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28-1

 それから何故か、伸二とつるむようになった。


 伸二も商社勤めだったらしいけど、厳しいノルマと、過度な要求をしてくる上司、野心に溢れた同僚たちとの関係に疲れ、仕事を辞めてぶらぶらしていたらしい。

 あてもなく歩いていた先で私を見かけたんだそうだ。


 そりゃあ、真夜中の橋の上でタバコを吸っている女なんて、夜の女か、飛び降りる直前かくらいしか選択肢が出ないのは分かる。

 私だって男が橋の上で死んだ顔でタバコを吸っているようなら、たぶん飛び降りるだろうな、とか思うし。


 それから何となく二人でタバコを吸って、飲みに出かけた。

 別に死ぬ気はないことを伝えると、伸二が飲みに誘ってきた。

 断る理由もない・・・というより、どうなってもいい、っていう気持ちのほうが強かったかもしれない。

 ただ、現実逃避ができればそれで良かった。


 不思議と、あいつとはウマが合った。


 観た映画だとか、よく行く外食だとか、人混みが嫌いだとか。

 会話のキャッチボールも上手くいくほうだった。何気ない話も、しょうもない話も、不思議と続けられた。今まで他人と話をしてこなかった私にとって、経験したことがない感覚。


 それからしばらくして、付き合うような関係になった。

 別に好きになったわけでもないし、あいつから告白されたわけでもないけど、一緒にいることに違和感もなかったし、抵抗もなかったからだろう。


「何かさぁ。どうでもよくなったんだよなぁ」


 ある日、飲んだ後にあてもなくぶらぶらしていたら、伸二がぼつりとつぶやいた。


「仕事辞める時も、マジで何も考えてなかった。生活とか、本当なら気にしとかないといけないことも何にも考えてなかったんだわ」

「分かるわ」


 私も辞めてからしばらく、ずっと無職でいる。

 再就職しないといけないのは分かるんだけど、そんな気分にならない。本当にどうでもいいって感覚がずっとどこかにあるのかもしれない。

 そういうのも一緒なのか。

 ちょっとした運命めいたものを感じた気がした。


 そんな時、スマホに電話が掛かってきた。


 見覚えのある電話番号だったが、出たところでろくなことじゃないことは分かっている。

 無視するのが妥当な話。

 無視を決め込んだが、立て続けに鳴らしてきている。

「・・・出てみろよ」

 どうせろくなことにならないけど?

 まあ、伸二が言うなら出てみてもいいか。

 そんなノリで出てみると、


 ―――夜分遅くに申し訳ありません。久米 麗香さんでいらっしゃいますか?私はトモエ商事の人事課長を務めている佐竹と申します。


 意外なことに人事部の偉いさんからだった。

 てっきり元上司だろうと思っていたんだけど。


 ―――あなたが退社されてからコンプライアンス調査が入りまして、あなたに対してとてつもない量の仕事を与えていたと、同僚の方から情報を頂きまして。そちらの件でお伺いをさせていただきたく、お電話させていただきました。


 確か、会社を辞めて一ヶ月経つか経たないかくらいだったかしら?

 今更コンプライアンスがどうとか言ってるのか。


 ―――久米さんが配属しておられた主任はパワハラを毎日行っていたとも伺っております。


 まあ、それも確かではある。

 ただ、興味があるのは垂れ込んだヤツが誰だったのか、ということか。

 人付き合いを避けてきた私だ。敵しかいない。

 興味がない、もしくは敵意しかないとしか思っていたんだけど・・・


 ―――また、同僚の上田さんからは執拗ないじめ行為もあったと情報を得ています。


 そういう話も出ているのか。

 まあ、あれだけ派手にやっていれば誰の目にも留まるだろうし、当然と言えば当然か。

 っていうか、今までよくバレなかったわね。そっちのほうも驚くわ。

 隠ぺい体質ってやつかな、これは。 


 ―――いかがでしょうか?挙げた情報は全て正しいことなのでしょうか?


「今更そんなことを聞いて何になるんでしょうか?」

 辞めた人間が今更真実を伝えたところで、何が変わるというのだろうか?


 ―――佐竹さん、上田さんには適切な処罰を受けていただきます。久米さんには復帰していただけるよう、手配させていただきます。


 復帰・・・あの会社に戻れっていうの?


 ―――もちろん、退社前よりも良い待遇を約束させていただきます。あなたの仕事ぶりは評価すべきでしたが、佐竹さんがわざと評価を下げていたようですので、その分も当然考慮させていただきます。


 あのクソ上司・・・わざと評価を下げていたのか。

 愛人の要望にほいほい応えた結果ってわけか。


 ―――社内で起こした上田さんとのケンカ騒ぎはなかったことにさせていただきます。佐竹さんとの不倫もされていたようですし、彼女が発端のいじめでもありましたので、こちらも最大限考慮させていただき、復帰とさせていただければと。


 不倫もバレたのか。ざまあ見ろ。

 いい気味よね。やってることやってんだから。


 ―――いかがでしょうか?久米さんさえ良ければ、復帰をお願いしたいのですが・・・


 復帰か・・・いつかは仕事をしないといけないわけだし、条件も悪くはないかもしれない。細かい条件は聞いておきたいところではあるけど。

 悪くない気持ちがある一方で、こういう気持ちもあった。


 誰も助けてくれなかったくせに、今更そんなんで許せっていうの?


 クソ上司のことも、あのクソ女のことも大概だけど、周りの連中だって見て見ぬフリをしてきた。あんな仕事の量、普通じゃできないんだよ。普通じゃ。

 退勤時間も丁寧に記録しているわけだし、この人事部課長だってそれに気づいていないとおかしい。その記録も改ざんしていたんじゃないの?


 結局、こいつらも、体制も腐ったままなんでしょ。

 そんなところに戻ったって、いい様に使われるだけ。


「お断りよ。誰があんなクソ組織に戻るか」


 通話を切って、スマホを地面に叩きつけた。

 カラカラッと地面に転がって、どこかのテナントの壁にぶつかって止まる。


「スゲェな、麗香」

 伸二はスマホを拾い上げて、けらけら笑った。

「スマホ、こんな風に叩き割るヤツ、ドラマでしか見たことねぇよ」

 画面はバキバキに割れて、ケースにも大きい傷が入っていた。

 ここまで感情的になったのは、あのクソ女とケンカした時くらいかな。


 ここしばらく、ずっともやもやしていた。それが何なのか分からなかった。

 でもようやく分かった。


 全てを断ち切っていないからだ。


 会社のことも、母親のことも、外にも内にも居場所がないことの世界のことも、全て。


 今まで強く願ったことなんて無かった私だけど、初めて願う。


 断ちたい!!!


「・・・俺もこの世界、つまんねぇんだよなぁ」

 タバコに火を点けた伸二がぼやく。

「・・・別の世界にでも・・・行ってみるかぁ」

 また同じことを思っていた。

 運命って、本当にあるのかもしれない。

「・・・悪くないわね」

 私もタバコに火を点けて、加えて、深く吸う。そして吐く。

 すぐ近くには道路がある。

 そこそこ遅い時間なのに、交通量はそれなりに多い。大きいトラックもガンガン走ってる。

 あれに轢かれたら・・・一発で別の世界に行けるわよね。


 そして私たちは跳び込んだ。


 終わった。

 次の世界に行ける。この世界から離れられる。

 そう思ったのに。


「おい、しっかりしろ!!」


 ・・・痛みをじんわり感じる。

「ジェシカ、どうなんだよコレ!」

 まだ痛みがあるってことは、生きてるってことか・・・

「今回復してんだろ!黙って見てろ!」


「そうか・・・私・・・」


 負けたのね・・・

 この子たちに・・・

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