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会長の部屋は、教会の一番奥にある。

 ここに来るのは2回目だ。一度目は、この教会に初めて来たとき、会長がカソードの体のことを考えて初めて薬をくれた時だ。あの時のことは忘れない。会長はあの時から変わらない穏やかな笑顔で私達のことを見れくれた。


「入ってください」

 ドアをノックすると会長の落ち着いた声が答えた。

 部屋の中は昔と変わらない。古いけど手入れされたソファとテーブルの応接セットと、奥には会長の執務机が置かれている。会長はその執務机から立ち上がって私達を迎えてくれるところだった。

「わざわざ呼んでしまってすまないね。そこに座ってくれ」

 会長に進められて私達は、ソファに座る。

 綿が少し潰されてしまっているようだが、座り心地は悪くない。

「それで、会長! 話って何?」

「こら、カソード。落ち着きなさい」

「そうそう、あまり興奮すると体に障ってしまうよ」

 会長も向かいのソファに座る。

「話というは、是非カソードに正式に会員に迎え入れたい、ということなんだ」

「会員に?」

 カソードは嬉しそうに声を上げるが、私はカソードのように喜べない。

 正式に会員に迎えてくれるのは嬉しいけど、カソードの体のことを考えるととてもじゃないけれど、無理だ。どうして今になって、こんなことを提案してくれたのだろう。

「嬉しいんですけど、カソードは……」

「僕、会員になりたい!」

 私の言葉はカソードに遮られてしまった。

「今すぐに決めなくても構わない。せめて今日一日はよく話し合った方がいいだろう」

「会長……」

 やはり会長は、カソードの体のことも考えてくださっていた。私は少しでも会長を疑てしまったことを恥ずかしく思う。

「話はこれだけだけど、何か困っていることはないかい?」

「ありませんわ。心遣い感謝します」


 教会をあとにして、カソードは少し機嫌が悪くなった。

 こうやって感情的になるのは珍しい。

「そんな顔しないの。会長だって考えなさいって言っていたでしょう? きっとカソードの体のことを考えてくださっているのよ」

「わかってるよ。でも、お姉ちゃんは嫌そうだから……」

「嫌ってわけじゃないけど、会員になれば仕事をしないといけないのよ? 教会の手入れとか、そういった雑務をしないといけないんだから」

「でも、お金は貰えるんでしょう? お姉ちゃんに少しは楽させてあげられるかもって思ってるのに」

「うーん。それはありがたいけど、お金のことは心配しなくていいのよ。国家公務員だから給料は少なくないし、教会に通うようになってからは病院代をとられることもなくなったからね」

「それでも、お姉ちゃんに何か買ってあげたいんだもん! 美味しい果物とか、可愛い服とか……」

「え……」

 そんなことを考えていたのか。確かにここ最近来ている服は支給されている作業服と、教会に通うための白い服、それと何年前かに購入した無難な服が数えるくらい。教会に通う以外で休日に外に出ることがないから、特に不便に感じていなかったけど、女としては少し問題かもしれない。

 それに何よりカソードに追う思ってもらえていることが嬉しい。優しい男なんだから。可愛くてたまらない。


「そうだ。せっかく外に出たんだから、どこかに食べに行く?」

「いいの!? 僕、『祝福亭』のヌードルが食べたい」

「え、そんなものでいいの?」

「うん。やっぱり店で食べるのがいいんだよ!」

「本当に好きなのね」

 家でもたまに『祝福亭』のヌードルを食べている。デリバリーもやっているから、味自体は変わらないけど、やっぱり店で食べたいのだろう。


 ひさびさに来た『祝福亭』は、昔とちっとも変わっていなかった。

 私はいつものヌードルではなく、店でしか食べられないという激辛味噌ヌードルにした。カソードが注文したのは、いつもの醤油ヌードルと白身魚の餃子だ。

「ねえ、お姉ちゃん。よくそんな辛いの食べれるね。こっちまでなんか鼻がむずむずしてくるんだけど」

「え、でも、これよりも辛いのはまだあるのよ。あ、すみません。エプロンください」

 私は今日来ている服が白いということを思い出して、店員に紙のエプロンを頼んだ。激辛の中でも一番マシな辛さだけど、スープが服にかかってしまうとなかなか落ちない。

「はむ。むむ! この餃子美味しいよ。お姉ちゃんも食べてみて」

「じゃあ、1つ貰おうかな」

 私が餃子に箸を伸ばすと、カソードが餃子の皿を持ち上げ、邪魔する。

「えー、なんでよ」

「食べさせてあげる」

 カソードは悪戯っぽく笑う。

「……」

 その言葉の意味がうまく咀嚼できずに私は固まってしまう。

「はい、あーん」

 やはりそうきたか。

 店内には私たち以外にもお客さんがたくさんいる。もちろん、私達に興味を持って見ている人達なんていないとは思うけど、それでも小さい子にされるのは恥ずかしい。

「食べないの? あーん」

「食べるわよ。あ、あーん」

 ぱくっと餃子を口に入れる。うん、確かにこれは美味しい。

 こうしてみると、本当にカソードの体の調子が良くなって本当にうれしい。無邪気に笑う8歳の男の子はこれからの未来を楽しみにしているような、そんな幸福感に包まれている。

 このまま体の調子が良ければ、会員の件も受けてみ良いかもしれない。

 


 次の日、私はいつも通りに仕事をこなした。

 週明けの仕事というものはなかなかスタートをうまく切れないけど、昨日のヌードルも美味しかったし、そのあと少しカソードと一緒に庭の土いじりもした。その間もカソードの顔色もよく、明るく元気にしていた。

「今日はすごく機嫌がいいじゃない。なにかあった?」

「えへへ、実は昨日弟と一緒にお出かけしたので、それが嬉しくて」

「いいじゃないの。どこにいったの?」

 同じ職場のおばさんは、弟のことを知っている。実際には会ったことはないけど、この人にはカソードの話をするし、カソードにもこのおばさんの話をよくしている。名前はカナエさんだけど、カソードに話すときには「おばさん」と言っているから、私も自然におばさんと呼んでいる。

 本人にはおばさんとは言えないけど。

「昨日は、散歩して図書館に行ってから、弟の好きなヌードルを食べに行きました。その後は家でゆっくりとしていましたけど、楽しかったんです」

「ほえー、結構楽しんだみたいじゃない。私は休日はどこにもいけなかったのよ。夫は買い物に誘っても来てくれないから、休日でもなんか張り合いがなくって」

「でも、今度ディナーに行くって言っていたじゃないですか。羨ましいです」

「それが唯一の楽しみよ。それがなくっちゃこんな田舎でな到底暮らしていけないもの」

「そうですね。わたしも都会に行ってみたいです。お土産話期待していますね」

 おばさんの家族は来週、地方都市のレットに行くらしい。今の旦那さんと結婚する前に行ったことがある店の予約が取れたそうで、家族みんなで旅行がてら食事に行くとか。

 昨日みたいにカソードがずっと元気なら、旅行にいってみたい。

 夢物語なのはわかっているけど、夢を見るのはタダだ。いつかはそうなりたいと願うのも私の勝手だ。

「おや、もう昼休みが明けちまうよ。じゃあ午後からも頑張ろうね」

「はい、ありがとうございます」

 それから私は、いつも通りの仕事についた。10分おきにけたたましく鳴る電話と、ほとんど真っ黒になったカレンダーを見比べて、それがもっと染まっていくのでうんざりする。

 それの繰り返し。

 それが私の基本的な仕事。

 折角エンジニアになったけど、デスクワークが多くて退屈だ。


「お疲れ様でしたー」

「お疲れ様です」

 他の職員たちが返っていく中、私は明日の業務のために資料作成と、そのためのメールを送る。みんなが帰ってからの方がなんとなく落ち着く。家にカソードがいるから、1時間も残らないけどね。


 ピロン。


 珍しく私の端末の通知音がなる。カソードにも端末は持たせてあるけど、ほとんどカソードから送ってくることはない。

 なんだろう。


 確認すると、予想外の内容だった。


『エリシア・アーミスト殿

 昨日の件をこころよく受けてくれてありがとう。今日早速、カソードには仕事を与えた。彼には話したが、これは彼にしかできないことだから、会員になってくれて本当に助かる。詳しい内容はカソード自身から君に伝えたいということだから、言えないけど、きっと君も気にいると思う。

 それと、くれぐれも無理だけはさせない様にしてくれ。


 神の導きを。白の会 会長 カーター・リンゲル』


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