2 光からの追放 (2)
「生まれも能力も何もかもが劣っている、卑しいクズ加護ポーターめ!
貴様は『追放』だ!!」
ディオスは実にうれしそうだった。
樹上から降りて近寄り。
右腕の腕輪を、見せつけてくる。
「見るがいい! 魔力を無限に回復できるというこの神器、“祈りの腕輪”を!
これさえあれば、もうクズ加護は用済みだ!
スラム出身の卑しい劣等者など、雇わなくとも済むわけだな! クハハハハハハハッ!!」
「ま、待ってくれ……。いったいどういうことだ」
「どうもこうもあるか! 今まで長い間、クズ加護の貴様を使うことを我慢してやっていたが……とうとうそのような不幸から解放される時が来たのだ!
伯爵家の当主でもあるこの私の高貴なるパーティに、無能で卑しい賤民の席などあるわけがないだろうが!」
醜い笑みだった。
他人を見下し攻撃するのが、楽しくて仕方ない。
そういう種類のよろこび。
そこに、横から声がかけられた。
「キャハハハ! ディオスのいうとおりだよねー! ちょっと魔力を補給するためだけに、ムダなお金を使わされるクズ加護だもん!」
「こんなクズ加護に高い給料払うくらいなら、あーしらに指輪のひとつも買っとくべきじゃね?」
「クズ加護はその名のとおりに、スラムでゴミ拾いでもしてるのが当然よ! 今までさんざん私たちの足を引っぱっていたんだから!」
戦闘から避難していた女どもが、姿を現した。
勇者パーティ―に所属する、3人の女冒険者。
はっきり言えば、ディオスの取り巻きたちだった。
「そんなわけあるか、俺はもらった給料の分はきっちりと働いて……」
「クハハハハ! この歴代最強の勇者たる私の慧眼をごまかせるとでも思ったか!?
貴様と旅を始めてからというもの、路銀の減りが異常に早くなっている!
これは卑しい貴様が私の目を盗んで、金を抜き取っていたということに他ならないだろうが!」
「んなバカな! それはお前の金遣いが荒いだけだ!」
このパーティの活動資金は、ディオスの実家の伯爵家から出ている。
路銀としては、バカバカしいほどの大金。
だがディオスは、放っておけばそれを数日で使い切ってしまう。
その無心のたびに旅が中断し、俺の給料も止められる。
なのでやむなく、俺がパーティの金を管理してきた。
だから俺には、こいつがデタラメを言っていると断言できる。
「俺は金で嘘をついたことなんざ一度もない! なにを証拠に、俺が盗んだなんて抜かしてやがる!」
「証拠だと? クハハハ、笑わせるな!
貴様はどこぞの町のスラム出身だと、自ら言っていただろうが!」
「それがどうした!?」
「それほど卑しい生まれの人間ならば、絶対に金をごまかしているに決まっている! そんなこともわからないのか!?」
「なっ……」
絶句。
呆然としてしまう。
その隙を突かれて。
「【電撃矢】!」
「ぐああっ!?」
ディオスが俺に、勇者魔法を撃った。
全身が痛みで跳ねる。
動けない俺から、リュックをむしり取るディオス。
「見ろ! やはり金も魔石も、たったこれだけしか残っていないぞ!
いくら真面目に働く演技をしていようとも、この私がその程度のことを見破れないとでも思ったか!? この卑しい盗人が!!」
「キャハハハ! クズ加護はやっぱクズだよねー!」
「クズ加護の今の真っ青な顔、マジ草じゃね?」
「当然よ! クズ加護のくせに最強の勇者パーティに寄生できていたはずが、こうして追放されるんだから!」
俺は、目の前が真っ暗になった。
10億ゴルドの借金。
一般人の生涯年収を、はるかに超える額。
それを、ようやく返し始められるところだったのに。
このままじゃ、俺は……奴隷落ちだ。
「実にいい顔だクズ加護! いつも生意気な貴様の、そのブザマな絶望こそが見たかったのだ!
他人をクズだと見下すこの瞬間こそが、この勇者ディオスがいかに優れているかを実感させてくれる、最高の快楽となる!!
そら、クズ加護らしくゴミでも食っていろ!!」
ディオスは動けない俺に、酒瓶を投げつけてきた。
「ぐっ……」
動けない体では避けられず、頭に受ける。
割れた中身で、髪も顔もびしょ濡れになった。
「クハハハハハハハハッ!!」
「キャハハハ!」
「クスクスクス……!」
「アハハハハハ!」
「…………」
地にはいつくばる俺。
手足も電撃でしびれ、動けない。
それを見下して、笑うディオスたち。
「クハハハ……! さあ、見たいものも見られたことだし、そろそろ帰るとするかな!」
ディオスは、リュックから翠色の宝石を取り出した。
帰還魔晶。
町へ一瞬で転移できる、使い捨ての魔道具。
250万ゴルドもするそれを、ディオスは惜しげもなく地面に叩き割った。
封じられていた魔力が、転移魔法陣を描き出す。
「もちろん貴様は置いていくぞ、クズ加護! 10キロの山道を、せいぜい魔物に食われないようにおびえながら帰るがいい!
クハハハハハハ!!」
高笑いとともに、転移していくディオス。
俺は地面にうつ伏しながら。
それを見送ることしか、できなかった……。
――・――
しばらくして、ようやく感電が抜けた。
「…………」
起き上がり。
沈んだ気持ちで、足を踏み出す。
高価な帰還魔晶はない。
あったところで、とても使う気にはならないだろうが。
スラム生まれの俺と、貴族のディオスの差を思い知る。
「くそったれ……。このままじゃ俺は、今月末には奴隷落ちじゃねえか……」
ディオスが俺に払っていた給料は、月100万ゴルドだった。
今月中に、せめてその半分は稼がなきゃならない。
でなきゃ利子すら払えず、ゲームオーバーだ。
そんなことになったら……!
「そしたらもう二度と、金を稼げなくなるじゃないか!」
夜中寝る前に手持ちの金貨を数える、あの瞬間のために俺は生きてるのに!
俺はごくありふれた苦悩に、心から嘆いた。
「……なにが勇者だ。もう二度と、あんなバカとは組まねえからな」
俺は、重い身体を引きずりながら。
何時間も帰路をゆく。
暗い密林は、先行きなんか見えなくて。
歩きにくさに、体力と気力が奪われていく。
それでも、立ち止まることだけはできなかった。
ようやく街道が見えてきたころ。
それ以外のものも、目に入ってきた。
「あれは……」
でかい狼の魔物が、誰かを襲っている。
おそらくは冒険者だった。
その手に持った剣は折れ。
全身もすでに傷だらけ。
なのに輝く瞳には、一片の恐れもない。
そんな、年端もいかない少女の姿が見えた。
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