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九話




 蒼白な顔も震える唇も、怯えた目もなにもかもが思い描いた通り。

 ありきたりな反応。

 一つもカインの予想を超えることのないエリステス。


「どうしたんですかぁ? ご主人様。死んだ人間が蘇ったような顔をして。まったく、貴族とは思えないほど表情豊かな奴だ」

「……フライハイトに会ったのか」

「会いましたよ。いまをときめくSランク! 貴重で希少、ありがたーい存在ですね。どっかの誰かよりもよっぽど望まれた存在だ!」


 癇癪を起こすだろうとエリステスを見遣れば、彼はくしゃりと顔を泣きそうに歪めて唇を噛み締めていた。

 震えながら俯いていく姿は萎れた花の風情、きっとまともな神経をしていれば寄り添って肩の一つも抱いてやりたくなるのだろう。カインのまともな神経など生まれるよりも前に焼き切れてしまったのだけど。


「エリスちゃん、お前は俺になにをしてほしいんだ? 金を貰っているから俺は此処にいるが、飽きればその限りじゃないよ」


 跳ねるようにエリステスが顔を上げる。


「それは許さない。それは契約が違う。お前は私の騎士だ!」

「雑魚がなに言ってんの? 選ぶのは俺だよ、貴族様」


 侯爵家を敵に回そうが、無色透明、真白の幽鬼を欲しがる家は他にもあるし、なにもこの国に活動拠点をこだわる必要はない。

 カインはエリステスの敵になることができる。

 そのことに気づいているのだろう、エリステスが苦悩に打ちひしがれた顔揺れる手を伸ばし、カインの袖を小さく掴んだ。


「どうしたらいい……なにが欲しいんだ。お前は私になにを望んでいる……」

「それを訊いたの俺なんですけど。まったく、耳が悪いのか頭が悪いのかエリスちゃんは無能でございますこと!」

「私が望んで、お前は叶えるというのかッ?」


 エリステスはカインに期待など、望みなど託せなかっただろう。

 カインが見せる常の言動のどこに、信じられる要素があったであろうか。

 稚拙でも図って流れに乗せて思い通りに事が運ぶように企むしかないのだと、エリステスはずっと思っていた。

 エリステスの思い詰めた顔に向かい、カインは下品にもげらげら嗤って断じる。

 下手の考え休むに似たり。


「お前のパパがなんで俺を無理やりにでもお前にって寄越したと思うんでございますかね! 俺はただの装置だよ。エリスちゃん、可愛いかわいい夢見るお前の望みを叶える装置。とっても都合のいい魔法のランプ。ご主人様、あんたは頓知利かせる必要なんてない、ただひと言望めばいい」


 エリステスの手をとって、カインはぷらぷらと振って遊ぶ。

 主人であるなどと思わぬ態度。もとよりそういう契約だ。カインのなかにエリステスへの敬意などない。

 敬意を抱かれるに値するものも、エリステスにはない。


「さあさ、坊やはどんな我儘をこさえて駄々を捏ねてるの?」


 にたりにたりと嗤う顔を反射的に殴っても、あっさりと掴まれてエリステスの両腕はカインに拘束され項垂れるしかない。

 頭を垂れて恭順を示すのにも似た姿は哀れで無様でカインの笑いを誘う。

 だから好き。

 だから大好き。

 カインは繰り返す。


「お前は私の騎士だ……」

「そういうことになってますよ」

「私はお前の主人だ」

「そういうことになってるねぇ」

「優れた騎士の、主人なんだ……!」

「だからぁ?」


 喘ぐように、大きく呼吸を繰り返し、エリステスが言った。

 カインは目を細め、優しさを装った体でエリステスを抱き締める。


「了解だ、マァスタァ」




 フライハイトは不遇な出自を天性の能力で覆してきた。

 望めば貴族のもとで働くこともできるし、なんなら王宮への士官も叶うだろう。

 フライハイトがそれをしないのは、以前経験した貴族も庶民も一緒くたにしての集団教育を経験した所為だ。

 貴族というものは面倒臭い。これに尽きる。

 こちらがなにをしてもしなくても、勝手に嫉妬して勝手に対抗して、勝手に挫折する。

 一人で朽ち果ててくれるならまだしも、絡んでくる輩もいるのだから煩わしいことこの上ない。

 フライハイトは貴族と関わりたくなくて、実力主義の世界に身をおくことに決めた。

 冒険者というのは自由な世界だ。

 己の実力、それ以外になにも己の命を立場を保証してくれるものはない。

 似て非なるものである傭兵はどうしても貴族や国に関わるので、カインヘルは選ばなかったし関わりを避けた。

 冒険者としてやっていくうちに最上位であるSランクにまでなったが、フライハイト自身の感慨は薄い。

 できることをできる分だけしているだけ。

 今日食べる分、寝る場所が確保できて、己の身を守る備えが手に入れられるなら、それ以上はフライハイトにとって余分な金でしかない。

 最近はSランクの名にまとわりつく名誉も煩わしくなってきたが、同時に手応えのある依頼も請けられるようになったので退屈はしない。

 冒険者になる以前は退屈であった。

 なにもかも、フライハイトに難しいことはなかったので。

 やってできないことはない、というのは面白味に欠けるものだ。

 フライハイトはいまの暮らしに満足している。

 我儘を言うなら、もう少し刺激が訪れてくれたなら。


「よう、そこの見知らぬフライハイト。恨みもなければ特別感慨もないけどボコボコにしにきたぜ!」

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