40 装備更新 [三人称視点] (3)
「な……」
絶句するディオス。
払ってやった金を蹴り返されるという、想像だにしなかった無礼。
それを受けて、怒りよりも混乱が先立っていた。
「何億何兆積まれようが、人様の素材を盗もうなんて話を受けるわきゃねえだろうが! 鍛冶師の誇りをナメてんのか、てめえは!?」
「な、なぜだ!? 私の計略は完璧だったろうが! それをなぜ断る!?
ありえないだろう! 貴様狂ってるのか!?」
「イカれてんのはてめえだろ、この人間のクズが! 見てるだけで胸がムカムカしてくらあ!
今すぐ俺の店から出ていきやがれ、クズ勇者!」
「ク、クズ……!? 私がクズだと……!?」
クズ。
劣等を示す言葉。
自分が好んで、下位者に言い放っていた呼称。
それが今、ディオス自身への評価として投げつけられた。
「…………」
後ろを見るディオス。
取り巻きたちが、金貨袋を拾い上げている。
袋には汚らしい靴跡が、くっきりとつけられていた。
ディオスは、目を血走らせて。
マルトーのほうへ向き直る。
ゆらりと一歩、前に出た。
「そうかそうか……。このディオス・カーラントの深く貴い慈悲を、そのように足蹴にするとはな……!!」
「おい、なにをする気だ?」
「なに、老人をいたわってやるだけだ。この私が直々に、“マッサージ”でもしてやろうではないか!!」
右手には収束しつつある魔力。
バチバチと瞬く電光。
その右手で、マルトーの肩をつかんだ。
「【折檻電】!」
「うぐっっ!?」
電流が、老ドワーフの痛覚神経をかき回した。
全身が苦痛で、勝手に引きつれる。
倒れるマルトー。
「効くだろう。光の勇者であるこの私が開発した、拷問用の勇者魔法だ」
言いながら、手を伸ばす。
もう一度。
「や、やめろ……」
「そう言うな、若者の親切は受けるものだぞ!
【折檻電】! 【折檻電】ッ!」
「ぐうううっ!! があああああっ!!」
のたうち回るマルトー。
それを見るディオスの顔は、うっとりとしていた。
怒りが発散され、落ち着いていくのを感じる。
他人を一方的に痛めつける感触。
それはディオスにとって、至上の快楽だった。
自己と他者の格付けにおいて、これほど明確な行為はない。
「クハハハハ! この私の勇者魔法をその身に浴びるなど、またとない光栄だろうが!
どうだ、そろそろ私の親切にほだされる気になったか!? もう金はやらんがな!」
「お、恩人を売っちまうくらいなら、腕を焼かれたほうがなんぼかマシだぜ……!!
なにが勇者だ、この外道がよ!!」
「フン、老いぼれは反抗的でかなわんな。これが老害というやつか」
マルトーから罵倒されるディオス。
しかし今なら、ディオスは余裕をもって受け流せていた。
負け犬の遠吠えほど心地よい音楽はない。
そう言わんばかり。
さてどうするか、と考えるディオス。
古竜の装備も大事だが、遊び方も大事。
どちらも自己の優越を証明するための、重要な要素である。
ほどなく、歪んだ笑みを浮かべた。
「では、これならどうだ?
“祈りの腕輪”よ! この光の勇者に、魔力をよこせ!」
かかげた神器が、きらめく魔力を生み出し。
ディオスを過剰に回復する。
さらに二度、三度、四度。
繰り返されるたびに、ディオスの手の中の電光は。
少しずつ、そのギラつきを増していった。
「くっ……」
マルトーがうめく。
その魔力光の強さに、想像せざるを得なかった。
これまで以上の苦痛を。
「そらそらあ! 意地を張って時間が経てば経つほど、魔力は高まっていくぞ!
これだけ強ければ次の一撃では、その白いヒゲが黒焦げになってしまうかもしれんなあ!」
「キャハハハ! ディオス、悪いんだー!」
「ウケる! マジうけるわー!」
「こうなって当然よ! 私たちに歯向かったんだから!」
「う、うう……」
「神器よ、限界を超えて俺に奉仕しろ!
クハハハハ! クハハハハハハハハ……!」
愉悦の哄笑。
魔力光もギラギラと強くなっていく。
それが、頂点に達したところで――
“祈りの腕輪”に、亀裂が走った。
「……ハ?」
裂傷は、神器の美しい装飾を横断し。
全体へ広がっていく。
「ハアアアアアア!?」
中心の宝玉に、致命的な断層がうがたれると。
音もなく砂のように。
神器はさらさらと、崩れていった。
「神器がっ、祈りの腕輪がっ……!?
こんな、こんなバカなことがぁぁぁっ!!」
両ひざをつくディオス。
神器とともに、貯めた魔力が霧散していく。
神器とともに、未来が崩れ去っていく。
「よ、予定と違うだろうが!? わ、私はあのクズ加護どもの装備を奪って、それでさらなる栄光を得るはずなのに……!
それがこんな、こんなあっ……!!」
半泣きで這いつくばった。
両手で必死に、神器だった砂をかきあつめようとする。
指の間から無常にこぼれるそれを、マルトーに突き出した。
「お、おい貴様、これを直せ!!
腕のいい鍛冶師なんだろう!? 今すぐこの光の勇者ディオスの役に立って――」
「ふざけろっ!!」
「ぐべらぁっ!?」
老人とは思えない腕力だった。
殴り飛ばされるディオス。
腫れる頬を押さえ、憎々しげに立ち上がる。
「き、貴様っ……!? この光の勇者ディオスに手を上げるとは……許さんぞ!!」
「見たとこ魔力が失せてるみてえだが、許さねえならどうするってんだ!? ああ!?」
愛用の巨大ハンマーを、床にドン。
額には、幾本もの青筋が走っていた。
怒れるドワーフの威勢が、ディオスを青くさせる。
「わ……わかった! 金を払ってやる! ちゃんといくらでも払ってやるから、鍛冶師としての仕事をだな……」
「てめえ……さんざん人様をなぶっておきながら、どうして俺がてめえの言うことを聞くと思うんだ? 脳みそわいてんのか?」
「だ、だが私は勇者だぞ!? 歴代最強の光の勇者だ!
その私が活躍できない事態はこの国の、いや人類全体の損失だろう! 私を助けるのは人類の義務のはずだ!」
「やかましい!! 俺の店から出ていけえっ!!」
「ギャアアアアアアッ!」
フルスイング。
ディオスは文字どおり、店から叩き出された。
勢いよく通りを転がるディオス。
追いかける取り巻きたち。
「てめえの話聞いてちゃ、こっちまで頭がおかしくなっちまわあ!
二度と来るんじゃねえぞ、クソガキが!!」
マルトーは最後にもう一度、殺意のこもった目でにらみつけると。
店の扉を、けたたましく叩き閉めた。
残されるディオス。
悔しそうに歯噛みする。
「ぐぐぐぐぐ……! クソがっ、クソがっ!
おいクルシア、早く私を回復しろ!」
「…………はぁ」
呼ばれたクルシアが、回復魔法を使う。
ため息をつきつつ、のろのろと。
「ぐうう……! なぜ、なぜだ……!?
神器が壊れるなど、こんなことありえないだろうが……!」
「「「…………」」」
「……な、なんだお前ら。なんだその目は」
三対の冷たい目。
馬鹿を見る目だった。
「だって、神器ぶっ壊しちゃったのディオスじゃん」
「これ絶対ディオスのせいくね?」
「はあ!? なぜこれが私のせいになる!? 貴様ら、頭がおかしくなったのか!?」
「頭がおかしいのはそっちでしょ!? 神器を地面に叩きつけてたのはどこの誰よ! あんなことしてたら、こうなって当然じゃない!」
「そ、それは……」
言われて思い出す。
古竜と戦った時、確かにそんなことをした覚えがあった。
「あーあ。クズ加護がいないのに、神器まで壊しちゃったじゃん。全然笑えないんだけど」
「マジ使えなくね? ディオスのせいであーしまで迷惑受けてるくね?」
「あれだけ大口叩いておいてこのザマ? 当然、ディオスひとりでなんとかしてくれるのよね?」
「ふ、ふざけるな! 貴様らはパーティメンバーだろう!?
光の勇者であるこの私に滅私奉公するのが、貴様らの役割だろうが!」
「でも壊したのディオスじゃん! 壊したのディオスじゃん! ディオスじゃんディオスじゃんディオスじゃん!」
「うるさい! 黙れクソガキ!!」
逆切れ勇者ディオス。
「好き勝手言いやがって! この私だって壊したくて壊したわけではない! だいたい貴様らも、私を止めなかっただろうが!
そうだ、悪いのは貴様らのほうだ! 神器を失った私は、むしろ被害者だろうが!!」
「ひどいひどいひどい!! クソガキって言ったクソガキって言ったクソガキって言ったああ!!」
「ざけんなし!! 被害受けてんのはこっちだし!!」
「女のせいにする男なんて最低よ!! 当然、今すぐ謝んなさいよ!! ホラ早く!!」
罵りあう、歴代最強の勇者パーティ。
誰ひとり協力しようとはせず。
責任を相手に、押しつけてようとするばかり。
ソウマたちとは対照的だった。
信頼しあい、譲りあい。
そうして未来への希望を手に入れた、彼らとは。
力を失い、名声を失い。
今度は神器を失うという、最悪の装備更新だ。
こんなことで自分は、今までどおりにやっていけるのか?
ディオスは自らの暗澹たる未来を、予感せずにはいられなかった。
……なお、これより10日ほど後。
ディオスは王都へと召喚されることとなる。
呼び出した国王の手には、報告書が握られていた。
ギルドでの偽証を始めとする、ディオスの悪事を書き連ねた報告書が……。
「面白かった」
「続きを読みたい」
などなど思ってもらえましたら、
『下の☆☆☆☆☆をクリック』で応援いただけるとうれしいです!




