4 鉄の勇者 (2)
俺はアルメアに声をかけ、笑った。
「良くがんばったな。立派だったぞ」
「……えっ?」
「依頼主を守って、一歩も引かなかったんじゃないか。さすが勇者だな」
勇者と言われて誰もが思い描く、そんな戦いだった。
『なんでこんな子供が勇者に?』
城で見かけたときは、そう思っていたが。
今なら納得だ。
この国の王には、どうやら見る目があったらしい。
じゃあ光の勇者はいったいなんなのって話にはなるが。
アルメアの顔に、どろりと血が垂れる。
止血していた鉄の膜は、もう消えていた。
維持する魔力すら使い果たしたようだ。
わずらわしそうに、手袋の甲でぬぐうアルメア。
俺は見かねて、腰のポーチをあさる。
「ほら、これで治しとけ」
低級ポーションの入ったビン。
飲めば体力が、塗れば外傷が回復する魔法薬。
素直に受け取ってくれた。
1万ゴルドの品。
だが、金は取らない。
投資というやつだ。
そんな代金より、魔石の8万ゴルドすらよりも。
この勇者と顔をつないでおいたほうが、ずっと価値があるからだ。
あとはまあ、ディオスなんかよりよっぽど助けたくなる勇者だった、というのもなくはない。
「おいてめえ! ポーションなんて持ってんなら、こっちにもよこせ!」
「腕が痛えんだよ! 早くしろ!」
男どものダミ声。
何様かという感じに、俺を呼びつける。
スラムでも見慣れた手合い。
だから俺も、慣れた対応を返すことにする。
にこりと笑って、言った。
「こちら通常価格1万ゴルドのところ、なんと今だけ特別価格! 10万ゴルドで販売しております」
「たっけえ!!」
「金取んのかよ! 同じ冒険者を助けようと思わねえのか!?」
「お前らこそ同じ冒険者である俺の財布を助けろよ。魔物の養分にならなかったんだから、代わりに俺の養分になれ」
「メチャクチャ言うなお前!?」
「あのガキにはタダで渡してたじゃねえか!」
「はーん?」
アルメアのほうをチラ見。
助けられた商人が、アルメアの足にすがって泣いていた。
「おおお~ん!! ありがどうアルメア君~!!」
泣きながらお礼を言う商人。
みっともないとは思わなかった。
それほどに強く感謝をしてるし、それにふさわしい奮闘だったからな。
そんな様子を尻目に、俺は言ってやった。
「あいつは依頼人を体張って守ってただろ。
それに引きかえ、お前らは何してた? 依頼人を見捨ててコソコソ隠れながら、代わりに戦ってた恩人をバカにしてただけじゃねえか。
そんな連中に親切にしてやる義理はねえな」
「そ、それは……」
こいつらとのコネには1ゴルドの価値もない。
それどころか、逆にたかられてマイナスになりかねない。
そういう人間関係は換金するに限る。
「文句があるなら買わなくていいぞ。冒険者は自由だからな。回復しないまま魔物に襲われるのも、もちろん自由だ」
「くううう……!」
「わかったよ! 金を払えばいいんだろ、払えば!」
「そうそう。命あっての冒険者稼業だからな」
そう言ってやると、連中はますます悔しそうな顔をした。
結局こいつらはケチって、3人で2本を買った。
元値を差っ引くと、合計18万ゴルドの儲け。
ボロ儲けである。
使った魔石は、とりあえずこれでチャラとなった。
心底ホッとする。
「おい、てめえポーション使いすぎだろ! こっちはまだ治りきってねえんだぞ!」
「うるせえ! 俺の方がよっぽど重傷だろうが!」
「一番金が少なかったくせに、何言ってやがる!」
ケチったばかりに醜く争う3人。
もう用は済んだので、気のすむまでいがみあうといい。
場を後にする。
後でギルドに、こいつらの依頼放棄を報告しておくか。
と、バシャリと水音。
見るとアルメアが、渡したポーションを頭からかぶっていた。
傷とともに血汚れも洗われ、なくなっていく。
手を振って、駆けよってくる。
なんか顔が赤い。
「ありがとう! キミのおかげで、ボクは死なずにすんだよ!」
「いやいや、こっちの財布も助けてもらったからな」
「え?」
交渉のダシにさせてもらった件だ。
きょとんとするアルメア。
それも一瞬だけ。
すぐに、グイグイ近づいてきた。
「とにかく、ボクになにかお礼させてよ!
お金……はあんまりないけど、ボクにできることだったらなんでもするから! なんでも言ってよ!」
「お、おい、くっつくな」
「ボク、すごく感謝してるんだ! だからキミに恩返しできるなら、どんなことだって……!」
「…………」
恩返し、か。
無防備にすりよってくるアルメア。
俺の腕を抱えこまれ、体温が伝わる。
しっとりとした花のような匂い。
血を洗い流した彼女は、さっきまでとは印象がまるで異なっていた。
可愛いと言っていい目鼻立ち。
少しだけはねた栗色の髪。
凛々しく甘い少女の声音と、子犬のように人懐こい雰囲気。
中でも一番印象的なのは、鳶色でぱっちりとした、無垢な瞳。
その奥には額の宝玉よりも強い、輝きが宿っていた。
それは年下ということを差し引いても、かなりの美少女に思えた。
そういうものを感じて、俺は。
「…………」
とっても渋い顔になった。
距離を取る。
「感謝してるのはわかったから、俺にあんまり近づくな」
「ど、どうして?」
「それは、女を武器にするようなやつはみんな穀潰しだからだ」
「うん……え?」
「俺がいくら金を貯めても、女はその金をまたたくまに使ってしまう。
それは今月の飯代なんだと泣いてすがっても、笑いながら蹴りつけてきて金を奪い、服やら指輪やらに使い果たす……。
それが女だ」
「それは穀潰しじゃなくて強盗だと思うけど……」
「女につけこまれた奴は、全財産をむしられるか殺されるかの二択。スラムではそれが日常だった!」
「ここはスラムじゃないけど!? ボクそんなことしないよ!」
「わかってるが、どうしても昔の記憶を思い出すクセが抜けないんだ。
だからあまり俺に近づかないでくれ」
女に抱きつかれると、預金残高が減っていく感覚が全身を駆けめぐる体質の俺だった。
借金を返し終わらないかぎり、この恐怖が消えることはないだろう。
「ご、ごめんなさい……」
しゅんとする。
機嫌をうかがうような上目づかい。
ますます子犬っぽい。
俺は罪悪感をごまかすように、ごほんとせき払いした。
「……とりあえず自己紹介だな。俺はソウマ。
あんたは、勇者アルメアだよな」
「ソウマさん、ボクを知ってるの?」
「俺は勇者ディオスのパーティメンバーだったんでな。王城で何度か、あんたの顔を見た覚えがある」
「そうだったの!?
ごめん、ボクのほうは覚えてなくて……」
「ただの荷物持ちだったからな、無理もないだろ」
戦闘職とくらべて、ポーターの地位は低い。
替えがきくからだ。
俺もディオスから徹底して、粗末に扱われ続けてきた。
はたから見れば、パーティメンバーにすら見えなかっただろう。
さらに言えば、勇者同士での交流も薄い。
これはギルド規則に起因する。
ふたり以上の勇者ではパーティ―を組めない、という制限があるのだ。
広く分布する魔物に対抗するために、戦力を分散させたいというのが理由らしい。
「それであの……、さっきの戦いのことだけど。
ソウマさんはボクに、いったいなにをしたの?」
「ああ、いきなりで悪かった。驚かせたよな?」
「とんでもない! とても助かったよ!
でも、なにが起こったのかよくわからなくて。ボクの魔力が、突然すごく増えたような……」
「それは俺の加護魔法で、魔石を砕いて作った魔力を渡したんだ」
「魔石で魔力を……!?
でもあれ、びっくりするくらい多かったよ!? 本当にあの魔力をひとりで作ったの!?」
「ああ」
「うわあ! すごい、信じられない……!
ソウマさんみたいなすごい冒険者、ボク初めて会ったよ!!」
尊敬のまなざし。
輝く瞳。
この再利用魔法をこんなにほめられたのは、初めてじゃないだろうか。
「はは……」
「ソウマさん?」
だが俺は憂いを帯びた顔で、さびしく笑った。
なぜならこの魔法には、この世で最も恐ろしい副作用があるからだ。
俺の財布を温めていたはずの、もういない魔石。
今なら、心から愛していたのだとわかる。
失われたそいつのことを想い、俺はそっと涙をぬぐった。
感傷にひたる俺。
そこに、ひどく落胆した声が聞こえてきた。
「ああ、やっぱりダメか……」
「面白かった」
「続きを読みたい」
などなど思ってもらえましたら、
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