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三話





 カインヘル・アベルカム。

 無色透明、真白の幽鬼。そんな通称を持つ傭兵は、戦場で知らぬもののほうが少ない。

 カインの容姿を現すのなら、全身に灰を浴びたように真っ白であった。

 頭髪は老人のように白く、肌は蝋燭のように白く、唇だって血の気を知らぬように白い。

 唯一、白くないのは防御を砕かれたように赤い目ばかりだ。

 生まれながらの容姿は白子と呼ばれ、弱々しい見目にすぐ死ぬだろうと思われたのだが、カインは周囲の予想に反して元気いっぱいである。

 文字通り他人を殺してでも生き残る勢いで元気いっぱいである。

 カインは傭兵という稼業で生計を立てることに、なんら躊躇をみせなかった。誰に吹き込まれたわけでもなく、なにに影響を受けた様子もなく、当たり前にその道へ進んでいた。

 まさに天職。

 まるで、慣れきったものというように、当時まだまだ年若かったカインは戦場を颯爽と渡り歩いた。

 それはもう、ベテラン傭兵すら舌を巻き、正規軍でさえ無視できない、軽視できないほどの存在感で、彼は戦場に自身の居場所を作り上げたのだ。

 しかしながら、傭兵とは期間の設けられた雇われの身であって、休養期間というものとて存在する。

 次の仕事まで宿屋で手伝いをして小銭を稼ぐのもよし、ひたすら戦場のまずい飯に救いをもたらす魔法の粉の開発に勤しむよし、だ。

 カインはというと、まるで休むことなど知らないかのように冒険者稼業に移行する。

 傭兵は国との契約で大小様々な戦争、紛争に身を投じる職業だが、冒険者は権力から距離を置いて設立、運営される冒険者ギルドによって管理されている傭兵よりも自由度の高い職業である。

 依頼を受け、成功、達成することで賃金を得るのだが、依頼内容、依頼者は様々で、完全な実力主義の世界だ。依頼を成功させなければもちろん、賃金はない。難易度が分けられているとはいえ、手軽なものは相応に賃金も安い。稼ぎたければ、それこそ「冒険」するしかない。

 そんな冒険者も兼業しているというのだから、カインが傍目に休むことを知らないと思われるのも仕方がない。

 冒険者としてのカインは、傭兵としてのカインのように有名ではない。

 真白の容姿は薄気味悪く目を惹くけれど、カインはあまり難度の高くない依頼をちまちまと受けては日々美味い夕食に舌鼓を打つ生活を送っていたので。

 ということはつまり、カインは冒険者界隈では無名にも関わらず、何故か国……貴族の覚えめでたい冒険者という状態になる。

 傭兵と冒険者は関わりが強くない。

 そも、一度仕事を請ければ戦地へ行ったままの傭兵なので関わるのにも限りがあるのだ。そして、先述したように多くの傭兵は仕事がなければ安穏とした生活を選ぶので益々冒険者とは関わらない。

 あくまで、カインが特殊なのである。

 無名にも関わらず、貴族から指名依頼が入ることも珍しくないカインを訝しく思うもの、面白くないと思うものが冒険者のなかには多く存在したが、それもカインが貴族の依頼を尽く蹴って「冒険者のカイン」は国との仕事はしないと貴族間で認識されるようになり、依頼自体が減れば下火になる。

 カインは傭兵として高名に、冒険者として無名に日々を生きていた。

 それが、数年前のことである。


「はぁー、忙しそうなご主人様の目の前で飲む酒が美味い……」


 侯爵家嫡男エリステスの執務室、主人が書類にペンを走らせる規則正しい音がするなか、どっかりとソファへ腰掛けるカインは高級ワインを美味えうめえと飲んでいた。ペン先が折れる音がする。


「カインヘル……」

「その書類終わったんでしょ? 届けてきますよ」


 気さくな笑みを浮かべ、カインはエリステスに片手を差し出す。

 カインがエリステスの従者となって早幾年、当初の言葉に違いなく、彼は主人を敬う態度をちっとも見せない。

 貴族として受けたことのない屈辱の日々に、エリステスは幾度憤り、胃を壊し、涙が出るほど悔しさを覚えただろうか。

 それでもエリステスはカインを手放せない。

 理由は今しているように、主人に向ける態度でなくとも見せる気遣いのせいではない。むしろ、これらは従者として当然のことである。ろくでなしの偶に見せる真っ当さに絆されるほど、カインのろくでなし振りは尋常ではない。


「カインヘル、お前は……分かっているのか」

「言葉にしなくても分かってよ! が許されるのは、世間的に美少女までらしいですよ」

「…………間もなく私は叙爵し、侯爵となる。そのとき、お前は……」

「正式にご主人様の騎士ですねぇ」


 にやにやとカインは品なく嗤う。

 立ち上がり、エリステスの机に片手を突いて彼を上から見下ろす姿はとてもではないが従者の姿ではない。

 不敬極まりないカインの姿に、エリステスは何度も声を上げてきたが聞き入れられたことはない。現在ではもう、諦め混じりに慣れてしまった。

 だが、これから、とエリステスは思う。


「それが、どうかしましたぁ? 約束は守りますよ。ちゃぁんと騎士になってやります。ええ、給料上がるらしいし」

「……騎士となれば、相応の場に出ることもある」

「だから、振る舞いを正せって? はっはー、それなら最初の契約時点で間違ってますよ。まぁ、それなら手元じゃなくてお使いにでも出しとくといいじゃないですか? 人でも魔物でも、狩ってこいといわれればお使いに行きますよ。ほら、そうすりゃご主人様だって賞賛されるでしょ? お望み通りにね?」


 エリステスの歪んだ顔にカインはげらげらげらげら嗤う。


「その顔! 何度見ても飽きねえわー! だいすき」


 エリステスの頬を両手で包み、まるで睦言でも囁くようにカインは言った。


「自分じゃなんにも成せないご主人様、可愛いエリスちゃん。カインくんが精々箔つけてあげますよ」

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