14
夕方、大体十六時くらいか。
ヴェロニカと合流して宿を引き払った俺は、工業地区に戻った。
この時間になれば、工業地区の動きが緩くなる。
定時が十七時くらいだとすると、帰宅まで残り一時間。
父さん曰く、「残り一時間になったら流す連中もいる。要は帰宅準備だ」だそうだ。
そりゃあ、夕方からデスクワークっていうパターンもあるんだろうが、使った道具の片付けや整備の時間で裏に戻ることもあるはずだ。
表でまだ忙しそうにしているのは、それだけたくさんの仕事があるということ。
考え方にもよるが、仕事があることはいいこと、ということにしておく。
「おお~、ここが新しい宿かぁ」
「・・・宿だったらだいぶ楽だったんだけどなぁ」
どうしても突っ込まざるを得ない。ぼやかざるを得ない。
まあ、宿無し、屋根無し、壁無しのトリプルコンボよりはマシだと思おう。
それに、ポジティブに考えてみれば、金の掛からない方法で滞在できるようになったわけだ。
ゆっくり休める環境じゃないにしても、いつまで滞在するか分からない現状、節約できるところはしておきたい。
それに、俺としても、久しぶりにサバイバル感のある生活も悪くない。
ポジティブに考えていこう。
・・・じゃなきゃ、やっとれん。マジで。
「埃っぽいなぁ」
「贅沢言うなよ・・・」
しばらくの潜伏拠点の工場に入った。
面積はそこそこ広めの、木造二階建て。
何かを生産する工場である・・・ということは分かるが、どういった物が製造されていたのかは分からない。
段ボールは無いが、木のコンテナはある。中身は何も入っていないし、特に汚れたようでもない。
臭いも特にないから、汚れ物とか生ものってことはないようだが、それらを省いたところで分からないものは分からない。
どれくらい放置されていたのかは分からないが、そこそこ埃がたまっている。
誰も使っていないわけだし、換気もされていない。埃っぽいのは仕方がない。
「よーし、とりあえず環境を整えますか」
二階に上がって、隅の方へ移動。
荷物を置いて、その上に一旦ヴェロニカを座らせた。
「わたしは荷物かい?」
「特に意味はないぞ。床に座るよりマシだろ?」
床も木だが、座布団も無しで座るのは冷えるだろう。
メンタルは大人でも、ボディは赤ちゃんってことを忘れちゃいけない。これでも気を遣ってるんですよ。
まあ・・・俺が抱えているわけだし、荷物という意味合いも遠からずある。けど言わない。
「よっと」
一階に降りて空の木箱を二つ取って来た。
一つはヴェロニカのベッド代わり。もう一つはテーブル代わりにする。
ベッドにするにはさすがに固いし冷たいだろうから、落ちている麻袋の埃を払って、そこに敷いた。
「これでどうだ?」
ヴェロニカを簡易ベッドへ移して座らせると、
「悪くないけど、埃っぽい」
「・・・そりゃあなぁ・・・」
埃、埃とうるさいなぁ・・・と文句も言えない。
実際、埃くさいのは確かだし、赤ちゃんが暮らす環境としては良くはないだろう。
「ちょっと待ってろ」
工場に窓がいくつかある。
さすがに通り側を開けるとバレるので、裏通り側の一つを少し開ける。
裏通りは狭い通路が通っていて、人通りは無さそう。
向かいの建物との距離も近いが、人の気配はない。
「よし」
その一ヶ所を開けた。
これで換気ができる。
「よーし、エアで一気に埃を吹き飛ばして―――」
「こらこらこらこら、おやめなさい」
すかさず止めると、赤ん坊は不服そうな顔で、
「えー?なんで?」
「静かにしないと、周りにバレる」
風魔法を使って一気に換気すれば、快適性はかなり変わるだろう。
そうしたいのはやまやまだが、まだ周りの状況を把握しきってない。そんな中で大胆な行動を起こせば感づかれる。
本当にいないならいいし、俺も埃臭い中で寝るのは嫌だから是非ともやってもらいたいわけだが、今は少しでもリスクを減らしておかないと。
「とりあえず荷物は置いておいてだな・・・」
必要以上にこそこそする必要があるかどうか謎だが、念には念をと誰かも言っていたし・・・
「その荷物、わたしが転送で預かっておこうか?」
「・・・おお」
そういえば、あなたの特技は攻撃だけじゃなかったね。
「こんな大きいのもいけるのか?」
「わたしの保管庫はそこそこ大きく作ってあってね」
「ほ、保管庫?」
お金を保管するための壺があるとかは聞いた気がするが、保管庫は初めてだな・・・
「大きい荷物を保管するために作ったんだけど、あまり使ってないんだよね」
「・・・ちなみに、その保管庫ってどうやって作ったんだ?」
エアとか、他の魔法で地面を吹っ飛ばして空間を作ったのか?
気になったから参考までに聞いてみると、
「ああ、アングリーベアに地面を掘ってもらって、彼らが冬眠するのに十分な空間を作ってもらったんだよ」
「お得意のテレパシーで」
「そうそう。空間ができたら、出入り口を封鎖してもらって完成という流れだよ」
名前からして、相当クレイジーな熊・・・それに手伝ってもらった、と。
「いやー、最初は苦労したよ~。いくら手伝ってってお願いしても聞いてくれなくてさー」
そりゃあまあ、熊からしたら、人間なんて捕食対象でしかないわけで・・・
それから生きるために手を貸してくれってなったら、何でだよってなるよなぁ。
「何度か説得を試みたんだけど、向こうが暴れ始めちゃって手が付けられなくなってね」
相当交渉したんだろうな。たぶん、めちゃくちゃしつこく。
「もうダメかな、攻撃しないとこっちがやられるな、って思った時に」
「思った時に?」
「森の主のハリケーンウルフがやってきて」
そいつはまた強そうなヤツだ。
「彼が制してくれたんだ」
ウルフってくらいだから、オオカミか何かなんだろう。
「そのハリケーンウルフってのはその・・・なんたらベアってのより大きいのか?」
「いや、そんなに大きくはないよ。アングリーベアがキリの二倍くらいの大きさで、その四分の一くらいかな」
俺が大体百七十弱くらいだから、例の熊さんがざっくり三メートル四十センチくらい?
俺の半分くらいがハリケーンウルフの全長なら、大型犬くらいはあるか。ゴールデンレトリーバーとかドーベルマンとか、それくらい?
でも、相当体重差はあるだろうに、それで勝てるのか。
そのオオカミ、相当強いな。
「森の動物たちにも上下関係があってね。あの森の動物たちは、基本的にハリケーンウルフの言うことを聞かないといけないんだ」
森の秩序を守るためなのか?じゃなきゃ、無法地帯になるだろうし。
ただ、動物の世界に秩序なんか必要なんだろうか?そりゃあ、食物連鎖のことは分かるんだが、それ以上に厳しいルールを設ける必要が俺には見えない。
「わたしもハリケーンウルフの言うことを聞いていたんだよ」
その秩序の中では、ヴェロニカもルールを守らなければいけないわけか。
まあ、住まわせてもらってるわけだし、当然ではあるだろう。
「それでも、だいぶ融通を利かせてくれた一面はあるけどね」
「例えば?」
「ホクスたちに抜けた羽を提供するように言ったり、他の動物たちに洗濯物をするように言ったり、色々ね」
あの森の中で生きていけるように、一頭の動物が的確に指示をしていた。
特異な存在であるっていうことは分かった上で、ヴェロニカの生存を手助けしていた、と。
そりゃあ、森を出る時に動物たちにハグの一つや二つ、するよなぁ。
でも、あの時、そのオオカミと熊はいなかったような・・・
「まあ、そんなところだよ。だから、荷物のことは気にしなくていいよ」
「じゃあ、せっかくだし預かってもらおうか」
小さく頷いたヴェロニカは、野営道具が入ったカバンを転送を使ってここから消した。
相変わらず便利な魔法だ。
これから先も、これがあると相当楽ができるだろう。荷物を持って歩かなくてもどうにかできそうだし、ヴェロニカに頼もうかな。俺が覚えるにしても、保管場所を作ったり、そもそもポイントの消費を避けられないから頼むほうが堅実だと思える。
「それじゃあ、表に出ますか」
ざっくり、居を構えはした。あとは調査を進めていくだけ。
「飯を買うついでに、調査しよう」
「がんばろうね!わたしも協力するから!」
「おう、頼むわ」