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「・・・何の用?ガーベラ」
「随分な言い方で」
俺たちが通った扉から別の女性が現れた。
長い純白の髪を高い位置でまとめたポニーテール。
反対に少し濃い褐色の肌。
ここまで来るまでの間に見た連中が着用している制服よりもずっと立派で、濃紺でシックなパンツルックの制服。
程良く乗った化粧と黄色い石のイヤリング。
スラっと伸びる長い脚。
女王も大概だが、こっちもすげぇ。
デキる女って感じの典型的な人だ。教科書に載せたっていい。
女王とは対極の存在だな。
それはそれとして、この人もなかなかの美人だ。
目の前の女王と比べると派手さは抑えられているが、品のある化粧ってのも効いているんだろう。
好みの問題も当然あるだろうが、美人かどうかだけで張り合うなら、女王とも張り合えるように思える。寧ろこの人のほうが人気出そうな気もする。
この女の人・・・ガーベラって呼ばれてたな。
「今からこの生意気なガキどもを牢屋に入れるところなんだけど」
「なんで!?」
「全く、少年の言うとおり、何故なのでしょうね」
ガーベラがゆっくりと謁見の間に入ってきて、
「あなたはいつもその場の勢いで事を決めすぎますよ」
「うるさいわね。今は私が法律よ」
「それでは暴君と変わりませんよ」
「なんですって!?」
すげぇすげぇ・・・女王と張り合ってる。
表向きは宥めているように見えるんだろうが、嫌味も交えている。
この人、デキるな?
「素晴らしいよ、この人」
ヴェロニカも称賛していて、
「女王を牽制しておきながらもその圧を表に出さず、それでいてこのサッパリ感・・・なかなかできることじゃないよ」
・・・なるほど。そういう評価か。
そうやって言われればそう感じるな。
「さて、と」
ガーベラは俺たちの前に立って、
「・・・ふむ」
「・・・?」
何だ?
何でにやっと笑ったんだ?
「少し我慢してください。色んな意味で」
「は、はい?」
「ガーベラ、どきなさい。さっさと牢屋に入れるんだから」
「それは一旦置いておきましょう」
ガーベラは俺たちの前に立った。
まるで壁になるみたいに。
「何よ、あんた。邪魔するの?」
「邪魔も何も、あなたのために申し上げているのですが」
「はぁ?」
「彼らは客人でしょう。聞いていましたが、行商連合やベネット家の方もいらっしゃいますよね?」
・・・そこそこしっかり聞いてるなぁ。
「仮に関係者の末端だったとしても、行商連合と揉めると今後の流通に支障をきたします」
・・・その行商連合ってのは何だ?
マーベルさんに関係がありそうな感じはするが、どっかで聞いて忘れたか?
「そちらのお嬢さんはベネット家のご息女でしょう?牢に入れると問題になりますよ?」
「・・・そうなの?」
「まあ・・・そこまで私の家は偉くないはずだけど」
どれくらい有力なのかは分からないが、リオーネの実家も大きいとか有名とか、そういうのがあるようだし・・・
どっちにしても、この二人を牢屋に放り込むと、別の問題が起こるのも分からなくもない。
それをこの女王が分かってるかどうかだが・・・
「そんなの関係ないわ。私が法律なんだから」
「その法律でまた国をメチャクチャにされるおつもりですか?」
また?
何?初めてじゃないの?
ってかメチャクチャって何?
この人が何かしたら何か起きるの?天変地異?
「陛下、ガーベラ嬢のおっしゃるとおりかと・・・」
大臣たちもこの場を納めようとしている。
「うるさいわね。クビにするわよ」
この人、やることが極端なんだよ・・・
この程度のことでクビにしていくなら、周りに一人も残らんぞ?
「こうしましょう」
パン、と軽くガーベラは手を叩いて、
「この件、わたくしに預けていただきます」
「・・・は?」
何でそうなる・・・?
それは女王のリアクションに頷ける。初めて頷けることがあったわ。
「このままだと力でねじ伏せることになりますし、これが表に出れば足を引っ張られることになるでしょう」
まあ、話を聞く限り、牢屋に入ったら何かしら起こるのは間違いない。
それが表ざたになったら政権が揺らぐことに繋がるのかもしれないな・・・
「ここは一旦、冷静になる時間を作りましょう。ですので、彼らの身柄はわたくしが引き取ります」
「何であんたがそいつらを連れていくのよ?」
言葉遣いわるぅ。
どんどん悪くなってってるけど、これが地か?ならこの連続暴言も納得だな。
「あなたに預けたところで、結局牢屋か、もしくは客間に拘束するだけですからね。彼らは我々が招いた客人ですから、丁重におもてなししなければ」
「そいつらにそんな価値ないわ」
「そういった発言も控えられたほうがよろしいかと。さて」
踵を返したガーベラが、
「君たち、少しの間わたくしの屋敷に滞在してもらいますね」
俺たちを表に出そうとしている。
が、
「待ちなさいよ。まだ話は終わってないわよ」
当然、あっちも引き下がらない、と。
どうなるんだ、これ・・・?
「陛下、先ほどもお伝えしましたが」
振り返ったガーベラが、
「彼らは客人です。あなたが命令して連れて来させた方々です。それを自ら牢に入れたとして、表にこの件が漏れたら・・・さすがのあなたも終わりますよ」
マーガレットが俺たちを呼ぶように言ったのか・・・?
だとしたら、ちょっと時間軸がよく分からんな。
「まどろっこしいねぇ」
今まで静観していたヴェロニカが、
「いい加減この空気も嫌だし・・・」
目を大きく見開いた。
えっ・・・何するの?
「ちょっと本気出すね」
えっ・・・ちょっと本気出す?
それで何するの?
「・・・ん?」
ちょっと床が揺れた・・・?
「ん?地震か・・・?」
キースも感じたようだ。
確実に床が揺れている。
「いや・・・シルフィって滅多に地震なんて起きないはずなんだけど・・・」
そういう土地もあるよな。
日本は地震大国・・・正直、珍しくはない。
珍しくはないが、
「おい、なんか強くなってきてないか?」
・・・確かに、若干強くなったか?
余震か?
「いや、おかしいぞ?」
余震ってそんな徐々に強くなるみたいなのないよな?
ここはどんどん強くなってる。最初は震度一くらいだったのに、今は震度三くらいの感覚。
これは一体・・・!?
「むむむむむ」
こいつかぁッ!!!
手元の赤ん坊かぁ!!!
「魔法陣を仕掛けてるのかぁ。そりゃあ満足に魔力を使えないわけだね。だけれど、この程度の魔法陣なら、がんばれば割れるんだよねぇ」
明らかに力んでいる。
真っ赤になるまでってこたぁないが、ちょっと表情が歪むくらいには。
これ・・・魔力を引き出そうとして地震が起きてるとか、そういうこと?
何?無理矢理引き出そうとしたら、こういう芸当もできるの?
「もう少し・・・!」
「おいおい・・・揺れが酷くなってきてるんだが」
もう震度四は超えた気がする。
「ちょ、ちょっと、どうなってるのよ!!」
それは俺も聞きたい。
ってか、女王も結構焦ってるな。さっきまでの勢いはどこ行ったんだ?
「わっ!?」
部屋全体にタイルが敷き詰められているんだが、一部が勢いよく割れた。
「おいおいおいおい!?」
「なにこれ、怖い!」
地震に慣れてないからか、ジェシカたちも慌てている。
というか、俺たちを抑えようとしている近衛兵の集団も酷いもんだ。中には泣いてるヤツもいる。
「キリさんや」
「・・・なに?」
「あとちょっとで魔法陣を崩せると思うから、ちょっと強気な姿勢でいてよ」
「嘘だろオイ・・・」
こいつ、また俺に余計な枷をハメる気だな!?
「むむむむぅ」
揺れがまた強まった。
あっ、この感じ・・・もう破壊できるな?
これで俺がまた矢面に立たされるのか・・・嫌だなぁ。
「なあ、あんたら」
・・・なんかこういうノリで動くの、キャラじゃないっつぅのに・・・
「一応断っとくけど、俺たちをここに呼んだのも、ムチャクチャ言ったのもあんたらだからな?」
「あとちょっと~」
タイルはもうほとんど割れている。
壁に大きい亀裂が入ってきた。
マジであとちょいだわ、これ。
「あ、あんたがこれをやってるの!?」
マーガレットが王座にしがみつきながら、俺を指差してくる。
「おうよ」
とりあえずドヤ顔を決めてみよう。
「すげぇだろ?」
まあ、すげぇのはヴェロニカだし、何だったら俺もビビってる方だ。
「俺もまあ、結構怒ってるんですよねぇ。今日の予定を潰されて、女王に会ったら会ったで速攻でバカにされてさぁ。たまったモンじゃないんですよぉ。だからまあ」
揺れに負けないように、かつ格好がつくレベルの仁王立ちで、
「エライ目に遭わせてやるよ」
「よしっ!!」
ずんっっっっっ!!
床に大きな亀裂が入った。
その瞬間、揺れが収まって、
「魔法使えるよ!」
とのこと。
魔法陣は床に設置されていたのか。埋め込んでタイルでカバーしていたのかもしれないな。
それは一旦置いといて、
「もう魔法陣は破壊したぞ。こっからは全力だ」
「フレアバレット出すね」
右手を肩の位置くらいまで水平に上げる。すると、すぐに火の玉が生成された。
ボルドウィンのアパートを爆破した時に出した火の玉よりも大きなそれを、
「どこに撃ち込んでやろうか?」
視線を近衛兵たちに向ける。
すると、盾を持っている連中は構えて、ガードができない連中は逃げだしていった。
「それともそちらかな?」
女王に向けると、
「はっ、ふ、ふざけるんじゃないわよ!!」
かなりビビってる。
ビビってるくせして強がってる。
「こんなことしてタダで済むと思ってるの!?私は女王よ!!私に攻撃すれば死刑なんだから!!」
そりゃそうだ。
そりゃそうだろうが、
「ここにいる全員吹っ飛ばせば、誰が女王をやったのか分からないしな?」
「・・・は?」
「全員、吹っ飛ばしてやるよ」
目撃者がいなければいいわけだ。
ここにいる全員を吹っ飛ばせば、何が起こったのか分からなくなる。
もっと言うなら、この謁見の間を含めた辺り一帯を吹っ飛ばせばもっといいんだが。
「お名前を存じませんが」
ガーベラが強く、大きく声を上げて、
「我々の都合を押し付けてしまい、申し訳ありません。どうか、その火球を納めてはいただけませんか?」
謝罪している。
この人が悪いわけじゃあないんだけども・・・
ってか、今度は女王を庇うように立ってるな。
一応、この人って偉いんだよな?女王にあそこまでいけるんだし。
立場上、守る側であることは間違いないが、若干そこが気になる・・・?
「非礼はお詫びいたします。ですのでどうか、お納めください」
この人はこの人の都合がある。
「あなた、これ以上は」
こっちもこれ以上、事を荒げるつもりはない。ここでの行動に制限を付けられても嫌だし。
「分かった」
「えー、撃ちたかったなぁ」
火の玉が消滅した。
本当はどこかに撃ち込むつもりだったのにな・・・残念だな、ヴェロニカさん。
「陛下、客人は一旦わたくしが引き受けます。本日は下がられたほうがよろしいでしょう」
「え・・・あ、ああ・・・そうするわ」
女王は奥に引っ込んでいった。
突然のことでパニックにもなっただろうし、精神的に参ったって感じか。
それに加えて、たぶんガーベラとのやり取りも一枚噛んでるだろうなぁ。
この人が出てきてから、関係性を知らない俺でさえ何かあるんだなって察せられたくらいだし、大なり小なり効いてはいるだろうなぁ。
「さて」
パンと手を叩いたガーベラが、
「あなた方は一旦、わたくしの屋敷に来ていただきますね」
「・・・分かりました」
これは拒否権がないやつだ。
魔法陣を強引に破壊しただけでなく、家屋も大なり小なり壊してしまってるし、脅しもしている。それを納めてくれたわけだし、これを無視するとこの人の機転を無駄にしてしまう。
「では、参りましょう。皆さん、下がっていただいて結構です」
近衛兵たちを下げつつ、謁見の間から退場していく。
この先どうなるのやら・・・