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六畳異世界談話  作者: いちね
2/12

学校ってどんな感じ

 二人の話を聞いて前世の自分が大変なことをやらかしたというのは分かった。聞いた瞬間はファンタジー世界を創ってしまうなんて現実味が薄いことで、いやこの現状も大分現実味はないが、あわあわさせられた。


 が、ある程度落ち着くと彼は腕を組んで唸った。今の自分には前世についての記憶は全く思い出せないし、そんなことをやらかした記憶もないわけだし、だという彼女らは僕を彼女らの居た世界に連れていくとかいかないとかの話をこちらの意見を聞かずに勝手に話している。これはどうかと思うのだ。そのようなことを彼は思い、他に言うべきことも思い当たらなかったのでそのまま伝えた。


「あのさ、僕の前世がまあそんなヤバいやつだったのかもしれないけれど、その前世のことなんて何も思い出せないし、何なら今起きていることが白昼夢なんじゃないかって思っているし。だから、はっきりと言って異世界に行くとか行かないとか勝手に言われても困るですよね……って話、なんですけど……」


 勢いよく言い始めた彼の言葉は尻すぼみになり、上げていた彼の顔は段々と下へと向いていった。


 それを聞いていた青髪の子がしゅんと項垂れていったからである。そんな彼女を見て猫型の子はふんと鼻を鳴らした。


「それは当然の話よ。あなたはこの世界で第二の人生を送っているのだもの。つまりはこっちには来ないというわけよね」


「えッ、うん、まあそういう事になりますね……?」


「なんで疑問形なのよ。……じゃあ、ここでさよならね。お邪魔しました。こいつを無理やりにでも連れて帰ってもう二度とお邪魔しないことにするわ」


「すみません!それは承服できません!」


 猫型の子が立ち上がって、青髪の子を立たせようとした。しかし、彼女は大きな声を出してそれを拒絶した。今度は猫型の子が「はあ!?」と大きな声で苛立ちを露わにした。


「ふざけんな!こっちはあんたらのせいで迷惑を被っているわけ!なのに、まだ駄々こねるわけ!?」


「それについては弁解できることもありません。……けれども、ここで帰ってしまったら私は、私たちは終わってしまう!傲慢だとは思います。けれども引き下がることは出来ません!」


 そう互いに叫ぶとこの六畳という狭い部屋で小さな間合いを取り合い、武器を手にした。またしても一触即発の雰囲気に戻った。


 そして、ここに一石を投じたのは暇を持て余して勝手に彼の本棚から漫画を借りて読んでいたまたしても自称神の男性だった。


「あー、盛り上がっているところ悪いんだけどそんなポンポン世界間を渡れないからね。今すぐ戻るとか到底無理。それよりもさー」


 漫画からは視線を外さずに男性は話の流れについていけずぽかんと口を開けていた彼を指さした。

 

「少なくとも彼は問題なく話せているわけだし魂に問題はないよね。あとは今の外側の彼がどう決断するかどうかなわけ。つまりさー、そんな風に詰め寄るんじゃなくてもっとこっちの世界の話とかして説得なりなんなりすればいいじゃないの。若々しい短慮もいいけどさ」


 そう言い終わって、読み終わった本を棚に戻しながらこれの続きはないのと彼に尋ねた。テスト終わってから買うつもりだったのでないですね。そう返すとえーと言いながら、男性はほかの本に手を伸ばした。――いや、まあ別にいいですけどね。勝手に読んでも。この傍若無人さは神様だからなのだろうか。

 

 彼が男性に呆れていると青髪の子は銃を下し剣呑な雰囲気を静め、彼に向かって頭を下げた。


「確かに、このような僅かな話からあなた様を連れて行こうなどとの意識を尊重していませんでした。申し訳ありません」


「え、いやそんな畏まるようなことではないから」


 男性にどれがおすすめと聞かれて答えていた彼は急に頭を下げられたことにあたふたして彼女の顔を上げさせた。彼に言われてがばっと勢いよく顔を上げた彼女はその勢いのまま再度床へと座った。そして彼を見上げた。


「つきましては、ご説明させて頂きたく。お時間よろしいでしょうか」


「ちなみにどれくらいかかりそうですか?」


「わかりかねます。全てお話させて頂きたいのですが、そうすると数時間には及ぶと思われます」


「じゃあお時間よろしくないです」


「えッ!」

 

 いざ説明をと勢い込んでいた彼女はすげなく彼に断られ、そのまま固まってしまった。


「僕、テスト勉強一夜漬け派だから明日のテストのために勉強したいんだよね」


「あ?学生なのか?」


「あ、はいそうです」


 青髪の子を嫌そうに見ていた猫型の子が彼の話に反応した。最初に話した時とは違い、青髪の子とのやり取りのまま少し乱暴な口調になっていた。それに驚いた彼は逆に敬語で返した。猫型の子はそのまま何往復が彼の全身をじろりと見て、けげんな顔をした。


「頭、良さそうには見えないな」


「いや、だから一夜漬け勉強派なのでそんなによろしくはないです」


「あ?なんだ、一夜漬け勉強って」


「テストの前にテスト範囲を一夜で頑張ってテストに果敢に挑もうとする勉強法で」


「あ?テスト前だけ勉強してどうするんだよ。勉強じゃねえじゃん」


「おっしゃる通りです……」


 ばっさりと切り捨てられた彼は返す言葉もなかった。それまで早くこの空間から立ち去りたいオーラを滲みだしていた猫型の子は「ふーん」と言って彼の机に近寄った。机の上には彼が先ほどまで悩まされていたどことはしれない言葉が書かれたノートが広がっていた。それを見て猫型の子は軽く驚いた。


「なんだ。こっちの世界も共通語使うのか」


「共通語?」


「あー、あれだ。さっきこいつが言っていたやつ。世界の変革な」


 未だ固まったままの青髪の子に向かって親指で示して彼女を見てはぁっとため息をついた。手を下ろして彼に向き合って話を続けた。


「その時に世界中の国の言語が統一されて、お前がここに書いている言語。便宜上皆共通語と呼んでいるやつな。それを使ってんだよ。それがこっちの世界でも使われているとは意外だ」


 感慨深く言う彼女に大変申し訳なく思いながら彼は否定の言葉を出した。


「それ、違います。僕が最近悩まされているやつで日本語、僕が今暮らしている国の言葉のなのですが、その日本語がその共通語?に勝手に脳内で入れ替わるんです。ついでに文字も浮かび上がって見えるから困っていて。で、どうにかして解決しないかなあと思ってそこに書き出しただけなんです。まあ前世の言語だったみたいですけど」


「あ?なんだその症状」


「分からないけど、でもそれで悩んでいたらこういう状況のなったからまだ解決してないです」


「あーそれは副作用だね」


「「副作用?」」


 猫型の子と彼と言葉が重なった。答えを示した男性はそ、とおすすめされた漫画を読みながら言った。ちなみに青髪の子はまだ固まったままである。


「さっき魂の話したじゃん。探すためにこっち来て私が色々したからそれに君の前世の魂が引っ張られたんだろう。だって共通語って世界が変わったときに勝手に世界中の言語がそれに代わってしまったものだからね。それってようは前世の君がそうなるようにしたってことだから、魂で覚えていても不思議じゃないし。それが変に出てきたのだろうよ」


「なるほどな」


「えー前世の僕ってそんなことまでやってんの?」


 納得する猫型の子とは違い、彼は前世の自分の壮大なやらかしに若干引いた。


「だけどおかげで今問題なく会話出来ているわけだしまあ良かったじゃん」


「そう言えばそうですね」


 普通に会話していて気にしていなかったが、確かに異世界人同士で会話は普通成立しないだろう。言葉が違うのだから。彼が納得しているとここで青髪の子が漸く意識を元に戻した。そして、自分抜きで何やら和やかになっている雰囲気に困惑した。


「えっと、皆さん仲良くなられています?」


「あぁお前がいなかったからな」


 柔らかくなっていた雰囲気をまた鋭いものにして猫型の子が青髪の子にそう吐き捨てるように言った。それに青髪の子は項垂れた。本当に仲が悪いなこの二人。


「えっと、僕が学生ってことになんか食いついてくれて」


「おい、食いつくってなんだその言い方は」


「あ、はいすみません」


 睨みつけられて委縮した。青髪の子は彼の発した言葉に目を瞬かせた。


「……学生さんなのですか?」


 そして先ほどの猫型の子と同じように彼の全身を何度か見た。一体、なんだというのだ。しかし、怪訝な表情を見せた猫型の子とは違い、こちらは尊敬の目で彼を見つめてきた。


「学生なのですね!なんと頭のよろしいことでしょう!前世でもそうでしたがやはりこちらでもそうなのですね」


「あ、いやそんな風に褒められて嬉しいけど、実際はごめんなさい。違います」


 手放しで褒めてくる青髪の子に照れながらも彼は即座に否定した。青髪の子はそれに首を傾げた。どうやらあちらの世界とこちらの世界では学生の立ち位置がどうにも違うようだった。それは猫型の子も思ったようだった。


「たぶん、学校のあり方がこっちと違うのだろうな。おい!」


「はい!?」


「この世界じゃあ学生はどういう風になるんだ」


 机に腰掛けながら話せと威圧してくる。そんなことしなくても話すのだが。しかし頭でいったん考えてみるがうまく説明するのは意外と難しかった。しどろもどろになりながらなんとか言葉を紡いだ。


「えーと国で学校制度は違うから、この国ので話すけど、まず義務教育って言って一応無償である程度の年齢まで国が教育を受けさせてくれるのがあるんです」


 そこでちらりと二人を見る。口をはさむ様子はなく彼を見て静かに聞いている。きちんと話終えるまでは聞いてくれるようだった。その二人の様子に余計に緊張しながら彼は続けた。


「で、そこからは受験して高校に入って勉強してそこから進路をさらに勉強するところの大学にいくか就職にするかを決める、みたいな。僕が今いるのが高校で、だから一応勉強しているというか」


「その高校では受験すれば誰でも入れるのか?難易度は?」


 猫型の子が尋ねる。


「受験して点数がいい順に定員数分合格させてもうって感じかな。難易度はピンキリで上は見上げるときりないし、下も見るときりがない。ちなみに僕は地元の普通の高校。良すぎないし悪すぎない」


 そう答えると二人同時に反応が返ってきた。


「違うな」


「違うんですね」


 同時に答えたことに腹が立ったらしい猫型の子は青髪の子を睨んだ。それに青髪の子は悲しそうに口を閉ざした。先ほどから殺気とは違ったことで胃が痛くなってきた。間を取り持つように彼は猫型の子に聞いた。


「えっと、じゃあそっちではどうなの?言語が統一されたと言っていたけど学校も全部同じなわけ?」


「まあ流石に学校制度は細かい所は各国で違っていたな。だがまあ、義務教育期間があるのはそちらと同じだ。だが、その後が違う。義務教育期間中に成績が良かった者しかお前の言うところの高校と大学に行けない。それ以外の者は全員職業訓練校に通って就職だ。ある国だとパトロンが居なければ勉強なんて出来ないという国もあったな。まああれは特殊だけど」


 話で聞く異世界事情にへえと妙に感心した。


「え。じゃあ部活とか文化祭とかないんだ」


「あ?なんだそれは」


 言葉自体初めて聞くらしい。青髪の子も不思議そうにしている。本当にないんだなあ。


「部活がスポーツとかしたいこととかある人が同じ気持ちを持っている人たちと集まってやる学生の集まりで文化祭が学生全員でするお祭りみたいなものかな」


「なんだそれは」


 去年の文化祭を思い出して楽しかったなとか思っていたのに心底理解できないという表情で同じ言葉を繰り返されてしまった。その表情に変に誤解されたかなと思って更に言葉続けた。


「いや本当楽しいよ。部活は入っていないからちょっとよく知らないけど、文化祭は本当に楽しいから。片づけは面倒くさいけどさ。でもそれもまた楽しさというか」


 彼がそう言い募っても猫型の子は眉をひそめるだけだった。


「それのどこに学業と関わり合いがある。スポーツならばスポーツ専門のところに行けばよいだけだし、お祭りを学校でやるというのが分からない。祭りは街ぐるみでやればいいじゃないか。そんなことに手間暇と時間をかける意味が分からない」


「それはそうだけどさ……」


 そういう事ではないんだよなあ。そう思ったが猫型の子の中では学業とそれ以外のことは分けられるものらしかった。もっと説明してもよかったが、そういう反応をされるともう言う気にはなれなかった。


 ただ猫型の子はそうだったが、青髪の子はくすりと笑った。この子まで馬鹿にするのだろうかと彼は身構えた。けれどもそれは杞憂だった。


「私にもどういうものかは想像でしかできませんが、とても楽しそうに話されていてあなた様にとっては良い経験であったのですね」


 まるで自分のことのように幸せそうに彼女が話すものだから、彼は顔を赤らめた。


 そのやり取りを見て猫型の子は最初何か言おうとして口を開けたが音は出ず、口を閉じて数秒後はあと息を吐いた。それにびくりと青髪の子は肩を震わせた。


「あーごめん。別にお前の世界のことを悪く言うつもりはなかった。ただちょっと考えていること違ったもんだから、気分が悪い態度をしちまった」


「いやいいよ。住む世界がまず違うんだし」


 彼が手を振って答える。その次に猫型の子は青髪の子を見たが口をもごもご動かした後何も言わずに顔をふいと背けた。どうやら仲はなかなか縮まらないらしい。


「うーん、若いねえ」


 それまで漫画を読んでいて沈黙を保っていた男性がにやにや笑って言った。それに面白いぐらい三人とも驚いて男性の方を一斉に向いた。完全に意識の外に男性をやっていた。


「定命の者は面白いよねー。見てて」


 そう言って笑みを深めるものだから背中に悪寒が走った。生物としての在り方が違うが故だろうか。


「申し訳ございません!ご不快な思いをさせてしまいましたでしょうか」


 青髪の子がすぐさま反応した。


「いや、別にそんなことないよ。君たちは面白いし漫画も面白いし。また明日も来ようねー」


 そう言いながら手に持っていた本を本棚に戻している。その行動を目で追っていてある言葉に引っかかった。


「また、明日……?」


「そう、明日も来るね。……あ、もしかして私たちここにお泊りするかと思った?さすがにそんなことはしないよ」


 そう言ってけらけら笑う男性。そういえばそうだ。男性の話だとしばらくはこの世界に留まるとのことらしいから宿泊地は必要になってくる。ここに急に泊まられても確かに困る。


「心配もしなくても大丈夫だよ。そこらへんちゃんとしてきているから。うーん、ただの者たちにここまでしている私ってすごく優しい。ね、君たちもそう思うよね」


「はい!」

 

 青髪の子は笑顔で頷いた。猫型の子もしぶしぶといった様子で頷いた。


「よし。まあこれからお邪魔するけど、こうやって話して互いの仲を深めていくといいよ。そうすればどうすればいいのか、自ずと君たちの中で決まってくるでしょ」


 お邪魔するのは決定事項らしかった。けれども、彼らと話すのは途中から楽しかったし異世界の話を聞くのも意外と面白い。明日来るのを待っておこうと彼は思った。


「わーもう暗くなってきてるね。さあ、一旦帰ろうね。あ、あと君は明日のテスト頑張ってね」


 最後に言い募ってさっと三人の姿が彼の前から掻き消えた。文字通り何事もなかったように、唐突に現れた最初のように。


「うん?テスト?」


 そこで彼は思い出した。明日テストがあるということを。窓の方を見る。ノートを広げて書いていた当初は青かった空が赤く遠くの空は暗くなっている。


「何もやってない!」


 一夜漬け勉強派の彼は大慌てで机に向かったのだった。

次回投稿予定7月1日。

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