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 宿屋に戻った俺たちは、ミルクとコーヒーを作って一服している。


 一日で欲しい物がほぼ揃った。

 これは非常にありがたい。


 調理器具と食器。

 文明的な生活を送るためのアイテムの一つ、と俺は思う。

 大きい石とか、倒木とか、そういう自然の中で生活するのはそれはそれでいい。そういうのを求める人もいるし、俺もそういう気分の時もある。俺の場合、本気で疲れた時、もしくは自分の限界に挑戦したい時がそうかもしれん。

 それはそれとして、常に衛生を求める赤ちゃんがいる環境で、調理器具も食器も必要不可欠。

 長旅であれば、人目にもつく。これはそういう対策でもある。


 野営装備。

 これから絶対的に必要になる、死なないための装備。

 サバイバルを生き抜くための装備。


 これからの長旅を支える装備。

 悩みの一つが思いの外早く解決して助かった。

 マジであのお姉さんには感謝だな。


「うんうん、良いね。良い」

 その中で最もお気に入りのアイテム。

 ナイフ。

 これがまたいい物で・・・

「いつまで眺めているんだい?」

 かれこれ、一時間は眺めている。

 ミルクを飲み終わって満腹のヴェロニカが、

「さすがに心配になるよ~。そんな刃物ばっかり眺めてると、危ない息子みたい~」

「誰の息子だよ」

 ヴェロニカはアレか?俺の母親にでもなった気分なのか?

 まあ、言いたい気持ちは分からなくもない。

 刃物ばかり眺めている高校生を見て、心配しない親はいないかもしれん。俺だって心配する。

「でもな、俺の気持ちも察して?これ、かなりキレイなんだよ?」

 木目もさながら、特に刃がいい。

「確かに、言いたい気持ちも分かる気がする。これが人の手で打てるとは、なかなかやるものだね」

 こっちの金属は特殊な物が多いらしい。

 地球は単純に単体で使うこともするし、合成金属にして錆に強い仕様にすることもしている。

 こっちの場合、マンガやゲームでよく登場するミスリルのような存在もあるようで、もめた行商のおっさんが言っていたアルマタイトというのも特殊な鉱石らしい。

 金属そのものが特殊だということも一枚噛んでいるのもあるし、グリューセンのような鍛冶師が持つ技術の力もあるだろう。

 日本刀のような作り方の他に、特殊な打ち方があるんだろうな・・・

 そうじゃなきゃ、あのお姉さんから買ったナイフや斧のような刃にはならないはず。

 まあ、どういう風にこうなるかっていう疑問や好奇心。これがかき立てられる物であるというのは、名品の証なのかもしれない。

「あとの問題は、これだな」

 バッグからパスポートを取り出し、

「スキルの話かな?」

「いや、今度はこっち」

 対象の画面を開いて、ヴェロニカの前に置いた。

「今度はジョブか~」

 スキルも重要だが、それはジョブが決まっていることが前提と俺は思っている。

 例えば剣士を選んだら、それに合うようにスキルを合わせていく。ベースとなる基礎スキルを中心に、応用のスキルを身につけて、自分のスタイルを確立させていく。

「でも、俺の場合はみんなとは逆だろ?」

 ラヴィリア人の場合、ある程度育ってからジョブを選ぶはずだ。

 それこそ、どこの学校を受験するとか、就職をどうするとか。

 スキルポイントは無限じゃないだろう。ヴェロニカのような特異な例はあるだろうが、基本的に湧いて出てくる池の水のようなものじゃない。

 これと決めたものが見つかれば、そこに集中していく。そのほうがポイントも無駄にならないし、節約にもなる。そして何よりも自分の力になる。

 けれども、俺はその逆。自分の意思とは別にいくつかのスキルは覚えてしまっている。

 まあ、この点は今から覚える必要がないということで、無駄なポイント消費をした・・・といわけではない。そこは利点と捉えよう。

 俺の所有ポイントは16ポイント。たくさんのスキルを覚えることも、尖らせていくことも難しい、微妙なラインだ。

「まあ、そこまで重く捉える必要はないんじゃないかなぁ」

 ヴェロニカはころんと横になりながら、

「ジョブは一度選んだら再選択できないっていうわけじゃないしね」

「選びなおしもできるんだな」

「できるよ。キリはたぶん、ここを勘違いしていると思うのだけれど、スキルは特定のジョブを選ばないと覚えられないっていうわけじゃあないんだよ」

「・・・ほお?」

「単純に言うと、ジョブを選んでからじゃなきゃ覚えられないっていうことじゃない。パスポートを見てごらん?」

 促されて、パスポートでスキル欄を開く。

「別に、選択できないわけじゃないでしょ?」

 試しにフレアに触れてみると、覚えるかどうかの確認画面が出てきた。

 一旦キャンセルしておき、

「・・・なるほど」

 魔法使いじゃなくても、フレアを覚えられる。

 究極、ジョブを設定しなくても、何でも覚えられるってことだ。

 それは想定していなかった。


 単純な話、俺はこの世界をゲームと重ね合わせていた。


 世界観は中世ヨーロッパのような感じだし、今持っているパスポートに関しては、薄っぺらいスマホに近い。ジョブやスキルといったゲーム的な要素もあるわけだから、そういう知識を多少持っていれば、重ね合わせてしまっても不思議じゃないだろう。

 ただし、間違えてはいけないのは、ここはゲームではなく、現実世界。

 ラヴィリアっていう異世界ではあるが、ここで生活している人間はリアルのそれと変わらない。飯も食うしトイレもするし寝る時は寝る。

 ゲームはゲーム。ラヴィリアはラヴィリア。ここをしっかり捉えて見る必要がある。

 全て一緒ではないっていうことが、初めて分かった気がした。

「ただし、覚えたスキルはそのままだから、例えば剣のスキルは、転職した先の・・・例えば漁師で使えるかって言えばそうでもない。そういう一面があることは否めないかな」

 そりゃあ、漁師でも剣を振る人もいるかもしれないが。

 船の上で剣を振り回している人を、見たことがあるだろうか・・・?

 まあ、一般的にないわな。

「だから、スキル登録は考えてしなきゃいけない一面はある。キリはそこが気になるんだよね。真面目さんだなぁ」

 まあ、俺が真面目かどうかはさて置き、俺が思っているのはそういうことだ。

「ヴェロニカは30000ポイントもあるわけだから、多少無駄撃ちしたってどうってことはないだろうけど、俺は16ポイントだからな。無駄ができない」

「あれ?なんか妬まれてる?わたし悪くないはずなんだけど」

「妬んでるわけじゃない。ズルいって話」

 こっちは節約しないといけないのに、ヴェロニカは有り余る量だ。これじゃあ貧乏人とセレブの構図そのもの。

 っていうか、30000ポイントもありゃあ、全部のスキル覚えられるんじゃないか?全部に必要なポイント数を知らないから何とも言えんが、いけそうな気がする。

「うーん、確かにジョブ次第では動き方が変わってくるかもね。それは間違ってない。例えば剣士とかを例に挙げようか?男の子の憧れ職業ナンバーワンだし」

 こっちにも小学生に聞いたなりたい職業ランキングがあるのか?

「剣士って言えば、モンスターや敵対国家と戦う戦闘系ジョブの中でも花形だよね。だから、必要とされているところは自然と決まってくる。国や地方の戦闘要員とかがそうなるかな」

「所謂ところの宮仕えってやつだな」

「そういうことだね。まあ、全員がそうなるわけでもないけれど。例えば剣士として活動したいけれど、国に仕えるとかになると自由に動けなくなるから、お金持ちのところで期間限定で戦うとかもあるよ」

 傭兵のようなものか。

 色んなことで思うことでもあるんだが、そういうところも共通しているのか?

 まあ、ヴェロニカは戦う対象に敵対国家を挙げていたし、戦争も起こるんだろうし、それがあるなら正規兵だけでもないことは分かる。

「そういう人たちの懐事情までは分からないけれど、国に仕えるとある程度収入は安定するよね」

 宮仕えは究極の安定職業の一つ。

 ヴェロニカもその辺りは理解しているらしい。

「そういう意味では、魔法使いも同じだよ。ただまあ、魔法使いは薬を扱うスキルも豊富だから、薬剤師として活動することもできる」

 魔法使いが薬学に精通しているというのは、マンガやゲームではよくある設定だ。

「さっき、ナイフと斧の件でクーリエっていう名前が出ていたけれど、彼女も魔法使い、もとい魔女だよ。ボルドウィン周辺では有名な先生なんだ」

「ん?魔法使いと魔女の違いは?」

「単純に性別の違いもあるんだけど、ジョブの進化先だね。パスポートを見てごらん」

 魔法使いの欄があった。

 こっちもスキルツリーのように枝分かれがあり、

「一つは黒魔術師。これが女だと進化したら魔女になるジョブだけれど、これは攻撃に特化した魔法を得意とするんだ」

「こっちの白魔術師ってのは?」

「そっちは光系と闇系の魔法と、炎や水のような属性がない魔法が得意なほうだね」

 詳しく見ていないから何とも言えないが、単純に魔法というのも色々あるらしい。

 試しにヴェロニカのパスポートでジョブ名を確認してみると、こっちは進化先が聖女になっている。

 黒魔術師と同様、ベースは黒魔術師、白魔術師だが、進化先に区別がされている。

 内容的にどっちも一緒なんだろうが、ここで男女の区別をつける意味はあるんだろうか?

 まあ、今後の生活でその違いは見えてくるかもしれないけど、今はどうでもいいから置いておいて。

「今の話の流れからすると、ヴェロニカは黒魔術師ってことでいいのか?」

「わたしはまだジョブ登録は済ませていないけれど、今使える魔法の内容はキリが言ったとおり、黒魔術師に近い。けれど、別に白魔術師の魔法も覚えられるし、その辺りは気にしなくていいかなと思ってるんだ」

 自分は黒魔術師として活動するとしても、白魔術師のスキルが欲しいと思うこともあるだろう。

 さっきの話にもあったが、別に白魔術師になってからじゃないとスキルを覚えられないわけじゃないわけだし、その辺りは気にしなくてもいいという話は分かる。

 ただまあ、理論上はそれができるんだが、ポイントは無限じゃない・・・ってところが痛いところだ。

 30000のうちのいくらか、譲ってくれないかな・・・

「例えばテレパシーは、白魔術師が得意としているスキルだよ」

 他には何があるんだろう?

 確認してみると、白魔術師のカテゴリに入っている魔法には、天候を左右する日照りや雨乞いの他、池の浄化なども含まれている。

 光系の魔法というのは、光の弾を発射するシャインを軸としたもの。単純に攻撃をするだけでなく、洞窟の中を照らすような使い方もできるらしい。

 攻撃するだけじゃないし、これはこれで便利だ。

 これからの旅で野宿は避けられないわけだし、ランタンや焚き火で作る明かりでは限界もある。覚えておきたいスキル候補の一つとしてシャインは入れておいていい。

 一方の闇系は、ダークを軸としたもののようで、攻撃もありつつ、目くらましの効果もあるようだ。

 敵・・・が出てくるかは分からないが、逃げるための補助として効果があるように思える。

 便利さは置いておくとして、攻撃的なほうが黒魔術師。攻撃もしつつ補助もできるのが白魔術師。そういう認識でいいかもしれないな。

「ただし、白魔術師が得意とする魔法を覚えたとして・・・例えば、わたしがシャインを覚えたとしよう。そうして黒魔術師になったら、シャインの威力は低くなる。いや、高くなるにしても限界があるっていう言い方が正しいかな?黒魔術師にとって得意な魔法じゃないからね」

 その理論は分かる。

 その魔法、もしくはスキルが得意とするジョブじゃないと、十分な威力が発揮できないってことだ。

 だからこそ、このジョブ選択っていうのは重要なわけだ。

「スキル登録に必要なポイントは、どのジョブになっても変わらない。例えば、剣士になった後でシャインを覚えようとしても、1ポイントのままだよ」

 それは何気にありがたい話では?

 大体、違うジョブのスキルを覚えようとすると、必要なポイントが倍になったり、そもそも覚えられないってのが定番。

 そういう縛りがないということは、ジョブに縛られないだけじゃなく、活動の範囲を広げられるっていうことに繋がる。

 まあ、生活者協会の説明で農家の例が出た時、アクアを覚える人もいるって話もしたし・・・まあ、今更か。俺がきっちり理解していなかっただけだけど・・・

「だから、わたしはそこまでジョブを気にしなくてもいいんじゃないかな?っていうことを言ったんだよね」

「なるほどな」

「まあ、今の状態が最適ではないと思うけれど。今のわたしは十分な威力の魔法を扱えないからね」

 フレアやアクアも、黒魔術師が得意としているスキルなわけだから、それに設定しておかないと本来の性能を発揮できない。

 でも、本来の力って一体どんななんだ・・・?

 ミルクを作るためだけに使っているから、想像したこともない。

「だったらまあ、最初は適当なジョブを選んでおいて、状況に合わせて変えていくっていう方法もできるな」

 状況はその時によって変わってくる。

 発揮できる性能の問題はあっても、スキルは自由度が高い。ここでジョブも上手く切替えができるならありがたいが。

「それも可能だけれど、ジョブの転向は一回だけらしいよ?」

「・・・えっ?」


 ・・・何?

 ジョブの転向って一回しかできないの?


「どうやらそうらしい。だから、自分に合わないからって転向するのも命懸けなんだよね」

 そりゃあ、一回しか変えられないなら、選ぶのも慎重になるだろうよ・・・

 スキルはハードルが低いから楽に思えたけど、どうやらこの世界はそこまでぬるくないらしい。

「そういった観点から、ジョブの設定も転向も、そういうところを理解した上でしないといけないね。キリがこだわるのも頷ける」

 そこまで考えちゃいなかったんだが・・・

 これが現実か・・・辛いな・・・

「・・・ふう」

 とりあえず、どうしようもないことを悩んでも仕方がない。

 一旦切り替えて、

「となれば」

 そういう設定だっていうなら、この環境を受け入れて、馴染んで、対応していかないとな。

「宮仕えになりやすい剣士とかは省くか・・・」

 前向きにジョブと向き合おうじゃないか。

 仮に剣士や魔法使いを選ぶとして、安定した資金を得られる点は大きい。傭兵という存在が認知されているわけだし、移動しながらでも稼ぐ方法はある。

 ただ、忘れてはいけないのは、この旅はヴェロニカの正体を確かめる旅だ。

 傭兵になったとしても、活動の制限は大きくつくだろう。それはいただけない。

「ごめんねぇ、自由に選べなくて」

「いや、その辺りは特に。別に剣士を選びたかったわけじゃない」

 最初にも思っていたことなんだが、俺は剣士ってキャラじゃない。

 剣でも槍でも何でもいいが、それらを振り回してる自分を想像できない。

 加えて、宮仕えも無理な気がする。

 こればっかりはやってみないと分からないが、みんなが羨む公務員にイマイチ魅力を感じたことがないんだよなぁ。

 あのカッチリしてる感じが嫌なのか?それとも今までの経験上、いい経験がないからか?

 なっている自分を想像できない辺り、向いていないってことだろう。

「魔法使いになって薬を中心をした商売をするのも、拠点が必要になるだろうし・・・」

 魔法を使うかは一旦置いておいて、商売をするなら薬というのも悪くはない。人間はそれなりに病気をするものだし、一定数は売れる物。

 この辺りは野営に必要な道具の需要もあるようだし、鍛冶師なんかも視野に入る。

 ただ、商売として十分やっていけそうでも、それをするための設備を構える必要があるだろう。

 鍛冶師なら炉や窯も必要のはず。薬なら適当な器や擦り下ろす道具があればやっていけそうだが。

 どれくらい旅が続くか分からないわけだし、この辺りも却下だな。

「となってくるとだなぁ・・・」

 無論、土地が必要な農家はあり得ん。

 漁師は漁に出ることで生計を立てられるし、行動範囲が広がる。この旅に関しては可能性はなくもないけども、船を管理しなきゃいけないし、そもそもその船を買わなきゃいけないわけだし、こっちも無理かな。

 そもそも、俺って漁師・・・似合うかなぁ?

「じゃあ、狩人とか探検家とか盗賊っていう選択肢はどうかな?」

 剣士や農家がダメとなると、残るのはそういうところしかない。

 あまり選択肢に入れてなかったところだ。

「狩人は何となく分かる?」

「ああ、ラヴィリアの常識とズレてなければ大体は」

 狩人と言えば、野生の動物を弓とか罠を使って狩る、野性味溢れるジョブだ。

 狩った動物を肉屋やレストランに卸せば生計も立てられる。

 極端な話、野営に最も近いスタイルがこのジョブだろう。

「探検家ってのは?」

「ダンジョンに特化したジョブっていう認識かな?」

「どんなダンジョンも突破できるっていう感じか」

「あとはどんな土地であっても安全に移動できるっていう一面もあるよ」

 複雑で危険なダンジョンも踏破できる。

 それに加え、山でも川でも、どんな土地でも安全に進むことができる。

 今のところダンジョンをどうこうする予定はないが、これから過酷な旅をしなければいけないことを考えると、少しでもリスクを減らして安全に進むことができる探検家も選択肢に入ってくる。

「残ったのは盗賊なんだけど・・・これってあんまり良くないよな?」

「言いたいことは分からなくもないけれど」

 盗賊って要は、他人を襲撃して金品を奪うアレだろ・・・?

 真っ当なジョブだとは思えないんだが・・・

「でも、これは割と使われているジョブなんだよ」

「例えば?」

「例えば護衛とか間者とかかな?」

 なるほど、そういう感じか・・・

 つまり、剣士や魔法使いのような人間は堂々と行動する。そこにいて、堂々と存在を見せつけることで、守っているぞ、と周囲に知らしめる。

 だが、堂々と守れない、もしくは守りたくない場合もある。

 地球で言うなら、お忍びで観光や街に出たいVIPなんかがそうだろう。

 また、内密に情報を得たい時も、国や組織ではよくある話。

 そこで活躍するのが盗賊というわけだ。

 盗賊っていうと聞こえが悪いから勘違いしがちだが、そういう使い方をするなら、忍者とかスパイと言ったほうが正しいし、聞こえがいい。

「ただまあ、本当に悪いことをする人もいるけれどね」

「まあ・・・でしょうねぇ」

 ただまあ、悪い使い方をするヤツがいるのも確かなのかもしれないが。

「この三つのうちのどれかか・・・」

 使いどころが微妙なのは盗賊。

 今のところ、内々に情報を得たいとか、誰かを護衛するような状態じゃない。

 ヴェロニカの情報を得るために必要になる場合はあるかもしれないが、ジョブをこれにしないといけないくらいとなると、結構ハードだ。それはそれで恐ろしい未来でしかない。それは割と嫌だ。

 残るは狩人と探検家。

 狩人は生計を立てられる。探検家はどんなところでも安全に行ける。

 どっちを優先するかっていう話になりそうだな。

 幸いなことに、盗賊も含めてだが、ナイフとクラフトは有効だった。今持っているスキルを有効活用できる。

「あと考えることがあるとするなら武器かな?」

 武器!

 そうそう、そういうのがファンタジーなのよ。

 まあ、実際使うかどうかは話は別だけど、大体の男は好きじゃん?こういうの。

「盗賊はナイフ。今日買ったナイフが使えるね」

「いや、さすがに別のナイフを買う」

 スパイ的な活動を行うのが基本とするなら、丸腰のように見せることが重要。

 刃渡りの短いナイフなら、携行しやすい。そういう点ではジョブに適した武器だと言える。

 ただまあ、あのお姉さんから買ったナイフで敵とどうこうしたくない。

 だって、敵ってのもモンスターだけじゃなく、人っていう可能性もあるわけだろ?それこそ盗賊とか。そういうのとアレコレした武器で自分が口にする物とかを捌きたくない。

「狩人は弓とナイフだよ」

 まあ、妥当というか、想定内の内容だ。

 野生動物を仕留めるための手段はいくつかあるが、最も安全かつ効率良く狩れるのは、遠距離からの一撃。

 接近して攻撃するのは、相当危険だ。そういう場合は罠を仕掛けて動きを封じるとか、別の手段を講じる必要はあるが、遠距離から仕留められるならそれに越したことはない。

 狩人の場合、それを叶えるのは弓ということになる。

 ナイフは接近された場合の最低限の防衛手段、というよりも、仕留めた獲物を捌くための道具という運用が正しいだろう。ラヴィリアの常識的には接近戦を想定しているかもしれないが。

「探検家は鞭とナイフだね」

 これもまたイメージ通り。

 打撃武器としても、執拗に接近しなくてもいいという点は優秀だ。マンガやゲームみたいに敵が持っている武器を取ったり、木に絡ませてロープ代わりにして移動できるなら、色々な使い方ができて便利かもしれない。

 有名な冒険映画のイメージがあるから、それの通りなら想像が楽だ。

「キリは弓と鞭は使ったことがあるのかい?」

「ないよ、そんなモン」

 こう言っちゃあなんだが、俺は普通の高校生だぞ?弓も鞭も使うわけないだろ。

 弓に関しては弓道部なら使っていただろうけど、帰宅部の俺にそんな縁はない。

 弓ならまだしも、鞭とか余計に使うことないだろ。夜の街じゃあるまいし。それとも、ラヴィリアでは当たり前なの?俺くらいの歳のヤツが鞭を使うのって・・・

 まあ、探検家として活動しているヤツが多いなら、一般的にもなり得るけども・・・

「スキルがあれば、素人でも上手く使えるから、その辺りの心配はいらないけれど」

「そうか・・・ああ、そうか」

 そういえばそういうシステムだった。

 確かに下地があれば、スキル登録されていただろう。そっちのほうがありがたいのは当然だが。

 それでも、弓レベル1を登録すれば、最低限の技術を得られるわけで。

 それがこの世界の便利なところと言っても過言じゃない。

「あとはキリの趣味だね~」

「・・・どっちを優先するかって話だな、うん」

 簡単に趣味という言葉で片付けようとしないでもらっていい?

 俺はハードな夜の街の趣味はないんだよ。

「ナイフと弓、鞭は技術を必要とする武器だから、キリのスキルが活きる。それを選んでも、キリとしては損はしないと思うよ」

 そういえば、技術レベル1もあったな。

 それが活きるならありがたい。

「じゃあ、わたしは眠くなってきたから寝るね~。おやすみ~」

「おう、おやすみ」

 お腹いっぱいになって横になっていたら、赤ん坊でなくても眠くなる。

 うとうとしていたようだし、すぐに眠ってしまったようだ。

「よし、気合入れて情報収集がんばりますかぁ」

 ジョブの件は一旦置いておこう。

 すぐに決まるもんじゃないし、すぐに決めなきゃマズい状態じゃない。


 想定していた道具は揃ったし、いよいよ本腰を入れて情報収集を始めないとな。


 口にしてはいないが、ヴェロニカも気になって仕方がなかったはずだ。

 それでも、目の前の問題を粗方片付けておかないと、途中で力尽きる。

 それがここみたいな町中なら何とかなるが、見ず知らずの、しかもハードな土地だったら死ぬことだってある。冬場だったら間違いなく死ぬ。

 それを分かってくれているようで助かった。自称十八歳は本当のようだ。

 いくらそういう約束であったとしても、俺も気にしていないわけではないし・・・

「さて、どういう風に調べていくかねぇ・・・」

 ボルドウィンはこの辺りではかなり大きい都市。

 情報収集で困ることはないだろうが、取っ掛かりが難しい。

 手前のコトンやベズンのような小さな村であれば、主要な施設は限られるし、そんなに人も多くない。聞き込みに時間は掛からない。

 だが、ここは大都市。施設も人も多い。

 しかも、俺だけで行けないところもあるはずだ。

 こっちの世界でどうかは分からないが、大人の街に行けるものなんだろうか?

 いや、イイ思いをしたいわけではない。決して。

 大人の街っていうのは、色々な人と情報が行き来するところだ。

 赤ん坊が捨てられているといったストレートな内容はそうそうないだろうが、「あそこの家の嫁が娘を捨てて別の男と駆け落ちしたらしいぜ」とかがあれば、それはワンチャンあるかもしれない。

 だから、スナックやバーとか、そういうところに行ったほうがいいと思っている。

 ただ、高校生くらいの男が入れるものなのか分からない。

 仮に俺はクリアできても、ヴェロニカを連れて入店しないといけないわけで、余計にハードルが上がる。

 となると、この前のような朝市に行くとかがリアルな選択肢か。

 行商も色々情報を持っているだろうし、大人の街で得られるそれとは別の内容が手に入るかもしれない。

 ただ、どっちの場合も、聞くだけ聞いて帰るってのはできないよなぁ・・・さすがに何か注文したり、買ったりくらいはしないと。

 しかも、それがガセということも当然あるわけだし・・・

「そういう時に役立つのがコレか」

 パスポートのジョブ選択画面を開く。

 情報収集をする場合、盗賊は役に立つ。

 ヴェロニカも間者のような使い方をするって言ってたし、上手く闇に溶け込んで活動する専門職なわけだ。

 実際、盗賊が得意なスキルは攻撃的な物もあるが、サブというか、間接的な内容が多い。

 例えば、かくれんぼっていうスキル。

 これは周囲や敵に対して気配を消すという内容だ。

 スキルのレベルにもよるだろうし、それがどれくらいの性能を発揮するかは分からないが、これを使えば周囲に溶け込んで動くことも可能だろう。夜の街でも違和感なく動けるかもしれない。

 他に役立ちそうなスキルは交渉術スキル。

 これは相手との話を上手く進めたり、商売を上手く進めるためのスキルらしい。

 重要な情報を持っているヤツこそ、ガードが堅いだろう。そこでこのスキルを使うことで、上手く聞き出すっていう寸法だ。

 商売でも、値切りとかそういうことに使えるだろうし、これに関しては商人も優先して覚えていくスキルの一つだろう。

 こうやって色々考えながら見ていくと、他のジョブとも関連しているスキルは割とある。

 効果の差はあったとしても、どのジョブでも好きなスキルを覚えられるわけだし、同じジョブでも違う色を出せる。

 それに、スキル登録をしなくても、地の自分の力でどうにかできる一面もある。

 登録すれば有利に進められるが、無くても生きていけるっていうわけだな。

「・・・ううん」

 余計に分からなくなった・・・

 どうやって情報収集するかって考えていたはずなのに、有利に進めるためにスキルを覚えることも視野に入れてしまった。

 これでは問題の解決は程遠いな・・・

 ただまあ、言えることがあるとすれば、俺はその辺にいる年相応の男子高校生なわけで、スキルの強力な力で能力を引き上げないとやっていけない可能性は高いってことだ。

 まだ見たことはないけど、どうやらモンスターもいるらしいし・・・

 ・・・モンスターって強いのかなぁ・・・?

 ここが異世界でリアルだっていうことを忘れちゃいけないな。気を引き締めていかないと。

「とりあえず、道具の手入れでもしながら考えるか・・・」

 情報収集の手段を考えたいが、色々考えだすと瞑想する。

 こういう時は、何かに集中するのが一番だ。

 買ってきた道具を使えるようにしよう。

 まずはスキレットとケトル、食器類を洗ってきて、タープとロープに不備がないか確認。その後にランタンを磨いて、少しだけオイルを染み込ませておこう。

 

 とりあえず、なるようになるだろ。

 やってもないことをあーだこーだ考えたって、何も分からないし変わらない。


 それは何でも一緒だろ?

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