3 鉄の勇者 (1)
そこは鉄火場だった。
冒険者らしき少女の眼前に。
3メートルはある狼の魔物が、立ちはだかっていた。
グレーターウルフ。
冒険者ギルドがソロ討伐を禁止しているほどの、凶悪な魔物だ。
「ガアアアアッ!」
「ぐっ……このっ……!」
対する少女は、血まみれの顔と身体。
破れたボロボロの服。
身を守る鎧も盾もなく。
持っている剣も、すでに半ばから折れていた。
そんな装備で、グレーターウルフの爪を弾き、しのいでいる。
「素手で弾いてるのか……?」
黒い鉄かなにかで覆った前腕。
それが爪と接触するたび、火花が散る。
鋭い金属音。
両者の熱い息と、熱い叫び。
そこはまさに、鉄火場と呼ぶべき戦場だった。
「くっ!」
少女が、顔に一撃を受ける。
切り裂かれた額から、血が噴き出した。
あれはまずい。
視界を制限され、一気に不利になるぞ。
そう思っていたら、彼女の冠の宝玉が強く輝いた。
触媒による魔法の発動だ。
すると、腕のものと同じ鉄の膜が、額にじわじわと現れる。
すぐに傷口を覆った。
止血している?
「ああああああああっ!!」
裂帛の気合。
目の前の魔物よりも獣じみた、恐ろしいまでの眼光。
血をぬぐいもせずに闘う、戦鬼のような少女。
今の魔法で気がついた。
俺はこいつの顔に、見覚えがある。
王城で何度か見かけた顔だ。
青い宝玉をあしらった冠も記憶にある。まちがいない。
光の勇者ディオスを始めとした、この王国に認定されている4人の勇者。
そのうちのひとり。
強力な“鉄”の加護魔法を、魔力が少ないために活かすことができず。
“ゴミ勇者“などと、陰口を叩かれていた少女。
「鉄の勇者……アルメア」
その勇者の少女は、よく持ちこたえていた。
しかし、体格がちがいすぎる。
上段からのひときわ重い一撃に、よろめく。
ひざが沈む。
……が、倒れない。
むしろ一歩踏みこんだ。
「下がってたまるか……」
誰が見ても、勝ち目などない。
絶望するべき状況。
なのにアルメアは、はっきりと叫んだ。
「お前なんかに、絶対、下がってたまるかっ!!」
「グゥッ……!?」
その叫びに。
むしろひるんで下がったのは、魔物のほうだった。
攻める好機に見えた。
だがアルメアは足を止めたまま。
動く様子はない。
なぜだ。
足を使ってかく乱し、一撃離脱に切り替えるべきなのに。
そう考えて、気づく。
アルメアの後ろに、商人らしき男が倒れている。
彼女はどうやら、その商人を守っていたようだった。
「……そうか」
勇者アルメア。
その名に偽りはない、ということか。
と、人影に気づく。
手前に、3人ほどの男たち。
屈強な肉体と革鎧。
こちらも冒険者だろう。
多少のケガはしているようだが。
少なくとも今戦っているアルメアよりは、よほど元気そうに見えた。
しかし連中は、大樹の陰に座りこみ、戦いに背を向けていた。
仲間も護衛対象も見捨てて。
立ち上がろうともせず、剣も抜かず。
ただ隠れて、やりすごそうとしているだけだった。
「頭の悪いガキだぜ。よくあんなのと戦おうなんて気になるもんだ」
「まったくだな。見ろよ、そろそろあいつ死にそうだぞ」
「そりゃいい! いっそ殺されてくれりゃあ、魔物も満足して帰るだろうよ!」
そう言ってゲラゲラ笑っていた。
俺には無関係な話ではある。
だが、ひどく不快でもあった。
仲間から追放された直後ともなれば、なおさらだ。
気づけば俺は、男たちに食ってかかっていた。
「おい、あいつに加勢しないのか!? 護衛なんだろ!?」
「あ? なんだてめえは」
「護衛なんざ知ったことかよ。命あっての冒険者稼業だ」
「そうそう、むしろあのガキがおかしいのさ。まったく理解できねえぜ!」
「……ちっ!」
俺は、すぐにその男どもに見切りをつけ。
アルメアを助けるべく走った。
「へ。わざわざ損しに行きやがった。バカじゃねえの?」
そんな声を背中で受けながら、急ぐ。
「グルルルル……!」
グレーターウルフが、さらに大きく後ろへ下がる。
しかし逃げたわけじゃない。
それはむしろ、攻撃のための後退だった。
後ろ足に力を溜め。
勢いよく、アルメアへと飛びかかった!
「ガアアアアアアッ!!」
バカでかい顎。
少女の上半身を食いちぎろうと、大きく開かれる。
たったひとりのアルメアは、それを見て恐れるどころか。
真っ向から、敵に怒気を浴びせていた。
「力さえあれば、お前なんか……っ!!」
尽きぬ闘志。
守ろうとする意志。
最後の瞬間まで、アルメアはあきらめていなかった。
「【再利用】!」
だからだろう。
俺が背中ごしに渡した魔力が、すぐさま形を成したのは。
瞬時に地面から、ぶ厚い壁が生えてきた。
それは不屈の勇気の現れ。
見上げるほどに大きな、そびえ立つ鉄の盾だった。
「ギャインッ!?」
やわらかな肉をかみちぎろうとしていたグレーターウルフは、当てが外れた。
思い切り鉄の壁にかじりつき。
自ら牙を折って、悲鳴をあげ転げ回った。
アルメアがこちらにふり向いた。
ぱっちりした目を、まん丸くしている。
「こ、これ……?」
戸惑わせてしまったが、説明する時間はない。
グレーターウルフがふらつきながらも、起き上がりかけている。
「ぐぬぬぬぬぬ……ちくしょう!」
俺は苦しみの声をあげて。
自分のふところから、魔石を取り出した。
とっておきの、8万ゴルドの魔石。
爪に火をともすようにして貯めた、可愛い可愛い俺の魔石だった。
手持ちの小魔石は、さっきアルメアのために使い切ってしまっている。
だから、選択肢はもうない。
今これを使わなければ、俺もアルメアもおっさんも死ぬ。
助けに入った時点で、悩む時期はとっくに過ぎていた。
涙をのんで、魔石をにぎりつぶす。
「【再利用】っ!!」
さっきの小魔石のものを上回る、莫大な魔力。
それを全て、身体強化の魔道具に回した。
駆けだす。
グレーターウルフが上げた、その顔面に。
8万ゴルドの恨みもこめて。
「おらああああああっ!!」
――銀貨8枚キック!
回し蹴りの衝撃で巨体が浮き。
地面へと叩きつけられた。
俺は態勢を整え、油断なく敵の様子を見る。
魔力は一瞬で消費しつくされ、もう空っぽだった。
が、それだけの甲斐はあったようだ。
首を折られたグレーターウルフは、二度と起き上がることはなかった。
息を吐き、後ろをふり向くと。
呆然とするアルメアが、こちらを見つめていた。
その表情にはもう、燃えあがるような戦意はない。
あどけない10代半ばの少女。
そんな顔になっていた。
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