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29 卑しき黄金、輝く鉄 (1)

 全てを踏みつぶせそうな、古竜の巨体。

 それを見上げて、俺は笑った。

 でかいということは、売れる素材も山ほど取れるってことだ。


 俺はアルメアを連れ、木陰から街道に出た。

 こちらを発見するサンサドール。


「ほう……?」


 サンサドールの、うかがうような声。

 身をさらした俺たちに驚いたようだ。


 無防備に見えるだろうが、アルメアの守備は文字通り鉄壁。

 それに隠れていると、周辺を焼き払うかもしれない。

 そうなれば冒険者たちに被害が出る。


 サンサドールが、アルメアの顔に注目する。


「小娘。貴様、先ほども余のブレスを防いでおったな?」


「そうだけど」


「フホホホホ……!」


 おかしそうに笑う。

 響きには、上位者としての傲慢があった。


「なるほど、貴様こそが本物の勇者であったか。

 ならばこの“絢爛まとうサンサドール”が少々遊んでやろうぞ。冥土への土産として、光栄に思うがよい」


「すぐに遊んでなんていられなくなると思うよ」


「フホホホ。たしかに貴様は、それなりに強者なのではあろうな。

 しかしその強さに見合わず、身なりが汚すぎようぞ。少しは我のように、美しく飾ろうとは思わぬのか?」


 黄金の鱗が、マーブルめいて虹色に光る。

 ディオス戦で見せた、ダメージを受け流す魔力障壁だ。

 見栄えのためだけにわざわざ、魔力で無駄に光らせたようだ。


「見よ。余の黄金鱗の、なんと華美であることか! 貴様の無粋な鉄とは比べるべくもなし。

 これぞ生物の頂点に立つ古竜の装い、下々の上に立つ者の姿ぞ。これほどに尊貴な余へ目通りが叶っていること、二度となき僥倖と心得るのだぞ」


 おお……。

 冒険者たちがざわめく。

 バカみたいな言い草はともかく、たしかに強大な魔力だ。

 反応に気を良くし、笑うサンサドール。


「比して、無粋な鉄くずや粗末なボロ布を身に巻く貴様らの姿、実に滑稽であるぞ。そのような恥を余にさらすなど、不敬ですらあろうぞ」


「あいにく、ボクはそんなキンキラな格好、趣味じゃないんだ。

 ていうかその金色、魔力でごまかしてるだけじゃないか」


「アルメアの言うとおりだな。よくもだましてくれたもんだ。

 だいたい自慢げにメッキを光らせても、それこそ恥ずかしいだけだと思うが」


「げ、下男は黙っておれ!」


 下男呼ばわりされた。

 まあ装備がポーターのままだしな。

 戦闘員には見えなかったんだろう。

 おまけに他の連中に比べても、だいぶぼろっちいし。


「そ、それに余は、身体だけの装いを言うておるのではないぞ! 見よ!」


 正論で殴られたサンサドールは、少し声を荒げてそう言うと。

 ピィィィィ、と口笛のように甲高く鳴いた。

 それに反応してか、数十のワイバーンが集まってくる。


 青くなる冒険者たち。

 さっきまではただのザコだったワイバーン。

 だが、サンサドールが率いるとなれば油断はできない。

 それだけで町どころか、国すら滅ぼせそうな戦力。


 黄金の瞳が、俺たちを上から見下ろす。


「どうだ? 支配する者にふさわしい余なればこそ、これだけの数の竜種を従えることができるのだぞ。

 この誇らしき従者たちに比べて、貴様が従えている下男はどうだ? 見ている余が哀れに思うような、カス魔力しか持っておらぬようだぞ?」


「なんだって……?」


 横から剣呑な声。

 俺よりアルメアがキレ始めていた。


「そのような矮小な存在を従える貴様もまた、みすぼらしく見えてしまうというものぞ。

 そんなみじめったらしいゴミ虫などさっさと切り捨て、強者にふさわしい配下を……」


「その口を閉じろ!!」


 沸騰し、向かっていくアルメア。

 迎えるサンサドールの口からは、燐光が漏れている。

 またブレスか。

 しかし、黄金色の奔流が吐かれた先は。


「俺かよ!」


 反射的に飛びのこうとした。

 が、踏みとどまる。

 アルメアが前に立ってくれたからだ。

 うかつに動いたら、防御範囲からはみ出してしまう。


「くっ……! 【鉄の盾(アイアンシールド)】!」


 地面から生える鉄盾。

 それが、照射されたブレスを防ぎきる。

 しかしアルメアの顔には焦りがあり。

 サンサドールの顔には嘲りがあった。


「フホホホホ。せっかく余が間引いてやろうと思うたのだがなあ」


「ふざけるな! お前の相手はボクだ、ボクだけを狙えっ!」


「そう言われてしまうと、ますますからかってやりたくなるというものぞ」


 大きく息を吸う巨竜。

 首は正面ではなく、やや横を向いている。

 狙いがつけられていない。


 まずい。

 危惧が現実になる。


 サンサドールはブレスを吹きながら、ゆっくり首を巡らせる。

 周辺の木々を薙ぎ払う、広範囲攻撃。


「ひいいっ!」


「た、助けてくれえ!」


 隠れていた冒険者たちが、あわてて逃げだす。

 無防備な背中。


「アルメア! あいつらを守ってやれ!」


「【鎖帷子(チェインメイル)】っ!!」


 長い舌のように伸びたブレスが、冒険者たちを舐める前に。

 城壁かと思うほど長大な、鎖の壁が完成する。


 太く重い鎖で編まれた壁が、ブレスを受け止める。

 鎖壁はブレスの勢いに激しく揺れ、端々がちぎれていく。

 ……が、なんとかしのぎきった。


 鉄魔法には、大質量の実体がある。

 比べるとブレス攻撃は、非実体で圧力が強くない。

 そのため相性が良かったのだろう。

 役目を終えた鎖が、風に溶けて崩れていく。


「はあ、はあ……」


 息を切らすアルメア。

 大魔法で、魔力を大きく消費したか。


「そんなゴミどものために、なにを必死になっておるのやら」


「人間はゴミなんかじゃない!」


「余からすれば、どちらも大して変わらぬぞ……ああいや、違ったか」


 黄金竜はうれしそうに、ニタリと笑った。


「本物のゴミは焼いたところで、泣き叫んだりはせぬからなぁ。

 百年前のように多少は騒いでもらわねば、遊び殺しても興ざめというものぞ」


 百年前。

 大勢の犠牲者が出たという、西の帝国の災厄の話。

 こいつはそんな理由で、多くの人間を殺したのか。

 そして同じ理由で、今日もこうして、わざわざ人里に降りてきた。


 威厳あふれる巨体にふさわしいはずの、神秘的な金色の目。

 それは快楽に醜く濁って。

 俺たちを爛々と見下していた。


 古竜だの、伝説だの、尊貴なる支配者だの。

 さんざん物々しい言いようだったが。

 舌なめずりしているあの下品なツラには、うんざりするほど見覚えがあった。

 あれは欲望のままに狼藉を働く、スラムのゲス野郎どもと同じ顔だ。


「お前っ……!!」


 アルメアの全身から、殺意が噴き出る。


 当然だ。

 彼女は勇者。

 人々を守るために命を賭けてきた人間だ。


 決定的に相容れない。

 守るのではなく、遊ぶために人を殺す相手などとは。


「フホホホホ……! ゴミどもめ、みじめに焼け死ぬがよいぞ!」


 サンサドールは、楽しげにそう笑いながら。

 再びブレスを吐くために、黄金色の魔力を集め始めた。

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