表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/151

11

 ―――ボルドウィン共和国、首都。


 これまでの旅の疲れもあってか、買い出しを終えてから表に出ることもせず、そのままゆったりと一日を終えた。

 俺は歩き疲れがメインだろう。

 ヴェロニカの世話もあるこたあるが、歩くよりはずっと楽。本物の赤ん坊ならもっとしんどい面はあるんだろうが、あの子の場合は自分の意思を伝えてくれる。その点、かなり助かっている。


 ヴェロニカはよく分からないが、よく寝ていた。

 起きることは起きるが、ミルクを飲んだ後はすぐに寝てしまった。赤ん坊の世話をしたことがないので、どういうものなのかよく分からないが、こんなものなのか?

 ヴェロニカは普通の子とは違う。

 その点も噛んでいるのか?

 この辺りは後々、本人に聞いてみないことにはな・・・


「さて、行きますか」


 俺たちの朝は早い。


 まず、ヴェロニカのトイレ。

 それが終わったらミルク作り。

 食器を片付けて俺のターン。

 と言っても、食べる物は宿屋の外で出会った適当な物をサッと食べるだけ。


 こっちの飯にも慣れてきたし、味も悪いことはそうそうないから別に構わない。

 構わないが、そろそろ寿司とか肉じゃがが恋しくなってきた・・・


 海外で生活していると、よく日本食が恋しくなるとか言うけど、まさか俺にもそれがあるとは。

 というか、こっちに来て大して時間も経ってないにも関わらず・・・

 俺ってそんなに日本が好きだったかなぁ。

 いや、そもそも好き嫌いの問題じゃないんだが。


 何気に濃密な時間を過ごしているから、そういう気分にさせるだけなんだろうか。


 まあ、何でもいいけど。


「今日から情報収集だよね?どうやって進めるんだい?」

 朝飯を済ませて、ヴェロニカを抱えて飯屋を出た。

「俺も無い知恵絞って考えてみました」

 ヴェロニカが寝ている間、道具の手入れをしながら色々考えてみた。

 ただ、俺たちだけで広大な首都中を歩き回ったところで、得られる情報なんか大してない。

 結局、人と関わらないことには。

 時間は無限にあるわけじゃあないし、大きな問題を先延ばしにしたとしても、とりあえずやってみる。

「人がいそうな場所に行ってみる」


 仮にも赤ちゃんを捨てるわけだ。


 ヴェロニカが十八歳と仮定して、本当なら今頃、本人曰く美少女になっているのが当然なわけで。

 生きていたら・・・っていう前提はあっても。

 そういうことをしたら、普通だったら大なり小なり話題になるだろう。あの夫婦、最近子供を連れていないとか。そもそも、あの夫婦を見かけないとか。

 仮に俺が子供を捨てるなら、街に留まることはしないが・・・

 もし、まだその夫婦、もしくは片方の存在がここにあるとしたら、生活しているわけだし、何かしらの痕跡はあるだろう。

 それを探してみる。

 無くても仕方がない、見つけられたらラッキーってところだ。

「居住区は・・・あっちかな?」

 ヴェロニカが寝ている間に、少し買い出しに出て地図を買ってきた。

 ボルドウィン首都とその近郊の内容だ。

 割とざっくりしているが、ボルドウィンは工場や商業事務所など、ある程度ひとまとめにしているらしい。工場をまとめておけば、あっちこっちで騒音が起こることもないし、商業事務所をまとめておけば、関係各所への通達もしやすい。

 行商たちが集まる市場も、工場と商業事務所エリア周辺で開催されている。

 となれば、居住区もある程度まとめたくなるだろう。

 無論、全部が全部ひとまとめにできていないんだが、ある程度人の行き来の管理はできる。

「動きはシンプルでいいかもしれないね。居住区を探してみればいいんだ」

 そういう街の構造なわけだから、人が集まる場所を探せばいい。

 行方不明の夫婦とか赤ちゃんの話なら、出やすいのはここだろう。

「まあ、あくまでも上手くいけばいいねって話で―――」

「どけ、邪魔だ!」

 走っているおっさんがぶつかってきた!

 こっちは仮にも赤ん坊がいるんですけど!?

「おっと、こいつは・・・」

 居住区と書かれた大きい門。

 これを潜ろうとしたが、その門の足元に避けた。

 人の流れが多い。

「すごい人だねぇ」

「ですねぇ」

 門の奥。つまり、居住区から、かなりの人が出ていこうとしている。

「何でこんな数の人が出ていっているんだろうね?」

 パッと見、百や二百じゃきかない数だ。どんどん増えている。

 それこそ朝の・・・

「ああ、そうか。通勤ラッシュか」

「通勤・・・何?」

 大量の人の流れを眺めながら、

「会社に行く大量の人の流れだよ」

 すっかり忘れていた。今は朝も早い時間帯だ。

 大抵の大人は仕事をしているだろうし、この首都に住んでいるのなら、工場地区や商業地区へ働きに出るはず。

 となれば、大抵の人が居を構える居住区から一斉に出ていくのは当たり前の話・・・

「なら、ここに人はほとんどいなくなる?」

「・・・ちょっとは残るだろうけどなぁ・・・」

 全員が働きに出るわけじゃないだろう。

 例えば専業主婦とか、金持ちの家の使用人とか庭師とか、そういう人はいるとは思う。

 ただ、どれくらいの数がいることやら・・・と言ったところだ。

 となれば、次に狙うは工業地区か。

 働く大人ってのは噂話が大好きだしな。

 飯時を狙えば、その辺りに開いている食堂や屋台も賑わうだろうし、そこで色んな話を聞けるかもしれない。

「じゃあ、行くかい?」

「・・・いや、ちょっとここを歩いてみよう」

 飯時にはまだ随分と早い。

 人の流れが緩くなったところで、居住区に入った。

「あまり人がいないなら、別のところに行ったほうがいいんじゃないの?」

「それはごもっともだが、朝っぱら工場地区に行っても、軽くあしらわれるだけだと思う」

 何せ、朝は忙しい。

 高校生はそうでもないが、弁当を作ってくれていた母さんはウチの中で誰よりも早起きだったし、父さんは朝飯を食ったらすぐに家を出ていた。

「大人は忙しいんだよ、ヴェロニカさん」

 暇な人もいるだろうけどな。

 それに、いきなり高校生が赤ん坊を連れて入っていってもいいものなのか、そこも微妙なライン。

 俺が単独で入っていくならまだしも、ヴェロニカが一緒っていうのは不審に思うんじゃないか?

「じゃあ、居住区に行ってどうするんだい?」

「まずは様子を見よう」

 狙いは別にあるが、街の様子、特にここに住んでいる人がどんな生活をしているのかを見てみたい。

 首都に入ってから今まで行ったのは、宿屋と朝市、雑貨屋。レストランとか屋台とかの食事方面のみ。

 そりゃあ、行き交う人たちを眺めたり、話している内容を聞いたりもしたが、それはあくまでも公共的な場所での話。

 自分の家での生活のような、ナマの生活感っていうのは分からない。

 これがヴェロニカにとって有益な情報になるのかと尋ねられたら、そんなものじゃない可能性は高いだろうが、ここの人たちの生活を見るということは、生活レベルを見るということだ。

「ここの生活レベルがどれくらいなのかを見れば、例えば子供を捨てるくらい追い詰められている人がいるとか、逆に裕福な人が多いとか、そういうのが分かるだろ?」

「・・・なるほど」

 まあ、ゲームの世界みたいに他人の家にズカズカ入っていくわけにはいかないから、家の風貌とか規模で判断するしかないけどな。

 運よく住人が出てきたりしたら、話を聞けたりするかもしれないが、見ず知らずの他人に対して気さくに話をしてくれる人がどれだけいるものか。それこそワンチャンあるか無いかだろう。

「話は聞けないかなぁ?」

「まあ、一日は始まったばかりだ。それに、こういう話はすぐに解決できる問題じゃない。ゆっくり行こうじゃないか」

 ヴェロニカの焦る気持ちは分からなくもないが、こればっかりは長期戦。

「情報収集の手段も一つじゃない。とりあえず、今日はこういうスタイルで行く」

 そりゃあ、手っ取り早い手段もなくもないが、俺のメンタルがズタズタになることも否定できない。

 上手くいくかも分からないのに、いきなりボロボロなるのも個人的には避けたい。

 まあ・・・避けられないかもしれないし、それが俺の役目になるんだろうから、いつやるかどうかってところなんだが・・・

「それにしても広いな・・・」

 居住区に入ってそこそこ歩いているが、まだ端の方まで辿り着かない。

 駅で例えるなら、軽く十ヶ所くらいは歩いた気がするんだが・・・

 まあ、首都の人間をひとまとめにしているわけだし、それなりに住む家も多くなるし、広いのは当たり前か。

 だからか、アパートというか団地というか、集合住宅が多い。

 首都に住む全員分の家を確保するためには、こういう形式でないと収まらなかったのかもしれない。

 それに、新築くらいの綺麗な棟もあれば、改装中の棟もちらほら見える。

 人口は今も増えているということが分かるし、随分と前から集合住宅というスタイルを取り入れているのかもしれないな。

「あっちのお家は豪華だね」

 更に進んでいくと、集合住宅が少しずつ減っていき、一軒家が増えていった。

「・・・裕福な層なのかな?」

 集合住宅もレベルはあるだろうが、一軒家ともなると土地も必要になってくる。

 家の風貌も整っているし、所得がある程度ある人たちが住んでいるんだろう。

「しかしこうして見ると・・・」

 ―――こういう構図も地球にそっくりだ。

 給料の問題とかは分からないが、ラヴィリアの人間もアパートとかマンションっていう構想を持つらしい。

 便利であるとか、土地の有効活用だとか、こうした意味は分からないけど、行き着くのはどっちの世界の人間も同じなのかもしれない。

「公園があるよ」

 集合住宅が多い辺りと、一軒家が多い辺りを二分化できそうな位置に公園がある。

「寄っていこう」

 公園に入った。

 ここは遊具らしい物があまりない。

 ベンチが三つと、割と手を入れてある植込みや樹木が植えてあるだけ。

 日頃の会話や散歩をするくらいの、シンプルな目的の公園なのかもしれない。

「ここで何をするんだい?」

「休憩がてら、ちょっと様子を見てみる」

 適当なベンチに座り、ヴェロニカを膝に乗せ、

「わたしは何をしたらいいんだい?」

「適当にくつろいでいりゃあいい」

 一応、休憩しているわけだし、することは特にない。ぼーっとしていればそれでいい。

 唯一することがあるなら、

「人が来たら、いつも通りの対応で頼む。遊んでいるふりをしていればいい。ヴェロニカにとっちゃあ意に介さないことを俺が言うかもしれないけど、一時の恥と思って堪えてくれ」

「まあ・・・普段わたしのほうがキツイことをさせているわけだし、気にしなくていいよ」

 気にされても困るが、いいっていうならそれでいい。

「おはようございます~」

「おはよ~」

 ―――少ししたら、子供を連れた女性が二人、公園にやってきた。

 割と若い感じはする。たぶん、二十代後半か、三十代前半くらいまでだろう。

「流れがあればいいんだが・・・」

 俺が望む展開が起こるかどうか。

「流れ?」

「そうそう」

 流れもそうだし、ここの住民の性質にもよる。

 だから、この方法は難しい。

「昨日、給料日だったでしょ?どうだった?」

「渋いわよぉ。相変わらず」

 ・・・いきなりお金の話を聞けた。

 こっちの懐事情も、地球のそれに近いんだろうか?

「ウチも今月もギリギリだわ」

 あまりそういうところを聞いたことはないが、ウチの親の懐事情はどうだったんだろうか。

 そういう話をしたことはない。多少気になったりしたこともあるが、そこは親のデリケートなところだろうし、聞かないようにしていた。

 こういう他人の話を聞くのも、この街を知ることの一つだ。

「・・・あの子、見かけないわね」

 キタ!?

 きたんじゃないの!?

「この辺りの子じゃないわよね」

 当然、つい最近ここに来た新参者だ!

 ボルドウィンどころか、こっちの世界に来たのもつい最近だぜ!

「どうも~」

 会釈しながら、適当に愛想を見せておき、

「・・・あのお母さんたちとイイ関係になるっていうこと?」

「黙ってなさいよ」

「向こうには聞こえてないよ」

 俺が人妻に手を出すようなヤツに見えるのか?

 そういう趣味なんかないわ!

「君、どこの子?」

 よっしゃあ、キタ!!

 これこれ、これよォ!!

「いやー、俺たち、つい最近こっちに来たばっかりでして」

「おー、どっちのほうから?北?南?」

 公園にやってきた奥様方と話をする。これが俺が欲しかった展開だ。

 朝一は忙しいだろうが、弁当作ったり時間の掛かる家事を済ませたら、小さい子供を連れて散歩の一つや二つくらいはするだろう。

 そこで仲の良い友達と談話する。これが主婦の息抜きの一つなんだろう。

 実際、そういう光景は日本でも見られるわけだし、共通点の多いラヴィリアでも見られるんじゃないかと思っていた。

「南から来ました」

「おー、じゃあおのぼりさんだ~」

 長めの髪で、細い目の優しそうな奥様と、

「そうなんですよ~。仕事もなかなか無くて、首都なら何かあるかなーって思って来たんですけど」

 細かい地名は分からないし、そこを突っ込まれたら困るから、その辺りはぼやっとさせておくが、後は割と適当に合わせる感じで。

「えー、どうだろう?首都も割と渋いよ」

 ショートカットで目の大きい、爽やかな感じの奥様。

「うちの家計も割と火の車だしぃ」

「分かる~!」

 割と火の車とか、割と赤裸々に語られますよね・・・

 それに、この二人のノリも日本のそれによく似てるな・・・

 やっぱりラヴィリア自体が日本に近いのか?

「最近、北のほうは怖いモンスターが出てるらしいんだけど、そのせいでちょっと物価が上がってるんだよな~」

 何度も聞いてしまうと思ってしまうけど、やっぱモンスターって出るの?

 北上してきたわけだし、これからも北を進む可能性もあったのに、マジかよ・・・

 それに、あまり気にしてなかったが、首都って物価高かったのか。

 割と日本の物価に近いからあんなもんかなって思ってたけど、もっと安い場合もあるのか。

「君、もう家とか借りられたの?」

「いや、とりあえず安い宿屋に泊まってます。貯金が尽きる前に家を探さないといけないんですけどねぇ」

 あまり長居するつもりはないけども、そういうことにしておかないとだな。

「賃貸も結構渋いよねぇ」

「家賃もピンキリだけど、低いところは本当にそういうクオリティだもんなぁ」

「格安でどれくらいなんですか?」

 居を構えるつもりはないが、参考までに。

「うーん、リビングが一部屋と寝室が一部屋、小さなキッチンとトイレ、簡単なシャワーがあって、大体月に55000フォドル。うちが三階の部屋だから、もう3000フォドル高いけど」

 地球で言うところの、2LKくらいの住宅か?

 場所にもよるだろうが、首都圏内でそれくらいなら格安だろう。

 こっちの首都でなら、それくらいの価格なら妥当なのかもしれないが、参考がこの二人だけだから判断が難しい。

「ワンルームもあるけど」

 髪の長い奥さんが指差す方向に、いくつかの団地があり、

「あっちは相当古い物件で、首都を作る時代の建物だから、相当傷んでると思うなぁ。雨漏りもするらしいし、職人さんを入れられればいいみたいな感じだから狭いしねぇ」

 確かに、外壁からも相当古いことは分かる。

 部屋と部屋の間隔も狭いし、団地というより、安アパートとか寮って感じのイメージが正しいかもしれないな。

「あれだったらいまだと15000フォドルくらいか?あたしが家探した時はそんな感じの値段だった気がする」

「それくらいかなぁ?でも、そろそろ改修工事をするらしいし、家賃は上がるかもしれないねぇ」

 2LKとワンルームの差がざっくり40000フォドルだし、そう考えると、奥さんたちが借りている物件が割ると格安なのかもしれん。

「さすがにあれを借りるのはおすすめしないわよ。シャワーも付いてないし、壁も薄いから、赤ちゃんの夜泣きは苦情が来るかも」

「そりゃ大変だ」

 ヴェロニカは夜泣きをする前に起こしてくれるから問題はないんだが、実際の赤ん坊はするわけだし、その辺りは子育て中のお母さんは気にするところか。

「もうちょい部屋が増えたり、新しかったらもっと高い。特にあっち」

 爽やかな奥さんが指差す方向は、ちょっとだけ見て回った一軒家のほうで、

「あっちは首都でもそこそこ所得がある連中の家だ。あっちは高いぞ~」

 なんかちょっと棘があるように聞こえるのは俺だけだろうか?

「戸建て組は城勤めとか問屋の方が大半だしね」

 やっぱり、そういう層が住んでいるらしい。

「うちじゃ無理だわ」

「ホントにねぇ」

 二人はけたけた笑っている。

「わたしなら余裕かな?」

 こわっ!!

 手元が突然発する地味な金持ちアピール、しかも周りに聞こえないようにするのがマジで怖い。

 目の前の二人には聞こえていないようだからまだいいものの、聞こえてたら空気が冷える。マジでやめろ。

「君、歳は?」

「二十歳です」

 働いていそうな適当な年齢でごまかして。

「うーん、だったら首都だと、建築関係の肉体労働が多いかもねぇ」

 体力勝負系は二十歳くらいがちょうどいいだろうけど、ああいうボロボロの団地の改修工事もあるなら、需要は高いのも頷ける。

 情報を集めて用事が無くなったらすぐに旅立つつもりだったし、居を構えて働くつもりはなかったが、大都市で情報収集はそうそう簡単に終わるものじゃない。

 こうなったらしばらくはここで活動して、じっくり働きながら情報収集をするのうがいいのか?そのほうが資金も集まるし、悪い話でもないだろうけど。

「でも、赤ちゃんもいるし、置いて工事現場はできないだろ?奥さんは?」

「あー、嫁はこいつを産んだ直後に病気で亡くなってしまいまして・・・」

 生活者協会で散々冷たい視線を浴びた。

 結局、こっちで早くに結婚して子供を作ったっていう設定は飲まなきゃいけない感じになるわけだが、先立たれたってことにしておけば、逃げられたっていう設定よりは気持ちが楽。

 ・・・そもそも、俺が速攻子供を作ったっていう話をやめたいんだが、今はもうしょうがない・・・

 それは追々の課題としよう。

「だったら一緒になるし、工事現場は無理だな」

 この話の感じからして、保育園とか託児所とか、そういう文化が無いように見える。

 単純に無いっていう言い方じゃなかった。そもそも、預けるっていう選択肢がない。

 もちろん、二人が思う選択肢にたまたま無かっただけかもしれないが、深追いして妙に思われても困る。

 仮に無かったとして、これくらいの大都市なら、そういう商売もやっていそうなもんだけどなぁ。

「奥さんがご健在なら安心して仕事に行けるのにねぇ」

 他人に預けるっていう文化がないわけだし、子供連れで仕事をする前提の話になるか。

 となれば、結局は・・・

「・・・難しいわねぇ、ここで仕事・・・」

 とまあ、こうなる。

「よかったら、うちの旦那の職場に、住み込みで働けないか聞いてもらおうか?住み込みだったら赤ちゃんの世話もしながら働けるだろうし」

 住み込みというスタイルはあるのに、なぜ託児所はないんだ?

 他人の子を預かるのがハードルが高い?

 まあ、俺も他人の子を預かるのは自信がないけども・・・

「う~ん・・・」

 情報収集のために一旦腰を据えるのはいいとしても、ガチガチに働くとなると自由に動けない。

 逆に、あの工場地帯の中で情報を得るキッカケになる。

 どっちがいいのか、どっちもなしなのか。

 ヴェロニカはどう思っているんだろうか?

 ―――というか、思ったことがある。

 一旦家の話は置いておいて、

「そういえば、お二人の旦那さんはどういったジョブでお仕事をなさってるんですか?」

 この世界にはジョブというシステムがある。

 パスポートの隅々まで見たわけじゃあないが、それに適した職業があるはず。

 この二人の旦那も、カードに存在しているジョブのどれかを選んでいるはずだが・・・

「ああ、うちの旦那は剣士だけど、今は建築現場で働いてるよ」

「えっ?」

「うちの人も剣士だけど、印刷関係の会社に勤めているわ」

「ええっ?」

 あれ?

 ジョブ=職業だと思ってたんだけど、そういうわけじゃないのか?

「いやー、剣士って花形職業だから人気があるんだけど、城勤めになれなかったらこの辺りじゃ活動範囲が狭くてさ」

「ボルドウィンの周りでの剣士が必要な場面っていうのは、大抵モンスター退治なんだけど、それも国が剣士の数を管理しちゃっているから、活動許可が出てない人はモンスター退治もできないのよ」

 剣士の数を管理している?

 一国の城を会社と例えるのも苦しいが、国の防衛に必要な人員はある程度想定できる。それ以上の人員は無駄な人件費を払うことになるし、一応は国のお抱え剣士ともなると給料は税金か何かのはず。

 ある程度の予備役みたいなのは構えてるんだろうが、こういうところもリアルな話だな。

「だから、剣士は力自慢が多いし、土木とか、重い荷物を運ぶような仕事に就くころも多いのよ」

「まあ、黒魔術師とかなら薬で生計を立てられるけど、そこも割と数がいるから、今からだと難しいしねぇ」

 剣士に必要なのは屈強な肉体。力仕事に適しているのは理解できる。

 それに、これだけの大都市なわけだから、薬剤師だけじゃなく、他のジョブも飽和状態になるのも分からなくもない。さっきの話だと、活動許可をもらえない剣士も多いみたいだし。

 ジョブを選ぶのも、そういう面を考えないといけないわけか?

 追々の問題としていたが、また難しくなった。

 選びなおしは一回だけだし、失敗はできないと考えたほうがいい。今のところ問題もないわけだし、選択しないまま過ごすのも一つの手段か。

 ずっとこの状況でいてくれるなら問題ないが・・・

「あっ」

「げっ!」

 考えていると、二人の意識がとある方向に向いた。

「あら、ごきげんよう」

「おはようございます」

 別の子供連れの女性が二人、公園に入ってきた。

 パッと見、そこそこ裕福そうに見えるが・・・

「じゃあ、うちらはこれで」

「何か困ったことがあったら、この時間に来てくれたら話を聞いてあげるから!」

「えっ?あ、はあ」

 さっきまでの和やかな雰囲気が一転。

 まるで逃げるような感じ。

 実際、新しく入ってきた二人に対して、避けるようにして出ていった。

「あら?見かけない方ね」

 言葉の雰囲気からして、格は高そうには思える。

「はあ・・・どうも」

 身に着けている服はなかなか品のある物だ。

 アクセサリーも着けている。俺にはそういう物の価値は分からないが、パッと見、高そうには思う。

「新しく越してきた方かしら?」

「ええ、つい先日」

「・・・ふぅん。ふふっ」

 節々から、明らかにさっきの二人と違って嫌な感じがする。

 なんだろう?

 今もこっちの身なりを観察して、鼻で笑ったよな?

「そこ、わたくしたちの指定席なの?退いていただける?」

 なるほど。さっきの奥さんたちが避ける理由が分かった。

「この二人、裕福なお家の人みたいだね」

 そう、ヴェロニカが言うとおり、所得が高い家庭だ。

 嫌な感じなのは、喋りと態度が鼻につくから。

「ほらっ、早くしなさいよ。わたくしたちがゆっくりできないでしょ?」

 どれくらいの差があるかは分からないが、身なりから推察して、さっきの奥さんたちとの差は結構開いているとは思う。

 思いはするが、それで他人を区別するのは話が違うだろ?

「・・・はいはい、どうもすいませんね」

 この二人からも何かしら話を聞けたらありがたいが、そういう気分も削いでくる。

 とりあえず、ボルドウィンの生活環境とレベルもちょっとは分かったし、この二人からストレスをもらいたくはない。そもそも、話をしてくれる雰囲気でもない。

 別の場所に移動するとしよう。

「全く、のろまな子ですわね」

 ベンチから離れると、二人はすぐさま座って子供を両膝に乗せ、

「働かずに公園でのんびりしているだなんて、よくそんな身なりでできたわね」

 そりゃあ、ゲームでいうところの最初の村で買える、しかも最小限の装備だ。見てくれは悪いだろうよ。

「働きに行きなさいな」

 ・・・こりゃあ、取り付く島もないってヤツだな。

 いくら話が必要で、この連中のような富裕層の話も価値はあるとしても、俺も人を選ぶ権利がある。

 どうせ尋ねるなら、さっきの奥さんたちのほうがどう考えてもいい。

「子供もみすぼらしくて可愛くないわ」

 公園を出ようと歩こうとした瞬間だった。

 

 抱えている子供の雰囲気が変わった。


「服も可愛くないし、子供も可愛くない」

 いや、正確に言うなら、雰囲気が変わったんじゃない。

 明らかに怒っている・・・!

「子は親に似るって言うけれど、みすぼらしいところなんかそっくりだわ」

 もう何でもいいんだろ?みすぼらしいって言いたいだけなんじゃないの?

 っていうか、その話はあんたらにも該当するだろうよ。

 あんたら、自分の顔を鏡で見たことがあるのか?

 言っちゃあ悪いが、言うほどイケてるわけじゃないぞ・・・

 舞台とかに立って緊張したら、観客を芋とかカボチャに思えって言われたこともあるが、あんたらは芋っぽいんだよなぁ。

 男爵イモとメークイン、両方とも揃ってる感じ。

「あー、イライラするぅ!」

 今まで黙っていた手元の赤ん坊。

 あの二人には聞こえちゃいないようだが、雰囲気がえぐい・・・

 ヤバいことにならきゃいいんだが・・・

 いや、そうなる前に退散するのが吉!!

「あんたがそんなだから、子供もそんななのよ」

「貧乏人はこれだから嫌だわ。早く出ていってちょうだい」

 まるで野良犬を追っ払うかのように。

 そりゃあまあ、俺は一文無し。しかも、ヴェロニカにおんぶにだっこ。

 貧乏だと言われりゃその通りだが。

「わたしは美少女なのに、みすぼらしいって言ったぁ・・・???」

 こっちはこっちでヤバさが増してきている。

 怒気っていうか、オーラっていうか。こういうのって案外分かるんだな。

 抱えているかは分からないが、圧迫感を強く感じる。肌で感じるっていうヤツがこれだったりする?

 どこの誰が言ったかは知らないが、上手いこと言ったもんだなぁ。

「そっちこそ、親子共々大したことないくせに!!」

 あ、ヴェロニカさんも思ってました?

 俺は親のほうだけを芋だと思ってたけど、子供までしっかり観察していたとは。

 気になって見てみたが、確かに子供も芋みたいな顔をしている。

 そっくりそのまま返すわ。子供は親に似るって。あんたらがイイ例だよ。

「それに、キリのことまで悪く言うなんて」

「はい?」

「許さない」

 ヴェロニカがじたばたと暴れ、

「あっ、ちょ、おい!」

 半身を乗り出すようにして、ヴェロニカは小さな右手を俺の後ろへ伸ばす。

「・・・なに?」

 あんたらも思ってる?

 奇遇だな。そりゃ俺も思ってる。

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 ぼわっ!!

「・・・え?ちょわ!?」

 ここのところ毎日聞く効果音がしたような・・・

 ってあっつぅ!!


 ヴェロニカがフレアを使ってるぅ!!


「は!?な、なに!?」

「なんで赤ちゃんが魔法なんて!?」

 そりゃ俺も思ってた。

 一般的にやっぱりそういう風に思うんだな。安心したわ。

「受けるといいよ。わたしの怒りを」

 外野はヴェロニカが「あー」とか、「うー」とか言ってるように聞こえるんだろう。

 だけど、俺にはこう聞こえてるんだぜ?

「フレアァァァァァァァァ」

 いつものフレアはバーナーのような感じで、手から放射するように放出している。

 けど、今は大きな火の玉を作っている。

 みるみるうちに膨れ上がって、まるで運動会で転がして使う大玉のように・・・


 って俺が燃えるわ!!


 焚き火も近くで当たれば熱いこともあるが、これは段違いだわ!!

 普通に焼ける!!

「えっ、ちょ!?」

 男爵イモとメークインがかなり慌ててるのは分かる。

 俺も慌ててます!

 逃げろ!俺も逃げる!

「バレット!!!」

 火の玉が放たれた!

 身を焼くほどの熱が、一瞬で過ぎ去っていったが・・・


 ドオン!!!


「・・・うん」

 後ろで嫌な音がしたよなぁ・・・

 振り返ってみると。

 男爵イモとメークインが、それぞれ右、左に分かれてベンチから離れたところでこけていた。

 なるほど、火の玉は二人の間を目掛けて飛んでいったんだな。そしてそれを飛んで避けた、と。

 それでも無傷で済まなかったらしい。髪と服が少し焼けている。

 火の玉・・・大きかったもんなぁ。

 実際、ベンチも足の部分だけを残して吹っ飛んでしまっている。

 よく避けたな、芋たち。実はアスリートクラスの運動神経の持ち主だったのか、火事場の底力ってやつか。

 火の玉は結局どこへ飛んでいったのかと思ったが、そのまま一直線に飛んでいったみたいで、集合住宅に直撃していた。

「え・・・ええぇ・・・?」

 派手に壊れた一階の部屋。まるで大型トラックが突っ込んだ後の現場みたいだ。

 あの一発でこれだけの威力が出るのか・・・

「びえぇぇぇぇぇぇ!!」

「あーーーーーーー!!」

 今まで沈黙していた芋二人の芋赤ちゃんが泣き始めた。

 ようやっと怖いことが起こったことを理解したらしい。

「・・・ふっ」

 ヴェロニカは笑っていた。

 してやったりというか、ざまぁみろというか、何というか。

 うん、どっちにしても確実に爽やか系の笑顔じゃない。見なかったことにしておこう。

「あっ、あんた!!その子にどういう」

「やべっ!」

 ハッと気付いて、急いで公園を飛び出した。

 これだけ派手に立ち回ったんだ。ヤバくないわけがない。

 我に返った芋に責め立てられる前に逃げないとだな!

「おまっ、ああいうのは良くない!良くないぞ!!」

 とりあえず説教をしておかないとだな・・・!

「だって、腹が立つでしょ?」

「立つけどよ!?」

 腹が立ったからって、あんなところであんな攻撃したら、被害が出るのは分かってるだろうに!

 あの二人もそうだし、集合住宅に関しては結構な勢いで吹っ飛んでいるわけだし、相当被害は出したぞ!

「っていうか、なんっつー攻撃だよ!」

 今まで、フレアは小規模の火炎放射だと思ってた。それくらいなら大したことはないと思うだろう。

 だがどうだ。今度は火の玉だよ。フレアバレットとか言ったっけ?

 攻撃力は高い。ちょっとした爆弾みたいなモンだわ。

 何せ、どういう素材であったかは謎だが、住宅の一部を吹っ飛ばすんだ。爆弾もそう遠くない例えのはず。

「わたしも人に向けて初めて撃ったよ」

「そういう告白はいらねぇよ!!」

 これがまだジョブ登録を済ませていない状態の威力・・・

 登録したら、一体どれだけの威力になるんだ、これ・・・

「とにかく逃げろ!!」

 騒ぎが大きくなる前にとんずらが正解!


 これがキッカケになって面倒にならなきゃいいけど、しばらくは大人しくしておかなきゃダメかもしれんな・・・

 日本だって、これくらいの出来事がおこりゃあニュースの一つや二つになるんだ。

 こっちの世界だって、大なり小なりなるに決まってる。


 何事も起きませんように・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ