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―――飯を終えて、拠点に戻った俺たち。
工業地区に戻る際、当然警戒はしていた。
ボルドウィンの常識・・・というより、この街の構造上、夜中は工業地区、商業地区は空になり、居住区に住民が集結するようになっている。
そりゃあ、中には職場で寝泊まりしていたり、居住区ではなく他に住居を構えている人もいるだろう。だが、それもほんの一握りくらいのはずだ。
そんな中で工業地区、しかも廃工場に向かって歩いていく人間を、治安部隊の人間が放っておくわけがない。少なくとも、俺が治安部隊の人間であって、そういうヤツを見かけたら、当然警戒する。
だから、工業地区に近付くにつれて、緊張感は強くなった。
「思っていたより何もなかったねぇ」
治安部隊の一組、二組くらいと遭遇するものだと思っていたんだが、そんなことはなかった。
そりゃあ、正直助かったし、そもそも会いたくもないわけだし、それでいいんだが。
ここで楽勝ムードでイケイケになるわけにはいかない。
あくまでも、今日はたまたま出くわさなかっただけで、明日は遭遇するかもしれない。
それに、夜が深くなっていくにつれて、見回りでこの辺りをうろうろするかもしれない。
確実に安全と判断できるまでは、気を引き締めていかないとな・・・
「周りに人の気配なし・・・よし」
暗い中帰ってくることは想定されていたので、あらかじめオイルを入れたランタンを用意していた。
ヴェロニカにフレアを出してもらい、芯に火を点けてホヤを下ろす。
つまみで芯の突出量を調整して、適度な明るさにした。
・・・すまん、一ついい?
ランタンっていいなぁ・・・
これが一つあるだけで、文明的な暮らしができてるって思えるパワーが出る。
「ヴェロニカ、そろそろ大丈夫だと思うから、やるか」
よし、気を取り直して、次の作業を片付けよう。
「やるかい?いいとも!」
裏通り側の窓を全部開けて、
「荷物を出してもらっていいか?」
「うん?いいよ」
ヴェロニカはきょとんとしながらも、野営道具が入ったバッグを召喚した。
俺はすぐにナイフと、最初に買った上着を取り出して、
「何するんだい?」
「こうするんだよ」
服を半分に畳んで、そこにナイフを入れて切り裂いた。
「あーっ!もったいない!」
もったいないはないが、これはこれで目的がある。
「んで、これをこうして、と」
半分に断った片方を、ヴェロニカの鼻から口を覆うようにして頭に巻き付けてやった。
「・・・こういう衣装?」
「チガウ」
これから、エアを使って埃を外に追い出す。
どれだけの量が出るかは分からないが、吸い込んで問題ないものというわけでもない。
俺はまだしも、体が赤ん坊のヴェロニカは用心しておくに越したことはない。
マスク代わりとしては雑な素材なので、大した効果は無いんだろうが、病気になっても困るし、損することでもないからやっておくに限る。
「キリは?」
「俺も今からする」
残った半分は俺が使う。
顔に巻き付けて、
「よし、やるか」
ナイフを鞘に収納して、ヴェロニカを抱え上げた。
「問題はそう上手くいかんかも・・・ってところだな」
埃を追い出すことに異論は無い。
無いが、単純にヴェロニカがエアを発して吹き飛ばしたところで、舞い上がるだけで窓の外へ押し出せる量は限られる。
サーキュレーターとか換気扇でもあれば別だが、この廃工場にはそんな優しい設備は無い。
「あー、やればできそうだね。追い出しは」
「ん?」
「上手くいくか分からないけれど、やってみるよ」
ヴェロニカは空中に絵を描くように動かし、
「よし、イメージできた」
何をやろうとしているのかさっぱりなので、静観していると、
「エアシェード!」
魔法を発動。
しばらくは宿屋で生活していたから、全く用事が無かった空気の層を作るありがたい魔法だ。
「ここをこうして・・・こう」
また宙で手を動かすヴェロニカ。
「何をしてるんだ?」
「この魔法は空気の層を作るための魔法なのだけれど、空気の層を壁のように作ることもできるんだ」
「・・・ほうほう」
いつもは球体のように作るが、形を変えることも可能だったのか。
てっきりそういう風な魔法だと思っていたんだが・・・
「それでね、球体状にしていても、壁状にしていても、空気の流れは発生しているんだ。これを空気の通り道のように上手く配置すれば、埃を乗せて外に追い出せるかもって思ったんだよ」
「・・・頭いいなぁ、ヴェロニカさん」
なるほど、通風孔のような感じにするわけか。
そこに誇りを押し込めば、エアシェード本体が持つ空気の流れに乗せて外へ押し出せる、と。
これはなかなかのアイデアだ。
「まあ、普段はそんな高度な使い方はしないのだけれど」
外界の冷気を遮断する目的でしか使わないわけだし、それはそれで当たり前ではあるが。
さすが、チート級魔法の使い手。
「こんなものかな?」
できたらしい。
ただ、俺には全く何も見えない。
「ここでエア!」
両手を突き出して、エアを発動!
勢いよく発生した風が、二階の埃を吹き飛ばしていく。
「おっ、おっ、おー」
巻き上げられた埃のおかげで、目で見えるようになってきた。
確かに、風のレールというか、道というか、そういうものがある。
エアはフレアと違って、目で見えるものじゃない。洗濯物を乾かすとか、こういう感じで何かを吹き飛ばすことで初めて発生していると見えるものだ。
今のところ属性魔法を覚えようとは思っていないんだが、エアは結構使えるかもしれない。
「ちょっと放出し続けないと、全部追い出すのは難しいかなぁ」
「隅っこのほうも飛ばそうか」
「エアもちょっと強くするね」
ヴェロニカを抱えたまま移動して、建物全体に風を行き渡らせられるようにする。
エアの勢いを強くしたので、埃はガンガン舞い上がっていく。
エアシェードに乗った風は、どんどん外へ追い出されていく。
「よし、これくらいで今日はいいだろ」
エアもエアシェードも、魔力を放出し続ける。
あまり続けると、ヴェロニカがまいってしまう。赤ん坊の体調が悪くなると大変だということは分かるから、適度に切り上げる必要があった。
一回でまあまあ追い出せたような気もするし、回数を重ねて続けていけばきれいになるだろう。
まあ、きれいになるまで居続けるかどうかは謎だが・・・
「ふー、寝る前に良い仕事をしたねぇ!」
「お疲れさん」
ヴェロニカに着けていたマスク代わりの服を取ってやり、エアできれいにしたばかりの木箱に座らせた。
「疲れたろ?もう横になるか?」
「うん?まだ大丈夫だけど、どうして?」
「いや、まあ、今日は結構動いたし、いつもなら眠くなってる時間だろ?」
日本の時間感覚だと、もう午後十時くらいだろうか。
赤ちゃんならもう寝ているか、眠たくなっているか、もしくは大きな物音とかで起きてしまったとかのどれかだろう。
今日は屋台で監視役を頼んだし、落ち着いてミルクを飲めなかっただろう。
俺自身が体感していることじゃないから何とも言えないが、赤ちゃんならストレスは大きい負担になるはずだ。
「あはは、気にしなくてもいいのに」
「気にはするだろうよ・・・」
ある程度のことは雰囲気で分かるが、俺自身が子供を育てたり世話をした経験がないから、何が負担なのか分からない。
まあ、ヴェロニカは自分で異変を教えてくれる。それで構わないのならそれでもいいんだが、本人もよく分からない異変なら、俺のほうでフォローしないといけない。
大なり小なり気を遣うんですよ、ヴェロニカさん・・・
「それはそれで、ありがたいけれどね」
ヴェロニカはころんと横になり、
「そうえいば、聞きたいことがあったのだけれど、いいかな?」
「おお、どうした?」
雰囲気を切り替えたいのか、ヴェロニカから話を振ってきた。
「キリの両親ってどういう人?」
「・・・俺の親?」
「うん」
なんでいきなり親の話なんだ?
「ほら、今日から本格的に調査を始めたわけじゃない?わたしのお父さんとお母さんはどんな人なのか分からない。けれど、キリのお父さんとお母さんはどんな人なのか、教えてもらえるじゃない?」
ヴェロニカにも当然、親はいるわけで。
やっぱり、会いたいとか寂しいとか、色々あるんだろう。
今まで口にしてこなかっただけで。
「・・・そうだなぁ」
別にはぐらかす理由も、話さない理由もない。
知りたがっているみたいだし、話してあげますかぁ。
「俺の父さんは営業のサラリーマンでな」
「えいぎょう?さ、さらり?」
・・・ああ、そうか。一部の言葉は共通じゃないのか。
「すまんすまん。商人なんだ。うちの父さんは」
「ほうほう」
「母さんは商品を考えている仕事をしててな」
「こういう物を作ろうって考える人かな?」
頷いて返してやり、
「二人ともそれなりに実績があるから、家庭としては裕福なほうだったかもしれない。所謂ところの中流階級ってやつかもな」
父さんも母さんも役職者だと聞いている。
どれだけ手当てが出ていたかは分からないが、持ち家だったり、キャンプ道具を揃えて遊びに出たりと、それなりに給料は良かったんじゃないかと予想できる。
格付けをしたいわけじゃあないが、中流階級というのが適当な気がして、そう説明した。
「父さんは割と物静かだったような気がする。寡黙ってほどでもないけど、そんなに喋るほうじゃなかった。意外と融通も利くし、頼れる人だったかな」
勝手なイメージではあるが、静かなタイプは頑固一徹で融通が利かないタイプが多いと思っていた。
ただ、うちの父さんは割とゆるかったような気がする。
キャンプで使うナイフを専用で買ってくれと小学生の時に頼んだことがある。
普通、小学生に与える物じゃないが、自分の物があったほうがメンテナンスを覚えられるし、物を大切にするだろうってことで買ってくれた。使わない時は父さんが保管をしてはいたが、それでもナイフは子供に与える物としてハードルが高いことは確かだろう。
全部がそうだったわけじゃないが、俺の中では融通が利くほうだと思っている。
「母さんは結構しっかり者で、きっちりしていたかな。細かいことが気になるのも母さんか。でも、明るい人だった」
父さんが静かなタイプで、母さんがその逆。割と明るいタイプ。
家計簿を細かくつけていたようだし、家事に関してはしっかりやっていて、特にアイロン掛けに関してはシワ一つなく仕上げていた。
貯金も計画を立ててしていたようで、キャンプ道具の更新に関しては結構渋いイメージがある。お金を貯めていざという時の備えにすることは当然として、旅行の資金とか突発的に発生するイベントに備えるとか、そういうところも考えていたのかもしれない。
それでも、優しい母さんだったと思う。
二人に共通して言えることは、種類は違っても、それぞれ頼りにできた。
宿題の面倒も見てくれたし、行きたいところにも連れて行ってくれたし、やりたいこともやらせてくれた。
他のヤツの親のことなんか聞いたこともないが、うちの親はなかなかレベルが高いと言えると思う。
「優しいご両親だったんだねぇ」
「・・・まあ、そうかな」
そこに好みだとか定義だとかはあるだろうが、一般的にそういう認識で通りそうな気はする。
「・・・そういえば」
俺は事故死する寸前でこっちに飛ばされてきたわけだよな。
となれば、軽自動車にはねられて死ぬ予定だったわけだが、偶然にもそれを回避した。その後はどうなったんだろうか?
カフェに車が突っ込んだまでは想像できるが、はねられる予定だった俺がいないわけだが、当の本人はラヴィリアで細々と生きている。
日本に俺がいなくなっているということは、交通事故で死ぬとかじゃなく、行方不明になっているんじゃないのか?
だとすれば、父さんと母さんはどういうリアクションを取ったんだろう?
単純に考えると、捜索願を出したりするんだろうが、地球にいなくなっている人間を探せるわけもなく。
となると、そのうち捜索を打ち切られて、死んだ扱いになるんだろうか。
まあ、今となっては分からないが。
「・・・ま、こんな感じかな」
向こうがどうなっているのか、俺に知る術はない。戻る術もない。
なら、どうしようもないことを考えるより、目の前のことを片付けないとな。
「どうだ?これで満足・・・」
「すやすや~・・・」
ヴェロニカは寝てしまっていた。
そんなに長々と話したつもりはないんだが・・・
赤ん坊の体力なら、よく起きてたほうか。
「さて・・・」
俺も寝ますか。
「よし、こんなモンかな」
木箱の蓋をあるだけ並べて、簡易ベッドを準備した。
さすがに床で寝るのは冷えるし、こうやって少しでも距離を取ったり、緩衝材を入れないことには始まらない。
「ヴェロニカは今回シェードを使ってないのか・・・」
忘れただけなのか、それだけの余裕がないのか。
他に理由があるのかもしれないが、エアシェードの展開を忘れている。これでは風邪を引く。
バッグから寝袋を出して、簡易ベッドに広げる。
「明日も働きますかね・・・あふ・・・」
思わずあくびをしてしまった。
さすがに歩き疲れを隠せない。
「おやすみ、ヴェロニカ」
木箱の上で寝てしまったヴェロニカを寝袋に移して、ランタンの明かりを消す。
暗くした後、俺も寝袋に入って横になった。
明日も歩くぞ~・・・
他に使える手軽な移動手段を考えなきゃいけないかもしれないな・・・