16-1
「では、交渉してきます」
「お願いします」
翌日、マーベルさんを協会に送り出した。
二週間後・・・いや、今の時点で残り十三日。その間にやらなきゃいけないことがある。
まずはガノダウラスの素材の確保。
大型、小型問わずモンスターと戦うわけだから、戦力アップは必須。
武器屋のあんちゃんとの交渉で、素材さえ手に入れてくれば強化してくれるようにしているし、このタイミングを逃すわけにはいかない。
ただ、あの大型恐竜を解体するのはそれなりに時間が掛かる。他の連中の依頼もあるわけだし、ウチを最優先にしてもらえるわけでもない。だが、こっちは早く欲しい。
そこで、マーベルさんを交渉に向かわせた。
あの人が交渉すると上手くいく。商人特有のスキル”交渉”が効いているのもあるんだろう。
商人固有スキル:交渉
商売や取引を有利に進め、成功させやすくする。
交渉を使えば値引きとかだけじゃなく、こういう時のやり取りも有利に進めることができるそうだ。
どういう原理でそうなるのか分からないし、あくまでも有利に進めやすくする、成功させやすくするってだけで完全に成功するってわけじゃないから、完璧なスキルじゃない。
その不完全なスキルを埋めるのは、本人のトーク力や駆け引き、経験値あたりか・・・?
まあ、何にせよ、今の俺に素材がどうしても必要。できればなるはやで欲しい。
うちはマーベルさんにそういうことを全て任せるしかない。可能な限り納期を縮めてもらう。
そして残った課題。
それは、
「じゃあキリさん、始めるよ」
「おう」
とある場所に俺とヴェロニカは訪れた。
ここはとある方が管理している訓練場の一画だ。
残る課題は俺自身の強化。
ガノダウラス戦で自分の実力の無さを痛感した。
いや、あれの場合は別格とも言えるだろうが、それでもあと一歩で棺桶行のところまできていたのは事実。
俺自身の強化は必須事項。
欲を言えば俺だけで体力の半分くらいを持っていけるようになりたい。いや、ヴェロニカ抜きで倒せるようになりたい、ってのが正しいか。
「で、わたしは何をしたらいいんだい?」
「今から説明する。まずはここに座っていただいて」
訓練場に備え付けられた椅子を広場の中央に置いて、ヴェロニカを座らせる。
「今からヴェロニカには魔法を撃ってもらう」
「え?いいの?」
「おう」
ここは個人的な殺陣や魔法、集団戦の習熟のために用意された純粋な訓練場。
そして更に言うなら、ガーベラさん個人が所有している施設でもある。
ガーベラさんお抱えの部隊の訓練用に用意された・・・というわけではなく、自分のために用意した施設らしい。
何のためなのかまでは分からなかったそうだが、マーベルさんが協力を取り付ける際に使用を勧められたそうで、断る理由がなかったことから使わせてもらうことにしたわけだ。
「撃つのはお安い御用だし願ったり叶ったりだけれど、何に向かって撃つの?」
「俺」
「キリに撃つの?」
「そうそう」
ヴェロニカには魔法を撃ってもらうが、ターゲットは俺にしてもらう。
「何でそんなことをするんだい?怪我したいのかな?」
「そんなわけないだろ」
誰も怪我なんか望んじゃいない。
まあ、大怪我する可能性はかなり高いだろう。何せ、ヴェロニカの魔法だからな・・・
アパートの一階を爆破したり、無法者をぶっ飛ばしたり、果てにはガノダウラスの止めを刺したり。いくら加減をしてもらうとは言っても、怪我のリスクは高い。
それでもやらなきゃいけない理由がある。
「回避性能の発生条件を知りたいんだ」
リオーネが習得した回避性能。
あれがアイオロスが指定したスキルの一つだった。
正直、これの発生条件が分からない。
どうも攻撃が当たる瞬間に無敵時間が入って、その時間以内はセーフって感じらしいんだが、その当たる瞬間ってのが本当に文字通りのタイミングなのか・・・そこに疑問を持っている。
文字通りならどんな状況でも避けられる。例えばフレアバレットが飛んできても、スキルさえ習得しておけば自動で無敵時間に突入する。
だが、厳密に言えばそれは回避じゃない。無敵時間発生とか・・・シンプルに言えばすり抜けみたいなもんだろう。
実は発動条件が難しいんじゃないか・・・?
俺が深読みし過ぎてるだけなら取り越し苦労で済むが、そこを見抜けなかったばかりに苦しい思いをする羽目になる・・・なんてのは避けたい。
だから体を張って実験をする。
相手をヴェロニカにしたのもいくつか理由がある。
一つはある程度の距離を保てること。
ジェシカやキース相手だと、どうしても近接格闘シチュエーションになって、かなりギリギリの立ち回りになってしまう。あの二人は接近戦の立ち回りを練習していたが、俺はその中に混ざらなかったから、そんなに上手くなってはいない。
それに、あまりにも近いと発動条件が分からない可能性がある。それを知るためにやることが無意味だとどうしようもない。
二つ目は加減の融通が利くこと。
あの二人を信用してないわけじゃあないが、殴る、斬るは加減が難しい。まあ、ジェシカのパンチならいくら食らっても痛くはないから、そういう意味合いでは加減の必要がない・・・うん、考えると悲しくなってくる。
ヴェロニカは加減が上手いほうのはず。事情も詳しく伝えられるし、融通が利く。
そして最後。ヴェロニカのガス抜きを兼ねられる。
ここしばらく、魔法を撃つ機会がなかった。撃たないことに関しちゃ問題ないにしても、ストレスが溜まるのは無視できない。特にヴェロニカの場合、ジェシカたちに事情を伏せて演技し続けなけりゃいけない上、撃ちたくても撃てない状況を強いる。
トカゲと恐竜の件に関しちゃ仕方がなかったわけだが、ああいう時でないと撃てないとなるとストレスも溜まるだろう。
この機会にガス抜きをさせてやろう。ある意味、ここが一番大きい理由かもしれない。
「よーし、じゃあ炎魔法で」
「燃やすな。被害がデカくなる」
ここは訓練場。被害が出ることは想定されているんだろうが、こいつが使う炎魔法は下手すりゃボヤで済まない。
それに当たった時の俺の被害がデカくなる。火傷はさすがに嫌・・・いや、凍傷とかも嫌だ。
「水魔法も使えるんだろ?」
「そうだね。使えるよ」
「じゃあそれで」
基本的に大半の魔法を覚えているから、水魔法も当然使える。
「えーっ、面白くないんですけどぉ」
「面白さはいらないんだよ・・・」
攻撃魔法なわけだから、当然当たればダメージは入る。
ただ、水魔法のいいところは、火傷や凍傷が起こらないことだ。
追加効果とでも呼べばいいのか、それを狙うことで動きを阻害できる。水魔法はそういった効果は発生しない。
じゃあ弱いじゃんって思うかもしれないが、これはこれで良いところがある。それは使う機会があれば説明することにしよう。
とりあえず、受けてしまってもビチャビチャになるくらいの被害で抑えたい。今回は水魔法を使ってもらう。
「まあ、しょうがないなぁ」
「ほっ」
炎魔法じゃなきゃ協力しないとか言ったらどうしようと思ったが、そうならなくて助かった。
「じゃあ、早速やろうか」
「とりあえず加減してくれ。多少の痛みは堪えるが、モンスター相手に撃つような威力だと俺が吹っ飛ぶ」
「分かってるよ。さすがにそこまではしないって」
一応念押しもしたし、
「じゃあ・・・やるか」