30-1
鍵が掛かった扉の奥は、鉄格子が施された部屋になっていた。
所謂ところの牢屋ってやつだろう。
集会所のそれよりしっかりしている。あっちは食糧庫とか、そういう意味合いが強いんだろう。人を押し込める用途じゃあなかったはず。こっちはそういう目的で作られているわけだし、最低限逃亡されないようにきっちりしておくのは当たり前の話だ。
こういうファンタジーだと石造りの地下牢で、日当たりが悪くて寒かったり、天井から雫が滴り落ちたり、下水の側でめちゃくちゃ臭うってのが王道なイメージ。
ここは日当たりは割といいし、そこまで寒くもない。簡単なベッドもあるわけだし、置かれている状況さえ悪くなきゃ、素泊まりくらいなら十分なレベルの部屋だろう。
そんなところに、
「・・・何しに来やがった」
別々の牢に分けられた真田と久米、それから村のチンピラたち。
チンピラたちはすっかり元気をなくしていて、ちらっと俺を見るものの、突っ掛かってくるようなこともない。
真田くらいまだ元気がありゃあなぁ、などと思うが、それはそれ。チンピラたちは放っておこう。
「何しに来たってのは随分ご挨拶じゃないですか」
座れる椅子の予備もないし、真田と久米のちょうど間くらいの位置で立って、
「調子はどうだい?」
話を振ってみる。
すると、
「まあ、まずまずかしらね」
意外なことに、久米はあっさり答えてくれた。
「とっとと失せろ、クソガキ」
真田はこれである。
まあ、これは想定していることではあったが、
「ちょっと生意気だねぇ。焼こうか?」
焼くな。これ以上余計な問題を抱えたくない。
「ベッドは固いけど・・・まあ、立場上、文句は言えないわね」
久米は落ち着いているようで、
「まあ・・・そうなるわなぁ」
こっちも少しやりやすい。
真田みたいに突っ掛かって来られるのも面倒だし、話もしやすいし助かるわ。
「随分大人しくしてるな。あんたくらいになったら、協会を吹っ飛ばすのも簡単じゃないか?」
「できないわよ。パスポートを取り上げられたからね」
「・・・ほう」
あの受付嬢、俺が知らないうちにパスポートを取り上げていたのか。
「試しに魔法を使おうとしてみたけど、発動しないわ。ダークアローすら撃てないもの」
一度覚えたスキルなのに、撃てなくなってる・・・?
「キリさん、パスポートを取り上げたら、協会で無効化することができるんだよ」
無効化する・・・?
そうか。使えないようにするのか。
そりゃそうか。何かしら手段を講じておかないと、魔法なんて撃たれたら何かしら被害も出るし、こういう簡単な施設なら脱走するなんて簡単にできる。
より凶悪な思想とか実力の持ち主でも、スキルを使えないようにすれば最低限の設備で対処できるしな。
「まあ、キリみたいにこっちに来た時点で習得されているスキルがある場合は別だけれど、後で覚えたスキルは無効化されて使えなくなる・・・っていう感じかな」
ってことは、久米の場合はこっちに来てから覚えた闇魔法が使えなくなっているってことか。
そりゃ当然か。向こうで魔法なんて撃てたら大変なことになっとる。
「どうすることもできないし、のんびりさせてもらってるってわけよ」
久米はベッドに横になったままだ。
じたばたしたって始まらないし、スキルを封じられて逃げることもできない。
ある意味、開き直っているとも取れるか。
「オラ、ここから出せ」
一方の真田は俺じゃなく、受付嬢を威嚇している。
こっちはまだまだやる気らしい。
「・・・ここは俺が対応するから、表で待っててくれないか?」
こんなバカにケンカを売られ続ける様を見ちゃあおれん。毅然とした態度でいるけど、俺がたまらん。
「・・・廊下で待っています。終わったら出てきてください。施錠しますので」
「おう、ありがとう」
受付嬢を表に避難させた。
「優しいじゃない」
「案外優しいだろ?」
「そうでもないんじゃないかしら」
「ん?」
「君、案外フェミニストなんじゃない?」
フェミニスト・・・俺がかい。
「伸二は鞭でしばいても、私にはそうしなかったでしょ。毒でも麻痺でも、どっちかに陥れれば楽に制圧できたし、スピードもあるから私に魔法を撃たせる隙すら与えることもなかった。それなのに中級魔法を撃たせてしまっている」
確かにしばこうと思えばしばけた。
スピードウィップで攻撃し続ければ、魔法を撃たせなくすることだってできるし、当てればいつかは状態異常に陥れることができた。
状況上、ガードする役割がいない久米に対して、俺が有利だったのは間違いない。
「結局、魔法は君の奥・・・いや、お仲間に破られてしまったけど、そうなる前に君が仕掛けることはできた。それをしなかったのは、私が女だから。違う?」
「いや・・・えぇ?どうなんだろ」
正直、全く考えていなかった。
フェミニストかどうかなんて意識したことはない。
ちょっと前ならともかく、今は下手なことを言えばすぐに攻撃されてしまう世の中だ。一度仕掛けられたら面倒なことになってしまう。
ニュースとかでもそういう話題は尽きないし、巻き込まれたら面倒なことになるのは知ってるわけだから、言葉や言動には注意しておかないといけないことくらい分かっている。
「・・・ああ、そういうことか」
だから、今までの俺の立ち回りで表現するなら、
「俺はフェミニストなんかじゃなくて、余計なトラブルに巻き込まれたくない、ただの村人Aなんだよ」
「・・・村人、ね」
「そうそう」
マンガとかゲームとかでよくいる、特に意味のない話をするモブ。
ちょっとした日常会話をつぶやいて歩き去るような、物語に影響することなんて全くない、無駄なデータ。あれが俺だ。
「俺が主人公なんて思ってるわけじゃあない。極力静かに生きたいんだよ。だから、突然降ってくるトラブルは仕方がないにしても、目に見えるそれとか、そういう避けられるものは避けていく。それが俺のスタイルなんだわ」
学校のイベントとかでよくある合唱コンクールなら、端っこのほうで当たり障りなく小さな声で歌うだけ。
運動会のクラス対抗リレーなら、トップにもなれず、かと言ってビリにならないくらいの位置で次にバトンを渡すだけ。
文化祭の屋台なら下ごしらえだけして、裏方に徹するだけ。
テストも上位に食い込まない程度の、程ほどの結果。
目立つとやっかみも出てくるし、逆を行くと底辺扱いを受ける。
だから程良い内容・・・言うなら、中間地点くらいの程度がちょうどいい。
いや、正確に言うと、そういう風になるように方向性を都度調整してきた。
俺はそういう風に立ち回ってここまで生きてきた。
「だから決してフェミニストなんかではない」
と俺は思っている。
「・・・ふふっ」
俺の主張を久米は笑って、
「いいえ。君は立派なフェミニストよ」
と断定する。
「・・・なんでぇ???」
さっぱり分からない。特別、俺はそういう立ち回りをしてるつもりはないんだが・・・?
「こいつがフェミニスト?冗談だろ、麗香」
今まで黙っていた真田でさえ否定している。
初めてこいつと合う点があった。だからと言って嬉しいことは全くないけども。
「厄介な相手を前にして、より効率的に立ち回るなら、相手が女であっても攻撃するのが当たり前。それが分かっていながらそれをしないのは何故か?相手が自分より強い?遠くから強力な魔法を撃ってくるから?君の場合、どっちでもない。女だからよ」
「え、ええ・・・?」
「相手が私だからではなく、女だから。女だから攻撃しないのよ。今まで君、攻撃なんてしたことないんじゃない?」
「攻撃ったって・・・」
対人をやったのはボルドウィンでの一件と、今回くらいだ。
どっちも男女のコンビだったが、攻撃の一つや二つしたはずだけどなぁ。
「少なくとも、致命傷になるような攻撃を仕掛けてはないでしょうね」
・・・言われてみれば俺自身が強くしばくような攻撃は仕掛けてない気もする・・・?
久米もしばいてないし、ボルドウィンで仕掛けてきた盗賊にも大ダメージになるような攻撃をした記憶がない。
「何だお前。女だから手加減するタイプか。ナメてんのか」
「あんたはちょっとくらい加減を覚えたほうがいいんじゃないのか?お頭も鍛えろ」
「ああ!?ケンカ売ってんのか!!」
「やるなら来いよ。そこから出られたらの話だけどな」
この男、割と面倒だな。話の邪魔なんだよなぁ。
「伸二、ちょっと黙ってなさいよ。今はこの子と話をしてるの」
「麗香、お前・・・こいつに鞍替えする気か?」
え、そうなの?
それはそれで困る。鞍替えされたところでここから出すこともできないし、そもそもこれ以上、余計なトラブルメーカーは要らない・・・
「そういうことじゃないわよ。この子の考え方を正しておかないと、これから先困るからね」
正す・・・?俺の考え方を・・・?
「これから先もどこかに行くんでしょう?」
「あ、ああ、まあね」
「なら、相手が男だろうが女だろうが、手加減せずに攻撃しなさい。じゃなきゃ、足をすくわれるわよ」
シンプルに考えると、これは助言だな・・・
「・・・何で俺にそんなことを?」
一戦交えただけの相手に、そこまでするもんなんだろうか?
普通ならそんなことはしないと思うんだが。
「君みたいな甘ったれた子、放っておけないでしょ」
「ええ・・・?俺、そんな甘ったれてる?」
「甘ったれてるわよ。攻撃してくる相手でも女だからって攻撃しないんだもの」
確かに、今回の件も大したことをしちゃいないが、だからって甘ったれてるってのは違うと思うのは俺だけなのか・・・?
「うーん、一理あるかなぁ?」
嘘だろ・・・ヴェロニカも納得してるんですけど・・・
「これから先、女だろうが誰だろうが、攻撃してくるかもしれない。転移者かもしれないし、こっちの人間かもしれない。転移者よりも地元の人間のほうが厄介なこともあるわよ。勝手が分かってるわけだし。そういう相手に情けを掛ければ、君がやられるだけなんだから。痛いのは嫌でしょ?」
「まあ・・・それは否定しないけど」
「たぶん、君自身が気付いていなかっただけで、どこかで加減していたのよ。私に言われて気付いただけ。もう、加減はやめなさい。いいわね?」
してるつもりはなかったが、ここまで言うのならそういうもんなんだろうか・・・?
「・・・ああ、分かった」
素直に納得できないが、忠告してくれていることは間違ってないし、一応受け入れておこう。
「・・・ならいいわ」
何故か久米は満足そうだった。
何でかは分からないが・・・
「さあ、もう行きなさい。君みたいな子がいつまでもいるところじゃないわ。赤ちゃんも一緒なら尚更ね」
一通り話せて満足・・・って感じか。
俺も割と腹いっぱいな感じが否めないが、
「別件で尋ねたいことがあってね」
「何?」
チンピラどももいる中で話さないといけないってのが気になるが、
「あんたら、特別なスキルとかもらったかい?」
大々的にアルテミナやアポロのことを尋ねることができない。
ヴェロニカにはサイレント修正が入るとしても、俺の口から話す分はそういう便利機能は働かないらしいし、特にチンピラ連中に聞かれるのはマズい。
だから遠巻きに確認するしかないのだが、
「ああ・・・?別に何にもねぇよ」
「そうね・・・パスポートで得られる以上のスキルなんて無いわ」
ってことは、アルテミナだけじゃなく、アポロとも接触がないってことか。
「・・・そうかい。話はそんだけだ」
アルテミナが召喚したことは間違いないはずだが、まだ接触がないらしい。
そういえば、スキルを与えるのも資格が必要だとか言っていた気がするし、そういうところも関係があるのかもしれないな。
「高見くん」
去ろうとしたところを、久米に呼び止められた。
「なんだい?」
「どこに行くかは知らないけど、良い旅を」
昨日まで敵だったのに、急にどうしたんだ、この人・・・
まるで憑き物が取れたみたいな感じでさ・・・
「・・・あんた、不器用なんだな」
「そうかしら?」
「そうだよ。そういうところをもっと上手く使えば、こんな風にならなかったんじゃないか?」
この人がどういう人生を歩んできたかなんて知らないが、道を踏み外すような人じゃないように思える。
負けた相手にもこんなに清々しく言葉を掛けられるんだ。もっと上手く立ち回れたはずだろ。
「・・・そうだといいけどね」
諦めか、興味がないか・・・
たぶん前者なんだろうが、
「やり直せよ。どういう展開になるのか分からないけどさ。やることやって終わらせたら、またやり直せる。簡単じゃないだろうけど。そうしたら、今度はきっと上手くやれるよ」
「・・・ありがとうね」
ふと笑ったその顔が妙に印象的だった。
確かにこの人、同じ日本人の中でもめちゃくちゃ綺麗な方なんだけど、今まで敵だったこともあってまじまじと見ることもなかったし、それどころじゃなかったから気にも留めてなかったが、モデルに相当するくらい綺麗なんだよな。
それがさっぱりしたような表情をしているもんだから、当てはまる感情が思い浮かばないにしても、俺も思うところの一つや二つ出てくる。
「じゃ」
「ええ。サヨナラ」
部屋を出た俺は受付嬢に施錠を頼んで、協会を後にした。
何とも言えない感情を抱いて。