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「さて、と」
危険察知で敵意に引っ掛からずに帰ってきて、少し警戒を続けた。
追って来るかもしれないと思って、遠回りで戻ってきたわけだが、赤信号が点灯した後は検知することはなかった。
追いかけてまでどうこうしようって腹はなかったらしい。
まあ、こっちも同じようなもんだが、向こうも誰かに警戒をしなきゃいけない立場なんだろう。
そりゃあ、見ず知らずの奴が夜中にうろうろしていたら、警戒しないわけがない。
さっきのがどういうヤツなのかは知らないが、お互い様ってことで一つ、手打ちにしてもらいたいところだ。
気を取り直して、今俺がやるべきことを考えよう。
「よく寝てるな」
ヴェロニカはしっかり眠っている。
こっちがちょっとどうこうしても起きそうにないくらいだ。
「それはそれで結構」
窓際で木箱に腰かけ、ポケットからとある物を取り出す。
パスポートだ。
いよいよ、本腰を入れて考える時が来た。
まあ、そこまで気合を入れなくても・・・とも思うが、俺たちも危険な場所で身を潜めているのも確かなわけで、スキルの恩恵がないと切り抜けられない可能性もある。
さっきもそうだ。
もし、相手が何かしらの攻撃手段を持っていたとしたら、致命傷になるような攻撃をされていたかもしれない。
場当たり的な対応になってしまうのは悔しいが、ここは異世界。当然のことながら文化も違うし、常識も違う。
俺自身でどうにかできるレベルまで、色々考える必要がある。
「まずはベースを考えないといけないが・・・」
―――危険感知の件と同じ話だが、ある程度はヴェロニカとの切り分けを行う必要がある。
二人して同じスキルを持っていたって、どちらかが腐るだけ。それどころか、状況によっちゃあ両方腐ることだって考えられる。
ヴェロニカとの協力関係がどこまで続くかは分からないが、しばらく続くことは明白。ここは上手くやりくりしていかないとだな。
まあ、幸いと言っていいかは微妙なラインだが、俺が必要と思っているスキルは、ヴェロニカが取得している内容と違う。切り分けが楽と思えばいい。
「欲しいスキルはいくつかあるけど、やっぱり必要なのはこいつか・・・」
まずはクラフトの先にある本命スキル、複製。
生命体、金以外の物を一定時間増やすこのスキル。これは相当応用が利くと思っている。
最初はトイレットペーパーとかマッチとかを想定していたけど、この状況になって色々考えていたら、意外な使い方ができると思いついた。
道具を揃えておく必要はあるが、逃げる時にも役に立つ。
これもある程度練習と、発動時間の把握が必要・・・その場で覚えて使うものじゃない。
「あとはこいつか」
気配を隠せるかくれんぼスキルも、潜伏するには重要。
潜伏だけじゃなく、逃げる時にも使えるこいつは、今の状況にぴったりだ。危険感知との相性もいい。
これも危険感知と同じように、有効範囲があるだろう。効果発揮の制限時間もあるかもしれない。習得するなら早いうちにして、練習する必要があるな。
「・・・あとはどうするかなぁ」
複製とかくれんぼ。
この二つ、特に複製は普段の生活でも使えるスキルで、習得するのに迷いはない。かくれんぼの場合は使いどころが限定されてしまうっていう面はあっても、野営するのに重要な面も持っている。
俺たちは野営を避けられないだろうし、この辺は必須としておこう。
問題は他のスキルだ。
そもそも、俺の立ち位置が微妙すぎるんだ。
覚えているスキルも中途半端だし、振れるポイントも微妙な数。パスポートを手に入れた時に思ったことでもあるが、もっと多くポイントがあったらもっと考えようがあったのに。
最初からある程度覚えているって言っても、それも初期スキルばっかりだし・・・せめて一つでも最高レベルのスキルが欲しかった。
まあ、これに関しちゃ今どうこう言ったところで解決するもんじゃないから置いておくとしても、少しくらい欲を言わせてくれ。
「唯一、レベルが高めのスキルがナイフだけ、か・・・」
ナイフのスキルはレベル2になっている。
これは、日本でのキャンプで得られた経験によるもの・・・と思われる。そんなにすごいことができるとは思えないんだけど、まあ、いいとしよう。
スキル確認の時はしっかり見てなかったってこともあって全く気付いていなかったんだが、このスキル、次は分岐している。
「えーと・・・?」
分岐一つ目。ハンティングブレード。
獲物を仕留めるほど強烈なナイフでの一撃。クリティカル発生率が50%向上する。
分岐二つ目。スローエッジ。
鋭利なナイフを投擲して相手を攻撃する。離れた位置から攻撃が可能。クリティカル発生率が20%向上する。
「なるほど・・・近距離か中距離かってところか」
ハンティングブレードの場合、強力な一撃を叩き込めるのはいいが、刃渡りの短いナイフで攻撃するから、敵にほぼゼロ距離まで接近しなけりゃならない。
スローエッジの場合、ある程度離れた距離・・・この感じだと、近距離から中距離の間くらいのイメージだと思うが、安全な場所から攻撃できるメリットがある。不意打ちもできるかもしれん。
どっちにもメリット、デメリットがあるが、レベル2までが技術的な話だったのに、いきなり攻撃的な話になった。
基準として、レベル2を境目にしてるかもしれんが、この点はどうでもいいこと。
本当に気にしなければいけないのは、本当にナイフで攻撃を仕掛ける、もしくは対応しなければいけないのか・・・っていうことか。
本当に戦うことになった場合、ナイフでやれるのか?
俺は戦うことに関しちゃ素人もいいところ。ゲームや漫画でのイメージでしか分からない。徒手格闘でもやってりゃあ、体捌きとかで上手く立ち回れたかもしれないけど、今更どうしようもない。
スキルである程度の補正がされているらしいけど、危険感知の件で疑問に思ったように、どこまで効果があるのかが分からないってのも困りものだ。
「・・・ナイフのレベルを上げるのは一旦やめとくか」
護身用のナイフくらいは買っておく必要があるとしても、本格的な立ち回りをするのは限界がある。
「とりあえず、複製とかくれんぼを習得しよう」
本来必要なスキルを、忘れないうちに習得しておく。
クラフトレベル2を先に習得して、複製を選択して習得っと。
更にかくれんぼスキルを習得・・・
ピロン!
合計三つのスキルを習得、と。
クラフトレベル2が2ポイント。複製が5ポイント。かくれんぼが1ポイント。
危険感知と合わせて、9ポイント。残っているのは7ポイント、か・・・
「これは結構ずしっとくるなぁ・・・」
7ポイントであとどれくらい習得できるんだろう。
まあ、なくてもやっていけないことはないっていうのは何となく分かったけど、こういうのってお守りみたいなところもあるよなぁ。
言い方を変えれば、まだワンチャンやれるっていう保険かな。
こういうのって人にもよるんだろうけど、こういうゲームをしている場合、俺は限界のギリギリまでスキルを温存しておくタイプなんだよな。本当にヤバくなったら振るって感じ。ポイントが少なかったり、取得できる量が知れている場合は特に。
自分を有利にするためのスキルなわけだから、ポイントをフルに使ってプレイするのが当然っていう人もいる。
俺はギリギリを楽しんでるわけでも、ドMってわけじゃない。ただ貧乏性なだけだ。
使うのがもったいないんだよなぁ。期限が決まっていない消費モノって。いつでも使えるとか、ここぞって時に取っておくとか、そういうのがある。
「・・・ここじゃそれが通用しないってことを再認識しないとなぁ」
現代日本だと、できることとできないことがあっても困ることはそうない。
けど、ここはラヴィリアだ。ここでやっていくためには、使えるものは最大限利用していかないとやっていけない。
こっちに来てから今の今まで、ずーっとそうだったろ。
再認識して、心に刻んでいけ。
そんで、考えろ。
「・・・よし、一旦切り替えて、ジョブを考えよう」
スキルはまだ習得の余地がある。
次はジョブを考えよう。
俺はここでも貧乏性を発揮していたかもしれない。別に、切り替えが一回しかできないからと言っても、そのスキルが使えないわけじゃない。仮に盗賊にしたとしても、狩りも釣りもできる。ただ、フラットな状態か、能力を最大限生かせるかの違いだけ。
ここを選ぶことで、道筋が定まる。
逃げずに考えよう。
「・・・ただまあ、やっぱりこの三つに絞られるよなぁ」
剣士とか黒魔術師を避け、農家や漁師を避けるとすれば、ヴェロニカと話題にした通りの選択肢になる。
狩人か、探検家か、盗賊か。
どれもナイフが使えるっていう点で最初は挙げていたこの三つだが、本質をしっかり見ていなかった。
パスポートのジョブ欄を開けて、狩人を試しに選択してみると、
「・・・なに?」
狩人になった場合、遠距離系スキルとかくれんぼスキルの効果が上昇し、対動物、魔物に対する攻撃力が上昇する。更に専用のスキルとして、獲物の体力やステータスを見通す透視【野生】を習得する。
・・・何これ。めっちゃ効果高いじゃん。
しかも、かくれんぼスキルの効果が上昇して、専用スキルもゲットできるだと?
ジョブを登録するだけでこういう恩恵があったってのか?
今更ながら、これは登録しないと損だわ!
「じゃあ、探検家と盗賊は・・・」
探検家になった場合、危険感知スキルの効果とクリティカル発生率が上昇し、状態異常を引き起こしやすくなる。更に専用のスキルとして、野営やダンジョンに強くなる踏破スキルを習得する。
盗賊になった場合、ナイフスキルの効果が上昇し、かくれんぼと危険感知スキルが少し上昇する。更に専用のスキルとして、人の弱点を見通す透視【対人】を習得する。
探検家も盗賊も、それぞれ強いスキルをゲットできるらしい。
「これは悩ましい・・・」
また迷う要素が出てきた。
これからボルドウィンを出るとして、道中の野生動物や魔物との接触は避けられない。となれば、戦うこともするだろうし、食糧として野生動物を狩ることもあるだろう。
それを想定した場合、狩人はかなり役に立つ。自身が使う弓と、獲物に気付かれにくくするかくれんぼスキルとの相性も良い。
クリティカル率と状態異常を引き起こしやすくなる効果は置いておくとして、危険感知を最大限生かせて、野営に強くなる探検家も良い。
ナイフを有効活用しつつ、狩人と探検家の間の立ち位置の盗賊も悪くない。対人スキルも使いどころによっては強い。
それぞれに魅力があるし、ナイフ、危機感知、かくれんぼスキルを有効に使える。
もう一つ共通することとして、上昇するとか、少しとかの差がどれくらいあるのかってこと。それから、透視とか野営に強くなるっていうのは、具体的にどんな感じなのかが分からんってことだが、それは一旦置いておこう。
「ちなみに・・・」
俺は選ぶことはないが、黒魔術師を確認してみる。
黒魔術師を選んだ場合、各種属性攻撃の威力が上昇し、最大魔力と対魔法防御力が上昇する。更に専用スキルとして、魔法の発動時間を短縮する高速詠唱を習得する。
ヴェロニカは黒魔術師のスキルが大半を占めているはず。選ぶなら間違いなくここだろうし、これ以外を選ぶことはないだろう。
まあ、ヴェロニカはここに強いこだわりを持っている・・・ように俺は感じたし、間違いないと思う。そう思った理由はなんとなくってだけなんだが・・・
「それは一旦置いといて、だ」
黒魔術師とヴェロニカの件は一旦置いておいて、
「・・・ううん」
いかん。またこれは同じ流れになる。
結局選ばずじまいって感じだ、これは。
先延ばしにしないで、今日、今この時に決める。
とにかく、三つの中から選ぶことに変わりはない。
現実的に考えて、今の俺たちに必要なジョブとは?
そして、これからに必要なジョブとは?
「・・・ま、結局これが妥当というか、俺っぽいというか、だよな」
ピロン!
選択して、ふう、と小さくため息を漏らす。
「一番しっくりくるのがこれって感じだし・・・」
なんで自分に言い聞かせるように言ってるのかが不思議なもんで。
俺が選んだのは探検家だ。
これから先、町から町への旅になるだろう。
毎回、移動の度にきっちり町へたどり着ける保障もない。野宿だって避けられない。
この旅はヴェロニカの謎を解き明かすものであるが、道中の安全の確保は最優先事項であると言える。
これを本人に言うのは申し訳ない面もあるんだが、いくら頑張って探したところで、この広い世界で親をピンポイントで探し出すのは無理ゲーに近い。それこそ、雲をつかむようなモンだ。
見つからなくても仕方がない。それくらいの気持ちで掛かるべきところを、素人が手探りで危険と隣り合わせでやっている状況だ。
もちろん、助けてもらってる恩もあるし、調査も当然やる。やるけど、俺がヴェロニカにしてやれることの大半は生き残るために手を尽くすことだと思う。
今のところ、不要な要素は多いけど、探検家は俺に合っている気がする。
「となれば、こうなるな?」
探検家が得意とする武器は鞭とナイフ。
戦闘に耐えられる鞭とナイフが必要だ。この辺りは明日にでもマーベルさんを訪ねてみてもいい。まあ、毎度世話になるのもアレだし、食糧調達のついでに武器屋に行ってみてもいいけど。
あとは鞭のスキルを習得しておく。子供の頃、縄跳びとかロープでそれっぽい遊びをしたことはあっても、実際は素人なわけだし、スキルの恩恵は当然必要。
「・・・装備ももうちょい充実させたいよなぁ」
動くと決まれば、身の回りの物も拡張したい気がしてきた。
今はシャツとパンツのみで、道具が入った大きなカバンを背負って、赤ん坊を抱える形になる。
カバンはヴェロニカの転送でどうにかできるとしても、常に身に着けておきたい装備はある。いちいち取り出すために転送してもらうのも悪いし、周りに人がいて取り出せない状況もあるだろう。
最低限、常備しておく装備を考えて身に着ける装備か・・・
「こりゃあ・・・また金が動くなぁ」
毎度毎度、申し訳ないわ。
俺の寝袋ですやすや眠っている赤ん坊に、な。




