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 拠点を構えて身軽にした後、ヴェロニカと一緒に工業地区から商業地区へ向かった。


 各地区への移動はそこそこ時間が掛かる。

 正直、夕方から徒歩であちこち行くのは結構だるい。

 俺の初期登録スキルに体力レベル1なんてのもあったが、それがあってもキツイものはキツイ。っていうか、そのスキルの恩恵を感じられないから余計にだるい。


 でもまあ、言ったところで仕方がないのもあるし、飯を買いに出なきゃいけないわけだし、そこを含めれば何とか・・・という感じで考えよう。


 飯とかは最悪、一日や二日くらい抜いたって死にはしないが、相変わらずの問題は治安部隊との遭遇と、情報が集まるかどうかだ。


 ヴェロニカはラヴィリアの常識ではない知識・・・つまり、俺の常識や知識を使えばどうにかなるんじゃないか、と言った。

 そりゃあまあ、文明レベルが中世時代で止まっているラヴィリアと比べると、日本、ないし地球の常識は相当進んでいる。

 俺が知る歴史や知識、常識、技術を上手く使っていけば、滞在することは案外どうにかなるかもしれない。ただ、それでもリスクがあることは確かだし、ヴェロニカの魔法を使って切り抜ける最悪のシナリオも想定してもいる。

 そんな俺でも、できることなんか高が知れている。

「これからどうするんだい?」

「とりあえず、夕食がてら食堂街に行ってみますか」

 人が集まる場所に情報は集まっていく。

 飯を食うついでに、食堂街に向かう。

「人がいっぱいいるところになるけれど、大丈夫なのかな?」

「こればっかりは仕方がないんだよ」

 アパート爆破の件で治安部隊の動向が気にはなるが、人を避け続けていては情報を得られない。

 もちろん、治安部隊が俺たちを追っていると確定されているわけじゃあないし、俺の気にしすぎなのかもしれない。

 だが、それでもやらかしているのは本当だし、ボルドウィンに到着して爆破までの短い間で、そこまでうろうろしている様子もなかった治安部隊が、それなりに動いているように見えるのも気にはなる。

 そんな中で俺たちも動き回らなきゃいけないわけだし、動けば動くだけリスクを上げる。

 本当はさっさと街を出たいところだが、ヴェロニカが言うとおり、やらないと何も進まない。

 だからこうして、無い知恵を絞りに絞って考えている。

「何を食べるんだい?」

「うーん、あんまりその辺りは気にしないけど・・・うーん」

 ヴェロニカが気を遣ってくれているのか、食べ物を探す時はこうして尋ねてくる。

 シンプルに聞きたかっただけなのかもしれないが、その点に関しては今のところあまり気にしていない。

 言っても、俺がラヴィリアで生活し始めて、まだ数日レベル。そんな滞在期間の中で、どストライクな味にめぐり逢うことはそうそうない。

 まあ、幸いと言うべきか、口に入れた瞬間吐き出したくなるようなレベルの食べ物に出会ってない。

 だから、肉か魚かってくらいの認識でしか選んでないのが現状。

 これじゃあまるで機内食だ・・・

「あの店がちょうど良さそうだな・・・」

 席が空いていそうな屋台があった。

「おいしそうかい?」

「それはさすがに分からん」

 とりあえず席に座って、雑に書かれたメニューを見てみる。

「いらっしゃい。何にする?」

 人の良さそうなおばちゃん一人の屋台。

 見た感じ、屋台の雰囲気もいいし、衛生管理もそれなりにしっかりしている。

「じゃあこの・・・ケアルバードのステーキと、パヌを一つお願いします」

「あいよ」

「あと、この子のミルクも作っていただけたり・・・できます?」

「できるよ」

 マジで助かる。

 これで拠点に戻ってからミルクを作る手間が省ける。歩き疲れた後で作るのは結構しんどい。

「先にミルクを作ってあげようかね」

「助かります」

 気が利いてるおばちゃんだ。

 まあ、大人は我慢できるし、先にヴェロニカのご飯を片付けた方がゆっくりできるし、ありがてぇ。

「そういえば、何でこのお店にしたんだい?」

 ヴェロニカが尋ねてくるので、

「通りや通路の兼ね合いでな」

 小声で答えてやった。

 この屋台を選んだ理由は、大通りから一本入っている場所、かつ両隣の店との距離も割と近く、ブラインド効果を狙えるからだ。

 治安部隊がそれなりに動いているのは見えていた。さすがに目の前を通るようなことはしないが、周りをうろうろされていると落ち着いて食えない。

 通り沿いは人気店の可能性もあるし、落ち着いて食えない。かと言って、辺境過ぎたり衛生的に悪いような店は人が来ない可能性もある。辺境故にうまい店ってのはあるが、ボルドウィンでどうかまでは知らないし、一般的な認識で今回は選んだ。

 といった理由で、このおばちゃんの屋台になったわけだ。

「ほい、先にミルクだよ」

 早かった。

 安定した火力があるからだろうか。まあ、ヴェロニカが作る過程はワイルドそのものだし、そりゃあ違うわな。

「今からステーキを焼くからね。パヌは一緒に渡すよ」

「ありがとうございます」

 おばちゃんが肉を取り出して調理を始めた。

 俺はカップに入ったミルクとスプーンを取って、

「ほい、あーんしとくんな」

「あーーーーーーーー」

 大きな口を開けて、ヴェロニカがミルクを待ち構える。

「可愛い赤ちゃんだねぇ。どっちだい?」

 にこにこしながらおばちゃんが尋ねてきたので、

「女の子です」

「おー、将来が楽しみだねぇ。可愛い子になるよ、きっと」

「さすが、見る目があるね!」

 おばちゃんに聞こえてないようだが、素直にお世辞を受け取るあたりはさすがと言ったところか。

 確かに可愛い要素はあるように見えるし、将来的に可愛くなるかもしれないから何とも言えないから、とりあえずここはスルーしておこう。

「ヴェロニカ、飲みながらでいいから、周りを少し見てくれないか」

「あむあむ・・・あぁい」

 俺がキョロキョロしていると怪しまれる。

 だが、ヴェロニカなら怪しまれない。まあ、落ち着きのない子供だと思われるかもしれないが、ここは我慢してもらわないとな。

「大通りにはいるね。わたしたちがいる周りにはいないよ」

 一本入ったところくらいなら調査はしないのか?

 だとしたら助かるが、まだ確定じゃないから警戒はしておかないとな・・・

「ほい、おまちどうさん。ケアルバードのステーキとパヌだよ」

 俺の飯ができたらしい。

「どうも~」

 空になったカップとスプーンを脇に置いて皿を受け取って、テーブルに一旦置く。

 何かのタレが掛かった鶏肉のステーキと、イングリッシュマフィンみたいな感じのパン。ケアルバードっていう動物の肉と、パヌってのがこのパンのことかな?

 それと煮込んだ野菜と、何かの木の実が少し付いている。

 日本でも流行ったワンプレート形式で、シンプルにまとまっている。これは手軽でいいかもしれない。

「いただきます」

 まずは肉から。

 ナイフで一口サイズに切って食べてみると、馴染みに近い味がした。

 日本でも馴染みがある照り焼きに近い。ただ、タレの甘さがフルーツっぽいような感じで、さっぱり食べられる。これはこれで好みが分かれそうなところだが、個人的には新鮮だし、おいしいと思う。

 パヌは塩気が少しある、おかずっぽいパン。これとケアルバードのステーキを挟んで食べたらうまいかもしれない。というより、そういう想定もしているのかも?

「―――こんばんは」

 隣に客がやってきた。

 ふと隣を見てみると、

「・・・あれ?あの時の」

 

 朝市で俺たちを助けてくれた、あの行商のお姉さんがいた。


「お隣、構いませんか?」

「え?ああ、どうぞ」

 断る理由もない。寧ろ、他にも欲しい物が出てきたから会いたいと思っていたところだった。

 どすん!

 お姉さんは大きい荷物を地面に置き、

「では、遠慮なく」

 お姉さんが横に座って、

「私はモズポークの煮込みとパヌをください」

「あいよ」

 ちょっと俺も気になっていたメニューをお姉さんは頼んだ。

「変わらず、お元気そうですね」

 話を振ってきたので、

「覚えてくれていたんですか?」

 流れで返してみる。

「ええ、ここしばらくではとても大きい商談でしたし、何より可愛いお嬢さんもいましたしね」

「見る目あるぅ!」

 ・・・謙虚という言葉を知らないのかな?この赤ん坊は。

「そういえば、お姉さんはボルドウィンでずっと商売をしてるんですか?」

「マーベルで構いませんよ」

 お姉さんは懐から紙を一枚取り出して、

「マーベル・ローランドと申します。お見知りおきを」

「おお、どうも」

 名刺をもらった・・・

 こっちにも名刺っていう文化があるんだな・・・

「俺はキリヤです。タカミ キリヤといいます」

「・・・ふむ、珍しいお名前ですね」

 俺が異世界人だって気付くかな・・・?

 まあ、生活者協会で異世界人っていうことはバレてるし、それが一般レベルで知られたところでどうだって話なんだが・・・

 そういえばヴェロニカに聞いてなかったが、異世界人だと分かったら、俺はこの世界でどういう目で見られるんだろうか?

 生活者協会は特に何も言ってなかったし、何もないと思うが、一度気になったら気になってしまう。

「まあ、いいでしょう」

 いいのかよ。

 思わず口に出してツッコミそうになった。

「先ほどのお話に戻りましょう。私は旅をしながら商売をしているんです」

 なんか引っ掛かるな・・・

 気にはなるが、こっちから深入りして藪蛇はごめんだ。とりあえずスルーしておく。

「旅をしながらですか」

「その土地の物を買いながら渡り歩いていくんです」

「なるほど・・・」

 土地の物ということは、特産品であったり、伝統工芸品であったり、他では見られない特別な商品という認識だろう。

 大体、そういう物はその土地で作られる理由があるわけで、その土地でしかできなかったり、他でできても品質のレベルが違ったりするものだ。他にもその土地を発展させる高い利益を出したという理由もあるだろう。

 意味は色々あれど、土地の物を他に売っていくことは商売として十分成立する。

 あとはそれでどれだけ利益を出せるかってところだろうが、それは当人次第だ。

「野営道具も色々な土地で集めた物ですか?」

「いえ、あれはボルドウィン周辺で手に入ります。例えば、お売りしたナイフはグリューセンさんから買い付けていますが、あの方は首都から少し離れた田舎町で工房を開いておられますよ」

 そういえば、ヴェロニカもグリューセンのナイフを配達したことがあると言っていた。

 鳥類、猛禽類も体力の限界があるわけだし、そんなに遠距離の移動はできないだろう。

 工房が近くにあるというのも納得だ。

「私も色々回って、商品の買い付けをして、仕事をしているんです」

 そう考えると、この世界の行商や商人は相当大変だな。

 ラヴィリアには科学技術の発展は今のところ感じられない。車どころか、チャリすら無いこの世界で、移動するのは相当苦労する。

 ベズンでは馬車の話が一瞬だけ出たが、最高の移動手段がもしかするとそれなのかもしれない。

 馬だって生きている動物だし、餌も必要だし、小便も糞もする。そういった維持も大変だ。

「キリヤさんと呼ばせていただいても?」

「ああ、どうぞ」

「キリヤさんはボルドウィンで何をしていらっしゃるんですか?」

 まあ、自然とこういう風な話になるよなぁ。

 自分が話したら、相手にも話してほしいというか、何というか。色々な思惑があるだろうが、そういう一面がある。

「・・・俺は人探しをしていまして」

「・・・はあ。人探しですか」

「はい、おまちどう」

 モズポークとやらの煮込みとパヌができたらしい。

 ちょっと覗いてみたが、大きめに切った肉が入ったシチューみたいな感じだ。色合いからしてビーフシチューっぽい。肉はビーフじゃないだろうが・・・

「いただきます」

 スプーンを手に取って、シチューを一口。

「それで、その探されている人はどういった方なんでしょう?」

 あ、味の感想はなし?食べ慣れてる感じ?

 ちょっと知りたかったんだが・・・

「ああ、すみません。込み入ったことをお聞きしてしまいましたね」

「あ、いや、別に大丈夫ですよ」

 味を教えてくれとは聞けん。この空気で。

「実はこの子、村の住人の娘でして」

「はあ」

 辻褄を上手く合わせなきゃいけなくなるが、マーベルさんから得られる情報があるかもしれない。

「近所に住んでる女性が産んだ子なんですが、産んですぐに旦那と行方をくらませてしまって」

「旦那さんとご一緒にですか?」

「一緒にです」

 居住区で出会った若奥様たちに説明した内容をちょっといじったが、大筋は一緒だ。

 ヴェロニカが俺の子か、別の誰かの子であるか。親が健在かどうかが少し違うだけ。

 ただまあ、今回の場合は、架空の両親には悪いイメージを全て持ってもらう。生活者協会の二の舞はごめんだ。

「それで、何故キリヤさんがお嬢さんを・・・と言っていいのかどうか分かりませんが、引き取っているんです?」

「その女性の両親はすでに他界していて、親戚も疎遠で連絡を取ることができなくて、村の連中も引き取るつもりもなかったんです。村で自由に動けるのが当時俺だけしかいなくて、旅の資金は村で持つから探して来いってことになって、ここでしばらく滞在しているんですよ」

 とりあえず、とある村の仕事もしていないヤツが俺で、村の連中が探しに行けというから来たってことにした。

 設定に無理があることは承知で突っ切っている。このくらい大げさに言わないと、俺みたいな小僧が血の繋がりのない赤ん坊を連れて旅をするなんてパワーが無い。

 マーベルさんがどう思うかは分からないが、違和感を覚えないでほしい。

「初めてお会いした時は嘘をついてしまいました。すみません」

「いいえ、構いません」

 マーベルさんはパンを手でちぎりながら、

「事情が事情です。あの場で詳しく説明することでもありませんし、気にしていただかなくて結構ですよ」

 今のところ、すんなり受け取ってくれているみたいだ。

 頼むからこのまま浸透してくれ。

「大変ですね・・・お子さんのお世話をしたこともないでしょうに」

「あはは、まあ・・・そうですね」

 この歳であるほうがどうかしてるよ。

 そりゃあまあ、そういうヤツもいるだろうが、俺はモテたこともない一般人。ゲームならモブキャラなんだよ。例えるなら、最初の村で「科学の力ってすげー!」って言う、あいつのレベル。

 将来的にすることはあるかもしれないし、それならそれで結構だが、せめて俺の子であってほしい。

「面識のない方にこういうことを尋ねるのもどうかとは思いますが、そういう、訳アリの夫婦を見かけたとか、聞いたことがあるとか・・・ありません?」

 昨日の今日でこの辺りをうろついている俺たちより、マーベルさんのほうが土地勘もあるし、仕事をしている関係でそういうヤツに遭遇する確率が高い。

 そりゃあ、確率なんて有って無いようなレベルであることは間違いない。それでも、ワンチャンあるくらいなら・・・

「う~ん・・・すみませんが、私はそういった方と出会ったことはないはずです」

 しかし、こういう回答が返ってくる。

「そうですか・・・」

「はい。知らず知らずのうちに会っていることはあるかもしれませんが、商売の最中にそういう話をすることもありませんし・・・」

 一般的に、仕事の取引先の人間にそういう話をすることはないだろう。

 逆に、武勇伝を語る・・・のようなことがあれば、常識的に引かれることであることは間違いないので、一度披露すればすぐに噂が出回る。

 そういう点でも、マーベルさんが知らないというのも頷ける。

「すみません、食事中に尋ねるような内容でもないのに」

「いえいえ、気にしなくてもいいですよ」

 マーベルさんはシチューとパンを食べ進め、

「しかし、気にはなりますね」

 シチューを食べ終えて、スプーンを器に置く。

「何がです?」

「その夫婦、私は許せません」

 パンを持って千切ろうとする手に、力が入っているように見える。

 いくら固いパンと言っても、所詮パンの固さだ。大して力なんかいらない。

 それを、まるで悪ガキの肌をつねるみたいな力強さで・・・


 ・・・ヤバい。地雷を踏みつけたかもしれん。


 そりゃあ、一般的に怒るよなぁ。そういうカップルがいたら・・・

 もうちょいマシな嘘があれば良かったな・・・

 でも、どこの誰かも分からない人物の情報を手に入れようとしたら、そういう感じ以外に思い浮かばなかったんだよなぁ・・・

 誰か正解を教えてくれ・・・

「もうしばらく滞在しますか?」

 ふと尋ねられ、

「え?ええ、まあ」

 ふわっと答えると、

「私もしばらく滞在予定なんです。商売で行った先でそういう夫婦がいないかどうか、できる範囲で調べてみましょうか?」

「・・・いいんですか?」

 これはありがたい申し出だ。

「もちろん、私ができる範囲で、という程度です。ボルドウィン中を探し回るということはできません」

「そりゃあまあ、そうですね」

「商売柄、色々な方と出会いますからね。キリヤさんよりは情報を得られる確率は高い」

 俺がその辺をうろうろするより、ずっと確率は高い。

「いかがでしょう?」

「頼めるのであれば、頼みたいですね」

 そのほうが、ニュアンスが違っても、ヴェロニカの親かもしれない人物に出会える可能性は高くなる。

 嫌々やるような感じには見えないから、素直に頼ってもいいかもしれない。

「ご迷惑でなければ、お願いできます?」

「分かりました。では、簡単に特徴を教えていただけますか?」

 マーベルさんはパンを食べ、懐からメモ帳とペンを取り出した。

 そこまで詳しくは考えていなかったが、

「年齢は三十代後半くらいで、見た目は割といいほうだと思います」

 ヴェロニカが十八歳なので、二十歳くらいで産んだという設定くらいがちょうどいいかもしれない。

 見た目に関しては適当だが、ヴェロニカは自分自身で美少女と言うくらいだし、その点を差し引いても確かに可愛いわけなので、両親ともそれなりにイケメンと美女である可能性はあるだろう。

 すぐに出た設定にしては上手くいった気がする。

「分かりました」

 マーベルさんは手帳にペンを走らせてメモを取った。

「これで探してみます」

「お願いします。こっちはこっちで探しますんで」

「分かりました」

 で、とマーベルさんは手帳を置き、

「代わりと言っては何ですが・・・交換条件を提案してもよろしいですか?」


 ・・・交換条件?


「・・・はあ」

「いや、難しいことを言うつもりはありません」

 マーベルさんは笑いながら、

「私も商売人の端くれです。商売をしながら調査をするわけですので、手間も発生します。キリヤさんだけが得をするのは不公平ではありませんか?」

 なるほど。要は手数料というか、調査費用というか、もっと簡単に言えば手間賃を寄こせ、と。

「分かりました。お金がいいですか?それとも別の条件がいいですか?」

 できれば現金はやめてもらいたいが・・・

「ご安心ください。法外な金額を請求するつもりはありませんので」

「まあ、無茶苦茶な値段でなければ払えるけどねぇ」

 ・・・よかった。マーベルさんに聞こえてないらしい。

 周りに聞こえてないとは言っても、余計なことを言うのはやめろと言っておくべきかもしれない。

「商売の都合があるので、毎日報告することは難しいです。ただ、行く先々で調べることはできますので、日当という形でいただきましょうか。そんなに難しいことでもないので、一日当たり五千フォドルでいかがでしょう?」

 ・・・まあ、妥当か。

 日雇いのバイトを雇ったと思えば安いくらいだろう。

「それで構いません。それじゃあ、前金を少しお渡ししておきましょうか」

 五千フォドル札を財布から抜き取って、マーベルさんへ。

「・・・いただきます。残りは二日後に、ですね?」

「はい」

 全額を先に寄こせ、となると警戒するし、持ち逃げする可能性を考えるが、それを切り出してこなかった辺り、信用はできると思う。

 だから、できる限りフェアでいたい。

 ということで、前金として半額を渡した。

 もう一つ。フェアであるということもあるが、そういう契約を結んでいるわけだから、しっかり仕事をしろよと釘を刺す意味もある。

「分かりました。簡単に領収書も切っておきましょうね」

 マーベルさんは名刺をもう一枚取り出して、裏にサッとペンを走らせてから渡してくれた。

 書いていたのは受け取った金額だった。

 名刺を領収書代わりにするとは。ある意味、理にかなっている一面はあるかもしれない。

「では、次にお会いできる日を決めておきましょう。キリヤさんはいつ頃が都合が良いなどありますか?」

「・・・それじゃあ、分かりやすいので、今の時間でこのお店で集合というのはどうでしょう?」

 こっちの時間間隔が分かってない上、土地勘もなく、更に治安部隊を警戒しなければいけないという今、あっちこっち動きたくないというのが本音。

 分かりやすいし、飯も食えるし、一石二鳥というやつだ。

「そうですね。分かりやすいですし、ここで待ち合せましょう。都合がつくのが二日後なので、明後日にここで」

 二日とはまた早い。でもまあ、どれくらいの情報を得られるかの目安にはなる。

 金額も一万フォドルぽっきりというところも地味にいい。

「分かりました。では、それでお願いします」

「はい。お代、ここに置いておきますね」

「まいどあり!」

 テーブルに小銭を置いて、マーベルさんはあのドデカいリュックを背負った。

 ・・・あの肉体のどこにそんなパワーがあるんだ・・・?

「では、またお会いしましょう」

 手を振ってくれたので、こっちも振って返す。

 マーベルさんは街に消えていった。

「これで情報が手に入ればいいねぇ」

「悪いな、またお金を使っちまった」

「まあ、必要支出だよ。それに、失敗したって良い勉強をしたと思えば安いものさ」

 年齢的にそういう考え方ができるのは十分考えられるが、森の動物たちとしか触れ合ってもいないのに、そういう知識をどうやって得たんだ?

 ハリケーンウルフとやらが教えてくれたりする?それとも独学?

 時間がある時に聞いてみるか。

「俺たちも戻ろう」

 途中で警戒を忘れはしたが、なんやかんやで治安部隊に見つかったり、声を掛けられるということはなかった。

 飯も食ったことだし、いつまでも屋台に居座るのも悪いし、退散することにしよう。

 マーベルさんがどれくらい情報を得てくるかは分からないが、協力してくれる人もゲットできたし、調査としては進んだと考えてもいいかもしれないな。

「女将さん、こっちもお会計お願いします」

「あいよ」

 会計を済ませて、俺たちも屋台を出た。

 でも、俺たちが向かうのは宿屋や居住区じゃなく、工業地区。

 新しい拠点での初めての夜だ。

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