14 嘲笑ディオス [三人称視点] (3)
若い冒険者は、険しく切り立った崖を見上げると、うれしそうに振り返った。
「ディオスさん、到着しました! ここがゴブリンのいる渓谷ですよ!」
「フン、みすぼらしい場所だな。わざわざこんなところの魔物を狩る意味などあるのか?」
「近くに鉱山があるらしいですよ。そこが襲われないように駆除するのが目的みたいです!」
口を開けば文句のディオス。
それに対し、案内役の冒険者はニコニコと答えた。
冒険者ランサ。
ギルドに案内役として紹介された、Cランク冒険者である。
背中には短槍。
その他に、大きなリュックを背負っていた。
今回は、ポーターの役割も負わされていたのだった。
しかしランサに不満はない。
むしろその目は、キラキラと輝いている。
その視線は、ディオスに熱く注がれていた。
「でも、俺なんかがあの光の勇者ディオスさんの案内をできるなんて感激ですよ!
俺、ディオスさんに会えるかもしれないと思って、つい最近引っ越してきたばかりなんです!」
本気の言葉だった。
Cランクからなかなか昇格できない自分。
それに比べてディオスはどうだ。
勇者であり、Sランク冒険者でもある雲の上の存在。
その肩書きを手に入れるのは、さぞかし困難だったにちがいない。
きっと自分などでは及びもつかないような、難しい試験があったんだろう。
そう信じて疑わなかった。
実際はそうではない。
過去の勇者のひとりが操ったという、“電光”の加護魔法。
それをディオスがたまたま生まれ持っていた、というだけだ。
「ほう、この私を追ってきたわけか! それは正しい選択をしたものだな!」
優越感をくすぐられて。
ディオスは、ニヤニヤと笑った。
「ディオスさんの実際の活躍も、たくさん耳にしてますよ!
海の悪魔クラーケンを一撃で黒焦げにした逸話! 1000匹ものオーガの群れを、たったひとりで全滅させてしまったメンティル平原の戦い! それになんといっても、聖剣がなければ倒せないと言われたライオデーモンを、武器など不要だと言って無手で倒したという伝説!
こんなに現実離れしたすさまじい冒険者がいるのかと、ずっと憧れていたんです!」
「クハハハハハハハハ!!
そのとおり! この歴代最強の光の勇者ディオスは孤高にして最強ッ! 我が究極の極大勇者魔法の前では、聖剣すらも鉄クズにすぎんのだ!」
「おおおお……!」
「私はこれまで、並みいる魔物どもをたったひとりで駆逐し殲滅してきた! たったひとりでだ!
このようなことが可能だった勇者が他にいたか!? 否! すなわちこの私こそが勇者の中の勇者! 伝説の中の伝説! 過去の勇者などもはや、ディオス・カーラントの優等性を証明するためだけの存在にすぎなくなってしまったのだ!
クハハハハ……クハハハハハハハハハハハハハハ!!」
絶好調に絶頂。
バサッ!
マントを、得意げに無意味にひるがえすディオス。
なお、これらの話にも誇張がある。
海中に潜むクラーケンには、電撃魔法をさんざん無駄撃ちをしており。
オーガの群れは100体前後だった。
聖剣についても、ディオスは必死に手に入れようとしていた。
優れし者にふさわしい装備だと言って。
が、聖剣側に資格なしと拒否され、触ることもできなかった。
そもそも剣術の心得さえないディオスなので、当然だった。
なので仕方なく魔法でゴリ押しして、ようやく勝利したのだった。
そして、これら全てに共通するのは――
ディオスひとりでは決して成し遂げられなかった、という点。
もちろんディオスは、わざわざそれを教えたりなどしない。
ひたすら気持ちよくなりながら、上から物を言うだけである。
「よかろう! では今日は貴様に、この歴代最強の勇者ディオスの戦う姿をたっぷりと見せつけてやろうでないか!
私がいかに優れた存在であるかを後世に伝える、語り部としての役割を与えてやろう!
深く深く感謝するがいい! クハハハハハ!」
「ありがとうございます!
俺、今日のディオスさんの戦いぶりをこの目にしっかりと焼きつけ、余すことなく学ばせていただきます!」
ランサの冒険者人生において。
忘れたくても忘れられなくなる冒険の一日が、こうして幕を開けた。
――・――
それからしばらく、時は経ち。
ディオスはいらいらと、ランサに険しい視線を送っていた。
不測の事態だった。
「おい! ゴブリンごとき、まだ見つけられないのか!?」
下を見下ろす岩棚に腰かけ。
偉そうに腕を組みながら、ランサを怒鳴りつける。
そのランサは地面にしゃがみこんで。
魔物の痕跡を、必死に調べている。
「すいません……。俺ひとりじゃ、なかなか手が足りなくて……」
「なんだ? 手伝わない私のせいだとでも言いたいのか?」
「い、いえ、そんなことは!」
「フン、なにもできないくせに口だけは達者だな。
私は勇者だぞ! 偵察などというつまらん労働は、断じて勇者の役割ではない! もちろん他の三人もだ!」
「は、はい……。あの、それじゃ今まではどうしてたんですか?」
「決まっているだろう。クズ加護にやらせていた」
「クズ加護……?」
「フン! 先日この私が我が栄光の勇者パーティから追放した、下賤な出自のポーターだ!
こういった子供の使いのような雑用は、よくあれに命じてやらせていたものだ!」
「えっ。ポーターなのに、偵察までこなしてたんですか?」
「ポーターとは、戦うでもなくただついてくるだけの怠け者だろうが。
ならば、せめてこの程度の雑事をやらせるのは当たり前だろう」
「いえ、ポーターがそんなことしたら、疲れて歩くことすらできなくなると思いますけど……」
「キャハハハ! 歩けなくなるなんて、そんなわけないじゃん!」
「あのクズ加護、いつも汗ひとつかいてなかったくね?」
「そうよ。クズ加護にできてたんだから、当然他のポーターだってそうなんでしょ?」
「まさかぁ。そんなことできるひとなんて、聞いたことないですよ。
ポーターの役割は体力をふりしぼって、仲間の荷物を背負ってやること。
そうして身軽になれるからこそ、他のパーティメンバーが役目を十全にこなせるんじゃないですか」
説明するランサ。
力説するでもなく、淡々としている。
冒険者としてはごく常識的な話だったからだ。
ディオスたちに、戸惑いの表情が浮かぶ。
「それなのに、みなさんがうっかり誤解するくらい、そのポーターさんは優秀なご活躍をされてたんですねえ」
「あ、あのクズ加護が優秀……だと?
そっ、そんなバカげた……」
「ええ、そんなバカげたことができるなんて、さすがは名だたる光の勇者のパーティメンバーです!
……ああ、でもディオスさんが追放したんですよね。
じゃあ優秀だけど性格がわがままとか、すぐ他人を見下すクセがあったとか、そんな感じですか?」
「う……む……無論だ!
どこぞのスラム出身で、とんでもなく金に汚くて卑しい、劣等者の見本のような存在だったぞ!」
意を得たり、とうなずくディオス。
この時、ディオスは特に嘘をついたつもりもない。
ランサの予想が、頭の中の真実と合致しただけである。
「しかもあれは、度を越した臆病者でもあったな!
クエストに出発するたびに、ポーションや帰還魔晶などの備蓄をしつこく何度も何度も確認していて……」
「え、じゃあクエストのための道具管理も、ポーターさんが?」
「なにをわかりきったことを。
ポーターが持ち歩くものならば、ポーターが自分で管理して当然だろうが」
「いえ、そういうパーティ指揮にかかわることはパーティリーダーが指示することで、ポーターに丸投げなんて普通は……。
……いや待ってください」
言葉を切るランサ。
イヤな予感がした。
「念のために聞きますけど、今日の道具管理はディオスさんがしてるんですよね?」
「は?
貴様、なにを聞いていたのだ? この優れた勇者である私が、クズ加護にやらせていたような卑しい雑事をするとでも?」
「えっ……じゃ、じゃあ今、ポーションは誰が持ってるんですか!?」
「そんなもの、私が持っているわけがないだろう。この歴代最強のディオスが傷を負うことなど、万に一つもありえないのだからな」
「キャハハハ! あたしももってなーい!」
「よけいな荷物とか持ちたくなくね?」
「当然、私だって持ってないわよ。そもそも私の回復魔法があるのに、なんでそんなの気にするのよ」
「そのとおりだ。ポーションの有無など、どうでもいい些末事だろう」
「…………」
ランサの常識からすれば、ありえない反応だった。
不測の事態はいくらでもある。
回復役の気絶、魔力切れ、パーティの分断……などなど。
そして、より最悪な可能性に気がつく。
大声をあげるランサ。
「き、帰還魔晶は!!
あれは絶対必要ですよね!? もしなかったらいざという時……!!」
「それはそうだな。
おい、帰還魔晶は誰が持ってる?」
「なーい!」
「なくね?」
「えっ、当然ディオスが持ってるって思ってたんだけど……」
「なに!? 誰も持っていないのか!?
ふざけるな、この私に歩いて帰れと言うのか! なぜ誰も出発前に確認しなかったんだ!?」
「ディオスだってしてないじゃん!」
「そもそもあーしら、どこで売ってんのか知らなくね?」
「クズ加護から荷物を取り上げたのはディオスじゃない! 当然その中にあるはずでしょ!?」
「それはあの場ですぐに使っただろうが! ええい、使えない連中め!」
ギャー! ギャー!
仲間割れ。
責任のなすりつけあい。
とても数々の功績を残した、ベテラン冒険者の姿とは思えない。
「…………」
ランサは騒がない。
だんだん不安になってきていたからだ。
帰還魔晶がない。
確かにそれは大ごとだった。
しかしそれは歩くのが面倒などという、のんきな理由からではない。
全滅の危機に瀕した時の保険がない、ということだ。
ディオスたちとランサの、認識のズレ。
それが、ランサに焦りのような気持ちを抱かせ始めていた。
「い、いや、だいじょうぶに決まってるか。
だって歴代最強の勇者、ディオスさんがいるんだもんな!」
不安なんておこがましい。
こんなのは、自分がディオスさんを信頼しきれていないだけだろう。
Cランク冒険者の自分が、なんて身の程知らずなことを考えてるんだか。
ランサはそう思い直して。
醜い罵りあいを聞きながら、魔物を探す仕事へともどることにした。
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