第九話 道に塞がる壁を越え
「……おまえ、生きてたんだな」
静かな水面のような瞳で、バエニアン・ドゥークディール様はそう言った。
「………………賭けは私の勝ちですわ。ドゥークディール様。
今の私は、生きているのですから」
私は震えそうなる唇を、それでもなんとか開いて、彼の言葉に応えた。
……生きていることは、事実よ。
一度死んで、転生しているってことを、言っていないだけだから。
「そうか。そうだったな。
おまえが勝ったら、おまえは勇者になるんだったな。あぁ、そうだったな」
ギラリと、彼の目の奥でなにが光った気がした。
〔それでは、両者ともに準備はよろしいですか?〕
ふと割りこむように入ったアナウンスで、私は思わずまぶたを閉ざしてしまったの。
……勝てるの?
私、は。
…………こわい。
けど、試合、始まっちゃうわ。
「《固有武器召喚》」
震える右手に、【蒼蒼筆頭菜】を握らせる。
私は、勇者になるのよ。
絶対に。
だから、こんなところで震えてちゃダメ。
それが、前世いじめられていたときの主犯格が相手だとしても。
それが、前世では敵いっこなかった、恐怖のような存在だったとしても。
私は、勝たなきゃならないんだもの。
〔それでは、勇者選抜大会最終戦、決勝戦を始めさせていただきます。
皆さまご一緒に、
――レディーっ、ゴォーッ!〕
始まったっ。
動け、私の身体っ!
「ぅ、あ」
動かなきゃ、動かなきゃッ!
じゃなきゃ、勝てないのにっ!!
「はぁっ、はぁ……っ」
観客が、私のことも応援してくれてるのにっ。
なんで私は、動けないの――っ!?
「……来ないのか?」
唐突なバエニアン・ドゥークディール様からの問いかけに、私はヒュッ、と。
細かく息を吸ってでしか返せなかった。
「なら、終わらせるぞ」
《固有武器召喚》、と彼は唱える。
現れたのは、赤い鍔と白金の輝く剣身の、両手剣。
私の[固有武器]とは全く違う、冷たい光を宿す武器。
「《全上位属性剣》」
それは、私の持っている上位四属性の[神授技能]の、さらに上位互換となる[神授技能]。
炎系、氷系、雷光系、大地系の全ての属性を宿した剣撃になる[神授技能]。
最上位の、剣の[神授技能]。
――避けないと、とは思った。
避けれない、とすぐに感じた。
……死にたくない。
また死ぬのなんて、イヤだ。
「俺は勇者にならなきゃならねぇんだ。
それが公爵家に属するものとしての責務だからな」
ぎりっ、と。
彼が歯軋りをする音がした。
「だから、おまえのような弱者が、勇者なんて目指すなっ」
……死んだと思った。
なのに。
「イヤ」
私の口から出てきたのは、否定の言葉で。
「私は、勇者になるのっ!」
けどようやく、私の足は動き出した。
「《無剣》っ!!」
ギンっ、と剣と剣とが交差する。
「弱者は引っこんでろっ!
勇者はな、甘い感情でなれるもんじゃないんだ。
俺は公爵家の次男で、だから勇者になる義務があるんだっ!!」
「……ぅ、ううっ」
圧されてる。
負けたくないのに。
勇者になりたいのに。
死にたく、ないのに。
「……《無剣》……っ」
唱える。
さっきのに、重ねがけする。
せめてもの抵抗をするために。
……勇者は、義務でなるものじゃ、ないから。
「そう。おまえは、それでもまだ諦めないんだな」
ふと、バエニアン・ドゥークディール様が哀しそうに微笑んだ気がした。
……気のせい、かしら。
「じゃあ、俺は。
お前を殺して、勇者になってやるよ」
――――、……えっ?
違う、勇者は――
「《全上位属性砲》」
穿たれた。
心臓を、核を、貫通した。
それがはっきりと、わかった。
【蒼蒼筆頭菜】が手から離れて、光の粒子に変換される。
私の身体が、押されるようにして後ろに倒れる。
……今の[神授技能]も、最上位のやつだね。
魔法系最上位の[神授技能]。
あーあ。
やっぱり、勝てなかった。
バエニアン・ドゥークディール様の[神授技能盤]には、転生しても敵いっこなかったんだ。
……なのにさぁ、私。
まだ、諦めたくないの。
「勇者に、なりたい」
グフッ、と身体が地面に叩きつけられた。
――叩きつけられたと、感じることができた。
そっと、まぶたを開く。
一面の青空が広がっていた。
「……そっ、か」
《起死回生》。
一度だけ、即死の傷から全回復できる[神授技能]。
……すごい、また奇跡が――
――……うんん、違う。
これは、私が掴みとった未来だ。
私の積み上げてきた過去が起こした、私の未来へと繋がる道だ。
私の力だ。
「な、んで……。
左胸は、心臓は、貫いていたはず……」
戸惑いの声をあげるバエニアン・ドゥークディール様。
私はまだ、勇者になれるのよ。
――だから。
私は立ち上がり、深呼吸をして。
宣言する。
「私は勇者になる」
《固有武器召喚》と胸のなかで唱えた。
右手に現れる、【蒼蒼筆頭菜】。
私の相棒。
「あなたじゃ勇者になれないわ。絶対に!」
それを証明してみせるわ。
私があなたに、素の私の能力だけで勝ってみせることでっ!!
フッ、と息を力をいれるようにして吐きながら、私は地面を蹴った。
「《土大地剣》っ!」
大地系の属性をまとった剣で切りつける。
「っ、《全上位属性剣》……っ」
迎いうつバエニアン・ドゥークディール様の剣は、上位全属性。
「なんで死なない。
なんで諦めないっ。
おまえが勇者になんて、なれるわけないだろうがよぉっ!!」
「なるのっ。私は勇者になるのっ!
《風雷光剣》っ」
私には、ひとつずつの属性しかないけど。
だったらそれを、重ねがけしていけばいいだけの話よっ。
《全上位属性剣》よりは、何倍も何十倍も魔力を使うけど。
それでも、戦えるなら。
構わないわ。
「なれねぇよっ。
だって、俺がならなきゃならねぇんだから。
俺には、勇者になる義務があるん――」
「――違うっ!
勇者に義務なんてないのっ。
勇者はなりたいから、なるものなのっ!
《水氷剣》っ」
ごりごりと魔力が削れていくのがわかる。
それでも今は、止まれない。
止まりたくないの。
「……知る、かよ、そんなことっ。
俺はドゥークディール公爵家の次男なんだっ。
だから、ならなきゃならないんだよ。
そう決まってたんだよっ!!」
「そんなことない。
使命とか義務とか、そんなんで勇者はなるものじゃないわ。
だって勇者は、希望の象徴だから。
希望は、義務で作るものなんかじゃないのっ!」
息を吸って、唱える。
「《火炎剣》っ!!」
私が一番最初に乗り越えた、大きな壁。
立派に戦い続けた炎竜を倒して手にいれた[神授技能]。
私は、もう。
怖いからって、立ち止まらない。
――ガンッ! と。
始めて、バエニアン・ドゥークディール様を退けられた。
もう負けない。
もう、止まりたくないっ。
「義務とか使命とか、そんなのにすがってるあなたじゃ、勇者にはなれない。
人を殺そうとした人じゃ、勇者にはなれないっ」
剣を構え、地面を蹴る。
「勇者は、人を救う存在だからっ!」
心のなかで、立て続けに唱える。
――《火炎剣》
――《水氷剣》
――《風雷光剣》
――《土大地剣》
「だから私は、勇者になりたいのっ!!」
救えれば、きっと笑ってくれるから。
私に期待してくれてる人も、魔王に怯えていた人も。
「みんなが笑ってくれる世界を、私は作りたいのっっ!!!」
横なぎに、全上位属性の[神授技能]を二重がけした【蒼蒼筆頭菜】を振るう。
たしかな手応えがあった。
バエニアン・ドゥークディール様は、真後ろに吹っ飛んでいく。
はぁっ、はぁっ、と。
私は肩で息をしながら、前を向く。
…………「――《全上位属性砲》」
ふと、耳にかすった声。
けれども私は落ち着いて、息を吸って、そして唱えた。
「《弾》」
[神授技能]の絶対的な強さの違いで、真っ正面から対抗はできなくても。
逸らすくらいなら、私にでもできる。
《弾》にあたって、《全上位属性砲》は私のわずか横に着弾した。
バエニアン・ドゥークディール様に向かい、歩く。
近くまできて、止まる。
剣にまとわせていた[神授技能]を全て解除し、バエニアン・ドゥークディール様の首筋に【蒼蒼筆頭菜】をつきつけた。
「もう勇者になれないなんて、言わせない」
たしかな信念を心に灯し、私は力強く笑いかける。
「だからあなたも待ってなさい。
絶対に魔王を倒して、あなたを笑顔にしてみせるから」
少しの沈黙。
そしてバエニアン・ドゥークディール様は、微笑んだ。
「降参。俺の負けだ。
……待ってるよ、おまえが。
エノディフィが、魔王倒してくるのを。
だから絶対に、勇者になるんだ。
【勇者の首飾り】に認められてこい」
「――えぇ、任せなさいっ」
私もにっこりと笑顔で返し、そして。
〔――決まりましたッ!
今年の勇者選抜大会優勝者はっ、
エノディフィ・フォーダニモニア選手ですっ!!〕
グワァァァアアアアアアアッ――、と歓声が。
今までで一番大きな歓声があがる。
その膨大すぎる歓喜の声に揉まれながら、ふと、試合の間もずっと私の魔力で強化され続けていた耳が音を拾う。
「陛下、緊急の報告です。
――前線が、破られました」
「…………――――っ!?」
息が、止まった。
私のなかの全てが、凍りついたような気がした。
前線。
その次に近い町は。
「私の、故郷……」
…………行かないと。
じゃないと、お父様が、お母様が、アルバートさんが、……アンが。
……死んじゃ、う。
迷宮で磨き上げた技術と[神授技能]とで、見事バエニアンに勝ったエノディフィ。
しかし、なにやら不穏な空気が……?
次回、『第十話 壁の先の想いに向かい』
12月9日(本日)午後6時頃の投稿です。