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ボルドウィンを脱出して、ドードと荷台に揺られてしばらく。
メリコ行の移動集団はとあるオアシスに停まった。
ドードの運動能力上、そこまでの長距離は移動できない。途中で休憩を入れる必要がある。
ボルドウィン周辺ではドードを使った移動が多いことから、国があちこちに休憩ができるオアシスの整備を行っているらしい。
俺の体感上のスピード感と、ざっくりとした距離から換算して、ボルドウィンとオアシスとの間は20キロいくかいかないかくらいだと思う。
そう考えると、結構頻繁に休憩できるところがある。
オアシスは割と広く、移動集団の規模にもよるが、集団一つあたりドード二頭と十人の編成だとしたら、十組くらいは収容できるくらいはある。
簡単な宿舎と井戸があって、ドードたちを休ませる宿舎もある。
宿舎に全員が入れないこともあるだろうから、表で野営することもできるらしい。所々で焚火をした跡がある。
休憩客目当ての屋台も出ている。ドードにキッチンカーを取り付けて、現場で調理できるようにしているらしい。
休めるし、食べることもできる。
まるでサービスエリアみたいな感じだ。
みたいな、というより、存在の意味と環境を考えれば、それがぴったり当てはまる。
どこからどこまでが国の整備で、商売人のテリトリーかは分からないが、ラヴィリアは環境整備に力を結構入れているのかもしれない。
「で、どうして俺たちを助けてくれたんです?」
最初のオアシスに着いて、休憩のために一旦荷車を降りた俺たちは、周りに落ちている枝を集めて火を起こした。
井戸水を汲んだカップを火にかけて、お湯を作る。
「早速質問ですか?」
「これでも割とタイミングは遅らせてますよ。それに、もっと聞きたいこともある」
ヴェロニカのミルクを作りながら話を進めていた。
本当なら、首都から脱出したすぐに尋ねたかったことだった。
装備だけじゃなく、調査にも力を貸してもらった。屋台で何度も相席したし、世間話だって一つや二つしたくらいじゃ済まない。
確かに世話にはなった。
なったが、警備隊や芋二人から助けてもらえるほどのことを俺はしちゃいない。
俺にとっちゃあ、商売人の一人にしか過ぎない。それはマーベルさん側からも言える。俺はただの一人の客。
それなりにお金を入れたことは確かだが、そこまでの動機にはならないと俺は思っている。
だからこそ尋ねたかった。
「まあ、話の内容が内容でしたし、狭い荷車でするお話でもありませんでしたしね」
「それはまあ・・・そうですけど」
荷車に乗っている他の乗客も、警備隊と芋とのやり取りを見ていたようで、俺たちに対する視線は冷たかった。
危険感知はずっと黄色信号だったし、怪しいとか怖いとか、戸惑いっていう感情もあっただろう。
ずっと危険感知が反応して鬱陶しかったから、しばらくして一旦切ったが、一旦気になりだした視線はずっと気になる。
そんな連中に聞かせるような内容でもないし、場所を選ぶというのは間違っちゃいない。
「うし、お湯も沸いたし・・・」
皮手袋を右手にはめて、焚火からカップを出して、
「ミルクの粉を入れてだな」
荷物からフラミルクの缶を取り出して、
「ちょっと濃いめで!」
・・・というオーダーの通りに、少し多めに注いでかき混ぜて一旦待ち。このままだと熱すぎる。
この冷ます間に、
「で、何で俺たちを?」
「まあまあ、そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ。カモにしたりしません」
カモにされるかもそうだが、多少は警戒して当然だろう。
「そうですね・・・何故助けたかと尋ねられたら、興味があったから・・・というのではいけませんか?」
「・・・は?興味?」
商売関係だってことは分かっちゃいるから、そういう感じの理由が出るもんだと思っていたが、想定外の回答だった。
「興味って・・・どういうことです?」
「追究してきますねぇ」
興味って色々あるだろう。
面白さとか好奇心とか相手のことが知りたいとか色々・・・
・・・あれ?このパターン・・・
まさかとは思うけど、惚れられた?
おいおいおい、そんなまさか。
確かに歳はそう離れちゃいないだろう。そこそこ世間話をするくらいには話せる間柄だってことも否定はしないし。
でも、所詮は客と商人っていう関係だぞ。いや、そこから発展することだってあるだろうし。男と女なんて何がきっかけで始まるかなんか予想できるもんじゃないもんな。
おいおい、ちょっと待ってくれよ。まさかの異世界でモテ期とかさぁ。
「キリ・・・何を考えているんだい?」
・・・テレパシーで俺の心を読むな。
いやしかし、これはこれで悪くないぞ!
別に、俺だって一応男だし、彼女の一人や二人欲しいと思うことだってあるしな。
「・・・いや」
ちょっと待て。
そういうのは無いな。無い。
今までの俺はどうだった?
そういうのが嫌で、俺はこういう風にしてきたんじゃないのか?
思い出したら、急に冷静になれた。
のぼせていた頭が一気に冷えていくのが分かる。
「キリヤさんは色々と独特な知識をお持ちですよね」
「お、おう?」
なんだ?どういう切り口だ、これは。
「ノーラではこういったオアシスがあちこちにあるので、個人で野営装備を揃えようとする方は珍しいんですよ。それなのに、キリヤさんが欲しがる物は一般的に使われることが少ない物ばかり」
オアシスはあちこちにある。
しかも、そこまで快適ではなくても、泊まることだってできる設備もある。水もあるし、種類は多くなくても飯も食える。
そう考えたら、そこまでガッツリと装備を揃える必要はなかった。寧ろ、別の装備を揃えるほうへ走るだろう。
「ナイフと斧は別としても、私もお売りした経験の少ない物ばかり。それを進んで購入するのですから、興味の一つくらい湧くものだと思いますよ」
そりゃあ、そういう一面もあるか。
売れない物を買っていく客がいたら、何に使うんだろうって俺も思うだろうし。
「それに、購入した物の傾向からして野営をすることを前提としていますよね?それは何故なんでしょう?」
・・・なんか知らないけど、俺のほうを掘ろうとしてる?
「うーん、何でかって言われると困るんですけど」
あまり深く追究しないで欲しいんだが・・・
ヴェロニカの出生の秘密を解き明かすための旅をしてるんだーって言って、誰が信じるんだよ。大体、あまり知られていいような内容でもないし。
「人混みが苦手なんですよ、俺」
「あら」
「集団で移動するのって、ちょっと抵抗があって。だから一人で移動できるようにしたかったってわけです」
適当な言い訳だが、それなりにいい感じなんじゃないか?
一人で移動したいなら、装備が必要になるのが当然だし。
「だから知識をしっかりとお持ちだったんですね」
そういうことにしておいてくれ。
地球のキャンパーだと常識レベルの話をしただけだ。ガチガチの知識は持ち合わせてない。
「で、興味があったから俺を助けたってことですけど」
話の流れをこっちに戻したい。あまり俺たちの情報を探られるのは勘弁してもらいたい。
「結構前から見てました?警備隊と芋・・・ああ、あの奥さんたちに絡まれるのを」
興味があるから助けたってことは、あの状態を見ていないといけないわけで。
「ええ、見てはいましたが、最初から静観していたわけではありませんよ」
「というか、尾行してきてましたよね?」
行先を伝えてもいないのに、ああいう風に会えるわけがない。
そりゃあ偶然はあるかもしれないが、それにしても上手く出来過ぎている。
「あはは、それはまあ・・・目を瞑ってくださいな」
「いやいやいや」
「助けて差し上げましたし、トントンということでいかがです?」
素直に認めるあたりまだ可愛げがあるが、つけていたことに変わりはない。
助けてもらったことに関しちゃ感謝するが、それにしてもトントンにしてくれってのはなぁ。
「あ~」
「おっと」
ヴェロニカがじたばたするから思い出した。ミルク飲ませるんだったわ。
「よし、いけるな」
ミルクの温度もいい感じだ。
スプーンですくって飲ませてやる。
「相変わらず、いい飲みっぷりですね」
こいつにとってはこれだけが楽しみだもんなぁ・・・
芋二人だけじゃなく、警備隊の連中にもフレアバレットを撃ち込もうとしていたわけだし、それを楽しみにしていたのは問題有りだが、ストレス解消方法は考えないといけないな。
「これからメリコに行って、例のご夫婦の調査をなされるので?」
「まあ、そうなりますね」
ミルクを飲ませながら、
「メリコもそこそこ大きい町ですよ。またお一人で調査をなさるおつもりですか?」
調査を引き受けて儲けようって腹なのは分かってる。
まあ、それはそれで助かるからいいとしても、これからずっとついて来られるとしんどいな。
「お願いし続けるのも申し訳ないですし、俺なりに考えて調べていきますよ」
と軽く断る。
だが、
「そこで一つ提案なんですが」
「ええええええええ・・・」
まさか、まだ話を続けようとしてくるとは・・・
こりゃあ骨が折れるぞ。
「ご夫婦の調査、手伝わせていただけませんか?」
「いやいや、なんでそうなるんですか?」
こっちは終わりにしたいんだよ。俺も断ってるし、雰囲気で分かるだろうよ。
「いえね、お互いメリットがあると思うんですよ」
「この人、すごいねぇ」
良かった・・・俺だけじゃないんだな。この状況に困ってるの。
「キリヤさんは見ず知らずの土地で困ることが無くなり、調査の人手を増やすことができます。単純に情報量を二倍にできると考えても良いでしょう」
そういう考え方もあるな。
確かにそれはそれで旨味はある。旨味はあるが・・・
「マーベルさんのメリットは?」
気になるのはそこだ。
少なくとも、俺と絡むことでこの人にメリットなんか大して無いと思うんだが。
「私はキリヤさんから道具の使い方を教わったり、私が把握していない商品知識を提供していただければメリットはありますね」
・・・なるほど。要は俺の野営の知識を得たい、と。
道具の使い方の知識を深められたら、商売に繋げることができる。
確かにそれはメリットだな。俺にとってもキツイ内容でもない。
「それに、二人で行動することで、余計な虫を追い払うこともできますし」
ボディーガードも兼ねてるのか・・・
確かに女性一人旅ってのは危ないこともあるだろう。今までどうだったか知らないが、理由として挙げてくるあたり、そういった経験が無いわけでもなさそうだ。
一応、俺だけじゃなくヴェロニカもいるわけだし、家庭持ちと周囲に印象付けることはできる。対策としては悪いこともないか。
「でも、俺は言うほど戦えませんよ。戦った試しなんかほとんどない」
ほとんどどころか、ケンカらしいケンカもしたことがない。小さい頃に近所の連中とやり合ったくらいの経験値だ。
そんなのにボディガードなんか務まるわけがない。
「見せかけだけでいいんです。男がいるというだけで、おバカさんたちには脅威なんですよ」
実際・・・脅威っていうなら、俺よりもミルクをガブガブ飲んでいる赤ん坊のほうだけどなぁ。
フレアバレット以外の攻撃を見たことがないから何とも言えないけど、はっきり言って俺よりも役に立つぞ、ヴェロニカは。
「可愛い赤ちゃんがいれば、なお良しですね」
「分かってるぅ!」
こいつ、チョロすぎん?
さっきまで警戒していたはずなのに、褒められただけでこれだもんなぁ・・・
「私か提案していることですし、キリヤさんにもメリットがあるようにしなければいけませんね」
例えば、とマーベルさんは少し間を置き、
「調査依頼の料金をお安くします」
という提案をしてきた。
それはそれで悪くはないが、根本的な問題を解決できていない。
「いや、俺は単独で移動したいので、そう提案されましても」
ヴェロニカのことを考えると、多少しんどくても単独行動するほうがいいと俺は思っている。
少なくとも、見知らぬ連中と長期間一緒にいるのは結構面倒だ。
仮にヴェロニカが本来の年齢であろう十八歳だっていうなら、大した障害はないかもしれない。年相応のカップルが旅をしているんだなっていう印象で終わるだろうし。
ただ、赤ん坊は手間が掛かる。
ミルクの世話も、トイレの世話も大人よりも神経を使うし、寝ることも多いわけだし、それなりに静かにしないといけない。ヴェロニカはそうそうないことだが、夜泣きだって想定されるわけで。
常識がある大人ならそういうものだって分かるし、一緒に旅をすればそういうことだってあると割り切れるだろうが、世の中の全ての大人がそういうわけじゃない。そういうことがキッカケでトラブルになることだってある。
そういう日常的な世話とか旅行中のトラブルもそうだが、ヴェロニカとのやり取りに支障が出ることが一番面倒。
俺が赤ん坊と一緒に旅ができている大半の理由は、ヴェロニカが的確に状況を教えてくれるからだ。
自分の要求だったり、体の異変だったり、テレパシーでキャッチした異常だったり、そういうことを教えてくれるから、赤ちゃんの知識がほぼゼロの俺でもやっていけている。
ヴェロニカとやり取りが上手くできなくなったら、本当の赤ちゃんと同じようなやり取りをしなくちゃいけなくなるかもしれない。
それだけはしんどい・・・だから、誰かと一緒にいることを避けたいわけだ。
「元々、一人で調査はするつもりだったんで、別に協力は無くていいんです。ボルドウィンではご厚意に甘える形で依頼はしましたが、これからもお願いするっていうのはちょっと・・・」
「では、何かしら商品が必要になった際はお値打ち価格で販売させていただくというのは?」
「それもありがたいんですけど・・・」
「では他に何か・・・うーん」
どうしても俺たちと一緒に行く気だな・・・
そりゃあ、正直悪い話じゃないし、調査はまた別としても、これからここで生きていく上で何かしら物は必要になるのは分かり切っているわけで、値引きしてもらえるのはありがたい。
「どうするんだい?キリ」
どうするも何も、答えは決まってるんだよ。お断りしかない。
ただ、なかなか諦めてくれないんだよ・・・
っていうか、ずっとついて来る気満々の話だろ、これ・・・
「なあ、あんたたち」
どうすれば断れるのか悩んでいると、
「あんたはメリコ行の・・・」
俺たちが世話になっている団体のリーダーの男だった。
「どうしました?」
「ああ、いや、ちょいと相談があってな」
「相談・・・?」
俺たちに相談って、そんなことある?
「なんでしょう?」
「ここから先、肉食モンスターが出没するって噂のエリアを通るんだが」
こらこら、分かってるならそんなところを通るんじゃないよ。
「護衛役を頼めないかと思ってな」
どういう流れでそういう話になるんだ?
「私はほとんど攻撃する術はありませんよ。護身用にナイフを持っているくらいで、モンスターと戦うくらいの実力はありません。うちの人は・・・」
ああ、そういえば俺たちは夫婦っていう設定なんだっけ。
メリコに着くまでそれかぁ・・・
「俺も護身用に持ってるだけなんで、正直自信はないですけどね」
自信がないなんて控えめに言っただけだぞ。社交辞令ってやつだ。
本気にするなよ、あんた。
「いや、自信がなくてもいいんだ。道中、周りを見回して警戒さえしてくれればいい」
「・・・ほお」
要は監視要員ってことか。
「周りを見張ってればいいんだな?」
「ああ、そういうことだ。戦う必要はない。護衛は雇ってるからな」
そういえば、剣士が二人いた気がするな。
話す用事がなかったから、特に気にも留めてなかったけど。
「こちらは護衛として相乗りしていませんから、それなりに見返りがあると思っていますが?」
この人はとことん旨味を求めるな・・・
こういう場面を見る度にたくましいと思っているが、ここまで来るといっそ清々しいな。行くところまで行ってほしい。
「交渉上手な奥さんだな」
「お上手ですわ」
いや、奥さんじゃないでしょうよ。
そうだったらいいなっていう気持ちも無くはないけど、現実は違うぜ。
「そうだな・・・だったら、見張りに付いてくれたら一日二千フォドル出すってのはどうだ?」
日当二千フォドルか。
まあ、単純な見張りだったらその程度か。戦う必要もないし、ちょっとした小遣い稼ぎと思えばいい仕事だ。
「いいよ、引き受けた」
「おっ、助かるよ!ありがとう」
「あなた、よろしいのですか?」
この寸劇、ずっと続くのか・・・ああ、めんどくせぇ!
「簡単な仕事だし、いいだろ」
そこまで面倒な仕事じゃないし、いつまでもヴェロニカに頼っちゃいられない。小遣い程度だけど、稼げる時に稼いどかないと。
「じゃあ、そろそろ出発しよう」
「今日から見張ろうか?」
「そう言ってくれると助かる。準備ができたら荷車に乗ってくれ」
リーダーが自分の荷車に向かって離れていく。
「よし、飲んだな」
「げぇぷ」
ヴェロニカのミルクも終わったし、俺たちも荷車に乗り込みますか。
いつの間にか熾火になっていた焚火に、強く息を吹きかけて燃焼を促す。
「キリ、早く行こうよ」
そういうわけにはいかないんだよ。
燃え残った薪をそのままにしておくと、ちょっとした風を受けて再燃焼することもある。今回は細かな枝でやったから大した炎にはならないだろうが、それでもまた燃えて誰かが怪我をしてしまったら困る。
薪とか炭はしっかり燃え尽きさせるほうがいい。それができないのなら、火消壺なんかに入れて窒息消火させる。
窒息消火っていう意味では土をかぶせるってのもなくもないけど、薪や炭の燃えカスは土に戻らない。だからこそ、キャンプ場には灰を捨てる場所が構えられているわけだ。
捨てる場所なんかも無いし、燃え尽きさせるのがベター。
「よし、これでいいかな」
できる限り空気を送り込んで、使った薪を燃え尽きさせることができた。
あとは軽く水を掛けて、ある程度の原状復帰をして終わりっと。
「あなた、行きましょう!」
遠くで嫁役の商売人が呼んでいる。
「今行くよ」
「少なくとも、メリコまでは一緒だねぇ」
さっきまで持ちかけられた話は上手いこと切り上げられた。
道中、続きがあるかもしれないが、断ることは変わりない。
メリコまでは我慢するしかないか・・・
「・・・メリコまでどれくらい掛かるんだ?」
「そうだねぇ。少なくとも、最短で三日ってところかな」
ドードの運動能力じゃ限界があるか。こればっかりは仕方がない。
「なるようにしかならんなぁ」
「早く乗ってくださいな」
「はいはい」
ボルドウィンを出る時と同じように、ヴェロニカを一旦預けて荷車に乗って、戻してもらう。
「出発してください!」
「おう!」
リーダーが二頭のドードを手綱で叩き、発進させる。
「無事でいられたらいいねぇ」
本当にな。
メリコまでの、色んな意味で長い旅はまだ始まったばかり・・・




