表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/151

30-3

 部屋の日当たりが悪くなかったとは言っても、夜になれば日の温かみなんて無い。

 明かりも蝋燭が二本くらいで、薄暗いというよりも単純に暗い。

 部屋に入って来る隙間風が肌寒い。


「おい、麗香」


 さすがに寒いだろうということで、受付の子が布団を持って来てくれた。

 薄いボロだったけど、無いより有るほうがずっといい。


 ぬくもってきた頃。伸二が呼びかけてきた。

 応える気もなかったけど、これがたぶん三回目の呼びかけ。

 多少離れているならまだしもすぐ隣にいるわけだし、無視し続けるのも限界か。

「なに?」

 とりあえず、適当に反応しておくことにする。

「お前、これからどうするつもりだ?」

「・・・どういう意味?」

「そのまんまの意味だろ」


 どうする、か・・・


「このまま終わらせるつもりなんかないだろ?」


 あまり考えていなかった・・・っていうのが正直なところだ。


 この世界のことが少しずつ分かっていくにつれて、向こうにはない感覚に動かされてきたと思う。

 しょうもない身内も同僚たちもいない。いるのは獰猛なバケモノたちと、マンガの世界にしかいない現地民。

 自分を有利にするためにスキルというものがあって、それを習得するためのポイントが存在する。それを効率よく手に入れるためにはモンスター狩りが一番いい。

 モンスターを倒すために武器を手に入れて、スキルを覚えて、討伐に向かって。

 怪我をしながらも倒していく私たち。


 生きている。

 私の人生の中で、初めて味わう感覚。

 それがあっちじゃなくて、こっちで味わうことになるとは思わなかった。


「さあ・・・どうしようね」


 パスポートは取り上げられたわけだし、魔法を使うことができない。ナイフを取り上げられた伸二もスキルを使えないし、使えたところで逃げられるような技はない。

 私も伸二も力で鉄格子を捻じ曲げられるわけないし、身動きは取れない。

 どうするもこうするもない。そういう状況。

 そんな中ですることなんて、

「とりあえず、寝たら?」

「はあ・・・?」

「もう私も眠たくてね」

 できることなんてそんなにない。

 支部長が戻ってきたら、何かしら処罰を下すでしょうし、それ次第でどうなるかってところでしょう。

 じたばたしたって、状況は変わらない。だったら、今は素直に寝たらいいと思うけどね。

「お前、このまま終わるつもりか?」

「・・・終わるって、何が?」

 伸二の声に苛立ちとか、怒りとか、そういう感情が混じっている。

 パスポートを取り上げられているからテレパシーが使えなくなっているけど、それくらいは分かる。

「俺たちはまだこんなところで終われないだろ?」

「そう?」

「当たり前だろ。俺たちはここの連中よりも高い能力がある。この辺りのモンスターくらいなら倒せるし、ポイントもまだまだ手に入れられる」

「・・・はあ。それで?」

「スキルを覚えりゃもっと出来ることが増える。そうすりゃ、こんな村じゃなく、もっとデカいところで仕事ができる」

「ふうん・・・なるほど?」

「いずれは首都お抱えの騎士団とやらに入り込んで、そこで活躍すりゃあ、もっと上にいける。今より豪華な生活もできるし、何ならもっと上に行くことだってできるんだぞ」


 ・・・変わったわね。


「悪くない話だろうが?」

「まあ・・・一般的には悪くないかもね」

 自信家が思う方程式と一緒ね。

 実力をつければ上に行ける。上に行けば生活が楽になる、豪華になる。更に上に行けばより良くなる。

 それは私たちだけじゃなくて、この世界の人間の大半が分かっていることでしょうね。


 ただ、伸二の場合は多少違うように見える。


「・・・上に行って何するつもり?」

「上に行きゃあ、自分たちで討伐する必要なんてない。上から命令してりゃあいいだけだ。楽して稼げる。これ以上イイことなんてねぇだろ」

「・・・本当、変わったわね、あんた」

「・・・ああ?」

 思わず溜息が出てしまう。

「あんたってそういうヤツだったっけ?」


 出会った頃の伸二は、人間関係に疲れて誰とも関わりたくないし、面倒事は嫌だっていう思想だった。

 上にも下にも横にも追い込まれて、家庭もない故に逃げる場所もない。仕事もいつ辞めたっていいし、あの世界に未練なんてない。

 だからこそ、私と共通点があったわけで、居心地がいいと思えていた。


 どういうわけかこっちに飛ばされて、命辛々生き延びて、ここの連中に拾われて生活していく中で、成りあがれると思ったこと・・・魔が差したっていう表現が正しいけど、この村を支配下に置けるくらいの実力を手に入れたことで変わっていった。


 この村に戦闘ジョブがほとんどいなかったこともあり、実質的に支配下に置くことはそう難しくなかった。

 支部長も村長も黙っていたし、村の連中も反抗してこなかった。若い連中に至っては仲間にしてくれと志願してくる始末。

 この世界もちょろいな。楽勝じゃん。

 そんな現実と優越感・・・そんなものに伸二は浸ってしまった。


 最終的に乗ってしまった私も悪いし同罪なわけだけども、こいつは他人を支配することに喜びを感じてしまっている。


「さっき言ってた上に行くって話・・・アレの行き着き先は分かってる?」

「・・・何だよ」

「あんたの元職場よ」

 伸二が纏う空気がびたりと止まる。

「今度はあんたが元職場の連中と同じことを他人にするのよ」


 する内容が違っても、こいつがやりたいことはそういうことだ。

 あっちでするか、こっちでするか。そこの差だけ。


「こっちであっちと同じことをしたいなら好きにすればいい。けど、今度はあんたが恨まれる側になるだけ。それは覚えておきなさいね」

「・・・お前、変わったな」

 伸二が呆れたようにそう言った。

「そうかしら?」

「そうだろ」

 さっきまで怒っていたように思うけど、今度は呆れか。一周回った感じかしらね。

「お前だってこっち側だったろうに」

「そうかもね」

 少なくとも、立場はよく似ていただろうけど。

「あのガキか?」

「何が?」

「あいつと関わってからお前、随分変わったな。あいつに感化されたってわけだ」


 タカミ キリヤ。


「・・・まあ、そうかもね」


 あの子が来て、戦って。朝に話して。

 随分楽になった気がする。

 全部取れたわけじゃないけど、私の中にいた憑き物が取れたみたいに思う。


 あの子を取り巻く環境がよく分からないけど。

 あの子には私なんかでは理解できない何かがあるんだろう。


 ―――随分、ぬるい感傷に浸っているようですね。


「・・・!?」

 突然、牢屋部屋に人影が現れた。

 ここは鍵が掛かっているから、扉以外から入れる場所はない。なのにどうして・・・?

「誰だ、あんた?」

 伸二もビビったようではある。

「まあ・・・そうですね。とある者に使えている魔術師とでも名乗っておきましょう」

「それは名乗っているとは言えないのでは?」

「今は伝えるわけにはいかないので、ご了承いただければ」


 声色からして男、年齢もそこそこいっているはず。

 黒い色のフードで全身を覆っているから、見た目はほとんど分からない。

 只者じゃないっていうのも分かるけど、まともじゃないってことも分かる。

 こいつは一体何者なのか・・・?


「どういう原理でここに現れたのかは知らねぇけど、何の用だ?」

「あなた方をスカウトしに参りましてね」

「スカウトだ・・・?」

 この魔術師の用事は私たち?

「そっちの連中は?」

 今まで黙っていた村の若い衆。自称魔術師の登場にかなりビビっているようだけど、

「そちらの方々には用はありません。あくまでもあなた方お二人に用があるのです」

 狙いは私と伸二か・・・

「・・・私たちに用事があると言っても、こんなところで何ができるわけでもないけど。ここ、どこだか分かる?」

 状況が全く読めない。

 そもそも、こいつはどうやってここに現れた・・・?

 スキルだったら有り得るとは思うけど、そういう内容のスキルはなかったように思う。

 私たちが知らないスキル・・・?


 そう言えば、タカミくんが何か言っていたような・・・


「ここは牢屋ですね」

「ああ、俺らは取っ掴まってんだよ。ここから出られねぇのよ」

 特別なスキルが存在している・・・?

 なら、この男はそういうのを持っているのか・・・?

「出して差し上げましょうか?」

「・・・は?」

「ここから出して差し上げますよ」

 ・・・何かしらスキルを使って突破するようね。

「それはありがたいお話だけど、あなたにな何のメリットがあるのかしら?」

 少なくとも協会に盾突く行為になるから、この男も罪に問われることになる。そんなことにメリットなんて無い。

「メリット・・・そうですね。メリットという内容ではありませんが、我々は今、同志を集めておりましてね」

「・・・同志?」


 同志を集めている・・・?

 一体何の?


「協力してくださるなら、ここから出して差し上げますよ」

「そりゃ助かるわ。何が何だか分からねぇけど、協力してやるよ」

「待ちなさい伸二。目的が何だか分からないのに協力なんてできないでしょう」

 ただ単に協力者を集めているようには見えない。

 集めるってことは集団であることは間違いないだろうけど、その規模が見えない。

 そもそも、この姿を見せないようにしているから余計胡散臭いのよね。

「俺はとにかくここから出たいんだよ。あとはなるようになるわ」

「随分警戒されていますね」

「私、身持ちは固いほうなのよね。何に協力しないといけないのかしら?危ないバイトじゃなきゃいいんだけど」

 どっちにしろ協力はないけど、真意が見えないとどうしようもない。

 こいつは私たちに興味があるみたいだし、少しでも気を緩めてくれれば・・・

「ふぅむ。警戒されましたか。まあ・・・初めてではないのでどうでも良いのですが」

 やっぱり複数人と接触している。

「我々はこの世界を変えたいのですよ」

「・・・は?」


 何を突然言い出すかと思えば・・・


「随分大きく出たじゃない」

「あなた方はありませんか?理不尽な社会構造や人間同士の争い、小競り合いなど」

 こいつも転移者なのかしら・・・?

「あんたもあるクチみたいに聞こえるが?」

「もちろんですよ。挙げれば切りがない」

 転移者かどうかは分からないわね・・・怪しいのは分かるけれど。

「組織に使われ、命を削り、時には身内をも投げ打って、それでも報われない。あなた方も同じような経験をしてきたのでは?」

 大人になれば誰だって苦渋を舐めさせられることはあるだろう。

 けど、この男のそれは私たちのそれとは違う・・・?

 何でそう思うかは分からないけれど、重みがあるように思える・・・

「いかがです?仲間になっていただけませんか?もちろん、相応の報酬はお約束しますし、新しいパスポートの手配もさせていただきますよ」

 新しいパスポートも発行ができる・・・?

 協会とも繋がってるヤツなのか・・・?

「報酬・・・?金が出るのか?」

「ええ、もちろん。衣食住もお約束しますし、仕事の出来栄え次第では重要ポストも考慮します」

「いいじゃねぇか。出来栄え次第ってのが気になるが、要はきっちりこなせばいいんだろ?」

「おっしゃるとおりです」

 話がトントン拍子で進んでいる。簡単に進み過ぎてる。

「麗香はどうする?」

 明らかにこれは、

「私はパス。ここに残らせてもらうわ」

「はぁ?何でだよ?」

「話がうますぎるでしょ」


 裏に何かがあるヤツ、ね。


「私は気持ち悪くて乗れないわ、その話」

 私たちが何も知らないのは当然として、こいつはそれなりに調べてきている。じゃなきゃ、どんな能力を持っているかも分からないヤツを仲間にしてしまう。それにメリットはない。

 餌も良すぎる。それくらい私たちを信用しているってことかもしれないけど、それにしては旨味があり過ぎる。

 明らかにおかしい。

 伸二はバカだから気付いていない・・・いや、それを考慮した上で乗ったのかもしれないけど、危険な香りしかしないわね、この話。

「出て行くなら行きなさい。私はここに残るわ」

 いくらバカなことをしてきた私でも、こればっかりは乗れないわ。

「・・・そうかよ。勝手にしろ」

「さよなら」

 この男との縁もここまでか。

 そんな長い付き合いじゃなかったけど、一度は運命を感じたことは否定しないし・・・なかなか複雑な気分だわね。

「それでは困りますよ」

 ローブの男が右手を私に向けてきた・・・!?

「バインド」

「うっ!?」

 急に体の身動きが取れなくなった・・・!!


 バインド・・・相手の自由を奪うスキル!


「あなたも共に来ていただきますよ」

「どういうつもり・・・!」

 口だけはまだ動くようだけど、体は全く動かない。まるで瞬間接着剤で固められたみたいに。

「どうもこうもありませんよ。ここまで話を聞いておいて、自分だけ乗らないというのはフェアではありませんよね?」

「判断するのは私個人の自由だわ」

「最早個人の意思など関係ないのですよ。いずれはあなたも納得します。我々が作る未来にね」

 部屋の隅で何かが動いた・・・?

「うわっ!?」

 体が浮いた・・・!

 こいつ、浮遊も持ってるの!?

「さて・・・お暇しましょうか」

「おう」

「ダークセイバー」

 まるでタクトを振るうように指を振った魔術師が、闇の刃で鉄格子を切り裂いた。

 魔法詠唱の時間が短すぎる・・・明らかに格上。

 身動きを封じられた私は何もできない。魔術師の操作で空中移動させられるだけ。

「あれは・・・?」

 部屋の片隅に黒い何かが浮いている・・・あれは何?

「俺たちも出してくれ!手伝うから!」

 村の連中も懇願してきた。そりゃあ、うまい汁が目の前に垂れてりゃあ吸いたくなるのも分かるけど、話の流れで察しなさいよ・・・明らかにヤバいでしょうに。

「あなた方は不要です。このまま消えてください」

「・・・は?」

「フレアストーム」


 ボッ!!!


 大きい炎が召喚された。

 明らかに大きい熱量・・・こっちの肌が焼け焦げそうなくらいの。

「やめなさい!!殺す必要はないでしょう!!」

 このまま焼き殺すつもりなのは分かってる。

「こちらの話を聞いてしまっていますからね。他所で話されても迷惑ですし、大した能力でもない無価値な駒には消えてもらいますよ」

「人間を何だと思ってるのよ!!」

「駒ですよ。チェスと同じです。一つ違うのは、有能な駒は優遇されることですね」

 魔術師が黒い何かに入っていく。

 伸二も続いていった。

 私も引っ張りこまれてしまう!


 キリヤくん・・・


 この思いが届くかは分からないけれど・・・


 本当にサヨナラね・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ