6 嘲笑ディオス [三人称視点] (1)
「クハハハハハハ! 乾杯ッ!」
響きわたる下品な笑い声。
町の名士や富裕層が静かに昼食をとっている、品の良い高級レストラン。
そんな中でディオスたちは、酔いにまかせてバカ騒ぎしていた。
「ようやく手を切ることができたな! 最強の勇者であるこの私のパーティに似つかわしくない、あのクズ加護と!
まったく、実に爽快な気分だ!」
上機嫌に酒をあおるディオス。
パーティの仲間たちもまた、同調して笑った。
「キャハハハ! これでもう、あのビンボくさい顔を二度と見なくてすむんじゃん!」
幼い外見の、魔女マギリン。
「あんなののせいであーしらの品位が疑われてたの、あるくね?」
褐色の肌の、女騎士ヘルメ。
「当然これからは、私たちがもっともっと有名になっていくわね!」
細い吊り目の、女僧侶クルクス。
「そのとおりだな! クハハハハハハ!」
大声、罵倒、大笑。
食べきる前に積み上げ汚れた皿が、落下して。
けたたましく割れた音に、また大笑い。
周りの客たちが、迷惑そうに顔をしかめる。
見かねた店のウェイターが、ディオスにそっと近づいた。
「あの、お客様……。あまりそのように騒がれますと、他のお客様に……」
「ディオス様、だ」
「は?」
「私は光の勇者にしてカーラント伯爵家当主、ディオス・カーラントなのだ! ただの給仕ふぜいがこのディオスを他の有象無象のように呼ぶなど、無礼極まりないだろうが!
今すぐ貴様を路頭に迷わせてやってもいいんだぞ!?」
「し、失礼しました、ディオス様……」
「では次の酒を持ってこい! もちろん、この店で最も高い酒をだ!
まかり間違ってこの私に安酒など飲ませた日には、この店を我が最強の勇者魔法で消し炭にしてやるからな!」
「しょ、承知いたしました! すぐに持ってまいります!」
酔っ払いの暴言。
そう片づけられない実績と悪評が、ディオスにはあった。
急いで奥に消えるウェイター。
「キャハハ! ディオス、また高いお酒たのんでるー!」
「あーしわかんねんだけど、そんな味がレベちなん?」
「フン。酒の味など、この私にとってはどうでもいいことだ。
重要なのは、劣等者では口にできないような高い価値があるかどうか、その一点だろうが。
……それに高い酒なら、より強く酔えるだろう?」
「アハハハハ! 当然、いつものをやるわけね!」
「し、失礼します」
言葉のとおり、ウェイターはすぐにワインを持ってきた。
命の危険を感じたからである。
頭を下げながら、ディオスの杯へ静かに注ぐ。
「クックック……」
「キャハハ……」
「フフフフッ……」
「クスクスクス……」
それを見つめるディオスたち。
ニヤニヤと笑っている。
不穏な空気に、注ぐ手がかすかに震えた。
それでもウェイターは、職業意識で解説を始める。
「こちら、帝国西方の120年物でございます。
深い熟成香は王都でも絶賛されており、かの古竜災害をも乗り越えた強さが現れている、などと言われるほどの……」
「フン」
ディオスは紹介をさえぎって、グラスをガパッと下品に干した。
そして、これ見よがしに顔を歪める。
イスを蹴り、立ち上がった。
「不味い、実に不味いな! この店はこんな泥水を客に出すのか!?
この光の勇者ディオスを、よくもバカにしてくれたものだ!」
「そ、そんな……」
大声で罵った。
意図的なもの。
他の客に聞こえるように。
客の視線が、ウェイターに向かう。
「うう……」
うろたえるウェイター。
その哀れな姿を、見下ろすディオス。
優越感に口角が吊り上がった。
機嫌良く、ワイン瓶を手に取る。
「ドブ川に捨てるしかないゴミではあるが、私は慈悲深いからな。
どれ、廃棄するかわりに、貴様に味わわせてやるとしようじゃないか!」
そう言って、手の中のワインを。
ウェイターの頭に、バシャバシャとぶちまけた。
「……っ!」
「そら、貴様では一生飲めないような高価な酒だぞ! 感謝して味わえよ劣等者!
クハハハハハハハハッ!!」
ディオスは酔っていた。
他者を見下す快感に。
高価な酒を惜しげもなく捨てられるほど、豊かな自分に。
それらは、ディオス・カーラントという人間がいかに優れているかを証明するもの。
ウェイターが悔しそうに拳を震わせるほど。
眉を下げた顔で、ディオスを恨めしげに見上げてくるほど。
ディオスは自己の優等性を実感し、心から酔うことができるのだった。
「し……失礼します……」
濡れネズミのウェイター。
高価な仕立てのスーツを台無しにされ。
それでもなにも言えず、逃げ去ることしかできなかった。
その後ろ姿を見て、ディオスたちが爆笑する。
「キャハハハ! あーおっかし!」
「ヤバいヤバい! フフフフッ!」
「今のかなりビビってたわね! 勇者相手なら当然だけど! アハハハハ!」
「ああ、なかなかの顔をしてくれたな! 酒などよりよっぽどいい味があったぞ! クハハハハ!」
近いテーブルの紳士が、不快そうに顔をしかめる。
ディオスたちがちらりと目を向けると、そそくさと新聞に顔を隠した。
「まあ愉快な顔という点では、追放を告げられたクズ加護のほうが上だったがな!
この私と対等だと思い上がっていた下郎の、悔しそうなあの顔!
かつて決闘で負かした、あの時の父上にそっくりだったなぁ……! クハハハハハハハ!!」
……かつてディオス・カーラントは、抑圧された子供だった。
一般的な基準で見れば、ワガママ放題の貴族令息であったが。
父親にだけは、絶対服従を強いられていたのだ。
それ以外の人間はディオスに逆らわなかったため、なおさら強く不満を感じていた。
力任せに押しこめられたフタと、ぬるすぎる環境。
この時点で、ディオスという名の酒は美味くなるはずもなかった。
そしてその中に発生した、電光魔法という不純物がとどめとなった。
本来ならば、それは宿主を銘酒へと熟成させうる素晴らしい酵母だった。
しかし、すでに腐っていた酒の中にあっては。
それは腐敗を加速させてしまう、雑菌となってしまった。
父親を歯牙にもかけないほどの強さ。
勇者として認定された栄光。
よりぬるく温められた環境の中で、フタを外された結果。
そのタルの中身は、誰もが鼻をつまむような腐臭を垂れ流す、汚水となり果てたのだった……。
「キャハハハ! あのクズ加護、行くとこもないのに追い出されてカワイソー!」
「あーしあれ、マジスカッとしたわ!」
「ああなって当然よ! あいつ立場もわきまえずに、小言がうるさいったらなかったじゃない!」
「まったくだ! 共同資金を使いこむなだの、装備の手入れがなんだの、地図を見るのがどうだの……! なんの意味もないことをグチグチグチグチと!
スラム出身の賤民ごときがこの光の勇者ディオスに指図するなど、いったい何様のつもりなのだ!?」
乱暴にテーブルを叩く。
グラスや皿がまた落ちて、甲高く割れた。
静かに出ていく他の客たち。
「魔力の回復ができるからと、耐えがたきを耐えて使ってやっていたが……。
しかしあの顔を見るためだったと思えば、苦労も報われたというものだ!
泣き叫んでわめいてくれなかったことだけは残念だがな! クハハハハハハッ!」
卑しく汚い劣等者。
勇者である自分と、さも対等であるかのように思い上がっていた、傲慢なクズ加護ポーター。
その勘違いを正してやり、絶望を突きつけてやった、あの瞬間。
あの光景を思い出し、吐き出してはまた反すうする。
そうすることでディオスは、いくらでもニヤニヤと気持ちよく笑うことができた。
なお後日。
ディオスの実の父親であるカーラント先代伯爵が、侮辱罪で訴えられることになる。
格上である侯爵が経営するレストランで、子息が暴行を働いたためだった。
侯爵に問いただされ、先代伯爵は真っ青になり。
額を地面にすりつけて、謝罪をする羽目になったという。
日頃から無理をして旅費を工面してくれていた、先代伯爵。
その親の顔に、ディオスは泥を塗る形になった。
ディオスは後に、そのことを知らされたのだが。
『この私が頭を下げたわけではない以上、どうでもいい話だな』
そう言い捨てると、すぐに忘れ去ったのだった。
「面白かった」
「続きを読みたい」
などなど思ってもらえましたら、
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