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六畳異世界談話  作者: いちね
8/12

なぜ彼女らはうまれたのか

「一言で言えば彼は戸惑っていた」


「戸惑っていた?」


「そう。戸惑っていた」


 戸惑ったのはその言葉を聞いた彼らの方だったが、男性が長年の熟慮をもってその考えに至ったというのは発する重みで分かった。


「何に、彼は……?」


「今の神々は全員が全員、受肉体だ。つまりは神の精神と人間の肉体を持っていることになる。そうですよね」


 男性が神に確認する。神は鷹揚に頷いた。


「神としての本質は無機質なもので、でもそこに有機質としての人間の感覚がきてしまったわけだ。混ざり合わないはずのものが一緒になったのだから、受け入れられないのも分かるだろう?」


 彼以外の2人が納得したような声をあげた。しかし彼にはいまいち理解し難いものだった。水と油のように混ざらないものが無理矢理混ざってそれで齟齬が出たと言うのは彼にもなんとなく感覚としては理解ができた。けれどもそれが、それだけがあちらの世界から逃げ出したのだとは彼には思えなかった。


 前世の自分だから、なのかもしれないしどうやら長い間は問題なく過ごしていたような話を聞いていたから違和感を感じた、のかしれなかった。


 どちらにしろ彼にとってはその端的な回答だけでは納得しかねた。


 彼は同じ状況で同じ感覚を持ったであろう神に尋ねてみようと思った。が、いざ自分の言葉で纏めて尋ねてみようとしても上手く出来なかった。頭の中でぐるぐると聞きたい単語は薄ぼんやり浮かんではいるのだが、文章にするには纏まりがなさすぎた。


 そんあ眉を寄せて悩んでいる彼の様子を見た神は彼が何で頭を悩ませているのか分かったらしかった。


「確かに神とは事象そのものだからね。人間なんて道端の石同然のものに入れられた挙句、その入れられたものの神経回路やらなんやらで完璧にあったはずのものが崩れてしまった感覚に得た感情でもって対処してしまうのは分かるよ。ほら、あの受肉したての頃の暴走、思い出すよね」


 それで思い出したらしい異世界の三人は三人とも苦虫を潰したような顔になった。どうやら大変なことが起こったのは彼も分かった。神の方は思い出し笑いしてあれも面白かったねなんて言ってはいるが。


「私たちにも齟齬によってどうしようも無い感情に溢れてちょっと世界を滅ぼしかけたけど、それでも世界そのものから逃げるほどではないね。それだけじゃあ」


「え、世界を滅ぼしかけたわけ……?」


「ちょっとね、ちょっと。感情に振り回される人間の子供の癇癪と一緒だよ。しばらくしたら落ち着いたし。人間が大変だっただけだよ」


「えぇ……」


 彼は神のスケールの違いさに引いた。そして、前世が神だったということを考えるとこれは本当に理解できるのか彼は少し不安になった。


「まあそれはともかく。で、別にあるでしょ。そのために時間の神に頼んで時間を作ってあげたんだから気にせず話しなさい」


「……はい」


 気にせずとか言いながら神から出される無言の圧力に画面の向こうの男性は観念した返事をした。


「兄さま……」


「気にするな。もう、終わったことだ」


 猫型の子の語尾は震えていた。心配しているからだけでない。恐怖に怯えるような声だった。


 そのような声を聞いたことがなくて、彼は猫型の子の方を見やる。彼女の顔は青褪めていた。猫耳は垂れ下がり、尻尾は体の間に隠されていた。


 ネットで猫の気持ちがわかる仕草について調べていた彼は猫型の子が本当に怯えていることを悟った。


 横に座っている青髪の子が猫型の子を案じて固く握りしめられた手を優しく包み込む。


「お前は席を外しておくか?」


 男性が妹を気遣い一等優しく聞いた。それにふるふると彼女は首を振り、一度深呼吸をすると顔を上げた。


「いいえ、兄さま。大丈夫です。同席いたします」


 覚悟を決めた顔だった。その顔を男性は数秒じっと見つめた後ふっと笑った。そんな顔も出来るのだなと彼が思ったすぐ後に仏頂面に戻った。


「では彼が戸惑った原因について話そう。もう君も話を聞いているとは思うが、我々獣人は人間と他の動物との合成獣(キメラ)だ。当然、人体実験というのがある。そして、不思議なことにこの合成獣は人間の技術では生まれて数年経った人間でしか成功しなかった」


 男性の言葉を飲み込むにつれ彼はその事実に開いた口が閉じなくなった。猫型の子はだからこそ最初に怯えたのだった。消えるはずのない肉体に刻まれた苦痛を思い出すから。


「そう。我々は意識というものを獲得した上で激痛の走る実験を行われた。そもそもこの実験は当初は当然ながら細胞レベルの段階で行われていた。成功例はなかったようだがね。それがなぜ生きた人間で行われたのか。いや、なぜそちらでは成功すると考えたのかという疑問提起が正しいか」


 彼は視線を下へと徐々に下ろしていった。代わりに隣からの二人の視線が水鏡から彼へと向き始めたのを見ないまでも彼には分かった。


「そう。そうなるようにしたものがいた。それが君の前世である境界の神がやったことだ。混じり合わないはずの細胞同士の境界を無くした。頼まれたと言ったがね」


 冷や汗が流れる。体がすうっと冷えて耳鳴りもする。床を見ているはずだが焦点が合わない。


「最初、彼は神らしく感情がないように見えたし人間を人間として認識していたかも怪しい感じだった。――いやあなたが先ほど人間なんて道端の石と言われていましたね。実際そうで、だから言われたからやっただけに違いはないのだろう。ただ、最初はそうだったとしても彼には人間としての感情が生まれてしまった」


「仕方がない。この姿になった時には自動でついてくるのだから」


「ええまあ。ただ彼は感情を得てしまったことにより自分のしたことに耐えきれなくなったらしかった。だから彼はあの世界から逃げ出したのだと」


「へー」


 すでに興味がなくなったらしい神はどうでも良さそうな声を出した。


「やはり優しい方だったんですね」


「どうしてそう思う」


 青髪の子がいう言葉に低く暗く猫型の子は食いついた。


「苛まれるほどの心をお持ちなのですから」


「人間的な神だったってか。じゃあ私たち経験したものはどうなるっていうんだ……!」


「確かにそれは許されないことだとは思います。あなた方も一生許さないと思いますしそうであっていいと思います。ですが」


「ですがなんだよ」


「その感情は今のこの方には向けるべきものではないとも思うのです」


「あ!?なんでだよ!」


「それは親の罪を子にも負わせることと同じだと思うからです」


「こいつはこんな姿にした神と一緒なんだぞ」


「今のこの方はこの世界で過ごしたものしか持ち得ていません」


 三人の話す声が彼には何かに遮られているかのように遠く、くぐもって聞こえた。彼は未だ顔を上げることが出来ない。


「――分かった」


「話は以上だね。じゃあ解散だ」


 苦しげに出した猫型の子の答えに神はもうこの集まりを終わらせたいらしく二人を立たせて帰らせようとする。


「君もごめんね。手間取らせたね」


「いいえ。そこの青髪の子、悪いが妹を頼みたい」


「勿論です」


「有難う。では失礼します」


「うん。じゃあね〜」


 神は手を振って水鏡を消した。そして顔を伏せたままの彼の肩にぽんと手を置いた。そして意識が遠のいている彼の耳元に口を持ってきて言った。


「参考になったでしょ。もう考えておいてね、君たちが思っているよりは時間が無かったということで」


 聞こえているかどうかの確認はせず、ふらふらと歩く猫型の子を支える青髪の子に向かってじゃあまたねとだけ言って瞬時に消えた。


「ごめんね。階段の所で少し待っていてもらえる?」


 部屋から出る前に青髪の子は猫型の子にそう聞いて頷きが返ってきたので、壁に手を遣らせて自身は彼の元へと戻ってきた。


 そっと彼の元で屈んだ。


「気にするなというのは大変難しい事だとは思います。それでも私たちにはこちらで過ごした時間があってそこでの経験は裏切らないものだと思うのです。だから、彼女もあなた様の全てを責めることはないと思います。ただ、しばらくは距離を置いた方が良いと思うのです。距離も時間も」


「……」


「私にはきっとあなた様の今のお気持ちに寄り添える資格はないでしょう。けれども、私はこちらに伺います。会いたくないというのであれば追い返していただいても大丈夫です」


「……」


「それでは今日は失礼します」


 お辞儀をして青髪の子は立ち去った。


 その後彼は夕食を断り、あまりの様子に家族に心配されながら部屋で寝込んだ。


 ――そして熱にうなされながら彼は夢を見た。

次回8月19日更新予定

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