ済まんかも。

 だが、思いの外スピードが上がらない!

「よしよしよーし!なんとか接触は避けられたな!」

 リーダーの手綱さばきと、ドードたちが必死に足を回してくれているから、トカゲと激突することだけは避けられた。

 だが、もう息が上がっている・・・!

 ここに来るまでにそこそこ走ってたしなぁ・・・

「次のオアシスに辿り着けば、他の集団の護衛と力を合わせて倒せるかもしれません!」

「がんばって走ってくれよ!!」

 ドードも必死に足を回している。自分が捕食対象になると本能的に理解しているはずだし、食われたくなきゃそりゃそうするわな。

 ただ、ランドリザードのスピードも速い・・・というより、あっちのほうが速い。

 運転席から荷車に移って、追ってくるトカゲを観察するが、

「・・・こうなりゃ、接敵は避けられないな」

 追いかけられる形になった。ドードのスピードも落ちていっているし、逃げきれない。

 最悪だよ・・・マジで。

「おい、二人とも!やるしかねぇぞ!」

 うちの剣士の二人を呼ぶが、

「おいおい、俺らにやれってか!?」

「は!?」

「あんなのに勝てるわけないだろ!」

「はァ!?」

 お前ら、何のための護衛だよ!?

「ちょっとしたモンスターならまだしも、ランドリザードなんて無理だって!!」

「政府直轄の剣士でも手を焼くんだぞ!?」

 それは・・・初めて聞いたなぁ。

 え?そんなに強いの?あれ?

 確かに強そうだけど、大の大人がビビるくらい・・・ですか。

「あなた、ランドリザードは相当手強い肉食モンスターです!私たちのような一般人で立ち向かえるものではありません!」

 マーベルさんもそう言うけど、

「目の前の現実を見ろ!もう追いつかれる!立ち向かえるかどうかは別問題だ!」

 もうやるかやられるかの問題でしかない!

「・・・嫌だけど、やるしかないかぁ・・・!」

 気付いたことがある。


 俺も結構ビビってる・・・


 見た目もゴツイし、明らかに食ってやろうって目してるし、咆哮も相当迫力あるし・・・

 街で揃えた装備で立ち向かえるかどうか定かじゃない。

 俺の技術で倒せるわけでもない。

 手も震えてる。


 ただ、やらなきゃやられるってことは確定事項であって。


「こちらをよろしく」

 ヴェロニカをマーベルさんにお願いし、

「え、ちょ!?」

「キリ!?」

「腹くくって行くしかないだろ!」

 俺は荷車を飛び出した!

「キリヤさん!!」

「キリぃぃぃぃぃぃ!!」

 目の前からオオトカゲ。

 後ろには逃げていくヴェロニカ、マーベルさん、行商たち。

「こりゃあ・・・やるしかありませんなぁ」

 俺ってこんなキャラだっけ?

 こんな勇敢なキャラじゃないはずなんですが。

 まあ・・・たまにはカッコつけさせてくださいなってことで一つ。

「こうやって正面に立つと結構なボリューム感があるなぁ・・・!」

 地面を蹴る度に地震でも起こしてるんじゃないかってくらいの巨体が突っ込んでくる・・・!

「こっちはこれから解決しようと思ってたけど、言ってられないか!」

 ミドルウィップを手に取って、ベルトから外す。

 初めての相手がこのオオトカゲ・・・ハードルが高すぎる。

「ギギャアアアアアアアアアア!!」

 来る来る!

「よし、とりあえず一発なぐっ―――」

 鞭で引っ叩こうと思っていたが、

「ゴァアアアア!!」

「こりゃ無理!!」

 大口を開けたトカゲにビビった!

 思わず全力で飛んで避けた!

「ふっ、ふっ、ふふっ、ふははっ!!」

 マジでビビったぁぁぁぁぁぁぁ!!

 まるで人なんか頭から丸飲みできそうなくらいの開口・・・あんなでかい口開けるとは思わないじゃん!?

 それに、鋭い歯がメチャクチャある!あんなんでかじられたら肉どころか骨も持っていかれるわ!

 思わず笑っちゃってるけど、猛烈に後悔している・・・

「けど、やらんわけにはいかんでしょ・・・」

 飛び出しちゃったし、待っとけとも言ってないし。

 俺が生き残る条件はたった一つ・・・


 この化物トカゲを倒すのみ。


「ホント、腹くくってやるしかないんだけど・・・」

 食い損なったトカゲが、一旦止まって四本脚を上手く回して俺に向き直る。

 こいつ、先に俺を食おうって決めたな?

「・・・それで結構」

 どっち道、こいつを倒さないとヴェロニカのほうに向かって行く。

「・・・あ」

 気付いたことがある。


 ヴェロニカを連れてくれば良かった!!


 そしたら、フレアバレットなり何なり、強い魔法を撃ち込んで終わり・・・ってことができたのに!

 やったわぁぁぁ!!

 マジでやったわぁぁぁ!!

「ギギッ」

 のしっ、のしっ。

 オオトカゲが地面を蹴って馴らしている。

「・・・ちょっとさぁ。戦うのはいいからさぁ。うちの相方連れてきていい?」

「ギァアアアアアアア!!」

 トカゲがまた突っ込んできた!

「ダメ!?」

 そりゃそうですよねぇ・・・

 あんなチート級の大砲、誰も食らいたくないよねぇ・・・

「おっと・・・!!」

 とりあえず避けて、鞭の準備をば。

 軽く巻いてまとめている、きっちり編まれた革紐を伸ばし、

「とりあえずワンヒット取りますか!」

 相手がどれだけ強いかは分からないが、やることはそんな多くはないだろう。

 肝心なのは、

「おっと」

 攻撃を避けて、

「・・・で?」

 動きを見て、

「そこか!!」

 隙が見えたら攻撃!

 ・・・だが、

「あららっ!?」

 革紐がトカゲに当たらずに、地面に当たってしまった・・・

「・・・ノーコン?」

 まあ、その辺りはしょうがない。鞭なんて使ったことないし。

 それにしても、せっかく無防備な背中を晒してくれていたのに、それに当てられんとは・・・!!

「す、スキル!」

 そういえば、スキル取得してなかった!

 慌ててパスポートを取り出して、スキル画面を開く。

「ギギャアアアア!!」

「ちょっ・・・ちょとマテちょとマテ!!」

 当然、オオトカゲも捕食しようと必死なわけで、俺を襲ってくる。

 そんで気付いたが、思いの外小回りが利くらしい・・・すぐにターンしてまた突っ込んでくる!

「そんな焦らなくてもよくない!?」

 そんなガッついてたらモテませんよ!!

 冗談は置いとくとして、せめて鞭レベル1だけでも上げさせてくれ!

「避けるのもキツイなぁ・・・!」

 避け続けるものの、そこそこ体力を使う・・・

 瞬発的に大きい回避運動はしんどい。無駄が多いってやつかもしれないが、今はそれを改善する暇がない。

 ちょっとでもいいから隙が欲しい。スキル画面を開いて、鞭辺りのところまで表示は出した。

 あと二、三回タップすれば終わるのに!

「行くぞぉぉぉらぁぁぁ!!」

「うおおおおおおおおお!!」

 後ろから風が二つ、俺を追い越していった。

「・・・あんたら・・・」


 剣を抜いたトールとジャンだった。


「でりゃあああ!!」

 ジャンが突っ込んでくるランドリザードに斬りかかる!

 だが、トカゲのパワーが強すぎて、簡単に弾き飛ばされてしまった。

「ぐえっ!!」

 派手に転がるジャン。

「今だ、やることをやれ!」

 トールが盾になってくれている。

「あんたら、どうして」

 荷車から飛び降りてここまで戻ってきたのか・・・

「お前ばっかにイイ恰好させられるか!」

「一応、俺たちの仕事だからな・・・これは・・・!」

 地面に転がっていたジャンが、剣を地面に突き立てて立ち上がり、

「俺たちが倒す!」

 ・・・随分とまあ、かっこよく登場するじゃないか。

「でもまあ・・・あんたら、さっきまで腰抜けてたわけだし、トントンだな」

「おまっ、それっ、言う、なよ・・・」

「黙っててくれよ・・・頼むからさァ・・・」

「そりゃ無理だろ。行商の連中はメリコに着いたら広めるぞー、アレは」

 鞭レベル1を習得して、続いてレベル2を習得。

 よし、これでかなりマシに戦えるはずだ!

「これじゃ商売上がったりだろォ!!」

「元々、大した稼ぎじゃないんだろ!囲むぞ、回れっ!!」

 三人に的が増えて、トカゲもどれを食いに行こうか迷ってるのか、足が止まっている。

 数的有利はこっちにある。これを活かすのは、囲っての袋叩きのはず!

「俺は左から回るから、トールは右側から回れ!ジャンはそのまま位置を調整して引き付けろ!」

 俺は左側へ走り出し、トカゲが飛び出さないように牽制!

 さすがにスキルが効いている・・・ちゃんと思うところへ革紐を叩き込める!

「何でお前に指示されにゃならねぇんだよ!」

 ぼやきながらも、トールはトカゲに対して右側へ走る。

「だったら、あんたらがやってくれるかい?」

「トール、俺たちよりキリヤのほうが上手くやれそうだ!従え!」

 ジャンのほうが大人なんだなぁ。精神的に。

 まあ、今はどうでもいいが!

「ギギッ、ギッ!」

「おっとぉ、動くなよ・・・!」

 ジャンが立ち回って釘付けにしてくれている・・・

「よし・・・!」

 トールとほぼ同時に配置につけた。

 トカゲを中央にして、三人で三角形のように均等な位置で囲う。

 主に射撃・・・つまり、銃とかの遠距離武器を使う場合に有効だが、これでどこからでも安全に袋叩きにできるってわけだ!

「ギィ・・・!?」

 よし、まだ迷ってくれている・・・今がチャンスだ!

「叩き込め!!」

「よぉし、いくぞ!!」

「うおおお!!」

 三人一斉に飛び掛かり、

「そりゃっ!!」

「クラッシュソードォ!!」

「クラッシュ、ソード!!」

 シンプルな鞭の打撃と、二つの剣士の技がオオトカゲに叩き込まれた!

「ギギャアアアア!?」

 攻撃が効いたのか、オオトカゲが暴れる!

「離れろ!」

 思ったより派手に暴れている!

 あの巨体で繰り出される打撃は重いぞ!

「ちょ、ぐわっ!!」

「ぐはっ!?」

 至近距離まで接近していた二人は体当たりを食らって吹っ飛ばされた!

「おい、大丈夫か!?」

 俺はある程度距離を取っていたから問題ないが、あの二人は避けるのが難しいかったな・・・!

「ぐ、うう・・・いけ、る、わ・・・!」

「強がるなよ・・・これは結構キツイぞ・・・うぐっ」

 完全にノックアウトってわけじゃないにしても、二人はもう厳しいか・・・

「それにしてもよ・・・ちょっとおかしくない?」


 三人の攻撃を食らってるはずなのに、ダメージがあまり無いように見える。


 二人の攻撃・・・剣士の技を使ってたよな?クラッシュソードだっけ?

 それを受けてるはずなのに、割とピンピンしてるのは何でだ?

 そりゃあ、体格がいい分、防御力は高そうだ。だが、それはそれとして効いてなさすぎる。

「・・・キッツイなぁ、コレぇ・・・」

 伊達に政府直轄剣士も手を焼く存在をやってないってか・・・

「・・・すぅ、ふぅ」

 落ち着け。

 相手も生きてる生物の一つ。弱点は必ずあるはずだ。

 よく観察して、弱点を見つけろ!

「ギギッ、ギシャァアアア!!」

 また突進攻撃だ!

「二人とも、早いこと動けよ!!」

 転がったままだと、向こうのイイ的だ。

「ほっ」

 当たったら大変なことになるのは分かり切ってるわけだし、当然避ける!

「時間は稼いでやるからっ、さっ!!」

 すれ違いざま鞭でオオトカゲの背中をしばいて、意識をこっちに向けさせる。

「ふははっ!スキル様様だな、こりゃあ!」

 さっきまで当たらなかった鞭が、きっちり当たるようにはなってる。

 危険感知の時に色々学習したはずなのに、まだ実践できてない・・・!

 それより今は、

「何でこっちの攻撃が効かないんだ・・・?」

 問題の解決をしないとヤバい。

 こっちの攻撃が効かない理由と、その攻略法を探らないと、こっちがトカゲの胃袋の中に入っちまう。

「とにかく、手数で!」

 突進が当たらないことをトカゲも学習したのか、接近してはくるが、短い手に付いている爪で引っ搔こうとしてくる!

 避けながら、俺はざっくりした狙いで鞭を繰り出す!

「よっ、ふはっ、ははっ!」

「ギギッ、ギャッ、ギギャ!!」

 鞭と爪の応酬・・・

 俺は動き回りながら、適当に攻撃を当てていく。

 トカゲはドタバタしながら小回りを繰り返して、俺に引っ掻き攻撃。

「ヤッベェー!ふはははは!」

 思いの外頭は冷えてる。

 一方で体はガンガン発熱している。

 攻撃される度に走る悪寒・・・


 俺、生きてるわぁ!!


「ギャッ!?」

「ん!」

 大きいリアクション!

 鳴声も今までの感じとは違う!

「・・・そうか。そうですかぁ」


 お前・・・ボディが弱いのか!!


 ボディが弱いっていうより、たぶん鱗が硬い・・・が正しいだろう。

 顔から尻尾まで、見える部分は鱗で覆われている。今まで散々しばいた個所・・・つまり鱗は、割れているところもあるが、ダメージになっていないところがほとんど。

 だが、一発入れて大きいリアクションをしたところは、腹の部分。

 普段、地面に向いていて見えない部分が弱点ってことだ!

「となりゃあ、攻略法は・・・」

 突進攻撃の最中に狙うのは無理。よしんば止められても、腹が下に向いている時点で狙えん。

 ってことは、接近戦だ。

 ・・・やりたくはないんだけど。

「あんたら、もう十分休んだろ!手伝ってくれ!」

 これは一人だけだと時間が掛かる。

 時間が掛かれば消耗する。

 こっちは長期戦はできない!

「おまっ、俺たち・・・休憩してるわけじゃ、ねぇんだけど!?」

「強がる力があるなら十分だろ!さっきと同じように囲うぞ!」

「そりゃあ、ごもっともな話だな・・・!」

 トールとジャンを起こして、

「囲え!!」

 またトライアングルで包囲!

「立ち上がったら、腹が見えるだろ!そこをぶっ叩け!!」

「おまっ、それって」

「殴られに行くようなものだな・・・!」

「倒すためにゃしょうがないんだよ!」

 鱗が硬いっていう現実がある。攻撃が効くところを狙わないと倒せない!

 危険を伴うのは百も承知なわけよ!

「それとも何?長期戦やる?だったら俺、ふらふらのあんたらを置いて逃げるけど!」

「ふざけんなよ!やるよ!やりゃいいんだろ!チクショー!!」

 こっちでもチクショウとかあるんだな・・・

「ジャン、腹が見えたら叩き込むぞ!」

「おう!」

 攻撃は二人に任せるか・・・

「んじゃ、注意は逸らしますんで!」

 俺がやることはトカゲの意識を散らすことだよな。

「その間に倒してくださいよ!」

 鞭で背中を攻撃し続ける!

「ギィィィッ!!」

 トカゲがまた立ち上がった・・・っつーか、マジでデカい。

「よし、見えた・・・行くぞ!!」

「クラッシュ、ソード!!」

 二人が踏み込んでいった・・・!

 二振りの剣が、無防備になったオオトカゲの腹に入る!

「グゥギェ・・・!!」

「おおっ!」

 トカゲがふらついている・・・これは効いてる!!

「おし、畳み込むぞ!!」

 チャンスは今しかない!

「もう一発、クラッシュソード!!」

「クラッシュ、ソード!!」

「おーしっ、いけ―――」

 二人が距離を詰め始めた瞬間、回っていたはずのトカゲの目が下に向き、

「うっ」

「はぁ!?」

 トールとジャンに向かって倒れ込んだ!!


 どすぅん!!!


 一瞬、思考回路が止まった・・・


 あいつ、のしかかるみたいなこともするのか!!

「おい、生きてるか!!」

 あんな巨体にのしかかられたら、いくら何でも圧死しちまう!

「う・・・なんとか・・・」

「たすっ、かっ、た・・・」

 二人とも、咄嗟に回避はできたらしい。

 だが、足がトカゲの腹の下にある・・・

「くそっ・・・!!」

 あれじゃあ、潰れて折れてるかもしれない・・・

 全身が潰されたわけじゃないからまだいいとしても、これでもう二人は動けない。

「グッ、ギィ・・・!!」

 倒れたトカゲがもぞもぞしている・・・

「どうなって・・・」

 下敷きにした二人の感触が気持ち悪いのか、それとも倒れた衝撃で苦しくなったのか、それとも次の攻撃の予備動作なのか・・・

「い、今だ・・・叩けェ!」

 トールが力を振り絞って叫んでいる・・・

「腹に剣がっ、刺さって、るんだ!いけェ!!」

「・・・んんっ!!」

 潰される直前に、剣をトカゲの腹に突き立てたのか!!

「やるじゃないか・・・!見直したわ!」

 トカゲと二人の周りに、少しずつ血だまりができてきている。

 どおりで動けないわけだ!

 弱点の腹に、剣が突き刺さってるわけだし、そりゃ苦しかろう!

「よし、とにかく攻撃する!」

 また腹を下に向けてしまっているから、致命傷はなかなか難しいだろうが、動きがのろくなっている今がチャンス!

 かと言って、鞭じゃあ決定打にならないが・・・

「・・・これなら」

 鞭じゃダメなら、

「やれるか・・・!」

 ナイフならどうだ!

「行くぞ!」

 ナイフに持ち替えて、よたよたしているオオトカゲへ詰める!

「そ、そんな刃渡りの、ナイフじゃ、あ・・・」

「攻撃、効かねぇ・・・!」

 要は致命傷になるところに攻撃を入れりゃあいいのよ。

 それに、相手は三メートルにもなる巨体の持ち主・・・

「よっ、と!」

 トカゲの背中に乗って、そのまま頭まで走って行き、

「こいつでっ」

 首の辺りでまたがって、ナイフを逆手で握る!

「止めだ!!」

 ナイフを右目に突き立てた!!

「ギギャアアアアアアアアアアアアア!!!」

 すぐ傍で聞く咆哮・・・!!

「うるっ、せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 鼓膜が破れそうなほど強烈な鳴声だが、ここで手を緩められない・・・!

「ギャッ、ギャアッ、ギャアアアアアアア!!」

 振り落とそうと、渾身の力で体をくねらせてくる!

 腹に剣が刺さって痛いだろうに、なんつーパワーだ・・・!

「じっとしてろよ!!」

 振り落とされたら面倒だ・・・

「ここで仕留める!!」

 突き立てたナイフを一旦抜いて、もう一回突き立てて、刃を深く埋めていく!

「ギギャアアアア!?」

「こんのぉぉぉぉぉぉ!!」

 吹き出る血、体液。

 手に伝わってくる、肉を貫く、骨に触る感触。

 正直言って気持ちが悪い。

 悪いが、言っちゃいられない!

 どんな生物でも、頭を潰せば倒せるはず・・・!

「ギ、ギギ、ギ・・・」

 ぷつん。

 力を込めてナイフを差し込んだ瞬間・・・そんな擬音がぴったり当てはまるように、トカゲが倒れた。

 ぐったりと、その場で力なく伸びていく。

「はあっ・・・はあっ・・・ははっ」

 あれだけ大暴れしていたトカゲが、動く気配はない・・・

 耳が痛いし、頭も体もカッカしてる・・・

「ふっ、ふふふっ、ふははははははー!!!」

 ナイフから手を放して、伸びたトカゲの背中で寝そべる。


 倒せた・・・!


「っしゃああっ!!!」

 物語序盤の敵とは思えないほど強いランドリザードを、駆け出しレベルの三人で倒せた。

 無謀なチャレンジだったけど・・・なんとかなったな・・・

「おい・・・倒せたなら、助けて、くれ・・・」

「重たい・・・足が抜けん・・・」

 そういえば、トカゲの下敷きになってましたな・・・

「悪い悪い。今から行くわ・・・」

 起き上がってトカゲから降りると、周辺が凄いことになっていた。

 トールが突き刺した剣による血だまりと、暴れまわって散った血飛沫、たぶん涙とかよだれとかの体液。

 暴れまわって潰され続けたトールとジャン。

 なんていうか、本物の動物を狩るってこういうことなんだな・・・と認識させられる。

「ちょい待ってろよ・・・」

 潰されている二人は話が別としても、モンスターだろうが動物だろうが何でも、生きるために抵抗もするし、流れている血がある。

 これが、生きるための末路・・・と言ったところか。

「とりあえず最寄りから、いきますか」

 足元にトールがいるから、

「よし、引っ張りますか」

「バッカ・・・引っ張って、抜ける、と思うかよ・・・?」

 足だけ引っ掛かってたはずなのに、暴れ回ったせいで全身まんべんなくプレスされてる。

「・・・あんたら、よく生きてたなぁ」

 普通ならもうぺちゃんこだぞ・・・

「一応・・・安物の甲冑でも役に立つってもんだ・・・」

「ジャンは元気そうだな」

「引っ張ってくれないか・・・俺はまだ、出られたら動ける・・・」

「分かった」

 トールが重症の可能性大、か。

 そりゃあまあ、すれ違いざまに剣を突き立てていたなら、逃げ遅れても不思議じゃない。

 純粋に避けようとしたジャンのほうがダメージは少ないか。

 それでも、トールと同じように、暴れ回ったトカゲにプレスされていることは変わらない。

「ちょっと待ってろよ・・・」

「―――キリ!」

「―――キリヤさん!」

 なんだか聞き慣れた声・・・

「・・・なんで」


 そこに、ヴェロニカとマーベルさんがいた。


 方角からして、逃げていった方向だ。

「大丈夫ですか!?」

 ヴェロニカを抱えたマーベルさんが駆け寄ってくる。

「他の連中と一緒じゃなかったんですか?」

 途中まで気に留めていたが、あまりにもトカゲが強すぎて意識から外れてたわ。

 少なくとも、逃げることはできていたはず・・・

「途中までは逃げられましたが、ドードが走らなくなってしまって」

 そういえば、ドードたちもすでに限界が近かったもんなぁ。

 そりゃあ、途中で足を止めてしまっても仕方がない。

「心配になって、私たちだけ降りて戻ってきたんです」

「おお・・・そりゃあ、ありがとう」

「それにしても随分悲惨な格好になったねぇ」

 オオトカゲが暴れ回ったせいで、俺にも血飛沫が掛かってるもんな。その点は仕方がない。

「それより、ちょっと手伝ってもらっていいですか。二人が動けなくなってまして」

 俺よりトールとジャンのほうがよっぽど悲惨だぞ・・・

「あらら・・・分かりました、手伝います」

「まずはジャンのほうからやろう。俺がトカゲを押し上げるから、マーベルさんは引っ張って」

「はい。いい子で待っててくださいね」

 マーベルさんはヴェロニカを適当なところへ座らせて、ジャンの腕を掴む。

「いつでもどうぞ」

「よし・・・トール、あんたにちょっと負担いくけど、気にするなよ」

「おま・・・おかしくな、いか?掛ける言葉・・・間違って、ないか・・・?」

「ツッコむ余裕があるなら大丈夫だな。行くぞ!」

 オオトカゲに左肩と左腕を当てて、軸を意識しながら、右足に力を込める。

 さすがに重たい・・・

「う、動く!?」

「もう少し!」

 このトカゲ、さすがに大きいから簡単には動かん!

 だが、言ってられない現実・・・

 どうせ、この二人の救助が終わったら動けないわけだし、力を使い切るつもりで・・・

「んんんんんんっ!!」

 ぐっ、ぐっと、段階を踏んでトカゲの体を押し上げると、

「よし、抜けました!」

 マーベルさんがジャンを引き抜いてくれた。

「助かったよ、キリヤ・・・」

「そりゃあ良かった。んじゃ、すぐに悪いが、次はあんたの相棒だ」

「おう」

 今度は反対側のトールの救助。

「俺たちで押し上げるから」

「先ほどと同じ要領で、ですね」

 頷いて返し、

「いくぞ・・・」

 今度はジャンと二人でトカゲを押し上げる。

「おう・・・!」

「せーのっ!」

 一人でやるのと、二人でやるのとじゃ全く違う。

 今度は少し楽に感じる。

「よし、救助できましたよ!」

「っし・・・!」

 二人ほぼ同時に、力を抜いてトカゲから離れた。

 マーベルさんがジャンの様子を見ている。

「大丈夫そう?」

「ダメージが深いですね。甲冑のおかげで何とかなってますが、足の骨折は確定です」

 そりゃあ、そうなるよなぁ・・・

「片足?両足?」

「左足のようです」

「まあ、両足やられるよりマシだな」

「おまっ・・・扱い、酷くないか・・・?」

「助かっただけマシと思ってくれや。俺もそこまで面倒できんし」

 意外と余裕ありそうなんだよなぁ。口だけが達者なのか?

「ただ、今回はあんたらがいてくれて助かったよ。剣を突き刺してくれてなかったら、今頃まだまだ元気なランドリザードと戦ってただろうし」

 下手をすれば、全員胃の中で仲良く胃酸に浸かっていたかもしれないが。

「助かったよ」

 これは素直な気持ちだ。

 一人だったら、どうなっていたことか・・・

「まあ・・・いいって、ことよ・・・」

「俺たちが礼を言うべきだ・・・俺たちがグズグズしたばかりに、キリヤに戦わせる羽目になった」

 ・・・言ってしまうと申し訳ないが、その通りではある。

「ま・・・お互い様だな、今回は」

 本来、護衛として乗り込んできた二人の仕事だし、俺は見張り役ではあっても、戦闘要員じゃないわけで。

 ただ、助けてくれたし、いい経験にもなったし・・・トントンということにしておこう。

「早く、次のオアシスに向かいましょう。ここでは十分な治療ができません」

 俺はまだ動けるにしても、ジャンは軽傷、トールは重症。

 マーベルさんは戦闘要員じゃないし、ヴェロニカも公衆の面前で魔法を撃てない。

 満身創痍とはこの事だ・・・

「私は傷薬や解毒薬の取り扱いはあっても、骨折や内臓のほうまでは分かりません。ヒーラーに見てもらわなければ」

「そりゃそうだ・・・」

 とりあえず、ジャンと協力してトールを同行していた連中がいるところまで連れて行かないとな。

「あなた、ランドリザードの回収を忘れずに」

「・・・あん?」

 回収、とな・・・?

「メリコまで行けば、ランドリザードを解体してもらえますし」

 ・・・このトカゲも引っ張って行こうってか?

 そりゃあ無理だよ、いくら何でも・・・

「それにしても、おかしくない?」

 突然、ヴェロニカがテレパシーで俺に語りかけてきた。

「・・・お前も来てくれたのかぁ。ありがとなぁ」

 愛する娘に駆け寄るていで、ヴェロニカを抱え上げつつ、

「・・・何が?」

 小声で尋ね返す。

「あのランドリザード、あっちにいる別の団体のところからやってきたんでしょ?その割にあまりダメージが無いんだよねぇ」

「・・・ダメージ?」

 確かに、とっても元気な個体だった。とーっても、元気な。

「向こうの団体がどんな程度の人員と装備だったのか分からないけれど、仮にキリたちより戦闘に長ける人たちがいたとしたら、少なくとももっと疲労していただろうし、傷の一つや二つ、入っていてもおかしくないと思うんだ」

 傷の一つや二つ・・・

 俺が鞭でしばいて割れたくらいの鱗くらいしか、大きな外傷は表面には無い。腹にトールの剣が刺さってはいるが、それはさっきの戦闘でできたものだし・・・

「黒魔術師か白魔術師がいれば、それなりにダメージがあるはずだけれどね」

 フレアバレットでも使えば、焼けた痕はそりゃああるかもしれないが。

「向こうにそういう人員がいなかったんじゃないか?」

 向こうの護衛も大したことがなかったとしたら、このトカゲが無傷だったってのも分かるだろう。

 黒魔術師とか白魔術師も、雇うことができないことだってあるだろうし。

「・・・まあ、考えすぎならいいけれど」

 そうそう、考えすぎですよ。

 あんなの、そうそういないでしょ、いくらラヴィリアだって言っても。

 余計なフラグを立てると、ホントにそうなるんですよ。こういう時は・・・

「あ」

 ヴェロニカは何かを感知して、

「・・・ちょっとマズいねぇ」

 笑っているような、困ったような、微妙な表情をした。

「・・・おい」

「・・・嘘だろ・・・」

 トールとジャンの重たい声・・・

「そんな・・・」

 マーベルさんの絶望を感じさせる言葉で、ハッとなってヴェロニカの視線の先へ顔を向ける。

「・・・マジかよ」

 大きい砂煙が、そこで転がっているトカゲが来た方向からこっちに向かって来ている。


 その砂煙を上げているのは、さっきと同じヤツらしい・・・


「ギイィギィヤァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 さっきよりもでかい咆哮・・・

 倒したやつより、パワーがある。肌がビリビリしてる。

「フッ!フッ!」

 俺たちが目についたらしい。

 何故か距離を残して、仁王立ちした。

「で、でけぇ・・・」

 さっきのが乗用車なら、今度は大型商用車か、ダンプか・・・

 パッと見、三メートルとか四メートルじゃきかないぞ、これ・・・

「この個体・・・随分荒れてますね・・・」

 ここまで走ってきたことを踏まえても息が荒いし、目もかなり血走っている。

「こいつ・・・」

 体に剣と槍が刺さっていた。

「この個体・・・あっちの団体とやり合ったみたいだねぇ」

 たぶん、向こうの連中が雇った護衛の剣士が抵抗した末路だろう。

 腕と足に刺さっている分だけなら、二人は確定。

 奮闘の末、やられたか・・・

 だが、ダメージが入ってないわけじゃない。

 腹に何本か刀傷が見えるし、刃物が突き立っているところからは出血もしている。

「キリ・・・向こうの人、もうダメかもしれないねぇ」

「あん?」

「口の辺り、よく見てごらん」

 言われて気付いた。口周りが真っ赤になっている。

 人を襲って腹を満たした、か・・・

「・・・マジで辛いな、これ・・・」

 腹いっぱいで体力モリモリ。

 ダメージはあってもへっちゃら。

 一方のこっちは満身創痍。

 ジャンは動けても、トールはもう使い物にならない。

「・・・な、ナイフはあっちか・・・」

 勝って気が抜けて、ナイフをトカゲから抜いてくるのを忘れている。

 手元にあるのは鞭だけ。

 こりゃあ、根性でどうこうできるレベルを超えてるわ・・・

「なあ、まだ動けるよなぁ?」

 ジャンに呼びかけ、

「あ?ああ・・・ああ・・・」

「トールを連れて早いこと逃げろ。マーベルさんも手伝ってやってくれ」

「は、は?」

「俺が時間を稼ぐ」

 ヴェロニカを左腕で抱えて、右手で鞭を。

「キリヤさん!!無茶ですよ!!」

「無謀だよ、キリさん」

「この状況じゃしょうがないだろ」

 正直、体力も限界なんだよ。

 トカゲでロデオをやった都合で腕も大して力が入らない。

 まず何より、更に大きい目の前のおかしい個体に勝てるイメージが湧かない・・・

「この子をよろしく」

 荷車を飛び出した時と同じように、ヴェロニカをマーベルさんに預けて、

「ちょっ、逃げないと!」

「あいつは案外速いよ・・・誰かが時間稼ぎでもしないと」

 しないと、やらないと全滅ですしね。

「・・・ギィ?」

 こいつ、自分の体力の回復でも待ってたのか?

 それとも、こっちの時間稼ぎに付き合ってくれてたのか?

 どっちにしろ、喜べたもんじゃねぇなぁ。

「よし、行け!!」

 来ないなら、こっちから仕掛ける!

 駆け出すと、

「キリ!!」

「キリヤさん!!」

「ギギャアアアア!!!」

 ヴェロニカの声は俺にダイレクトに届くが、マーベルさんの声は戦闘モードに入ったオオトカゲにかき消されてしまう。

 それでも、行く!

「とりあえず、何回かしばかせろ!!」

 ポイントは抑えてる。

 鱗がある背中からの攻撃は、今の俺たちの実力と武器じゃ効かない。

 通用するのは、相変わらず顎から股間までの皮膚の部分と、脳天をブチ抜く攻撃のみ。

 腹を見せている今の状態がベスト・・・

 鞭でしばきに掛かるが、

「ギアッ!!」

 野太い腕で革紐を弾かれてしまう。

「こいつ・・・!!」

 さっきの個体より、随分戦い慣れている!

 よく見れば、体中に傷跡がちらほら見える。もっとよく観察すれば細かい傷も拾えるかもしれないが、人間相手に相当戦ってきた証拠か・・・

 だとしたら、この辺りの主とかかもしれない。

「だけどもだけどっ!!」

 だからと言って、戦わないわけにはいかない!

「くそっ・・・移動しましょう!」

 ジャンがトールを支えたまま、現場から離れようと歩きだした。

「ちょ、ちょっと・・・!!」

「俺たちが残っていれば、足手まといだ・・・!少しでも遠くに行かないと・・・」

「言っていることは分かりますが!」

 マーベルさんは気に掛けてくれているようだが、あんたも離脱してくれたほうがいいんですけど!

「近くのオアシスに早く行って、助けを呼んで来ればいい・・・!」

 それが今のベストかな・・・

 まあ、そこまで俺が戦っていられるかっていう問題はあるけども・・・

「しかし・・・!」

「うおっ!?」

 トカゲが尻尾を振り回してきたから、それを避けた・・・んだが、足を滑らせてこけてしまった・・・!

「キリ!!」

 ヤバい・・・もう足が動かないんですけど・・・

「ギッ、ギッ・・・ギギッ」

 ズシッ!

 化物が地面に全部の足を付けて、長い舌で口周りをぺろぺろした。

 捕食準備完了・・・ってところか。


 こりゃあ、死んだな・・・


 短い人生でしたなぁ・・・

 こっちの生活、悪くはなかったにしても、もうちょい楽しいこと・・・したかったなぁ。

「ギギャアアアアアアアアアア!!!」

 大口を開けたトカゲが、突っ込んでくる・・・

「キリヤさん!!」

 マーベルさんが叫ぶが、もうどうしようもできない・・・

 せめて、ナイフでも持ってりゃ、刺し違えて少しでも時間稼ぎができたろうに。


 ドオンッ!!!


 突然、目の前に落雷が発生した。

「・・・はぁ?」

 何、これ・・・?

 落雷が、突っ込んできていたトカゲに直撃した。

「ギ、ギァアァァ・・・」

 動きが止まった。

 落雷の威力が凄まじいのか、開いた口から煙が出ている・・・

 体もビクンビクンしているし、感電でもしてるのか・・・?

「な、なんだこりゃあ・・・」

 ふと見上げた空の一部に、黒い雲が発生していた。

 まるで、今にも嵐が起こりそうなくらいの・・・いや、もっと言えば、まるで物語で出てくる雷を落とすような雲と言えばいいだろうか。

「これ以上は我慢できないよ」

 声が聞こえてハッとなった。

 振り向くと、マーベルさんがいた。

 抱えている赤ん坊に目を丸くしている・・・

「あ、あの・・・ヴェロニカさん・・・?」

 ヴェロニカの目が怖い。

 本当に光っているのかどうか定かじゃないが、金色に光って見える・・・

 髪も逆立っていて、まるで鬼のような雰囲気を醸し出していて、

「これ以上はみんなが死んじゃう。やるしかないね」

 もう、やる気まんまん・・・

 その雰囲気を手元で感じているマーベルさん・・・顔が引きつってます。

「受けるといいよ。君に食べられて死んでいった人たちの思いと―――」

 ヴェロニカが小さな手を、身動きできないオオトカゲに向け、

「キリたちの痛みを!!」

 ゴロゴロと、黒い雲が音を発している。

 これは、まさか・・・

「ボルトショック!!!」

 叫ぶと、黒雲から雷が放たれた・・・!

 ドオンッ!!!

「ギッ―――」

 一瞬だけ光った光の筋がトカゲに落ちた!

 あまりの威力に、トカゲも声が出せないらしい・・・

 これ・・・一体どんくらいの威力があるんだ・・・?

「止めだよ」

 手元に火の玉が生まれた。

 それはぐんぐん大きくなっていって・・・

「あー、これはぁ、アレですなぁ」

 ボルドウィンでやらかしたアレですなぁ・・・

「フレアァァァァァァ、バレットォォォォォォォォォォ!!!」

 ぼうっ!!

 放たれた特大の火の玉が、大口を開けたトカゲに直撃!

「おっ、おっ、おお・・・」

 めりめりめりっ!!

 火の玉が開いた口に埋まった・・・

 発射された勢いはまだ続いていて、皮膚だけじゃなく肉もじわじわ焼きながら切り裂いて、どんどんトカゲの内部へ・・・

 最終的に、まるで蛇が卵を丸飲みしたような形で、トカゲの腹で止まった。

「これ、ど、どうなるん―――」


 ボオンッ!!


 どうなるんだと思った瞬間、オオトカゲが爆発した・・・

「おっ、おおお・・・」

 フレアバレットが内部で爆発した・・・

 なるほど、こういう風に爆発することもある、と・・・

 単純にすごいっていう感想と、想像を絶する凄惨さ・・・

 俺は言葉を発することができず、飛散してくる肉やら血やら何やらを黙って受けた。

「・・・と、とりあえず」

 助かったは助かったわけだ・・・

 すでに力が抜けている体が、もう回復できないんじゃないかってくらい脱力していく・・・

「こ、この子っ・・・」

 ・・・ああ、忘れがち。

 今回は俺と芋二人と芋の子供らだけじゃないんだった。

 マーベルさんが、ヴェロニカがやったことに震えている・・・

「ちょ、ま、マーベルさん・・・」

 ヴェロニカが魔法を撃ったことにビビったのか、あまりの威力にビビったのか、トカゲのとんでもない末路にビビったのかは分からないが、明らかに動揺している。

 これは騒ぎになっても仕方がない。

 落ち着かせようと声を掛けようとしたら・・・

「まあまあ、落ち着こう」

「え」

 ヴェロニカがマーベルさんに向けて手を向けていた。

「えっ、えっ、ちょっ」

「いやっ、あのっ、ヴェロニカさん・・・」

 落ち着かせようとしてしているならまだしも、今の状況でそれは撃つって思われても仕方がない。

 マーベルさんも混乱している・・・

「まあまあ、黙ってくれていれば撃ちはしないよぉ。黙ってさえくれれば、ね」


 あの、ヴェロニカさん。


 それ・・・脅しっていうらしいです。

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