四月に馬鹿が嘯ぶかれる!
突然だがここで問題。
入学式当日、一人暮らしに浮かれていたのか寝坊し、死にもの狂いで頑張れば間に合いそうな位なのに愛馬の『行け行け晴人君十七号機(自転車)』のブレーキがイカれてしまい、やむを得ず晴人君を押しながら学校へ全力ダッシュで向かうも、昨日徹夜してゲームしてた反動なのか目眩を感じそのまま電柱に激突し転倒、お亡くなりになった我が愛馬を抱きかかえ、ヤケクソ気味に「は、晴人ォオオオオオオオオオッ!!」と絶叫したら近隣の住民と思わしきオバサンがガン見して失笑してきた事で寿命が羞恥心でマッハになった後、トボトボとスクラップになった愛馬を引き摺りながら登校している俺、松田 信平の心境を簡潔に答えよ。
A.虚 無。
あーあ、人類なんて皆滅べばいいのにッ……!
イヤイヤ、落ち着けMy heart。頭はBe cool。
晴人君は親父殿に土下座で頼めばシトロンなコールとかクレイジーなダイヤモンドみたいな感じでまるで時間を巻き戻したかのように直してくれる筈だぜ。これ程までに実家が自転車屋だった事を有り難く思った日があったであろうか。いや、無い(反語)
現在最大の問題は入学式に間に合うかどうか……
ていうかこれ、晴人君を捨てて走る位しないと間に合わない気が……しかしそんな事をすれば親父殿に殺されかねない。
ていうかこれ詰んでないか? どう足掻いても無事に済む道が見えないんだが……
そんな事を考えていると、後方から物凄い速度で自転車を漕いでいる音がする。
オイオイまさか同類か? 多分出勤中のリーマンさんとかだな、朝早くからお疲れ様です。
そう思いながら、振り向いた――
――顔を見たのは、一瞬だった。
ヨーロッパの美術品のような、それでいて日本人らしい、整った顔立ち。ポテッとした艷やかな唇。当然の様に二重な凛々しく引き締まった眼。風に呼応してサラサラとなびく黒髪ロング。着ている制服は俺と同様のデザインではあったが、どう考えても彼女が着ているものの方が雅やかに煌めいていた。
嗚呼、大和撫子とは彼女の為にあったのかと、不覚にもこの時の俺はそう思ったのだ。
……彼女が此方を一瞥した後、「お先に」と嘲笑しながら俺を追い抜かすまでは。
俺 は キ レ た。
きっと彼女はこの世の全てを見下し、陳腐だと嗤い、この俺の屈辱に染まった顔を想像して不様だと嘲るのだろうと。
確かに! 俺は今日、寝坊はするし、晴人君は壊れるし、知らないオバサンと羞恥心プレイをする羽目になるし散々であったッ! だから過剰に俺が反応しているだけなのかもしれないッ!!
然しそれを加味したとしても、彼女が俺を嘲笑った事実は消えないのであるッ!!
込み上げる苛立ちを何処にぶつけて良いのかわからなくなった俺は、晴人君を殴りつけた。
グリップが、取れた。
「あぁあっ!? 晴人ォオッ!!?」
案の定、遅刻した。
@
学校に着き、自分のクラスを確認してダッシュで教室へ向かうと、HRが始まったばかりであり、入学式での振る舞い方等を熊のようなオジサマ教師が説明している所だった。
「――で、このクラスはこの場所に……おう、入学式早々遅刻とは良い度胸だな」
「ず、ずんばぜん……」
熊先生(仮)の威圧感バリバリな口調に対して、晴人君を背負って全力ダッシュしてきた俺はユーモアのある言葉なんぞ吐けるわけもなく、そんな一言しか返せないのであった。
「ま、祝いの日にとやかく言うのもなんだから、今日は見逃してやる。そこの席から名簿順に座ってるから、自分の席に着け」
「ありがどうございまず……」
そう言われて俺は開いているそれらしき席を探す。
廊下側二列目の前から三番目。そこにあった空席に机にしがみつきつつ腰を降ろす。
フッ、どうやら俺は窓側の主人公の位置には座れないようだな。だって『ま』だしな、名前……
「どうしたんだよ、ノブ。遅かったじゃーん」
死んだ目で熊先生(仮)の話を聴いていた俺に横から話しかけてきたのは、右隣のいかにもな爽やか系のムカつくサッカー青年。
中学からの友人矢張 晴人。どういう男かと言われれば……ま、イケメンでムカつく男である。
「うっせぇ、ちょーっと美少女と戯れてたんだよ」
「また夜通しでゲームやってたんだなぁ? ったく、程々にしとけよ」
確かに夜通し健全な描写タップリのギャルゲーをやっていたのは事実だが、美少女と戯れていたというのもあながち嘘では……いやいや、アレは交流ですらなかったな。
残念ながら、俺が陰キャラの壁を越えることは難しいらしい。ごめんなさい。
「お前は俺のオカンか。後、もう一人のお前が死んだり大変だったんだよ」
「俺っ!? ……あぁ、自転車か。まだその名前で呼んでんだな……」
そう、俺の自転車である『行け行け晴人君』の名前の由来は、コイツが余りに女子にモテるという事で嫉妬に狂った俺が、何を思ったか嫌がらせの為に付けた名前なのだが……本人にはノーダメージな癖に、それを知ったクラスの女子が俺をゴミを見るような目で見てきて中学生活が辛く苦しいものになったという……いや、やめよう。もう終わった事だ。
「ていうか自転車壊れたのか?」
「ああ、ゴリゴリに壊れて今にもゴリラになりそうだぜ……ハンドル要るか?」
「意味がわからんし要らねぇよ。仕舞え」
俺がポケットから取り出した自転車のグリップ部分は敢え無く突き返された。
「お前の遺品だぞ!? お前が受け取るべきだろう!」
「俺のじゃねぇよ!?」
「第一な、お前がイケメンで成績もそこそこ良くてスポーツもできるハイスペックイケメンじゃなかったら俺も自転車に『行け行け晴人君十七号機』なんて名前を付けずに済んだものをだなぁ! イケメンがイケメンらしくイケメンな行動してんじゃねぇよ! もっとこう……何か、前髪の一部だけ不自然に伸ばしたりしろッ!」
「何回イケメンって言うんだお前は……じゃあ今度、長めのツーブロックにでもしてみるか?」
「止めろ、お前そこそこ筋肉あるから格好良くなっちまうだろ! イケメンはちょっとやそっとじゃダサくなんねぇんだよ! もっと濃い目のアイシャドウとか入れて真っ赤なチークバンバンのせて手のひらよりデケえリボンつけたりしろ!」
「おい、」
「何ですか先生、今忙しいんだからかったるい説明云々は後にして……ティーチャー?」
おおう、前には未だ名前も知らない――聞いていないだけだが――先生が仁王立ちでいらっしゃられるとかいられないとか。いや、居るわ。昨今のソシャゲの確定演出よりわかりやすい存在感を放っていらっしゃられるわ。
「あのな、最近は世間様の目もあるし過激な指導ってのは先生もしたくないわけだ。言いたいことはわかるな?」
「あい」
「遅刻に続いて今のでツーアウトだ。三回目はそれ相応の対応をするからな? 良いな?」
「イエッサー……」
「返事はハイにしとけ」
「ハイッ!」
取り敢えず何か怖いので敬礼しとこう。
オイ、今笑った奴。誰かはわかんねぇけど後で静電気バチバチの下敷きで髪の毛フワッとさせてやるから覚悟しとけよコンチクショウ……てかなんで晴人君は怒られないんですかね解せぬ。
@
何やかんやで体育館で校長先生のイマイチピンとこないお話や写真撮影等を終え、これまたよくある教室での自己紹介タイムが始まった。
「でもこういう自己紹介ってあんまり気張った所で意味無かったりするよな……」
「おいノブ、また先生に注意されても知らねぇぞ」
オイオイ晴人君真面目か? 小学生の頃一緒に草原でマスターソード振り回していたお前は何処にいったんだ? ここに居るか。
「それじゃあ名簿の頭から順番に頼む」
そういや未だに熊先生の名前知らねぇわ。誰なんだこの人。担任か。
「はい……明坂 水樹といいます。趣味はサイクルツーリングです。これから一年間よろしくお願いしますね」
サイクルツーリング……ああ、サイクリングの事か。オツムが弱い俺の為にも、是非ともわかりにくい言い回しは止めていただけると助かる。
然し美人さんだな。どっかで見たことあるような気がするけども……具体的には、今朝頃……
「あぁーーーッ、今朝の大和撫子的美少女!?」
思わず立ち上がり指を指す。後半何かカタコトになってたりクラス全員にヤベえ奴を見る目で見られている気がするけどそんな事はどうだっていい。
自己紹介を終え、座ろうとしている彼女は今朝の……何といったらいいかわかんないけどちょっと感じが悪かった美少女だ! 可愛かったのと美少女だったのと声が可愛かったのと人を小馬鹿にしたような勝ち組の態度が気に入らないのしか覚えていないが……
兎に角、彼女は美少女だったのである!!
「えっと……」
「ええー!? もっとこう登校シーンで会った奴と教室で再開したら、お互い指差しして『今朝の!』みたいにハモるもんじゃないの!? 違うの? 違うのか! 少年少女漫画は義務教育に詰め込むべきじゃないんですかね教育委員会!?」
「は、はい……?」
困惑する女、明坂を前に俺は頭を抱える。完全にクラスメイトの皆様方にヤベえ奴認定された気がするけど考えたら負けだと思うんですが「そこんとこ晴人君はどう思いますか?」
「そこだけ聞かれても困る……っていうかノブ、先生の方見ろよ」
「ティーチャー? おおう、」
熊先生は大変御立腹というか、眉間にシワを作っていらっしゃられた……老けますよ?
「お前は黙っていたら死ぬのか?」
いやそんなことは、
「いや、いい。答えるな。取り敢えずお前、松田君は居残りだ。良いな?」
良くないです。全く良くないです。
「良いな?」
「イエッサー」
「……返事は?」
「ハイ!!」
視界の端に映る明坂がこちらを嘲笑うかの様に口元を歪めていたのは、俺の見間違いか、それとも……
@
「ハイ、本当に御迷惑をお掛けしました。ハイ、失礼します……ふぅ、何故入学式の日に居残りなんぞしなきゃならんのだ。しかも俺だけ自己紹介もさせてもらえなかったぞ……」
「そりゃあ自己紹介なんて必要ない程、印象に残るエピソードだったろうよアレは」
職員室を出ると、廊下で待っていた晴人が俺の独り言に割り込んできた。
「いや、オカンも帰っちまったのに何でお前が居るんだよ。俺の事大好きか?」
「まあ好きか嫌いかで言えば好きだけど?」
「イケメンしか言えないセリフ白面で言うとかイケメンかよ。結婚してくれ」
「やだよ」
「だよな、俺も嫌だわ」
数刻の空白。数歩ほど歩くと晴人が口を開く。
「え、何この不毛な会話?」
「……日課?」
「うーん、違いない」
下駄箱からスニーカーを取り出しふと玄関の向こう側、校門の方向を見れば一人の少女が自転車に跨りこちらを見ていた。
『 』
確かに、そう言った。
「あのクソアマァアアアアア!!」
「どうした急に!?」
驚く晴人をガン無視し、俺は自転車置き場の晴人君に向かい駆け出した。
文学風にいえば、信平は激怒したのだ。走らなければならないのだ。
自分の事を知らないと嘘をついてクラス内でやべえ奴に絡まれた可愛そうな女の子ポジを確立したゲス女の事をギタギタにしてやらなければ気がすまないのである。
「優等生のアイツとボッチの俺が只お互いの屈辱に塗れた顔が見たいだけの話」に続く