45 籠の鳥 [アルメア視点]
肉屋の店先の籠に、ニワトリが閉じ込められていた。
どこにも行けずに、バタバタと暴れている。
服屋を飛び出した、ボクの気持ちも同じように。
行き場もなく暴れるばかりだ。
「ふんだ。ソウマはボクの気持ちなんか、ちっともわかってないんだ!」
大通りの雑踏で、ボクはぷりぷり憤慨する。
「ボクのことを、もっと女の子扱いしてくれたっていいじゃないか!
おじさん肉串ちょうだい! 大きいの5本!」
「お、お嬢ちゃんそんなに食うのかい!?」
屋台のおじさんがなぜか驚く。
ボクはドレスが汚れないよう、鉄の前かけを作る。
乙女心にまかせて、肉串をばくばく歩き食いだ。
「そりゃボクは男っぽい言葉づかいだし! 髪の毛も短いし! お化粧だってよくわかんないけど!
それでも一応、女の子なんだよ!」
1本食べ、2本食べ。
当てもなくずんずん歩いていく。
「それにさ、それに……」
3本食べ、4本食べ。
大通りを過ぎたころには。
おなかも満たされ、落ち着いてきた。
鉄の前かけを解除する。
いつもの頑丈な竜鱗装備じゃなくて、やわらかくて頼りないドレス姿となって。
当てもなく、とぼとぼ歩いていく。
さびれた路地裏には、人っ子一人いない。
見ていると、さびしい気持ちがわき上がってくる。
そして当たり前の事実が、自分の胸に染みてきた。
「……ううん、当たり前だよね。
ソウマとボクは、同じパーティの仲間ってだけなんだから」
ボクとソウマの関係は、あくまでビジネスライク。
ソウマは借金を返すためだけに、ボクと組んでくれてただけだ。
うつむくと、屋台で買った串が目に入った。
食べ終わってなにも残っていない、からっぽの串。
10億ゴルド返済という、途方もない目標。
きっと何十年もかかるんだろうって、勝手に思ってた。
なのにそれは、もうすぐ終わってしまう。
その事実が、ボクをどうしようもなくさびしくさせる。
……でも。
「でも、ボクがソウマのお金稼ぎの役に立ってる限りは、まだいっしょにいられるよね。
借金がなくなっても、食べていかなきゃいけないし」
そう思い、ボクは顔を上げた。
「うん……。恋人じゃなくたって、仲間としていっしょにいられるんなら。
それで十分じゃないか」
故郷の村をなくして。
ひとりぼっちになったボクが。
世界でたったひとりだけ頼れる、素敵なひと。
恋人じゃなければ。
家族じゃなければ。
いつか別れがきてしまうんだろうけど。
その時までは、がんばって戦おう。
がんばって役に立って。
ソウマが一生分稼いで、もういいって言うまでは、隣にいさせてもらおう。
「うん、うん」
ひとりでうなずくボク。
空を見れば、そろそろ正午。
ソウマの試合が始まる。
帰らなきゃ。
このドレスも、返さないといけない。
お姫様の時間は終わり。
いつものボクにもどるんだ。
ボクは路地裏から、騒がしい大通りまで引き返そうとして。
そこで。
「ねー、ちょっと」
裏路地の奥から、覚えのある声を聞いた。
振り向くと、3人の女のひとたち。
勇者ディオスのパーティメンバーだった。
「……どうしてキミたちが、こんなところに?」
不思議に思って問いかける。
魔法使いの子が、口を開いた。
「キャハハハ! あたしたち、あんたのこと探してたんだよねー」
「ボクを?」
なんだろう。
首をひねっていると、次は騎士の子。
「つーか、クズ加……ソウマのことで話があるくね?」
「今クズ加護って言った?」
「いいい言ってねーし! あんたの聞きまちがいに決まってるくね!?」
ボクが声を低くすると、あわてて手を振った。
騎士の子の口をふさいだのは、僧侶の子。
「ちょっと、余計なこと言わないのは当然でしょ! 相手は古竜をブッ殺した化け物なのよ!?」
「そーそー! 死ぬならあんたひとりで死ねばいいじゃん!」
ヒソヒソする3人。
なんだか怪しいな。
見つめていると、3人はごまかすように愛想笑いした。
「ご、ごめんねー? あたしたち、あんたと敵対するつもりなんてぜーんぜんないから! キャハハハ!」
「そーだし! あーしら、ただ親切に教えてやろうと思っただけくね?」
「そう、あなたには当然伝えないとって思ったのよ。ディオスがソウマを闇討ちしそうだって」
「ソウマを!?」
思わず叫んだ。
考えていたことが吹っ飛ぶ。
「あたしたちも、さすがに止めたんだけど。ディオスぜーんぜん聞かなくってさー」
「これ以上バカなマネされっと、あーしらまでヤババなわけ」
「だからあなたに止めてほしいのよ。当然、来てくれるわよね?」
「……うん、わかった!」
このままじゃソウマが危ない。
だったらボクが、ここで役に立ってみせないと!
ボクの価値をソウマに示すんだ。
これからもいっしょにいたいと、そう思ってもらうんだ。
そうしなきゃ、そうでないと、ボクは……。
「…………」
ボクは首を振って。
目の前の、3人の後を追うことに集中する。
急ぐような早足。
そして、暗い路地裏の奥へ奥へと、入りこんでいった。
――・――
案内された先は、寂れた建物だった。
空は狭くて薄暗い。
大通りの騒がしさも、もう聞こえない。
建物には看板も何もなかった。
一見すると、廃屋にしか見えない造り。
割れたドアを開け、中に入る。
すると奥には、地下へと続く階段があった。
「この中にディオスがいるんだよね?」
「ええ……」
ソウマのためと思うと、気がはやった。
ためらわず階段を降りていく。
降った先は、物置のような狭い部屋だった。
雑多に物が詰め込まれた空間。
埃とカビの臭いが立ち込めていた。
室内を照らす照明もない。
小さな窓から差し込む、かぼそい光だけが頼りだ。
ディオスは……いない。
「ディオスはどこに……」
ガシャン!
「えっ!?」
天井の暗闇から、突如として鉄格子が降ってきた。
檻だ。
ボクは、両手で鉄格子をつかみ。
すぐさま鉄魔法で壊そうとして。
「うあっ……!?」
瞬間、全身に痺れが走った。
その場に倒れこんでしまう。
どっと汗が出る。
体中がだるくて、手足もろくに動かない。
「……クハハハハハハッ!!」
振り返ると。
鉄格子の向こうで、ディオスが高笑いしていた。
案内してきた3人を従えて。
……ということは。
「ボクをだましたのか!」
「キャハハハ! だまされるほうが頭悪いんじゃん! バーカ!」
「まったくだ。出自の卑しい者は知性まで貧しいというわけだな! クハハハハ!」
ディオスたちが笑う。
勇者のパーティとは思えないような、歪んだ笑顔だった。
「どうしてこんなことをするんだ! 答えろディオス!」
「クハハ! そんなこともわからないとは、やはり貴様は低能だな!
理由など決まっているだろうが! この光の勇者ディオスがクズ加護ごときとの試合に負けるなど、万にひとつも許されないからだ!」
「つーか、あんたはクズ加護を脅迫する人質だし。あーしら頭良くね?」
「当然、神前試合はディオスの勝ちで、古竜の魔石も私たちのものってわけね」
「そんなこと……させない!」
こんな檻くらい、ソウマがいなくても破壊できる。
そう意気込んでも、一向に鉄魔法を発動できない。
それどころか、身体の力がどんどん抜けていくようだった。
檻に取りつけられた魔石が、妖しくぼんやりと光っている。
ディオスが、ニヤニヤと笑った。
「無駄だバカめ。その魔道具、“最後の檻”は特別製なのだ。
中の人間の魔力を吸い取り無能化する、破壊不可能なアダマンタイトの檻!
なにしろ政争に敗れた王族を幽閉するために作られた代物だからな。一度閉めたが最後、開ける鍵すら存在しない!」
「なっ……」
絶句した。
鍵がない?
鍵がないだって?
「王国の歴史上で、脱出に成功した例は皆無! つまり貴様はこれから死ぬまで、ずっとその檻の中で過ごさねばならんわけだ!
もう貴様は古竜を倒せる勇者などではない! クズ加護にすら劣る、正真正銘のゴミとなったのだ!」
「こ、この……」
力をこめても、何度蹴りつけても。
鉄格子はびくともしない。
魔法も使えない。武器もない。
ボクの抵抗をあざ笑うディオスの、耳障りな声。
「…………」
ぺたん……。
ボクは力なく、座りこんだ。
ただの女の子のように。
鎧でなくドレスを着て。
輝く冠も置いてきて。
役に立たない、ただのお荷物な女の子。
それが今の、そしてこれからのボクなのか。
もう、ここから一生出られない。
ソウマとはもう二度と、パーティを組むことは叶わない。
恋人どころか仲間としてすら、一緒にいられなくなる――
「…………」
ボクを見下す、ディオスの目。
それはとてもうれしそうに、ゆがんでいた。
「目障りだった貴様を無能に変え、試合にも勝てる! まさしく一石二鳥の名案!
高い金を払って準備したかいがあったというものだな! クハハハハハハハッ!」
胸をそらして笑うディオス。
うつむくボク。
去っていく彼らを、責める気力もない。
動かない身体とは裏腹に。
頭と心がぐるぐると、行き場もなく回りだす。
ボクががんばると、いつもほめてくれて。
すごい力を与えてくれて。
なにより、復讐しかなかった空っぽのボクに、誇りを与えてくれた。
ゴミ勇者のボクを、本当の勇者へと再利用してくれたソウマ。
思い出す。思い出す。
うれしさ。
楽しさ。
少しの切なさ。
あたたかさ。
手からこぼれて、もう二度ともどることのない、数々の思い出……。
「うぅ……ぐす……ひっ……ひっく……」
いつぶりだろう。
涙を流すのは。
でも、きっとこれからは。
ずっとこうして、泣いて生きていくのかな。
暗闇の中の牢獄には。
ボクの嗚咽と慟哭だけが、響き続けていた。
「面白かった」
「続きを読みたい」
などなど思ってもらえましたら、
『下の☆☆☆☆☆をクリック』で応援いただけるとうれしいです!




