きれいなお姉さんは好きですか? -たとえ商魂たくましくても-
しかし、団地の爆破は俺がやったことになってるとはな・・・
まあ、常識的に考えれば、赤ん坊が魔法をブチかますなんて有り得ない。
しかも、団地の一角を爆破する威力を出すなんて考えられない。
その親がやった・・・と考えるのが妥当というか、一般的というか。
ヴェロニカに注目が集まらなくなった・・・という風に考えれば、気を付ければいいのは俺だけになるということ。
俺の頭と胃がどこまでもつかが問題だが。
しかし、問題は他にもある。
というか、本命がこっちではあるが、訳アリ夫婦ってのは簡単に見つからないようだ。
探し始めてすぐに見つかるとは思っちゃいないが、訳アリって単語でほとんど情報がないとは。
そりゃあ、訳アリにも色々種類はあるだろうし、大きい街だから相応に人も多い。そこからピンポイントで一組の夫婦、もしくは片方を探し当てるのは簡単じゃない。
警察や探偵だって相当時間を掛ける内容だ。それを一日や二日でどうこうしようとするのは浅はかか。
かと言って、今以上に良い探し方が思い浮かばない。俺はその道のプロじゃないわけだし。
これはいよいよマーベルさんを頼らざるを得ないかな・・・
「そろそろ夕方だねぇ」
マーベルさんと会う予定の日だ。
俺たちも朝っぱらから活動して、飯屋、市場と回ってみたものの、収穫はなかった。
高校生の俺でもそれなりに噂話は耳にするが、そんなに引っ掛からんか?
もしかしてラヴィリア人ってゴシップとか興味ない?
「ボチボチ行きますかぁ」
いやいや、いい大人になりゃ、それなりに噂とか聞くだろうし、面白い話に食いつくだろ?
それなりにゲスい話だってあるだろうに。
いや、俺がゲスい話が好きなわけじゃないのよ?
でかい街ならでかいなりにあるだろうって話よ。
「上手くいかないねぇ」
「こればっかりはなぁ」
人物が絞れているならまだしも、俺たちの場合は特定すらできていない、しかもボルドウィンにいるかどうかも分からない。
この状態で探すのはハードルを更に上げる。
素人がやるには限界がある。物を作るとかなら技術と発想、材料次第でなんとかできるが、人探しは難しい。
「とりあえず、マーベルさんに期待しますか」
待ち合わせの、先日利用した屋台に向かう。
「おや、いらっしゃい」
俺たち以外に客がいない。
どうやら、先に到着したらしい。
「どうも。先にこいつのミルクをいただけますか?」
「あいよ」
そういうことなら、こっちもこっちの都合を早く片付けられて助かる。
ヴェロニカの飯を都合にしてしまうのは申し訳ないが。
「お待たせしました」
マーベルさんがやってきた。
相変わらず、大きなリュックを背負っている。
「よっと」
どすん!
・・・重さも相変わらずのご様子。
「注文は済ませましたか?」
「いえ、先にこいつのミルクを頼んだくらいで」
「はい、おまちどう」
カウンターにミルクが入ったカップとスプーンが出た。
「あんたたちの注文も聞こうかね」
「私はリカリカをお願いします。キリヤさんは?」
また初めて聞くタイトルだ。
「俺も同じ物で構いません。ほら、ミルクだぞ」
カップとスプーンを一旦テーブルに移して、ヴェロニカを抱えなおす。
体勢を整えてスプーンを取って、カップから一口すくうと、
「ここのミルクはどこのミルクかなぁ。ちょっと味気がないのが気になる」
本来のメニューにない物を作ってもらっているというのに何ということを・・・
いいから黙って飲め。
「あむあむ」
「今日もいい飲みっぷりですね」
文句を言う割に、ガブガブ飲んでいるな。
「ふう。ようやく一服できます」
マーベルさんは備え付けのグラスを二つカウンターに並べて、ケトルの水を注いだ。
「どうぞ」
「ああ、すみません」
「いえいえ」
ヴェロニカのミルクが終わったら飲むことにしよう。俺も歩きっぱなしで喉が渇いた。
「ふう~」
マーベルさんも一杯、すぐに飲み干していた。
「たくさん喋ると喉が渇きます」
商売をしているわけだから、相応に喋るだろう。
その量や質にもよるんだろうが、そりゃあ乾くわな。
「マーベルさんはずっと歩いて商売をしているんですか?」
「ええ」
グラスにまた一杯、水を注いで、
「今のところ、この商法が理に適っていまして」
またすぐに飲み干した。
「他にも色々試してみたいんですが、ね」
さて、とマーベルさんはパンッと軽く手を叩き、
「二日間の成果を報告しましょうか」
飯が終わった後かな、と思っていたが、割とすぐに話してくれるようで。
「簡潔にお話すると、おっしゃっていた二人らしい人物の話は出ませんでした」
「そうですか・・・」
そう簡単にいくわけがないと思っているから落胆はしない。
どっちかっていうと、やっぱりねっていうリアクションが正解。
「ご存じかもしれませんが、ボルドウィンは居住区や商業地区など、生活するエリアが基本的に定められています。人目を避ける可能性がある人物は、割とすぐに噂になるのですが、それらしい話は聞きませんでした」
俺たちと似たような調査結果だ。
「私のような商人にも尋ねてみましたが、そういったご夫婦は見かけなかったようです。私も気を配って仕事をしていましたが、見かけませんでしたね」
「・・・なるほど」
事情を薄っすら知っているマーベルさんでさえ見つけられないとなると、相当難しいな。
「もう少し時間を掛ければ可能性はあるでしょうが、そもそもボルドウィンはこの大陸の中でも治安が良く、栄えている街です。お城もあるくらいですし、物価も高めですから、そういったご夫婦が長期滞在するのに向いていないかもしれません。勝手な想像ですが、そんなに所持金も多くないのでしょう?」
「まあ、そうですねぇ」
適当に作った人物の財布の中なんかどうでもいいが、俺の認識ではそうじゃなくても、物価は高いらしい。
アパートの家賃も、飯代や生活費も妥当かな、なんて思っていたが、ラヴィリア人にとっては高いようだ。
着の身着のままで出た駆け落ちカップルが暮らすには敷居が高い・・・というのも頷ける。
「捜索した範囲を広げたら、もう少し情報を得られるかもしれませんが・・・いかがします?」
「・・・ううん・・・」
確かに、捜索範囲を広げて、更に時間を掛ければそれらしい人物を特定することができるかもしれない。チャンスがないわけじゃない。
ただ、治安が良く、物価も高いというこの街で、金が無いことが前提の話ではあっても、子供を捨てるような二人が生活できるようには思えない。
「う~ん。確かに言うとおりかもしれないねぇ」
考えながら与えていたミルクを飲み干したヴェロニカが、
「わたしたちもしばらく歩いてみて、それらしい人も見かけなかったもんね」
納得しているようだった。
とんとんと背中を叩いてやり、
「げぇっぷ!!」
豪快なげっぷを出させてやる。
・・・一応あなた、女子ですよね?もう少しつつましい感じにできませんか?
「おっしゃるとおりかもしれませんね」
お金が無いとかじゃなく、可能性が低いことに時間を使うのがもったいない。
「これ以上はやめておきましょう」
「分かりました」
「はい、二人分おまち」
料理が盛られた皿がカウンターに二つ並んだ。
「これは・・・」
皿に盛られていたのは、肉とか豆とか木の実が一緒になって煮られたソースを、米にかけた料理。
単純に言うなら、カレーとかハヤシライス。
香りからして、カレーのほうが近いが、そこまでスパイスの香りが強くないし、シチューに近い存在かもしれない。
「いただきます」
マーベルさんは皿を自分の前に置き、
「まあ、もう少しやり様はあるかもしれませんが」
スプーンで一口すくって、口に入れる。
「例えば、どんな?」
「田舎に移動してみれば可能性はあるかもしれませんね」
「キリも食べなよ」
そうだった。
俺もカレー・・・いや、シチュー?を食べないと。
「田舎だと、物価は少し安くなりますし、生活はしやすいでしょう。ベズン辺りならそう遠くないですが」
「ベズンは通ってきました。ある程度見たはずなんですが」
「では、北に向かって行けばいいですね」
ボルドウィンから北はまた田舎になるようだ。
「いただきます」
とりあえず、飯を食いながら話を進めるとしますか。
「・・・なるほど、あの味か」
一口食べてみて思ったのは、思ったより強い味じゃないことだ。
カレーとかハヤシライスはすぐに味を断定できるが、このリカリカは割と優しい味。豆とか木の実とかが優しい味にしているのかもしれない。
感じとしては、アメリカとかの家庭の味っていう感じ。
米に合わないわけじゃないし、これはこれで割とうまいな。
「あと、可能性として挙がるのは・・・工業地区での不法居住でしょうか」
「・・・え?」
思わず、言葉に詰まる。
「ボルドウィンの工業地区の一部は使われていない廃墟なんですが、特に誰が管理しているわけではないんです。そこに目を付けて済む方も一定数いらっしゃるようです。ただ・・・」
「た、ただ?」
「ボルドウィン政府としては治安の悪化となるとして、取り締まりをしています」
・・・あれ、やっぱダメだったんだ。
ヤベェ。また変なところのリスクを上げてしまった。
リカリカうめぇなんて思ってる場合じゃねぇ・・・
ってか、ヴェロニカさん知らなかったのか?
隣に座らせた赤ん坊をちらっと見てみると、無言で他所を向いた。
・・・コイツ、知らなかったんだな?
「捕まって重罪・・・というわけではないようですが、罰金は発生するかもしれません。それでも、上手くすり抜ければ滞在費は掛からないわけですから、自信のある方はそうする場合もあります」
今の俺たちがそれだとは言えんな・・・
別に自信があるわけじゃないってところが違う点の一つか。
ただまあ、やっぱり工業地区にそういう抜け穴があるということははっきりした。そこを使う連中もいるのなら、あそこに隠れている可能性もゼロじゃない。
難しいのは、そうやって隠れている連中を探すのは、別の難しさがあるということか。
「大抵の場合、子供を捨てるであるとか、駆け落ちであるとか、そういうことではない訳アリが多いと思いますが、ね」
要はアレか・・・危ない人たちってことね?
俺たちもそこの仲間入りしてる、と・・・
まあ、ある意味間違っちゃないってところが痛いところだが。
「私も取引先との関係で入らないわけではありません。そこまで深くは用事がないので、浅いところまででよければ探してみてもよいですが・・・」
「いや、さすがにそこまでは」
いくら依頼料が発生していると言っても、危ない連中の中に女の人を放り込むのはどうかと思う。
お金のこととは別の問題で断る。
「ごちそうさまでした」
さらっと食べられる料理だけあって、マーベルさんが食べ終わるのにそう時間は掛からなかった。
「私はもう少しここに滞在する予定です。食事もこの辺りを利用することにしますから、何か相談事があればお伺いしましょう」
「ありがとうございます。あ、そうだ。忘れる前に・・・」
財布を出して、残りの調査依頼料を出し、
「ありがとうございました」
「これはこれは、ご丁寧に」
いただきます、とマーベルさんは紙幣を受け取り、財布に収めた。
「お勘定を」
「ああ、ここは俺が持ちます」
財布から代金を出そうとしているところを止めた。
「またごちそうしてくださるんですか?しかし、依頼料はいただいていますし、これとそれとは別ですよ」
「いい話も聞けましたし、これからも相談に乗ってもらえるとのことなので、気持ちってことで一つ」
あんまりおいしい話じゃなかったが、ヒントにはなる。
こっちに土地勘のない俺と、細かい情報を持っていないヴェロニカとじゃあ、やっていくのに限界は見えていた。相談に乗ってもらえるというのはおいしい話。
契約金ってわけじゃないが、お礼のつもりということで勘定は持つ。これくらいは俺もしますよ。
「・・・分かりました。では、ご厚意に甘えてごちそうになりましょう」
マーベルさんは財布を懐に収めて立ち上がり、
「ごちそうさまです。私はここで失礼します」
「ご協力ありがとうございました」
「いえ、お気になさらず」
大きなリュックを背負って、
「早く見つかるといいですね。では」
一礼して、マーベルさんは去っていった。
「・・・ううん」
見送ってすぐ、頭を抱えた。
「やっぱり工業地区に住むのはダメみたいだねぇ」
別の問題が発生したことに悩まされる。
ワンチャンあると思ったんだが、あっちでダメなことはこっちでもダメだわなぁ・・・
どうにかしたいところだが、解決する手段がかなり絞られる。
「それでもやっていかないといけないってところが苦しいところだ・・・」
一方で収穫であったことも事実。
居住区じゃなく、工業地区を探してみるというのは一つの手段かもしれない。
情報を得る、もしくはヴェロニカの親を見つけ出すのが先か。
もしくは、俺たちが治安部隊に見つかるのが先か。
嫌なレースがもう始まってしまっている・・・