12
ボルドウィン首都からメリコ行の道中。
俺たちはドード二頭が引っ張る荷車に揺られ、移動している。
最初のオアシスで周辺警戒のバイトの依頼があって、小遣い稼ぎってことで引き受けた俺は、荷車に取り付けられた幌を捲って後方を眺めたり、リーダーがいる運転席に出て前方を警戒した。
ただ、周りは草原だとか、小高い丘が広がっていて、明らかにおかしい物・・・例えばモンスターがいるなら、すぐに分かるレベル。
そこまで警戒する必要があるか?なんて思うもんだが、日当二千フォドルは地味にありがたい。
五日も続けば、一万フォドルになる。節約すれば、二日分の生活費だ。
ヴェロニカは自分の小遣いにすればいいなんて言ってくれたが、今のところ、俺が個人的に欲しい物なんて無い。ヴェロニカがいつも俺の財布にお金を転送できるわけでもないし、緊急用の資金にしておくのが無難だろう。
そりゃあ、欲しい物が出てくれば買うけど。あれば、な。
それから、この道中で一緒に行動することになった面々について少し分かったことがある。
団体のリーダーを含めて男女合計十人の商人がいて、剣士の男が二人。俺たちを合わせると、赤ん坊を合わせて十五人の集団になっている。
リーダーは三十代くらいの印象で、爽やか系。地球でもそれなりに人気がありそうなタイプだ。
他のメンツは二十代から六十代まで様々。それぞれ取り扱っている商品も違うようで、休憩中に商品の一部を見せてもらったが、面白い道具があった。買いはしないけど。
そして護衛の剣士の二人・・・
話を聞く限り、どうやらボルドウィン出身で、剣士として活動を志したものの、政府から活動許可が下りなかったらしい。
それでも憧れで、一度は選んだジョブ。何もしないままジョブチェンジするのも癪だということで、傭兵として活動を始めて、集団移動に同行して稼いでいるようだ。
商人の集団と護衛の傭兵剣士、そして俺、大砲、商売の鬼・・・
なんつーパーティだ・・・
「へぇ。やっぱ剣士って需要あるんだな」
夕方まで移動を続けて、辿り着いたオアシス。
そこで停泊することにした俺たちは、荷車から降りて一旦解散となった。
大半は宿舎に移動したり、出ている屋台で腹を満たしていたんだが、俺はヴェロニカを連れて、剣士の二人と表で焚火を囲ってお茶を飲んでいる。
「まあ、どんなパーティにも必要な花形ジョブだしなぁ」
剣士の一人、トール。短めの金髪のがっしりした体格の男だ。
「ボルドウィンじゃ人気職だし」
もう一人の男、ジャン。長い茶髪のひょろっとした長身で、トールより頭二つくらい大きい。
がっしり体型とひょろ長い体型の、対照的な二人。
どうやら二人は昔からの友人で、活動許可が下りなかったことも重なって、二人で傭兵稼業を始めたらしい。
「キリヤは何で探検家に?」
「この辺りじゃあ珍しいよなぁ。探検家になるヤツって。いないわけじゃねぇけどよ」
「ま、色々便利だからだよ」
二人は二十二歳で、そこまで歳も離れていない。
見張りをする流れで話をするようになって、それなりに話せるようになった。
「あ、あー!」
「おー、ちょうどいいかね」
最初のオアシスでやったように、井戸水を焚火で沸かして、粉ミルクを溶かしてヴェロニカのミルクを作った。
温度もちょうどいいくらい。お待ちかねのお食事ですぞ。
「あむあむ」
途中で用を足したりしたことで、多少遅れが発生したものの、その辺りは赤ちゃんだし仕方がないよねってことで、周りの連中にあーだこーだ言われることはなかった。
目の前の二人も含まれるが、こっちの大人は割と常識的な人間が多いのか?
いや、こういう状況もないわけじゃないし、慣れているっていう認識のほうが正しいのか?
どっちにしても、俺たちにとっては助かる話だってことは間違いない。
「お前も子供連れて大変だなぁ」
とまあ、こういう話をされることも想定内なので、
「別に、悪いことばかりじゃないけどな」
「へぇ」
二人には、というより、リーダーを含めた同行者全員に、ヴェロニカは俺とマーベルさんの子供・・・つまり、俺たち三人は家族だってことにしてある。
道中、マーベルさんに設定の打ち合わせをしなければいけなかったが、マーベルさんに説明した蒸発した親を探して旅をしているなんて話を全員にするのは面倒。どうせ、頭のおかしい夫婦だとか、大変だなぁなんて同情の声が出るだけに決まっている。
そういう対処も面倒だし、自然に収まる家族ってことにしておけば、話もすんなり進む。何故かマーベルさんもまんざらではなさそうだったし、簡単に了承してくれて助かった。
ただ・・・手間賃で千フォドル取られたけど・・・
「例えば、良いことって何だよ?」
それを尋ねられると結構困る。
実際・・・俺、独身だし。
っていうか、独身の前に高校生だし・・・
「うーん、そうだなぁ」
ああ、めんどくせぇ!
とりあえず、ヴェロニカにミルクをあげつつ、想像できそうな理由を考えて、
「誰かと一緒にいられるってことかね?」
ぼんやりした理由だが、それなりにありそうな理由じゃないか?
「それって、別に誰でもいいってならないか?俺とジャンみたいなのでもいいんだろ?」
余計なツッコミしてくるんじゃねぇよ・・・
「そりゃあ友達でもいいけど、嫁は違うだろ」
「男と女はそりゃあ違うわな」
「俺が言いたいのは精神的な繋がりだよ」
「・・・なんだそりゃ」
俺に聞くな!
俺が言い出したから仕方がないけど、深掘りしようとすんな!
「っていうか、いいよなぁ。嫁がいるってさぁ」
ジャン・・・お前、一体何を?
「なんだよ、ジャン。嫁が欲しいのか?」
「欲しいだろ。普通」
あまり興味がない男、トール。
逆に興味有りのジャン。
昔からの友人で、剣士になって傭兵となった経緯も一緒の二人だが、その点は違うらしい。
「嫁って必要か?そりゃあ、いたほうがいいって気持ちも分からなくもねぇけどよ」
「そりゃあ、いたほうがいいだろ。一人より二人のほうが生活も楽だし」
ジャンの理由も分からなくもないが、
「ジャンって人、生活面で欲しいって感じかな?」
ヴェロニカは少し不満なようで、
「そんな理由で誰かと一緒になるのなら、わたしはお断りだけれど」
・・・とまあ、一刀両断である。
言いたいことは分かる。俺だってそういう目的で結婚するなんて知れたらお断りだ。
「俺たちだってさぁ。今はこうやって集団移動に混ぜてもらって稼げてはいるけど、決して楽な生活じゃないだろ?」
「うーん・・・まあ、なぁ」
「あんたたちの稼ぎってどんなもんなんだ?」
簡単に答えちゃくれないだろうが、こっちを掘ってくるんだし、掘らせてもらおう。
「いやぁ、苦しいもんだよ。一人で生活するのがやっとって感じかな」
詳しい金額は教えてくれないが、生活レベルは大体分かった。
「集団移動にくっ付いていかないと稼げないし、家も持てない」
「まあ、家なんか買える余裕ないけどな。よくてアパートを借りるくらいだが、それでも相当下を選ばんと維持が難しいし、こういう稼業だと家を空けることが多いから借りるに借りられん」
借りたところで、家にいないことが多いから無駄遣いってことか。
「でも、あんたら首都出身だろ?家はあるんじゃないか?」
「実家はあるけど、剣士で稼ぐために家を長く空けているって感じかな」
「傭兵稼業をしている連中は結構多いけど、大半がそうだと思うぜ」
そりゃあ、稼ぐために集団移動に同行するようであれば、そうなってくるわな。
例外的に首都を拠点として活動している連中もいるように聞こえるが・・・
「俺たちも剣士として活動してそれなりに経ったけど、未だに大物を仕留めてないから名前が売れないんだよなぁ」
「せめて肉食モンスターを狩ることができれば変わってくるけどなぁ」
なるほど・・・傭兵で稼いでいくためには、ある程度の実績が必要なわけか。
そりゃあ、そうだよな。実績無しのヤツに仕事を頼むことはそうそうない。無くても頼むことはあるとしても、それこそ昔からの知人だとか友人だとか、報酬を何割かカットしているだとか、選択肢が無いとかだろう。
剣士でなくても、色んなジョブで当てはまる話・・・これは辛い現実。
「こんなんじゃ嫁ももらえないよ」
「もらえなくてもいいじゃねぇか。一人のほうが気楽だぜ」
ジャンは結構気にしているようだが、トールは特に考えてもいない様子。
「俺はこんな生活から早く脱したいんだよ。それなりに稼げて、家を構えてさ。落ち着いた生活がしたい」
「・・・だったら傭兵は無理じゃないかなぁ」
ヴェロニカの言うとおり。それはもう傭兵じゃ無理だ。
傭兵は誰にも縛られず動ける、言わば自由の身分。例えば国お抱えの剣士だと命令に対して拒否権なんて存在しないが、傭兵は気に入らなければ断ることもできる。
その分、報酬が少なかったり、仕事が無い場合もあるだろうが、命令や義務と引き換えに自由を選んだわけだし、その辺りは言えんところ。
話を聞く限り、トールはともかく、ジャンは傭兵向きな思考をしていないような気がする。
「まあ・・・言いたい気持ちも分からんわけでもないけどなぁ」
トールは寝転がり、
「嫁がいりゃあ、一人寂しい夜・・・なんてのもないだろうし」
などとぼやく。
「・・・はぁ?」
ヴェロニカの雰囲気がどんどん悪くなっている。
俺はテレパシーの影響をもろに受けているから当然感知している。
だが、目の前の二人はそんなヴェロニカに気付くこともなく、
「正直、それもある」
「だよなぁ。あるよなぁ」
ジャンもあんのかよ・・・
ってか、もうそうなってきたら生活力がどうとかいう問題じゃなくなるだろ・・・
「・・・いや、あの、ちょっと違うことないか?」
ヴェロニカの怒気が尋常じゃない・・・!
とりあえず、話を逸らさないと大変なことになるかもしれん!
「奥さんがいれば生活力が上がる・・・なんてこたないだろ」
「どうしてだよ?一人より二人のほうが収入が倍だぞ?」
「そりゃ単純計算でだろ。世の中、そう上手いこといくわけじゃないよ」
どういう風に話を進めればいいか迷うが、とにかく話を逸らしたい。
「例えば俺とうちの嫁なんかもそうだけど、言うてそんな稼ぎがあるわけじゃないぞ?」
マーベルさんの稼ぎってどんなもんなんだろう?
あの逞しさだと、相当稼いでそうな気はするが、今は少ないってことにしておいて、
「俺たちだって、自分の店をどこかの街で構えて、地に足ついた状態で商売したいんだよ。だけど、こうやって他の行商の連中と旅をしてる。これがどういうことか分かるか?」
「・・・そんな儲けがないってことか?」
「そうだよ」
実際どうかは知らんけど。
「儲けがありゃあ、店を構えてる。まあ、俺たちもまだ若いから、そこまで扱っている商品が多くなかったり、大口の取引ができてないってのが現状ではあるが、そういうことを除外したって二人だから倍の収入ってわけじゃないんだよ」
・・・俺の儲けなんか、今日の分の見張り代で二千フォドル・・・そこからマーベルさんとの取引で千フォドル持っていかれて、最早小学生の小遣い程度だよ。
言わないけど。話の辻褄が合わなくなるし、辛くなるから。
「それに子供もいるし、この歳の子供は結構お金掛かるからな。実際、赤字になる時だってあるかもしれん」
地球、特に日本だと、子供一人育てるのに一千万掛かるとか言われてるらしいし、こっちの価値観も似たようなものだと踏まえると、同じくらい掛かるかもな。
だとすると、俺もそうだし、目の前の二人の収入じゃあ一人も無理かもな。
「だから、単純に嫁がいて、一緒に働けば楽になる・・・ってことにはならんだろってことよ」
「そうだそうだ!」
ボルドウィンの居住区で出会った若い奥さん二人。
あの二人の旦那は剣士らしいが、別の職場で働いて稼いでいる。
政府による行動制限の問題もあるだろうが、剣士で稼げないってことが分かっていてそうしている・・・と考えられる。
工業地区にある様々な仕事の中で、どれがどれくらい稼げるかは知らないが、やっぱりピンキリだろう。地球で言うところの大企業だとか、優良企業だとか、そういうのがあれば収入はいいだろうし、今にも潰れそうな・・・あの廃工場とかで起業していた人たちの末期はほぼ無いと考えるのは容易。
ただ、あの二人の奥さんは専業主婦っぽいイメージだったが、夫婦と子供一人でギリギリと考えても、一人だけだと十分な金額を得ていることも想像できる。
この二人の気持ちとか理想とか、そういうものを無視するようで悪いが、本気で楽になりたいのなら剣士をやめたほうがいいし、やめなくてもいいが、別の仕事をしたほうが楽にはなるだろう。
・・・そう思うが、それはあえて言わない。それに気付けって気持ちもあるが、何より二人の人生だし、俺がどうこう言う権利はない。
揉める原因になるかもしれない・・・って一面もあるけど。
「まあ・・・稼ぎに関しちゃそうかもなぁ」
そうそう、そういうことよ。これで話を切り上げようぜ。
「でも、夜のほうは稼ぎとは関係ないよな」
おい!!
蒸し返すな、バカ!!
手元の大砲もようやっと落ち着いてきたってのに、もう一回導火線に火付けてどうすんだ!!
「キリヤは奥さんとどうなんだよ?」
「は?はァ?」
まさか・・・いや、話の流れでそういうことを聞かれることは分かっちゃいた。いたけども!
「そりゃあ、すげぇだろ。あの奥さんだぞ?」
何がすげぇのかにもよるが、これ以上余計なことを言うな!
分かれよ!ヴェロニカがもう今にも撃ちそうなんだよ!
「いやいや、別に普通だろ・・・」
実際、夫婦でもないのにそういうことが分かるわけがない・・・
ということにしておきたいが、
「普通なわけないだろ」
「美人だし、体つきもいいしなぁ」
そりゃあ・・・確かに美人ではあるな。好みの差はあっても、そこは大抵の男が口を揃えて美人って言うくらいではある。
体つきに関しちゃノーコメント・・・といきたいが、この辺りも否定できんという一面もある。
何と言えばいいのか、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。そういう感じ。言ってしまえばグラマラスな感じ?
俺より身長が少し高い点はあるが、そんなこと気にしない連中にとっちゃあイイ感じではあるかも。
・・・マーベルさんはそういう連中がいるってことを考慮して、俺を上手く使おうとしたのかねぇ。
「で、どうなんだよ?」
「うるせぇなぁ・・・どうでもいいだろぉ、そんなこと」
「本当にうるさいねぇ・・・!」
何でそこまでヴェロニカが怒るのかがよく分からんが、とにかく大変なことになる可能性がとても高い。
一刻も早く切り上げないことには・・・
「ほら、フェリーチェ。ごちそうさまだな」
「・・・ぐえっぷ!!」
飲み終わったヴェロニカの背中を軽く叩いて、げっぷを出させたところで、
「あなた、食事を買ってきましたよ」
マーベルさんが皿を二つ持ってやって来た。
「何のお話をしてたんです?」
「え?いや、まあ・・・」
あなたの話をしていた・・・しかも下卑た話だ・・・とは言えたもんじゃない。
言えたもんじゃないが、
「まあ・・・大したお話じゃあ、ないでしょう、ねぇ」
トールとジャンを、マーベルさんが冷たく睨む。
「う、お」
「え、ああ、ハハ」
二人が気圧されている・・・!
ついでに俺も入ってるのかな・・・?俺もなんか嫌な汗が止まらんけど?
「そろそろ見張り・・・行くか」
「そ、そうだな・・・」
二人はそそくさとオアシスの入り口に逃げていった。
一応、二人は警備のために同行しているから、夜中の警戒も仕事に入っていたが・・・
「・・・ふん」
何か言いたそうなマーベルさんではあったが、
「お待ちどうさま」
隣に座って、料理が入った皿を見せてくれた。
買ってきてくれたのは、ボルドウィンの屋台でも食べたリカリカだった。
「これはありがたい」
温かいし、簡単に作れて食べられるし、こういう時の飯としてはちょうどいいんだよ。カレーとかシチューは。
「ちょいとごめんよ」
満腹になったヴェロニカを一旦横に座らせて、マーベルさんから皿を受け取った。
「いくらでした?」
「七百フォドルですが、後でいただきます。今はいただきましょう」
温かい食べ物は温かいうちに食べるべき、か。そりゃそうだよな。
「いただきます」
一口食べて、ボルドウィンの屋台で食べたリカリカと少し味付けが違うことに気付く。
ボルドウィンで食べたのは甘口だとしたら、今食べているのは中辛か、辛口か、その間か?
どの辺りなのかは分からないが、それなりにスパイシーな味付けになっている。ここがオアシスで、具材の保存が難しいこともあって、香辛料を利かせているのかもしれない。
これはこれでうまいけど。
「全く、男性はどうしていつもそういう話をするのです?」
おっと・・・リカリカを味わってる場合じゃないようですぞ。
「・・・聞いてました?」
「ええ。しっかりと」
マーベルさんは不機嫌になっていて、
「まだキリヤさんがそういう話をしていなかった点は評価しますが、あの二人はダメですね」
っていうか・・・結構しっかり聞いてたんだな、この人。
もしかして、テレパシーが使えたりする?
こっちの人間はパスポートでスキルを習得することも、便利だから使うことも常識・・・当然、テレパシーの使い方やメリット、デメリットは理解していると想像できる。
商売に使えないスキルじゃないし、習得していてもおかしくはないが・・・
「キリヤさんは女性のそういう面に関してどうお考えですか?」
「・・・は?」
この感じ・・・習得はしてないのか?
スキルを使えるなら、大なり小なり俺の考えを感知はするだろうし、そういう振り方はしないはず。
「いや、まあ」
・・・いや、スキルを習得していないのか?
その上で俺の反応を見たくて試してる?
「俺も一応、男なんで・・・考えないわけじゃないですね」
どっちにしろ、ろくな状況じゃないな、コレ。
「ふーん・・・そうなんだぁ」
ヴェロニカさん、あんたは別だよ!
実際、お前は十八歳なのかもしれないが、体は赤ちゃんだろ。それに対してどうこう思うほど、俺は変態じゃねぇ!
仮にそうだったとしたら、今頃お前、大変なことになってるぞ・・・
「・・・なるほど。そうですか」
冷たい返事だなぁ。
これ、確実に何かあったな。
「でもまあ、別に女性の魅力ってのはそれだけじゃあないでしょ」
波風立てないようにしたいところだが、
「生憎、俺はそんなに口が上手いほうじゃない。どうやって伝えればいいのか分からないんで、そのまま伝えますけど」
とりあえず怒るなよ、っていう前振りだけはしておいて、
「俺は誰かと付き合ったりしたこともないですし、それどころか好きになったことすらないけど、好きになる理由の一つになる可能性は否定しないですね」
それこそ顔とか見た目とか。そういうのを挙げるヤツがいるのも確か。
それなりに歳を食った大人ならどうかは知らないが、中学生とか高校生ならそういうところを見るのが多いかもしれない。
「異性ですからね。自分と違う点を見ることはあるでしょう」
「それは・・・理解できますが」
「女の人だって、男に対する評価ってそういうところじゃないですか?例えば顔が好みだとか、筋肉が付いていてたくましいとか」
「む・・・否定はしません」
しないのかよ、とは思うが、余計な茶々を入れて収拾がつかなくなると困るから言わない。
「それが露骨かどうかってところですかね。俺はまあ・・・別に見なくはないです。そこは否定しないです。ですが、他の面を見るようにはしてますかね」
「ほう。例えば?」
尋ねられると困るが、
「相手の考え方とか仕草とか、ちょっとした気遣いとか」
見た目もそりゃあ大事かもしれないが、それよりも中身だろう。
考え方とか意見が合わないと物事一つ決められない。それこそ、金銭感覚の違いは揉める原因にもなるだろう。俺もその辺りは重視するかもしれない。
そういう思考的な面は置いておくとして、他にも見るべきところはあるはずだ。
照れてる時に髪をかき上げるとか、頬を掻くとか、緊張している時は無口になるとか、声のトーンが低くなるとか、そういう仕草も良く見えるポイントになるかもしれないし、大皿の料理を取り分けるとか、食べ終わった食器を端に寄せるとか、そういう気遣いも自然と見るだろう。
俺はどっちかっていうと、そういう面のほうが大切なんじゃないか・・・って思う。
見た目は置いておくとしても、合わない相手と一緒にいるってのはなかなかにストレスだぞ。
合うことが大前提。見た目はその後でいいはずだ。まあ、良ければ良いで結構だが。
「ま・・・そういうことですな」
その点、マーベルさんはイイ線いってるとは思うけどなぁ。
買ってきてくれたリカリカだって、ヴェロニカの世話があるだろうから、自分が買って来るって言ってくれたし、そういう気遣いができる人だと分かった。
まあ・・・商魂がたくまし過ぎるというか、そういう点はマイナスかもしれないが。
「・・・なるほど。参考にします」
「え?なんで?」
「ごちそうさまでした」
マーベルさんは皿にスプーンを入れ、
「食べ終わったら、この食器と合わせて屋台に返しておいていただけますか?今日のこの子のお風呂は私が引き受けます」
「あ、はあ。え!?」
「えぇ!?」
食器を地面に置いたその流れで、マーベルさんはヴェロニカを抱え上げた。
「いやいや、そこまで面倒を見てもらうわけにはいかないんですけど!」
「そうそう!」
ヴェロニカがじたばたして抵抗しているようだが、
「女同士のほうが気兼ねないでしょう。一応、親子ですし」
そりゃあ、設定上はそういうことになるけども!
「それでは、先にお風呂を済ませておきますね」
「キリぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
めちゃくちゃ泣いているヴェロニカを抱えて、マーベルさんが宿舎に向かって歩いていった。
「・・・そこまで泣かんくても、良くないですか・・・?」
何でそこまで俺にこだわるのか分からないが、とにかく俺以外は嫌な様子・・・
そういう趣味ってわけでもなさそうだし、どっちかっていうと女同士のほうが気楽だろう。宿舎の男風呂がどういう設備なのか分からないが、大風呂だったら他の男の見たくないものまで見てしまうことになるし、どっちかっていうとそっちに嫌がるだろう、普通は・・・
マーベルさんのことが嫌ってなら分からんでもないが、そこまで嫌っているわけでもなさそうだし。
「・・・まあ、たまにはゆっくり飯食わしてくれぃ」
悪いな、ヴェロニカ。
俺のメンタルもステンレスじゃないからな?錆びたりもするし、疲労して折れることだってあるんだよ。
どういう理由で嫌なのか知らないが、たまにはぼっちの時間を過ごさせてくれ。




