19-1
「こないだはどうも」
「ああ、先日の」
翌日。
協会に寄って素材を手に入れた俺たちは、表通りの武器屋に向かった。
マーベルさんが交渉したとおり、革と骨、爪を中心に解体してくれていたが、指定した量以上を用意してくれていたのは意外だった。
袖の下が思いの外多かったからそれに応えたのか、それとも別の何かがあったのか・・・
特に何も聞かなかったが、聞いたら聞いたで怖いからそっとしておくことにしよう。
ということで、
「こちらが素材になります」
武器屋の作業場に通された俺たち。
マーベルさんが転送で荷物を現場に引っ張り出した。
「これはまさか・・・ガノダウラスですか?」
「ええ、そうです」
作業場がざわつく。
「本当にガノダウラスだ・・・」
「たった四人で狩ったのか・・・?」
「国の精鋭でさえ十人以上で掛からなきゃ倒せないんだぞ?おこぼれか何かだろ?」
こういうリアクションも慣れたもんだ。
一定数、疑いを持つ奴がいることも承知している。ただ、倒さなきゃパスポートに収納もできないし、少なくとも俺たちも討伐に噛んでいたってことくらい分かりそうなもんだが・・・まあ、この辺は仕方がないとしよう。このテのヤツには何を言っても理解されない。
「じゃあ、仕事の契約をしましょうか」
「では、わたくしが」
契約はマーベルさんに任せておけば安心だな。
「では今回は鞭と剣の強化と、格闘家用と剣士用の手甲と防具の作製ということでよろしいですか?」
「間違いありません。料金は作業に関わる方の手間賃のみですね?素材は全て持ってきましたし」
「そういうことですね」
話がスムーズに進んで助かる。
助かるが、
「・・・?」
ふと、気付いたことがある。
「キリさん、出たほうがいいかもしれないよ」
ヴェロニカが警戒していた。
「・・・やっぱそう思う?」
「まあ、さすがにね」
言われて周りに目を向けると、
「・・・まあ、そうだな」
店内にいる客もそうだが、職人たちの視線が冷たい。
こういう視線は今この瞬間だけじゃなく、協会とかでも浴びることはある。強いモンスターを狩って来た時なんかが特にそう。
だが、こいつらの場合はちょっと違う。
まるで俺たちを囲うように・・・逃げられないようにしているように見える。
危険感知もガッツリ反応している。俺はこれで気付いた。
途中まで油断していたんだが、契約する頃合いくらいで反応が強くなった。
もうちょっとで赤になりそうな感じ・・・さすがにそれは気付く。
何にせよ、何か目的がなきゃ、こういう立ち回りにはならないな。
「二人とも、すぐにでも店を出る」
固まっていたジェシカとキースに近寄って、
「は?何でだよ?」
「普段を装え」
ジェシカは良くも悪くもリアクションが素直。ある程度抑えるように指示をして、
「雰囲気がおかしい」
店側に体を向けているキースに隠れるような立ち位置に立つ。
「・・・言われてみれば確かに」
「構えたら向こうも動く。いつでも出られるような位置にいてくれないか」
「分かった。やってみる」
キースとジェシカに警戒を促しはしたが、
「・・・数は十五人か」
危険感知の反応を数えると、店内に十人。作業場に五人。
作業場は店のスタッフだけしか入れないだろうし、店は客っていう感じか?
スタッフはエルフだけ。店側にいる連中は全員ヒト族らしい。
この構図は一体なんだ?
「それでは話が違います」
「そうおっしゃられましても」
次は何だ!
「どうした?」
表も大概だが、契約側も何かあんのか?
「最初にしていた話と違うので、どういうことなのかと」
「・・・どういうこった」
最初にしていた話ってことは、だ。
「どこから違うのか知らないけど、持って来たらすぐ取り掛かってくれるってところは?」
そういう話だったはずだが、
「事情が変わりましてね。そういうわけにもいかなくなったんですよ」
そりゃあ、口約束だったし、確約じゃないと言われりゃそうかもしれないが・・・
「口約束でも約束は約束だろ?」
「うちは正式な書面を交わさないと契約成立としていませんから」
「・・・まあ、それはそれでいいわ」
一応、口約束でも契約成立になるらしいんだけどなぁ、日本だと・・・
まあ、これがここのルールだってんなら仕方がない。それは飲もう。
「なら契約不成立だな。こんだけ大きい都市だ。他にも店はあるだろ。悪いが他所を当たる」
俺の鞭だけじゃなく、キースの剣の強化もすることにしたし、ジェシカ用の手甲と防具を二人分新規で作るとなると、相当時間が掛かるはず。
正直、すぐに取り掛からないと間に合わないだろうし、こんなしょうもないことで時間を使うのも避けたい。
「では、キャンセル料と素材を頂きます」
「は・・・?」
何でそうなる!?
「いやいやいやいや、おかしいだろ」
優先順位が変わってしまうことはあるだろうが、それにしても無茶苦茶だ!
「おかしくありませんよ。それが当店の決まりです。契約不成立になった場合、違約金と必要素材を頂戴しますと」
「んな話してねぇだろ」
冷静でいられるようにしているつもりなんだが、
「大体、あんた言ったよな?正式書類を交わさないと契約成立にならないって。だったらそもそも契約していないわけだし、違約金も発生しねぇよ」
ガンガン頭に血が上っていくのが分かる。
こうなったら冷静でいられないって分かってるんだが・・・
「そうおっしゃられましてもね。こちらも時間と人手を割いて準備してますから」
コイツ・・・ああ言えばこう言う!
「時間と人手が準備できてるならすぐできるだろ?」
「そういうわけにもいかなくてですね」
矛盾したことを言い続けていても、とにかく契約しない方向に持っていこうとする。
「おい、キリヤ」
「マズいぞ」
振り向くと、客と思っていたヒト族の連中が店側に詰め寄っていた。
腰には剣を携えているヤツもいて、杖を持って構えているヤツもいる。
「・・・なるほどな」
作業場にはエルフ族、店側には武装したヒト族の連中・・・
「あんたら、こういう風な商売をしてるんだな」
一種の悪徳商法ってやつか。
「悪徳だなんて人聞きの悪い。あくまでも当店の決まりを遵守しているだけですよ」
ルールを順守していると言えばそうだろうが、内容がクソなんだよ。
こういう形でハメてきたんだろう。
どんだけ被害者がいることやら・・・
「表通りで堂々とこういう商売をされているとは。なかなかやりますね」
「お褒めに預かり光栄ですよ、奥様」
「感心するところじゃないし、褒めてもねぇよ」
マーベルさんも相変わらずな感じもするが、ちょっと雰囲気悪いな。
商売をする人間として、このテの連中が許せないってところかもしれないが・・・
「キリ、マーベル」
ヴェロニカのテレパシーが飛んできて、
「すぐに動けるよね?鞭はあるし」
まだ武器は連中に渡していない。抜こうと思えばいつでもいける。
「マーベルはキリが動いたすぐに素材を回収しよう。素材を捨てて逃げることもできるけれど、この人たちにあげる必要もないし」
素材に意識を集中させることができれば、目くらましくらいには使えるだろうが、俺たちも生活が掛かってるからな・・・
何より、こいつらにくれてやるのは癪だ。だったら爆破でも何でもして使えなくするほうが気持ちいい。
「合図で動くよ。表の二人はその場の勢いで動いてもらえればいいかな」
ジェシカとキースもそれなりに場数は踏んでる。警戒もしているわけだし、動き始めたら自分たちで考えて動くだろう。
「3、2、1の次で動こう」
連中の信号も赤になったことだし、動かないとヤバいか。
こいつら、最初からやる気満々だったってことな。人を信用し過ぎるのもダメってことか・・・悲しいことに。
今後のためにもできれば荒事はしたくなかったんだが、こうなったら仕方がない。
「じゃあ、やろうか。3、2、1―――」
鞭を抜きに動いた瞬間―――
「そこまでだ!!」
・・・はい???