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六畳異世界談話  作者: いちね
9/12

昔話ー1

 彼が意識というものを得たとき、最初に思ったのは窮屈だなということだった。


 肉体という枷に嵌っているというわずかばかりの不快感を得て、取り敢えずはこの重鈍な物を動かそうとして出来なかった。


 動かすだけの筋力が無かったのもそうだが、彼は目を開けるという行為をしなければならないということに最初は気がつかなかった。


 視覚情報を得るためには目を開けるのかとわかったところで、瞼を頑張って動かしてわずかばかり目を開けた。しかし、肉体の方も精神体の方もその眩しさを今迄感じえなかったので飛び込んできた痛いくらいの光にギュと目を瞑った。


 他の皮膚感覚や聴覚などの五感も慣れていなくて彼には煩わしかった。ので、この肉体を軽くいじって使いやすくした。


 そうしてわかったことだが、煩わしいと思ったのはこの身体に繋がれているチューブであったり、体系づけられた言葉で周囲で話している他の生命体群であることだった。


 とりあえず彼は起き上がった。邪魔になったチューブは外した。その際、液体が周囲に散らばる。


 途端、周囲の雑音が大きくなる。ぐるりと彼は雑音を発するものを見渡した。


 なぜだか、それらは似たような白い服を羽織っていた。そういう習性もつ生き物なのかと研究服について知らない彼は結論付けて、室内で裸で寒々しさをかんじていた彼はその生き物が喋っている言語に合わせて初めて言葉を発した。


「寒いのでその服を貸してほしい」


 彼らは一瞬静かに驚愕し、そうして盛大に歓喜した。「成功だ!」「実験は成功だ!」急に煩くなった彼らに眉を寄せた。


 そして今度は横からふわりと肩に柔らかいものがかけられた。


「申し訳ございません。お召し物をご用意していなくて、すぐにご用意いたしますので此方で一時お待ちいただいてもよろしいですか」


 女性の研究員が話しかけているのはわかったが彼はそれどころでは無かった。


 肌触りが柔らかくまたゆっくりと包まれた部分が暖かくなっていく感覚に彼は感激していた。


 彼は後にそれが毛布というものであることを知る。






 それから数ヶ月後彼はその施設で過ごしていた。


 当初はさっさと自死でもして重たいガワを捨ててしまおうと考えていた彼だったが、あの毛布の感覚、その後の他の経験から肉体でしか得られない感覚に楽しみを見出していた。


 対価として色々と彼らの実験に付き合っていたが、その時感じる不快感も受肉したから得てしまうものだと納得していた。


 ある日彼は廊下を実験室帰りで廊下を歩いていた。起きてすぐの頃はどこへ行くにも二、三人が一緒にいたが今は彼が何処にも行く気はないことが分かると手首に位置の把握と身体の数値を定期的に図るための機械が巻かれるのみだった。


 いくつかの部屋を通り過ぎて自室へと戻るのだが、その日はいつもとは違う気配を感じて足をその一室でとめた。彼は自分と同類の気配を感じたのだった。


「ん?」


 しかしその気配も弱々しいもので彼自身のように完全に受肉したわけではないようであった。ちょうどその時その部屋から研究員が出てきたので呼び止めて部屋に入れてもらう。


 部屋に入るとそこに居たのは彼と同じくらいの背格好の女の子だった。彼の自室と同じ間取りでスチールベットに腰掛けた少女は新たな訪問客にきょとんとした。


「えっと、こんにちは」


 戸惑いながらも優しく笑って挨拶をする少女。セミロングの()()が頭を下げたときに肩から落ちる。その様子を彼は無言で見ていた。


「……」


「……」


 しばらく互いに無言だった。黒髪の少女の方は居た堪れない空間に困惑した顔で彼の次の動作を待った。そして漸く彼が口を開いた。


「君は……」


「はい!」


「人間なのだな」


「?えっと?」


 彼はため息を吐いた。それに何か彼にため息を吐かせる吐かせるようなことをしたのだろうかと黒髪の少女はすごく困った顔をした。とりあえず彼の言葉の誤解を解くことを選んだ。


「あの、私は人造人間ですのでその、人間ではないのです」


「違う」


「え?え、でも」


「人間だよ。君の有り様は間違いなく」


 彼は落胆をかくせなかった。そんな自身の反応に期待をしていたのだと彼はその感情に納得した。どこかで同じ神としての立場の仲間が欲しかったのだ。


 仲間を増やすのは簡単だ。神と人間の世界の境界を無くせばいい。彼はそれを成すための力を持っている。特に今は自身が受肉しているのでその境界は滲んでいる。しかしそれは()()()()()()()()と理性の先本能で警鐘を鳴らしていた。


 なぜしてはいけないのか、それは彼にも分からなかった。ただ、それだけは絶対にしてはいけないのだと本能に刻み込まれていた。だから、研究員たちに他の神も呼べないかと言われた時に断固として断ったのだ。


 それでも感覚として同じ神たちが境界の向こうにいることを淋しく感じてしまう。以前の彼には無かったものだ。


 だからこそ、期待を込めてこの部屋に入った。しかし、黒髪の少女にあったのはいずれかの神の指先が境界を超えて掠っただけの残滓のみだった。力だけが少女に僅かにとどまっているだけだった。


「邪魔をしたな。検査の後だったのだろう。ゆっくり休むといい」


「あ、はい。ありがとうございます。――すみません。最後に一つだけいいですか!」


「なんだ」


「私は本当に人間だ思いますか?」


「何を当たり前のことを」


「でも、私は人造人間として生まれてきて」


「そんなことは関係がない。どのようにあるかでその者が決まる。だからこそ、君は人間で違いがない」


「人間って思ってもいいんですね」


「以上か。では失礼する」


「はい、ありがとうございました」


 この一件以降、黒髪の少女は彼になるべく会いにきた。彼にとってはその他の有象無象の人間と変わりがないので返事はするが興味は失せていた。


 ぞんざいに扱われながらもそれでも黒髪の少女はにこにこと笑っていた。他の研究員に人間のような行動をすると気味悪がられても、他の者との交流を止めようとはしなかった。


 そのような月日が二年ほど経った。

次回8月27日更新予定

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