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30-2

 久米たちと接触した後、俺たちは村を出た。


 村を出る前、村長から依頼料とマナタイト鉱石を二つ手渡された。

 依頼料とマナタイトは話に出ていたことだったが、二つも貰えるとは思っていなかった。

 村長曰く、

「大きな怪我人を出さずに解決してくれた上、ワシらが持っておっても持ち腐れになっておる。これから使う若者に託すのが良いじゃろう」

 とのこと。

 マナタイトが高価な素材だってことは理解しているだろうに、それを通りすがりの俺たちに渡すとは、なかなかできないことだ。

 村長なりに気を遣ってくれたってことだろう。

 これはいつか、有効に使わせてもらうことにする。


「さて・・・後は焚火の管理かな」

 首都まであと二日くらいの位置にたどり着いた。

 日も暮れてきたこともあって、これ以上の移動は難しいと判断した俺は、野営をすることにした。

 タープの設営と飯も終わらせて、後はのんびり体を休めるだけ。

 女性陣は早々に眠りについたし、残るは周辺警戒と焚火の管理くらい。

「じゃあ、お言葉に甘えて先に寝させてもらうな」

「おう」

「何かあったら起こしてくれ」

 警戒はキースと交代しながら行う。

 まあ、四時間くらいで交代がちょうどいいかな。

「さて・・・」

 ベルトに取り付けたバトルナイフを抜いて、

「研ぐか」


 ちょっとした隙間時間ができた。

 この時間でナイフのメンテナンスをやっておく。


 今日までモンスター退治で何度か使ってきた上に、薪割りやペグ作りもこなしてきた。

 主にモンスター退治が効いているが、ちょっと刃先が欠けてしまっている。

 これからも使用は避けられないし、いざって時に使い物にならないのは困る。

 移動しながらするもんじゃないし、こういう隙間時間にするのがちょうどいい。


 それに、

「砥石を準備して、あとはアクアを使って、と」

 鞄から砥石を出して、水で濡らす。

 これで砥石を使う準備ができた。

「研ぐのって結構落ち着くんだよなぁ」


 研ぎは集中力が必要な気がする。

 以前、有名ナイフブランドの講習を受けた時に、”研ぎはその時の精神状態が反映する”と教えられたことがある。

 集中している時、すっきりしている時は上手くいきやすい。逆にモヤモヤしていたりイライラしている時は失敗しやすい。

 やってみると分かるんだが、そういう時が本当にある。

 もちろん、慣れや経験値もある。ただ、インストラクターがそういう話をするくらいだから、精神状態ってのは大なり小なり影響するものなんだろう。

 ただナイフに砥石を当てて研ぐだけなのに、ダメな時はダメ。これが面白い。上手くできた時は満足する。逆にダメな時は自分を見直すキッカケになる。


 研ぎは深い。


「そんな使ってる気はしないんだけどなぁ」

 シャッ、シャッ。ナイフを砥石に当てて研いでいく。

 使うことは使うんだが、そんなボロボロになるくらい使ってないと思うんだけどなぁ。

 まともに使ったのってパラライズバイパーくらいのような気がする。

 あの蛇の一件で欠けるくらい、このナイフがチャチなのか?

 かと言って欠けるくらい堅い木を割ることも無かったはずだし・・・よく分からん。

「結構いい物だったと思うんだけどなぁ」

 駆け出しとしては必要十分、もしくはそれ以上って感じの得物だったと思うんだが・・・

「買いなおす・・・ってのもなぁ」

 より良い物に買いなおす・・・ってのも選択肢には入るだろう。

 ゲームでも強い装備にするために、武器屋で新しい物に買い替えるってのはよくある話だし、それは現実でも当てはまる。

 良い素材、良いビジュアル、良い使い勝手。より良い物を求めるのは人間の性とも言える。

 ただ、こういうのも一種の消耗品だし、俺はナイフよりも鞭をメインにして戦っている傾向が強い。ナイフはサブと考えれば、最低限使えればいいって考え方もできる。

 そもそも、簡単に買い替えるってのは俺の主義じゃないし、実際パラライズバイパーにも十分なダメージを与えられていたわけだし、まだ使えるはず。

 手入れして使っていくので十分だろう・・・ってことにしておく。


「キリ」


 研ぎ始めて少しして、ヴェロニカからテレパシーが飛んできた。

 ヴェロニカはマーベルさんと同じ寝袋に入っているんだが、

「・・・どうした?寝れないのか?」

 一応、バードアイで全員の様子を確認しておく。

 みんな、静かに寝ているように見える。キースも寝つきは良いほうな気がするし、口で言葉を発しても問題ないだろう。

 こっちが考えていることはテレパシーで読むし、同じように返す。今みたいな事情を伝えてない誰かが一緒にいる場合、それがベストだってことは間違いない。

 ただ、俺としては、気兼ねなく喋れる時は口頭で話したいと思っている。

 口を介さずに会話すると、なんか口が劣化していって、肝心な時に喋れないんじゃないか?

 運動しないと筋肉が落ちるみたいに、使わないとどんどん機能が落ちていくっていうし、これは地味に大切な気がしている。

 そういった考えから、喋る用事があるなら、可能な限り口頭で話すようにしている。ただ、そういう都合を皆は当然知らないわけだし、俺だけ喋ってるように見られると頭がおかしいと思われてしまう。

 そうならないように、最低限考えて行動しているのである。

「いや、お腹が空いて起きたんだよ」

「おおぅ」

 赤ん坊は夜中でもミルクが要るらしいし、これは当然の反応か。

 普通の赤ん坊と違うのは、ヴェロニカに成人レベルの意識と制御があるから、何が必要って伝えてくれること。これはかなりデカい。

「とりあえずミルクだな」

 荷物からケトルとフラミルクを取り出して、

「アクア」

 水を生成してケトルに入れて、焚火に入れた。

「ちょっと待っとくれ」

「急がなくていいよ。そんなに時間が掛かることじゃないしね」

 沸くまでの間にカップとスプーンを用意しておこう。

 煮沸消毒も一緒に進めておかないとな。

「見張りご苦労様」

「おう。まあ、慣れたもんよ」


 できるまでの間の、他愛のない会話。こういうのが案外いいんだよな。


「沸いたか」

 ケトルから湯気が出てきている。

 スプーンを差したカップに一杯分入れて少し浸けて、軽く回して捨てる。本来ならもっとしっかりすべきところだが、普段からヴェロニカ用は管理をしているし、野営中は限界があるってことでこれで通している。

「残りを注いで粉を入れて混ぜる、と」

 いつもの手順でミルクを作った。

 一旦カップをその辺で拾ってきた石の上に置いて、

「ジタバタするなよ」

「分かってるよ」

 マーベルさんの寝袋からヴェロニカを出す。

 起こさずに出すことはできたっぽい。

「なかなか慣れたものだね」

「思いの外な」

 こういうことも初めてじゃない。結構野営しているし、地味にやってる。

「ほれ、飲みたまえよ」

 焚火の前に戻って座って、ヴェロニカを抱える。

 カップとスプーンを持って、

「ありがとうねぇ」

 すくったミルクをヴェロニカが飲む。

 これもいつものスタイル。やり慣れたもんだぜ。

「それはそうと」

 飲みながらテレパシーを飛ばしてくる。

「どうした?」

「あの二人と話して、何か思うところはあったのかなぁと思ってね」


 ・・・久米と真田か。


 まあ、今回の件をきっちり片付けたいっていう気持ちがあって接触したわけで。

 何かしら成果はあった・・・と思いたいが、

「どうだろうなぁ・・・」

「ええ・・・?」

 正直、手応えっていう手応えは薄い。

 これは本当にそうなんだが、

「もっと踏み込んで話をしとけば何かしら分かったんだろうけどなぁ・・・」


 踏み込めない理由。

 周りに聞かれたらマズいメンツが多かったからだ。

 ヴェロニカもそうだが、村のチンピラどももいた。アポロは可能な限り伏せろと言うし、そんな状況の中でアルテミナの話を切り出せない。

 遠巻きにそれっぽい内容で伝えてみたものの、向こうもピンと来てないようだったし、そういう面でも手応えがなかった。


 まあ、神様たちの都合は一旦置いとくとしても、二人の思想についてもよく分からなかった。


 あの二人、悪いことをしているっていう自覚がありながらもやり通していたように見えた。

 始めは楽しんでるようにしか見えなかったし、自分たちが楽しようとしてやっていることだとしか思えなかった。

 真田は特にその傾向が強いと思ったが、久米のほうはそうでもないんじゃないか・・・と今は思っている。

 あの人の場合、一体何なんだろうか・・・?


「キリはよく分からないんだね」

「そういうヴェロニカは分かるのか?」

「まあ、あの女の人の心情くらいはね」

 そうか。テレパシーで読めるから分かるのか。

「あの人はね、感情が暴れていたんだよ」

「・・・ほう」

 感情が暴れている、か。

「表面上はそれなりに明るい色をしているのだけれど、根っこの部分は暗い色をしているんだ。本当に暗くて、夜の闇よりも深い・・・黒っぽい紫というか。それが表にじわじわ色を出していて、少しずつ黒くなっていっている状態。それがあの人の感情だった」


 表面と根っこの色の差か・・・


 そういうのはよく分からないが、明るい色が陽、暗い色が陰って解釈ならどうだ?

 楽しいとか嬉しいが陽で、怒りや恨みなんかが陰だとしたら?

 だったら、あの人の根底に色んな負の感情が根付いているってことになるはず。

 表は明るいっていうなら、表向きは楽しい感じでいられているのか。接触した当初はそこまで暗く感じなかったし、最後に話した時もすっきりしたように見えたし、誰かと話す時はそっちのほうが強いのか?

 だとしたら、心の奥底じゃあ・・・

「人付き合いに苦労していたみたいだね。キリと同じ世界の人だし、キリは分かるかもしれないけれど」

「そんな話すらしてないのに、何に苦労してるかなんか分かるわけないだろ・・・」

 そういう身の上話もしてくれたらよかったんだが、それはなかった。

 まあ、人付き合いが難しいことは俺もそれなりに体験してきているし、耳が痛い話なわけだが、あの人の場合は俺よりも長く生きてる分、俺より苦労してる可能性は高いよなぁ。

 その辺りもちゃんと聞いておけばよかったか・・・

「最後は暗い色の部分も少し薄くなっていたようだし、何か吹っ切れたのかもしれないねぇ」

 吹っ切れたか・・・そういうのは俺も分かる気がする。

 コテンパンにやられてすっきりしたのか、それともやり切った達成感か・・・ああ、後者はないかな。何にしても、詳しい心情は俺には分からない。

 ただ、すっきりしているよう見えたのは俺も一緒。


 これからどうなるのか、どうするのか分からないし、知ることもないんだろうが、やり直せるならやり直してほしいかな。


 世界が変われば、環境をリセットできる。

 事故とかでこっちに飛ばされてきてるのは俺と変わらないんだろうし、せっかく拾った命なんだから、こっちで楽しみの一つや二つ見つけて生きていってほしい。


「もうちょっと起きてるのかい?」

「見張りだからな。眠たかったら寝てろ」

「そうしようかな。赤ちゃんの体は素直にできてるねぇ」

「羨ましいもんだ」


 また会うことがあるなら・・・今度はお互い、笑って会いたいもんだな。

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