第七話 最速の先に夢を追え
「久しぶりに外の空気を吸ったわね」
ぶじ迷宮の最速踏破を成しとげた私は、《空間移動》で迷宮の外に移動した。
私がジェルスライムとして目を覚ました、崖の下の迷宮の入り口に、よ。
わざわざ崖の上の野原じゃなくて下に移動したのは、もしも勇者育成学部の人たちが残ってたら危ないと思ってのことだけど。
やっぱり、勇者選抜大会が十二日後にせまってきている今、さすがにいなかったわね。
私も王都に向かわないとだわ。
前世いったことのある場所……というか、勇者育成学部のある王立第一学園のある場所だったもの。
《空間移動》で行けるはずよ。
「《空間移動》」
王都のなかへは、王都に常時張ってある結界があるからいけない。
だから私は、王都の城門前へ移動したわ。
そのまま城門を抜けるための列に並ぶ。
王都に入るためには、身分証明書が必要なの。
とはいっても、ほとんどの人が戸籍かどこかしらのギルドによる身分証明書を持ってるわ。
私も、学生証があるから、それでいいわね。
前世のものだけど、[神授技能盤]の名前と一致しているから大丈夫だと思うわ。
[神授技能盤]はどんな[神授技能]を使っても、偽ることはできないもの。
行方不明者としてなにか呼び出されるかもしれないけど、勇者選抜大会を口実にすればどうにかなるだろうし。
今王都に入るのに列ができてるのも、勇者選抜大会があるからよ。
今年からは勇者育成学部の高等部の人たちも参加するけど、他にも全世界から我こそはっ、て人たちが集まるのよ。
まぁ、魔王が現れてからもう五年が過ぎるから、全国から来る人で強い人はそうそういないと思うけど。
やっぱり、今年は勇者育成学部の人たちがメインなのよね。
なんとなく、昨年よりは並んでる人が少ない気がするもの。
特にバエニアン・ドゥークディール様には、とっても大きな期待がかけられているんじゃないかしら。
勇者を認定するための首飾りがあるのに、わざわざ勇者選抜大会が行われるのは、昔からの言い伝えがあるからよ。
それは、『真の勇者となりし者は、多くの苦難を乗り越えし最強を示した者である』というもの。
で、多くの苦難を乗り越えて真の勇者とならないと、勇者を認定する首飾り、【勇者の首飾り】には認められないみたいよ。
その多くの苦難、というのが、勇者選抜大会に当てはめられてるのね。
最強を示した者、というのも同時に調べられるし、ピッタリだわ。
真の勇者じゃないと魔王も倒せないというし、無理に魔王に挑ませて死ぬ人を減らすためのひとつの手段にもなっているのかもしれないわね。
私も、やっぱり認められて勇者になりたいもの。
勇者選抜大会、優勝するわよ。
「はい、次。お嬢ちゃんひとりかい?」
新たに決意を固めていたら、気づけば順番が回ってきていたわ。
「ええ、ひとりよ。身分証明書、これでいいかしら?」
そう言いながら、私は《空間収納》から学生証を取り出す。
「第一学園の生徒さん? だが……ちょっと、待ってくれねぇかい」
「もし名前を確かめたいのなら、[神授技能盤]を表示するわ」
「……ああ、頼む」
門番さんの言葉に私はうなずくと、[神授技能盤]の名前のところだけを表示させた。
「…………たしかに、エノディフィ・フォーダニモニアさんのようだな。
生死不明の行方不明者として届け出が出されてるようだが、今までなにしてたんだ?」
やっぱり、行方不明者になっていたのね、私。
「勇者選抜大会に向けて鍛えていたの。迷宮で」
迷宮を踏破してきた、ってことは……あ。
証拠となる極光竜の角、食べちゃったわ。
これじゃあ、最速で迷宮を踏破したって証明、できないじゃない。
……まぁ、いっか。
迷宮の踏破は、[魂換数値]を貯めるのと、技術を磨くために目指したことだし。
「ああ、そうだよな。この時期に戻ってきたってことは。
わかった。フォーダニモニアさんが帰ってきたってのは、こっちで届け出を出しとく。
えっと、そうだな。まだ第一学園に籍は残ってるはずだから、もしフォーダニモニアさんが寮を使ってたなら、寮の部屋は残ってるはずだ。
そんじゃ、勇者選抜大会。がんばってな」
「いろいろしてくれるのね」
「忙しいだろう?」
「えぇ、まぁ。ありがとう」
「こっちとしては、フォーダニモニアさんが勇者になって魔王を倒してくれることの方が大事だかんな。
勇者育成学部に入れたってことは、そんだけの実力はあるってことだろ? 見た目はちっとばかし幼いみたいだが。
だったら、オレの時間を少し事務処理に回すことぐらい、なんてことないさ。フォーダニモニアさんが勇者になってくれる希望が、まだ少しでも残っているならな」
「……ありがとう。私、頑張るわ」
「おう、がんばれ」
……私も、期待されてるのね。
勇者育成学部の一員だったから、ってだけだけど。
きっとあの門番さんは、私が落ちこぼれで、みんなの足を引っ張ってた人間だった、ってことは知らないだけだけど。
それでも、私に。
勇者になれるかもしれない希望、あるって。
言ってくれた。
「ほんとに、頑張んないと」
門番さんに、期待されてるんだもの。
それに。
この世界に奇跡はあるって。
私自身が証明したんだから。
「私、勇者になるわ。絶対に」
少しこぼれそうになった涙を手でぬぐいながら、私は改めて心に決めた。
☆☆☆
王都に戻ってきてから、十二日間が過ぎたわ。
その間、私は前世に勇者育成学部で学ぶために暮らしていた寮にいたの。
他の勇者育成学部の人たちは、みんな由緒正しき血筋の人ばかりで、王都にも屋敷を持っているわ。
だから、寮暮らしなのは、勇者育成学部では私だけ。
この由緒正しき血筋の人ばかりというのには、きちんと理由があるの。
それは、よい血筋の方が[神授技能盤]がよくなる傾向にある、ということよ。
私のような、いちおう貴族ではあるけれど、近年領地を持ったばかりのような底辺貴族とは格が違う、ということね。
それもあってか、私は勇者育成学部のなかではとても浮いている存在だったわ。
なんとか入学試験に受かったのはよかったものの、天性の部分では私はとても劣っている。
たったそれだけなのに、私は足を引っ張ってた。
……でも、今は。
こんな私にでも、奇跡が起こるって知ってる。
身なりを整え、私は寮の部屋から出た。
そのまま寮から出て、勇者選抜大会が開催される王立闘技場へ向かう。
大会へ出るための手続きは、もうやってあるわ。
歩いて、十数分。
王立闘技場に到着した。
まずは予選の一回戦目ね。
私は、一番最初の試合よ。
抽選でそう決まったわ。
勇者選抜大会は昼の十二時から始まるから、そろそろ控え室に入った方がよさそうね。
私は王立闘技場の入り口で学生証を見せ、控え室に案内してもらう。
「こちらでお待ちください。もうまもなく、始まります。
フォーダニモニア様は一番最初の試合ということですので、すぐに戦える準備をしておいてください」
「わかったわ。ありがとう」
案内してくれた人が控え室から出ていったあと、私は試合に向けた最終確認を行っていく。
魔力量は十分あるわね。
迷宮で蓄えた分がまだあるし、王都についてからこの大会が開かれるまでの時間で、もう一回迷宮で蓄えたもの。
それと、[固有武器]の方もいちおう確認しておこう。
「《固有武器召喚》」
右手に【蒼蒼筆頭菜】を召喚させる。
うん、やっぱり大丈夫そうね。
[固有武器]は基本的に魔力と同じようなものだし、傷がついても血で汚れたとしても真っ二つに折れたとしても、魔力でいくらでも修復できるもの。
「《固有武器格納》」
そう唱え、【蒼蒼筆頭菜】を私のなかにしまう。
その直後、扉がコンコンとノックされた。
扉を開けると、さっき私を案内してくれた人が立っていたわ。
「そろそろ時間かしら?」
「はい。試合の行われるアリーナに案内します」
「わかったわ」
ついに、勇者選抜大会が始まるのね。
……すごく、緊張するわ。
たしかに私は極光竜をひとりで倒せたけど、あれってイカれ[神授技能]の《能力百倍》を使ったからなのよね。
正直、私の素の能力がどれだけ強くなってるのかはわからない。
だからもし、予選の、しかも一回戦目で負けてしまったら――なんてことも考えてしまう。
でも今さらそんなこと考えたって、遅いもの。
私は、今の私の全力をつくす。
それでいい。
その先に、勇者になれる未来があるって。
そう信じて。
「こちらが入場口です。放送がかかったら、入場してください」
ペコリと案内してくれた人は頭を下げ、そして最後に言った。
「それでは、健闘をお祈りします」
私はそれに「えぇ、ありがとう」と返し、入場口の前で、しっかりと立つ。
[固有武器]の召喚は、試合が始まってからでいいわね。
《固有武器召喚》自体はすぐにできるし、なにより対戦の相手には、私の情報を少しでも隠しておきたいから。
絶対に勝つわ。
まずは、この試合から。
〔それでは、ただいまより勇者選抜大会を始めさせていただきますっ。
まずは予選一回戦目の、最初の試合です。
両者、入場してください!〕
――きたわね。
一回、深呼吸。
それからもう一度息を吸って、私は前に歩きだした。
ついに勇者選抜大会の会場に踏み入れたエノディフィ。
次回は、ジェルスライムに転生してからの初の対人戦です。
次回、『第八話 夢へ繋がる道を駆け』
12月9日(本日)午後1時頃の投稿です。