2 教会
サテライトの端に位置することろに、「教会」と呼ばれる、「白の会」の建物は立っている。
「白の会」の建物の周りにも、灰色に染まった建物が所狭しと並んでいる。清潔な空気の循環を確保するために、法律によって建物を建てる際には、サテライトの天井から10メートル以上の空間を確保しなければならないが、この辺り一帯の建物はそれを逸脱している。法律が整備される前に建設された建物がそのまま放置されているのだ。それはこの建物群が今は使用されていないことを表している。
以前は、この辺りは栄えていたのだろうが、今は誰も居住区域として利用しているものはいない。
「久しぶりの教会だからって騒がないでね。勝手に動き回らないこと」
「わかっているよ。でも、図書室には行きたい。いいでしょ?」
「いいわよ。借りたい本があったら、私の分まで借りていいからね」
手をつなぎながら私達は、教会へと歩みを進める。
「この教会の周りにもたくさんの花が咲いていたらきっと綺麗なのに」
カソードが残念そうにこぼす。カソードはとても優しい子だ。教会の周りに花が咲いていたら、会長を始め、礼拝に訪れる人たちも喜んでくれるだろう。神様もお喜びになるだろう。
「そうね。私もそんな教会を見てみたいものね。そのためにも、きちんと礼拝して体を治してもらわないとね」
「うん。久しぶりに来たんだからしっかりと礼拝しないとね」
無邪気に笑うカソードを見るのは、久しぶりな気がする。外(といっても、ここではどこに行っても配線がごちゃごやした天井があるが)に出られてとても嬉しいのだろう。
今日は私も、カソードも白い服を着ている。
いつもたいしてしていない化粧も、今日は整える程度にしかしていない。
『教会に来るときは出来るだけ清潔な格好で来る』というのは暗黙の了解になっていることである。私は地毛が青で、カソードは紺色なのだが、教会に来るときには黒に染めてきている。清廉な格好に身を包んで教会に来るというだけで、満たされた気持ちになる。本当にここは不思議な場所だ。
「おや、こんにちは。今日はカソードも来られたんだね。良かった」
教会に入ると、会長が挨拶をしてくれた。
「会長。こんにちは。こんなに元気になったのも会長に貰ったくすりのおかげだよ」
「こんにちは。わざわざ挨拶に来てくださってありがとうございます」
会長は穏やかな笑みでカソードをまじまじと見て、2、3回細かく頷いた。
「うんうん。それは良かった。そうそう、ちょうど、カソードにしかお願いできないことがあってね。エリシアも一緒に礼拝の後に私の部屋に来てくれないかな」
「うん! わかった! あ、でも、僕、図書室に行きたいんだけど……」
「それも大事なことだね。私は急がないから、図書室に行った後でいいよ。でも、忘れない様に」
「わかった!」
「わかりました。必ず伺いますね」
私達が了解の旨を告げると、会長は別の親子の挨拶へと向かった。
会長は忙しいはずなのに、こうやって訪れた人に挨拶をするなんて、本当にいい人だ。
礼拝の前には、会長や上級会員が、過去の戦争の際に「白の会」がいかにして人々の心の支えになっていたのかを話してくださったり、現在は神様は眠っていしまっているから人間は地下の世界に閉じ込められているが、神様が目覚められたら地上の世界を綺麗に再生しなおして、人間は本当意味で「神の子」として生きていけるなどの話をしてくださる。
内容はいつも同じなのだけど、会長や上級会員の言葉を聞けるだけでも喜ばしい。
話の後には、礼拝を一人ひとり行う。
座っている席順に順番に祭壇の目に立ち、会長や上級会員からの言葉を貰う。
私達は寄付するお金も少ないから、最後の方に礼拝することになっているが、寄付する額で会長や上級会員の態度が変わることはない。ひとりひとり礼拝と行うために、便宜上、順番が決められているだけだ。
『誰にでも分け隔てなく、与えること』
時間をかけて、私の礼拝の順番になった。
「エリシア、今日も来てくださってありがとう。あんたは人の役になっていますが、自分のことも大事にしてくださいね。きっと、弟のカソードもあなたの幸せを願っています」
「こんにちは、エリシア。あなたには『不幸を嘆くよりも、幸せを数えなさい』という言葉を送ります。それと変化を恐れない様に」
上級会員から言葉を貰い、祭壇について私はお祈りをする。
弟のカソードの病気が良くなりますように。
礼拝の後には、会長から言葉を貰う。
「いつもありがとう。ここに来てくれるだけで私は嬉しいですよ。元気な顔を見られるだけで嬉しいんです。あとでお願いしますね」
いつもの穏やかな表情で会長は言葉をくれる。
「いえ、私も嬉しいです。いつも気にかけてくださって、感謝しかありません」
「ふふ。大したことはしていませんよ。私に出来ることはあなたたちのことを気にかけることだけ。それと、薬を渡すことくらいです。これが今回の薬です。しっかりと検査キットも使ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
会長は私に紙袋を寄越してくれる。いつもの薬と検査キットだ。定期的にこうやって援助してくれている。
私は席に戻り、カソードの礼拝が終わるのを待つことにした。
今日は本当に調子がいいのだろう、カソードは終始笑顔で会長などから言葉を貰っている。こんなに調子がいいのはいつぶりなのだろうか。ずっとこのまま、元気なままでいて、病気が消え去ってくれればいいのに。ううん。良くなるはずだ。だって、毎週毎週こうやって神様にお願いをしているのだから。私達の願いを聞き届けてくれたのかもしれない。
「お姉ちゃん、どうしたの? 嬉しそうだね」
気が付くと、カソードが私の側に立っていた。
「ちょっと考えごとしていたの。調子はどう?」
「大丈夫だよ。ほら、ささっと図書室に行こうよ!」
私の袖を引っ張るカソードは、病気にかかる前のカソードのようだ。
カソードは図書館で植物に関する本と、料理の本を借りた。
どうして料理の本を借りたのか訊くと、いつかは野菜を作ってみたいと楽しそうに話してくれた。
数年前、この「白の会」を知る前のころ、入院させていた病院ではカソードの命は短いといわれた。その時は未来のことを考えるのが億劫で、明日が来ることも怖くてとてもじゃないけど、眠ることなんてできなかった。
今では病院から告げられた余命から、数か月たっている。今でもカソードがいなくなってしまうと考えると怖いけど、今日のカソードを見ると、病院なんかよりも「白の会」を信じてよかったなと思う。
楽しそうで、無邪気なカソードを連れて教会に礼拝に来ている。これだけで物凄い有難いことだ。
「ルル。この間はわざわざ家まで本を持ってくれてありがとう」
「いいのよ。カソード君も喜んでいたみたいでよかったわ。それにお礼を言うなら会長にも言っておいてね」
「会長?」
「会長から言われてあの本を持って行ったのよ。なにやらカソード君には必要だからって言っていたわ」
「そうなのね。会長は本当に私達のことを考えてくださっているのね。これから会長のところに行くから、そこでお礼を言うわね」
「それがいいわ。今度私の家でお茶しましょうよ。カソード君も具合がいいみたいだからたまにはいいんじゃないかしら」
「その時はよろしくね」
「お話終わったー?」
本を抱えたカソードが私達の会話が終わるのを待っていたようだ。
「ごめんね。本重たかったね。それじゃ、会長のところに行きましょうか」
「うん! お話ってなんだろうね。昔の聖戦のお話かなあ? 楽しみ」