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41 外伝・勇者が生まれた日 [アルメア視点]

 ボクの名前はアルメア・シュタル。

 15歳。

 シュタル村で生まれて。

 シュタル村で死にそこなった娘だ。


 ボクが生まれた日。

 お父さんとお母さんは、とてもよろこんでいたらしい。

 ふたりは、延々と泣き続けるボクを見て。

『こんなに勇ましく泣く子は、きっと将来自慢の娘になる』

 そう思ったそうだ。


 でも、そうはならなかった。

 その泣き声は強さじゃなくて、臆病さからきたものだった。

 小さなころのボクは、とても引っこみ思案だったのだ。


 なにかあると、すぐ両親の影に隠れていた。

 おっきな虫が怖いと隠れて。

 ほえる犬が怖いので隠れた。


 そんなボクを、ふたりはいつも優しくなでてくれた。


「アルメアは怖がりねえ。私に似ちゃったのかしら」


「はははは、近所の子をチビらせてたガキ大将がなにか言ってるな~、アルメア」


「もう、そんな昔のことを持ち出さないでよ、あなた!」


「ちなみにその近所の子って俺のことだからな~、こうはなるんじゃないぞアルメア、いった痛い痛い痛い痛い痛い」


 わき腹をつねられるお父さんは、幸せそうで。

 二本の指に全力をこめるお母さんも、幸せそうで。


 ボクはそんなふたりからはぐれないよう。

 よく誰かの袖を引っぱって。

 いっつも後ろを、ちょこちょことついていった。


 お父さんとお母さんと、村の親子連れたちと。

 みんなでいっしょに、ピクニックしたりもした。


 その日も、こわい魔物は出なかった。

 知らない場所に行かない限り、スライムだっていやしない。


 だから、そんなシュタル村には。

 危機感が足りなかったのかもしれない。

 もっと警戒することは、できたのかもしれない。


 だけど結局のところ、本当に恐ろしいものというのは。

 なにを備えたって、どうしようもできないんだ。




 ――・――




 炎。

 朽ちていく柵。

 崩れる家。

 動かない村人。


 その奥に見えるのは。

 背の高い森の木々より大きな、狼の魔物の影。


 どこから現れたのか。

 そいつは気まぐれに現れて。

 気まぐれに全てを焼き払った。

 今はもう遠い、たった3年前のことだ。


「これで全員か? 生き残ってるのは?」


「おかあさぁぁぁぁぁん!!」


「そうだ! 早く馬車を出せ!」


「おとうさぁぁぁぁんっ!!」


 燃え盛る火の色にあぶられて。

 少ない生き残りとともに、ボクは逃がされた。


 そのために、お父さんとお母さんは死んだ。

 おびえて動けないボクを、かばって死んだ。

 ボクが殺したようなものだ。


 いくら泣いても、叫んでも。

 涙は尽きやしなかった。


「おい、アルメアを黙らせろ! 魔物に聞かれちまうぞ!」


「むーっ!! むうーっ!!」


 激しくゆれる馬車で。

 声の代わりに、感情が爆発する。

 悲しみ。

 痛み。

 謝りたい気持ち。

 ぐるぐると、ぐらぐらと。




 ――・――




 それからしばらくの時間が経つと。

 激しい感情は、心の底に沈んでいった。


 入れ替わりに、ボクの表面を覆っていったのは。

 黒くて重い、鉄の色の憎しみだった。


 畑を失ったボクたち村人は、急場をしのがなきゃいけなかった。

 だから狩人さんから技術を学んだ。

 獣を狩り、身体の糧とする。

 生きるための技術。


 ボクはそれを、別のことに使った。

 魔物を狩り、心の糧とする。

 殺すための技術。


 ボクは魔物に親を殺された。

 なにもかも奪われた。

 だからボクも、あいつらを殺す。

 息の根を止めてやるべきなんだ。

 でなきゃ不公平だ。

 にぎった拳が、ぎちぎちと鳴った。


 そうしてボクは、ひとりで殺し続けた。

 魔物を。

 冒険者ギルドも知らないままに。

 近くの山で、探しては狩り続けた。


 得物は剣。

 弓だとすぐに死なない。

 そのまま見失って、殺せたかどうかもわからなくなる。

 ボクだって、鹿くらいなら追える。

 でも魔物となると、その追跡は不可能に近い。


 だからこの手で足を断ち、腹を裂き、首をはねる必要があった。


 つらくはない。

 楽しくもない。


 ただ、目の前で魔物が苦しんで。

 ボクを恨みがましく凝視しながら、死んでいくとき。

 その瞬間だけボクの心は、煮えたぎる憎しみを忘れて。

 穏やかになることができた。


 もちろんただの村娘が、無事でいられるはずもない。

 何度も大ケガをした。


 狩人の技は、あくまで糧を得るためのもの。

 魔物なんて手を出すなと、何度も警告された。


 止まるはずもなかった。




 ――・――




 やがて。

 気取った服を着たひとが、ボクに会いに来た。

 うわさを聞きつけた、王国の貴族。


 連れていかれて、いろいろと調べられて。

 そしてひどく驚かれた。

 ボクが死なずに戦い続けられた理由もわかった。


 身体を守るために、無意識に使っていた才能。

 この世界の人間が時折備えている、生まれつきの加護としての魔法。

 ボクが持っていたのは、昔の勇者が使っていたという“鉄魔法”だった。

 魔力で鉄を生み出して戦う、攻防一体の勇者魔法。


 昔の勇者の再来を期待されたけど。

 でもダメだった。

 しょせんはただの村娘、絶望的に魔力が足りなかった。

 体の表面を、薄い鉄で覆うのが関の山。


 ボクはSランクで勇者という、肩書きだけ与えられて。

 城から放り出された。


 冒険者ギルドに行くと、最初はみんな仲間になりたがった。

 そしてすぐに、離れていった。

 役に立たない勇者魔法以外は、平均以下の小娘だったから。


 別に落胆もなかった。

 今までどおり、ひとりで殺すだけだ。


 ボクは実力どおり、ロクに稼げなかった。

 飢えない程度が精いっぱい。

 装備に回すお金なんてない。

 古い手袋を、ずっと使い続けていた。

 ずたぼろの手袋。

 血まみれで傷だらけの、ボクの手。


 その手でボクは、いつも殺していく。

 昨日も、今日も、明日もずっと。


 新しい返り血。

 また手に染みこんでいく。

 ごわごわの感触も、すっかり気にならなくなってきた。


「ねえ、また今日も殺したよ。

 今日はいつもより、たくさん殺せた」


 そのぶんケガもしちゃったけど、お財布をはたけば元どおり。

 身体も貯金も元どおり。

 殺した記憶だけが、積みあがっていく。


 そうするだけの過ごし方。

 そうするだけの生涯。

 殺した瞬間だけが、安らぎとなる。


 そんなボクを、気味悪そうに見つめるひとたち。

 シュタル村の生き残り。


 ホントは、ちゃんとほめてほしかったけど。

 みんなの仇をとってることを。

 でも、ほめられたくてやってるんじゃないし、いいや。


 きっとこのまま、止まることなく死ぬんだろう。

 それは来年かもしれないし、明日かもしれない。

 だけど殺すのをやめたら、ボクの心は今すぐにでも死ぬ。

 ボクはもう、そういうものになってしまった。


 だからもうもどれない。

 誰かの袖を引っぱっていた、臆病で幸せな娘には。


 もどれないまま、とうとう来てしまったその日は。

 来年ほどには、遅くなかった。




 ――・――




「ガアアアアアッ!」


 街道で出くわしたのは、見たこともない魔物。

 奇しくも、あの日と同じ犬型の魔物だった。


 ぶ厚い毛皮は、剣を通すどころかへし折ってきて。

 長い前足のその爪で。

 ボクの身体を、引き裂こうとする。

 何度も。

 何度も。


「ぐうっ……」


 鉄で覆った両腕を盾に、しのぎ続ける。

 それもどんどん破られて、血が噴き出た。

 身体は熱を失い、冷え切っている。

 手足がまだつながってることに、ちょっと驚く。


 勝てるはずもない、強大な敵。

 今日こそボクは、ここで死ぬんだろう。


 それでも、逃げることだけは許されない。

 誰よりボクが許さない。

 自分の足で、土を踏みしめて。

 一歩も下がることなく。

 最後まで踏みとどまって、前のめりに終わるんだ。


 じれた魔物が、体をかがませて。

 次の瞬間にはもう、飛びかかってきた。

 ボクの上半身をかじり取ろうとする大口。

 汚らしい牙が、ぞろりと生えている。


 下がるもんか。

 せめてこの身を壁にして。

 ボクの命と引きかえに、その牙をへし折って。

 食いついたことを後悔させてやろう。

 心の中だけは、最後までこいつの障害であってやろう。


 そんなことを考えていた、最後の瞬間。

 ふと。

 背中に、あたたかな手がふれた。


 冷え切っていたはずの体。

 その血が沸騰していく。

 ボクの中で渦巻く、とんでもなく熱い魔力。

 それは、目の前のうすらでかい犬なんかより。

 ずっと大きく、ずっと強かった。


 イメージが浮かぶ。

 溶鉱炉の中から、渦巻く鉄の塊を引き抜いていく。

 魔力は当たり前のように身体になじみ、使いこなすことができた。


 鉄の塊が、外界へ出る。

 そう感じた瞬間。

 巨大な黒い壁が、目の前に現れた。


「ギャインッ!?」


 魔物の悲鳴。

 壁が、魔犬の牙を受け止め、砕いた。


 ボクは呆然とした。

 見上げるほどに大きな黒鉄の壁。


 いったい何トンあるんだろうか?

 何者にも屈することのない、ゆるぎなく堅固な力。

 まるでボクの空想が、突然目の前に現れたみたいだった。


 まさか……ボクが、これを?


 後ろを振りむく。

 ボクは今、まちがいなく死ぬはずだった。

 その運命を変え、奇蹟をもたらしたであろう、その源。

 それはボクより年上な、男のひとの形をしていたた。


「こ、これ……?」


 戦闘中だというのに。

 ボクは一瞬、呆けてしまう。


「【再利用(リサイクル)】っ!!


 彼は、聞いたこともない呪文を唱えると。

 魔物に向かって走り出した。


「おらああああああっ!!」


 強烈な回し蹴り。

 あんなに強大で、死を覚悟していたはずの魔物が。

 地面に叩きつけられ、脱力し……息絶えた。


 呆然としているうちに、鉄魔法が切れた。

 魔力切れだ。

 頭の傷口が開く。

 汗とまじった血が、どろりと顔をつたっていく。


 視界がじわじわと赤く染まる。

 服も手袋も、返り血で真っ赤。

 血まみれの姿。

 そんなの全然、かまわない。


 遅れて、ようやく実感がわいてくる。

 やった。

 やったんだ。

 魔物をまた一匹、この手で殺してやれた。

 それも、こんなに強い魔物を。

 ボクが直接殺したわけじゃなかったけど、そんなのどうでもいい。


 これでまた、望みを叶えることができた。

 なにもかもなくしたボク。

 そんなボクに残った、たったひとつの望みを。


 村人たちに言われた言葉がよみがえる。

 狂ってる?

 そんなの勇者じゃない?

 いいじゃないか、全然。

 ボクはやりたいようにやるだけだ。

 誰に認められなくても嫌われても、知ったことか。


 どうせ長くもない命。

 これからもボクは殺すためだけに生きて。

 そして死のう。


 そんな、(くら)いよろこびに浸ろうとして――


「良くがんばったな。立派だったぞ」


 その言葉に、息が止まった。


「……えっ?」


「依頼主を守って、一歩も引かなかったんじゃないか。さすが勇者だ」


 彼に言われて、ふりむいた。

 自分の後ろ。

 そこに、商人のおじさんがうずくまっていた。


 それは知っていた。

 知っていたけど……。


「ほら、これで傷を治しとけ」


 差し出されるままに受け取った。

 ポーションのビン。


 彼は背を向け、他の冒険者たちにも話しかける。

 ぼんやりとそれを見送りながら。

 思考を歩かせていく。


 依頼主を守った?

 そんなはずはない。

 ボクの後ろに、偶然そこにいただけだ。


 ……偶然?

 本当に?


 それならボクは、どうして足を止めてたんだろう。

 どうして受け止め続けていたんだろう。

 あんな大きな魔物の攻撃を?


 勝つためならボクは、動くべきだった。

 敵がおじさんを食べてる、その隙に。

 安全に死角から、攻撃するべきだった。

 そうすれば勝てたかも。


 冷静に考えれば、そうなる。

 なのに。

 ボクは、それをするボクを想像したら。

 イヤでイヤでたまらない、そんな気持ちになった。


「おおお~ん!! ありがどうアルメア君~!!」


「わっ」


 商人のおじさん。

 泣きながら、足にしがみついてくる。


「君は命の恩人だ! 君が私をかばってくれたから、私は、私はぁぁ!」


「お、おじさん、服が汚れちゃうよ」


 おじさんの仕立てのいい服が、どんどん泥で汚れていく。

 だけど本人に、気にしている様子はない。

 ただ感謝の言葉をくりかえしている。


 このひとを見捨てる?

 そのほうが良かったって?

 ありえない。

 そんなことするくらいなら、素直に殺されたほうがマシだろう。


 そこまで考えて……気づく。


「!!!」


 天啓のよう。

 理解が満ちる。


 ボクは確かに、魔物を殺したいと思っていた。

 それは自分の命なんかより、ずっと大事なことだ。


 でも魔物を殺すことよりも。

 誰かを助けることのほうが、もっともっと大事だった。


 ボクが許せなかったのは。

 魔物が生きていることじゃなくて。

 魔物が誰かを襲い、あの日をくり返すことのほう。


 それだけのこと。

 たったそれだけの、ことだった。


「うっ……」


 赤かった景色が、ぼやける。


 殺したいと思っていた。

 切り裂いて引き裂いて。

 さんざんに苦しめて死なせたいと思っていた。


 戦うことしか興味のない、心が壊れた殺し屋。

 それがボクのはずだった。


 そんなボクの心の奥底に、こんなきれいなものが残っていたなんて。


「う、うう……うううっ……!」


 あのひとにもらったポーションを、両手でにぎりしめた。

 ぼろぼろとこぼれる涙。

 視界が洗い流され、透きとおっていく。

 太陽の光が、世界が、とてもきれいに輝いていた。


 本当にうれしかった。

 誰かを守りたいと思えることが。

 魔物を殺したいのは、誰かを助けるためだったことが。

 ボクの正体が、そんなやつだったということが。


 誇りがボクという人間を、劇的に作り変えていく。


「アルメア君! 助けてくれてありがとおぉ~!」


 お父さんとお母さんを死なせたあの日以来、初めて。

 ボクは生きていてもいいのかもしれない――

 そう思えた。


「………………」


 バシャリ。

 ポーションを頭にかぶる。

 傷を癒やすために。

 涙を隠すために。


 ふと、自分の手に気がつく。

 血と傷でダメになっていた、ボクの手袋。

 使いこんでなじみきった感触。


 それを、少しだけためらってから。

 思い切って脱ぎ捨てた。


 そうしてボクは、汚れていない手を振って。

 心からお礼を言った。


「ありがとう! キミのおかげで、ボクは死なずにすんだよ!」


 助けられた。

 あの一言で。

 死ぬはずだった、ボクの心が。


 このひとはボクのことを、勇者だと言ってくれた。

 人助けをする、立派な勇者だと

 ボクはその言葉を、本当にしたい。


 目的も意味もなく暴れるだけだった、無価値なボクじゃなくて。

 シュタル村のひとたちや、他の誰かの平和を守るために戦う、そんな勇者のボクになりたい。


 今日からボクは、勇者アルメアになるんだ。


 ボクは誰でもない、自分自身にそう誓って。

 まずはこのひとに恩を返そうと、駆けよっていくのだった。

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