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―――翌朝。


「それじゃあ出発しようか」

「・・・おう・・・」

 雲が一つも浮かんでいない綺麗な青空。

 何の種類かは分からないが、聞こえてくる鳥のさえずり。

 澄んだ空気。

 世間では“いい天気”というやつだ。

 だけども、今の俺はそんな気分ではない。


 眠れなかった。


 ここがどういう場所にある森かは分からないんだけども。

 寒い!

 標高が高いのか?


 真冬のような寒さではなかったにしろ、寒い中で寝るというのは死ぬリスクを上げることだ。

 体感温度で十度くらいだったかもしれない。そんな中で、春着レベルの衣類しか着ていない人が安眠できるわけがない。


 付け加えると、地面に何の緩衝もない状態で寝られるわけがない。

 地面の熱と固さはバカにできない。

 キャンプではよくある話だが、テントがあれば寝られるでしょ?というイメージを持たれがちだ。

 だけども、それは間違いだ。

 地面は思いの外冷たいものだ。夏場であればともかく、寒い気温での地面ならかなり冷たい。地面に体温を持っていかれてしまう。

 そして固さ。

 ベッドのマットレスでもある程度の固さは必要なんだけども、ゴリゴリに固くても寝られない。


 外で寝る。つまり野宿をする場合、必要なのは保温ができ、かつ体と地面の間に入れるための緩衝材。

 そして、そもそも体温を逃さないようにする装備。

 つまり、寝袋とマットというわけだ。


 こっちにはほぼ手ぶらの状態で転送された。手元にあるのは財布と本とスマホくらい。

 昨晩は地面に、着の身着のままで就寝した・・・


 当然、寝られたものではない。


 それなのにどうだ?

 ヴェロニカはピンピンしてる。


「なあ、ヴェロニカさんや」

「なんだい?おじいさんや」

 何でこっちの世界のノリがよくわかっ・・・いや、今はどうでもいい。

「メッチャクチャ寒くなかった?よく寝られたな?」

「あー・・・そのことか。わたしは問題ないよ。魔法で保温をしているからね」

 ・・・は?

「詳しい原理を言うなら、魔法の一つに空気を操るタイプの呪文があって、それを応用してわたしの周りに空気の層を作る。そうすれば、自分の体温の保温ができるというわけだよ」

 何それ?魔法めっちゃ便利じゃん。

「寝床はホクスの抜けた羽を重ねて作ったもので、それを大きい木の枝の上に敷いてある。これだけでもだいぶ温かいよ」

 何それ?めっちゃズルい。

 っていうか木の上って言った?途中でそこに移動したってこと?

 何にせよ、

「俺にもそういうのをくれよ・・・」

 鳥の羽は相当数が必要だから無理にしても、せめて魔法で作るという空気の層くらいは欲しかった。それがあるだけでもだいぶマシだったのに。

「・・・ああ、そうか。君はそのままで寝ていたのか。考えもしなかったよ」

「えっ?冷たくない?一応、協力関係なんだよな?」

「ごめんごめん。何せ、わたしは当たり前のことだから、失念していたよ」

 責めたくもないんだけど、言いたくなるのも仕方がない。

 まだ風邪の症状が見られないから何とかなったんだろうけども、下手をすれば結構重めの症状が出てもおかしくはなかった。

 自分の頑丈さにびっくりだ。

「本当にごめんよ」

 しかし・・・責めるに責められない。

 相手が赤ん坊だからだ。

 本人が言っていることが本当なら十八歳なんだろうけど、それが赤子の姿をしているのはズルい。

 演技なのか何なのか、目が潤んでいるから余計にそうだ。

 小さい子を責めているようで、こっちが悪いことをしている気になってくる。

「はあ・・・」

 俺としても、そんなにガンガン言うのはしんどいし、相手との関係性が悪くなったりする場合もあるから、極力避けたいところではある。

 だからこれ以上は言わない。

 言わないけど・・・

 動物の協力を得られたり、魔法の力で外気を遮断したり、何かとズルい!

「何とか生きてるからいいわ。とりあえず行くか」

 まだ森から一歩も出ていなかった。

「行こう」

 切り株の上に座っていたヴェロニカが、両手をこちらに向けて上げている。

「・・・どうした?」

「だっこ」

「なんで!?」

 今までの話から推察できることがある。ヴェロニカは何らかの移動手段を持っている。

 そうでなきゃ、高い木の上に行けるわけがない。

「確かにわたしは浮遊することができるよ。そりゃあ便利なものだ」

 俺もそういうのが欲しいんだが?

「でも、魔法を使うには魔力が必要だ。例えば、わたしを浮かせるために必要な魔力が百なら、同じかそれ以上の魔力が必要になる」

 そういうところはゲームと同じ仕組みらしい。

 原理的にもそうでなければおかしい面もあると言えばある。

「魔力も無尽蔵じゃないんだよ。器を思い浮かべてほしい」

 例えば、とヴェロニカはにこにこしながら、

「わたしが今この体に蓄積できる魔力が器一杯分だったとしよう。いくらたくさんの魔力を溜めようとしたところで、器に入りきらない量は漏れてしまうよね?」

「逆に、ヴェロニカが今持ってる器の分でしか魔法を使えないってことか」

 ヴェロニカは小さく頷いて見せ、

「さっきの話に戻ってしまうけれど、空気の層を作る魔法・・・エアシェードっていうんだけど、あれもそこそこ魔力を使うんだ。夜から朝まで維持するわけだし、それなりに必要にはなる。それを二人分っていうのは負担が大きい。だから使えなかった・・・という一面もあってね」

「・・・それが前提だったとしても、忘れてたんだよな?」

 長い沈黙・・・

 って、図星かよ!

「そういうことだから、極力余計な魔力を使わないほうが得策かと思ってね。いつ何時、何があるか分からないからね」

 何がどういうことなのか分からないが、緊急時のために魔力を温存しておきたい、という意味は分からなくもない。

 要は備えの有無の話なわけだ。

「オーケイ、とりあえず、そういうことにしておこう」

 魔法のことは全く分からない。そういうものだと納得するしかないということでもあるけども。

「目的地とか、目標とか、そういうのはあるのか?」

「とりあえず、最寄りの町へ行ってみない?」

 目的はヴェロニカの出生の秘密を知ることだけど、そもそも、それがそんな簡単に済む話ではないだろう。

 旅をするわけだから、最低限の備えは必要になる。

 装備を整えることを前提として、町へ立ち寄るというのは悪い選択肢じゃない。

「よし、行くか」

「あ、ちょっと待って」

 だっこを所望するヴェロニカを抱えようとしたが、本人に止められた。

 その本人は少し目を瞑って、すぐにまた開く。

 すると、空からホクスの群れが降りてきた。

 森の奥からは小動物がちらほら出てきた。ミーアキャットっぽい動物と、リスっぽい動物だった。

「今までありがとう」

 彼らに世話をしてもらっていた、ということか。

 鳥はよく分からないが、小動物たちは洗濯の担当だったのかもしれない。

 ヴェロニカの周りに集まった動物たちは、彼女に歩み寄り、体を寄せ、抱き着いたりしている。

 仮にも十八年間、この森にいて、生活を共にしてきたわけだし、感慨深いこともあるのだろう。

 こういう風景を見ていると、ヴェロニカがテレパシーとやらで意思疎通を図っていたというのも、強く現実味を帯びてくる。

「よし、行こう、キリ」

 動物たちが自分たちの住処へ帰っていった。

 ヴェロニカはまた両手を上げる。

「・・・おう。行こう」

 彼女の両脇を掴んで持ち上げ、抱えてやる。

「町はあっちだよ」

「了解」

 町へ向かって歩き始める。

 俺にとってはほんのちょっとの時間だけど、ヴェロニカにとっては長い時間を過ごした場所。

 そう思うと、少し感慨深い気がする。

「・・・そう言えば、ヴェロニカさん」

「なんだい?」

 町へ行ったとして、心配になることがちらほらある。

「あなた、お金とか持ってないよね?」

 この世界でもお金くらいはあるだろう。

 少なくとも、ヴェロニカはそれなりに知識はあるわけだし、町があるということは、人同士がまとまって暮らしているということなわけで。

 そんなところで、物々交換でやりくりをしているとは思えなかった。

「ああ、そのことね」

 ヴェロニカのにやっと笑う。赤子の笑顔とは思えないのだが・・・

「実はわたし、お金持ち」

「・・・は?」

 持ってるかどうかの話だったと思うんだけど、それを軽く通り越した回答のような気がする。

「いやー、生きていくにはやっぱりお金って必要なんだねぇ。わたしの主食も森じゃあどうしようもないわけだし」

「主食?」

「赤ちゃんっていえばミルクでしょ」

 まあ、年齢は十八でも、ボディは赤ん坊なわけだし、そういうことになるのは分かるんだけど。

 お金持ちってどういうことなんだ?

「実は、ホクスや他の鳥類、猛禽類の子たちに協力をしてもらって、荷物の配達をしていたんだよ」

「え?配達・・・?うん?」

「遠くの町にいる人とかに手紙や荷物を代わりに届ける仕事だよ。キリの世界にはそういうのはない?」

「え?いや、あるはあるけど、え?」

 まさかの郵便、もしくは運送?

「基本的には手伝ってくれる子たちの体格に合わせた物しか運べないんだけど、運ぶ代わりに手間賃としてお金をもらって、きちんと物を送り届けるんだ」

 配達する足は違っても、システムは全く一緒だ。

 それをこの赤子(中身は大人)が考え、商売として成立させているっていうのか。

「町へ出たついでに、ミルクとか着替えを買ってきてもらってたんだ。彼らにお金と手紙を預けて、お店の人に準備してもらってね。ありがたいものだよ」

 人と違って、ホクスたちへの手間賃は餌とかで成立する。

 そう考えたら、恐ろしくコストパフォーマンスの高いシステムだ。

「最初の頃はお店のほうがビビっちゃって、ミルクを買えなかったこともあるけど、今じゃ慣れて、おまけしてくれるようになったんだ」

 猛禽類が飛んできて、しかもそれが手紙を携えてミルクを寄こせと言うのだから、誰でも戸惑うものだろう。

 でもまあ、慣れれば問題ないということか。それで成立できているわけだし。

「ということでね、そういう風に商売をしていたものだから、結構お金持ちなんだよ」

 郵便のシステムは、現代知識や技術がない世界にとっては画期的かもしれない。

 日本はそういうものが当たり前にあるから、ありがたみはあまり感じないところもあっただろう。

 所が変われば、視点も変わるということがこれかもしれない。

「しばらく分の資金は安心してくれていいよ」

「でも、いつかは尽きるだろ?早いところ金策を講じておかないとな・・・」

「その辺に関してはわたしも考えるね」

 配達するというシステムは他のところでも使えるだろう。

 行った先で定着するまでに時間が掛かるっていうデメリットはあっても、やろうと思えば資金調達は可能ってわけか。

 どこまで有能なんだ。俺が抱える赤子は。

「・・・だっこをご希望のようだったけど、おんぶにしてもいいか?」

 赤子を長時間だっこする経験がないのもあるけど、それにしても重い。

「その辺りはキリに任せるよ。わたしとしては寝心地がいいほうがありがたいのだけれど」

「・・・その辺りは追々対策をさせてもらうよ」

 一旦立ち止まって、抱えているヴェロニカを背中へ。

「うん、悪くないね」

「悪くても文句は言うなよ」

 そしてまた歩き出す。

「日が暮れるまでに町に着かないとな・・・」

「お腹も空いちゃうしね」

 そういう一面もあるにはある。

 だがしかし。本当にここは別世界なのか?

 ヴェロニカのノリが本当に日本のそれと一緒なのが本当に気になる。

「気持ち良くなってきたから寝るね~」

「本当に寝るのかよ」

 道案内くらいしてくれないと、本当に着くか分からないんだけど。

 ツッコミを入れる隙も無く、ヴェロニカは寝てしまったようだ。

「・・・しょうがないなぁ、ったく」


 だけど、悪い気はしないから不思議だ。

 もしかしたら俺も、この状況を楽しんでいるのかもしれない。


 どの道、こういう状況だと、日本に帰るっていう選択肢はないわけだし、ここで生きていくしか方法がないのなら、楽しまなきゃ損だ。


 ヴェロニカとなら、楽しめる気はする。


 ―――でも、ここからだった。

 異世界の洗礼を受けていくのは・・・



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