5 鉄の勇者 (3)
「ああ、やっぱりダメか……」
商人のおっさんの声。
馬車を調べていたようだ。
見れば荷台は裂け、折れ曲がってひどいありさまだった。
グレーターウルフのしわざだろう。
馬が無事なのは、不幸中の幸いか。
「災難だったな」
「あ……君はさっきの。
ありがとう。君がいなかったら、私もアルメア君もどうなっていたか」
「ああ。おたがい生きててなによりだ」
さっきは大声で泣いてたが、今は落ち着いたようだ。
というより、落ちこんでいるように見える。
「馬車は走れそうか?」
「いや、ダメみたいだね……。
荷の大半はあきらめることになりそうだ。せっかく遠くから、財産をはたいて買いこんだ商品だったんだけど。
……まあ命が助かったんだから、ぜいたくは言えないかな」
力なく笑う。
見たところ、車輪もひとつ砕けている。
専門家であっても、この場での修理は難しいだろう。
「だけど、ちゃんとお礼はさせてほしい。今は持ちあわせがないけど、町についたらアルメア君たちと同じだけの護衛料を渡すよ」
ひとのいいおっさんだ。
これからの生活が心配だろうに。
他のヤツならこういう時、悪いからと礼を辞退するのかもしれない。
しかし俺は、もらえる金を断るなんて考えない。
考えていたのは別のことだ。
「なあアルメア。この壁、どれくらいの時間で消えるんだ?」
鉄の壁を指して問う。
さっきの戦闘でアルメアが地面から生やした、ぶ厚い鉄のかたまりだ。
「え?
えーと、魔力を思いっきり濃くして作っちゃったから、三日はこのままだと思うよ」
「だいぶ持つんだな」
そこまでの耐久性は、戦闘には本来不要だろう。
とっさに出したせいで、調整できなかったわけか。
逆に言えば、アルメアの側で自由に調整できるということでもある。
で、あれば。
「ところでおっさん。
おたがいにとってとても利益になる提案があるんだが、ちょっと聞いてみないか?」
――・――
街道を歩く俺とアルメア。
その前方。
「おおおお……!」
御者台に座るおっさん。
馬車は快調に進んでいた。
砕け散った木の車輪の代わりに、鉄の車輪がしっかりと荷台をささえている。
荷台には元々の荷物の他に、血抜きしたグレーターウルフが載っていた。
馬も重みに苦しんだりせず、平気そうに歩いている。
「素晴らしいよソウマ君! なんの問題もない!」
「なるべく表面を補強するだけにしたから、軽くできたみたいだな」
「すごいやソウマさん……! ボクの魔法に、こんな使い方があるなんて!」
アルメアが止血してたのを見たからな。
思いつくのは簡単だった。
文字どおりの再利用というわけだ。
「ソウマ君の力添えで、こうして命も荷物も捨てずにすんだ! 本当に恩に着るよ、ありがとう!」
「ああ。こっちこそ、気持ちよく金を払ってくれて助かる」
商人のおっさんは、さっきの暗い雰囲気から一転。
とてもにこやかに笑っている。
そして俺もまた、笑いが止まらなかった。
金貨袋をのぞきこむ。
馬車の応急修理代が、俺とアルメアで5万ずつ。
さらに護衛料10万。
使った魔石分の8万ゴルドも補償してくれた。
あとアホどもから巻き上げた18万。
ここにグレーターウルフの魔石売却益の半分、25万を加算すると。
利益総額……58万ゴルド!
なんて心地よい重みだろう。
とりあえずこれで、今月の利息は払えそうだ。
数時間前までの心配が嘘のよう。
「へっへっへっへっへ……」
晴れ晴れとした笑いが、のどの奥から自然と湧きあがった。
「ソウマさんって天才だよね! こんなにひとを助ける加護魔法を使えるなんて、ボク憧れちゃうなあ」
となりからほめ殺し。
「ははは。前のパーティじゃ、『金食い虫で役に立たないクズ加護だ』って言われてたけどな」
「ええっ!? どこが!?」
「それでついさっき、パーティを追放されたとこだ」
まあ一番の理由は金じゃなくて、スラム出身だからだが。
だいたいさっき倒したガルーダも、1000万の賞金がかけられていたのだ。
俺の再利用魔法ありきで倒せたものを、金食い虫扱いは心外である。
「……よっぽど見る目がなかったんだね、そいつら。
ソウマさんみたいな本当に頼りがいがあるひとを追い出すなんて、完全にどうかしてるよ!」
自分のことでもないのに、そうふくれる。
「……あ。じゃあ、今はひとりなの?」
そして今度は赤くなった。
「あの、ソウマさん。
どこかのパーティに入る予定とか……あったりする?」
「予定はないけど、これから声をかけるつもりだ。ポーターひとりじゃなんにもできないからな」
「じゃ……じゃあさ、じゃあさ! その、ボクなんか……」
てれてれと、なにか言おうとするアルメア。
俺はそれよりも先に、はっきりと言った。
「アルメア。俺とパーティを組んでくれないか?」
「え?」
ぽかん、とされる。
そして赤い顔が、さらに赤くなっていった。
「え……えっ? ええっ!?
いいの!? ソウマさん、ボクと仲間になってくれるのっ!?」
「ぜひ頼む」
思い出す。
苛烈な戦いぶり。
一歩も引かなかった意志の強さ。
それでいて、心配になるほど善良な性格。
勇者。
その名にふさわしい、勇敢で優しい少女。
結局俺は、アルメアのことをひと目で気に入ってしまっていた。
戦闘力も人格も申し分ない、最高の人材。
俺のことも買ってくれている。
決してクズ加護などとは呼ばないだろう。
ディオスと組んでいた1年間は、いったいなんだったのか。
そう思えるほどの優良物件だ。
「お、お願いします! こちらこそ、ボクの仲間になってくださいっ!!」
アルメアは、そう応えてくれた。
まっすぐに。
両眼をキラキラさせて。
胸の前にグーを作りながら。
「じゃあ、これからよろしくな」
握手のための右手を出す。
「わあーいっ! やったあああああーっ!!」
無視して抱きつかれた。
胸の感触と甘い香りが伝わってくる。
「おいやめろ! くっつくなって!」
「えへへっ……えへへへへっ!」
残高が減る感覚に苦しむ俺。
しかしうれしそうに笑うアルメアは、なかなか離れてくれなかった。
「面白かった」
「続きを読みたい」
などなど思ってもらえましたら、
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