16-4
「ということで、必要分の素材の納期は明々後日です」
「随分短くなったなぁ」
食事後、マーベルさんから納期の報告を受けた。
「協会の方々も、状況をよく分かってらっしゃいますから」
「ほう」
ってことはアレか?協会も選挙に絡んでるのか?
いや、協会ってどっちかにつく・・・みたいなことがあるのか?
その辺の都合は分からんな。分からんが、納期が短縮されるならそれはそれでいい。
「そこから武器屋へ調整、製作の依頼となりますから、そちらにも交渉が必要になりますね」
「二人も何か作るって話だったっけ?」
ジェシカは手甲と防具。キースは防具を作って、剣も強化するらしい。
二人とも身を守る物を壊されてしまってるし、次の狩猟に耐えられない。大型相手なら特に。
そういう意味だと、俺よりも二人のほうが優先順位が高いと言える。
何とか狩猟日には間に合いそう・・・ってところだな。
いきなり実戦は避けたいから、できれば試運転くらいはしたいところだが、この辺は運が良ければってことにしておくか。
「さて、話も一段落しましたし、私は先に戻ります。この子のお風呂もありますし」
「頼みます」
「大きいお風呂楽しみですなぁ」
ヴェロニカをマーベルさんに渡すと、二人は食堂から出て行った。
今はもう気にしちゃいないが、ヴェロニカもマーベルさんといることに慣れたらしい。一緒に行動するようになってしばらくはかなりグズっていたのに。
慣れって大事だな。
いや・・・そもそも、俺と一緒に生活を共にするのがおかしいわけで、女同士のほうが気持ちは楽だろう。今までが異常だったと言える。
「なあ、キリヤよ・・・」
集まってから今の今まで黙っていたジェシカが、徐に口を開いた。
何でかは知らんが、雰囲気は重い。
「宿屋の前で会った時からおかしいとは思ってたが、何かあったのか?」
聴かないほうがいいような気もするが、この雰囲気で聴かないわけにもいかないだろうなぁ・・・
「お前・・・スゲェ女と一緒にいるな」
「・・・はぁ?」
何だ・・・?この切り出し・・・
まあ、俺も大概スゲェと思ってたし、今更何が起こっても驚かないくらい耐性はついたと思ってるんだが。
「いや、それは俺も思ってたんだけどな?」
キースも話に加わってきて、
「え?おう」
「あの女・・・相当やってるな」
こういう話もそれなりに予想はできるが、予想が外れていたら墓穴を掘りそうだし、
「どういう意味で?」
素直に聴いておくに限る。
「いやな、実は・・・」
*
「納期の短縮ですか?」
「ええ」
協会に入って工場に直行したマーベルは、すぐさま工場長に相談を持ち掛けた。
「いや、そりゃあまあ・・・可能な限り早く納品させてもらいますが」
「それは信頼しています。ですが、もっと早く欲しいんです」
「・・・はあ」
工場長は困ったような顔をして、
「そういう、特定の方を優先するのはお断りしているんですけど」
そりゃあ、そうなるよな・・・
こいつらだって仕事だし、先に来た連中の分から仕事するっていうルールだってあるだろ。
それを覆してこっちを優先しろってのは無茶苦茶が過ぎる。
「こちらも事情がありましてね」
「それはお察ししますが、無理なものは無理ですよ」
「そうでしょうね。そうなるでしょうね」
交渉素人のあたしでさえ、脈が無いってことは分かる。
それでも食いつくだと・・・?
「ですが、こちらも引くに引けない事情がありましてね」
迷惑みたいな雰囲気醸し出してるのに、まだやるだと・・・?
こいつ、正気か?
「何を言われても無理なものは無理ですよ。他の方の依頼もありますし、あなた方のガノダウラスだって解体に時間が掛かります。寧ろ、あなた方の後の方たちの納期がかなり遅れるんです」
デントオーガくらいなら知れてるだろうが、ガノダウラスくらいになるとかなり時間が掛かるだろうしな・・・そりゃあ、あたしたちの後のほうが遅れる。
そっちの連中の都合もあるわけだし、あたしらを優先するってのも道理として通るわけねぇ。
「この国は近頃、また税金を上げましたしねぇ」
・・・急に税金の話か?
「・・・はあ」
工場長も何を言ってるのか分からないって顔をしてるな。
「なかなか物も売れませんし、我々庶民の財布の紐も固くなりますねぇ。納税額も上がらないともなれば、政府はまた税金を上げてきますでしょうし、更に懐が苦しくなりますねぇ」
「それはまあ・・・そうですね」
「そうでしょう?」
そりゃあまあ・・・そうなるだろうよ。
あたしらみたいに自分からモンスターを狩りに行くことはねぇからなぁ、協会の連中は。
いや、例外はいくつかあるみたいだが、そういう連中を除いて、この建屋が職場ってのが大半だ。稼ぎもある程度決まってるだろうし、給料が上がらなきゃ財布の紐は固く縛っとかないとやっていけなくなる。
「私もおいしい物を食べたいのですが、こうも生活が苦しいとなかなか難しいんですよねぇ」
マーベルが上着のポケットに手を突っ込んで、
「おいしい物、食べたいですねぇ?」
「それはまあ・・・はあ」
何かを取ったのか・・・?
「ご家族は?」
「妻と娘が一人ですが」
何かを掴んだような気がするが、あたしの位置からじゃ見えねぇ。
「少し先の入り込んだところに麵料理を出すお店がありましてね。結構イケるんですよ」
少し詰め寄ったな・・・一体何をしてるんだ?
「お嬢様のお口に合えばいいのですが」
「・・・そうですね。行ってみます」
・・・は?飯屋に行くのか?
こっちはまだ素材の手配すらできてねぇのに?
「どれくらい必要になるんです?」
「ざっと大人十人が持ち運びできるくらいで構いません」
何だ?どうなってんだ?
「分かりました。二日ください。明後日までに準備して、先行してお渡しします」
これってマーベルが提示した条件を飲んだってことか?
急に何でやることになったんだ?
「お願いします。革と爪、防具に使えそうな骨などを優先してください。運搬のことは気にせず、可能な限り準備していただければ助かります」
「注文が多いですね・・・」
「それはもう、こちらも生活が掛かっていますから。いえ、お互いに、ですね」
「全くですね。早速仕事に取り掛かります」
工場長は溜息を漏らしながら、ポケットに手を入れて、すぐに抜いた。
「残りの分は後に回しますよ」
「それはもう、お任せします」
「分かりました。では、失礼します」
工場長が現場に戻っていった・・・
「なあ。何やったらああなるんだ?」
「お話しただけですよ。お互い幸せになるというお話です」
マーベルは上着のポケットに入っている物を、ほんの少し表に出した。
*
「・・・なるほどなぁ」
「な?ヤベェだろ?」
話は分かった。
マーベルさん、工場長にお金を渡したらしい。
所謂、袖の下とか、賄賂ってやつだな。
これでうまい物食べにいけよ的な感じでスッと渡した、と。そりゃあまあ、流れとしちゃあ自然だわな。
協会も一種の組織なわけだし、工場長の態度からして受け取らないようにしているのも分かる。たぶん、規則で決まってるんだろうなぁ。
一般的にしちゃあダメだって認識なのかもしれないが、してるヤツはしてることでもあるかもな。現代社会ならともかく、ここは中世時代の文明レベルだし、その不正を見えづらくさせる術もあるこたあるか?
「いくらこっちの都合を通したいとしたってだぞ?金で解決するってのはどうなんだよ?」
ジェシカが言いたいことも分かる。
そりゃあ、クリーンであることに越したことはない。それは俺だってそうだ。
だが、今回みたいに無茶でも通さないと困ることが発生することもあるし、手段を選んでいられないってのもまた事実。実際、今の俺たちには悠長に構えている暇はないに近い。
この感じからして、ジェシカは曲がったことが嫌いって感じだな。
エルフ族全体がそうなのかもしれないが、マーガレットは結構曲がった思考をしているし、種族全体じゃなく、ジェシカ自身がそうだってのが正しいか。
それはまあ、それとして、だ。
「言いたいことは分からんでもないが、今は時間がないし、向こうが飲んだから交渉は成立してる。だったらそれでいいだろ?」
もうそれで動き出してるし、今更ひっくり返すのもなぁ。
明日行けば間に合うかもしれないが、そのためだけに時間を使うってのももったいない。
「だけどよ、気分は良くねぇだろ?」
正しいかどうか、か・・・これはなかなか難しい話になるなぁ。
「良くはないのは分かるけどな、さっきも言った通り、俺たちには時間がない。多少の無茶でも押し通さなきゃいけない時ってのも出てくる」
素材が手に入らなきゃ、武器も防具も作れない。
装備がない状態でモンスター討伐は相当ハードルが上がる。俺とキースはまだ武器が手元に残ってるからいいものの、ジェシカは素手で挑むことになる。ただでさえ攻撃力がないのに、しんどい思いをするのはこいつだけにゃならん。
まあ、一つ言えることがあるのは、マーベルさんも余計なことをしなきゃよかったってことか。
こいつがこういう性格だってのは把握できていなかったとしても、お金を渡したことをわざわざ言わなくてもよかった。知らないってのは強い一面があるし。
そういうヤツもいるってことを言っておくべきか・・・?いや、あの人は俺と違って多数の人間を相手に商売をしてきたわけだし、そういうことの一つや二つ、理解していると思うが・・・
まあ、それは一旦置いておこう。ここで考えて解決できることじゃないし。
「マーベルさんなりに考えた結果だ。何とか通ったからいいとしろ」
断られてる可能性もあった。そうなった場合、協会も要注意人物としてマークするかもしれない。
かなりのリスクを背負って攻めた結果か。それはマーベルさんだけじゃなく、工場長もそうかもしれないが。
「今やることは、例の狩猟日までにきっちり準備しとくことだ。そのためにマーベルさんは自分なりに考えて動いた。それでどうにかできるなら、今はそういうことにしとけ。責めるのはいつでもできる」
正直、詳しい事情を本人から聞いて、内容が内容ならすぐにでも説教したいところだが、どうせ上手いこと言ってスルーされるんだろうなぁ・・・
でもまあ、やることはやってるってことは分かった。それを良しとするかどうかは別の話。
「・・・チッ。分かったよ」
一応、飲んでくれたらしいな・・・
こういう事態になることもそうそうないだろうが、余計なリスクを負わないようにしないとなぁ。
「明日はどうするんだ?」
キースはジェシカと違って、割とあっさり納得してくれたのか?
それはそれで助かるが。
「そりゃあもちろん、明日も練習だ」
回避性能の発動条件を一刻も早く解き明かさないとな・・・
せっかくのスキルも使えなきゃ意味がない。それに、使えなきゃ俺が死ぬ可能性が高まるだけ。
アイオロスの協力を得るためにも上手くこなさないと・・・いや、どっちかっていうと、更に機嫌を損ねないようにしないといけないってのが正解か。
まあ、どっちにしても、上手いことやっておくに限る。
「なら、俺らも混ぜてもらうかね?」
「ああ、ちょっと特殊な立ち回りをしてるから、一緒に練習は難しいだろうけど」
ヴェロニカの攻撃を避ける練習・・・なんて、付き合わせる必要はないし、逆に付き合わせられない。
まあ、上手いことやりますかね。




