第六話 心傷越えた先の最速を目指し
その[神授技能]はどちらも今世の、ジェルスライムの[神授技能盤]の方にあった[神授技能]で、
《能力百倍》と、
《起死回生》よ。
どちらも、前世の私が見たことも聞いたこともなかった[神授技能]。
《能力百倍》は、能力を百倍に伸ばす[神授技能]らしいの。
説明文を読んだかぎりではね。
けどタメの時間があって、しかも使える時間も短かったり、一回使い終わったらそのたびに能力が下がるらしくって、けっこう代償が大きい[神授技能]なの。
それでも今のままだと、勇者選抜大会では勝てても魔王には勝てないかもしれないから、いちおう取っておくことにした。
《起死回生》は、一回だけの使い捨ての[神授技能]。
けどその分効果はすごくて、一回だけなら即死級の攻撃を食らっても防ぐことができて、しかもその上発動した時点での傷を全部回復してしまうんだって。
この[神授技能]は自動で発動するし、魔力もいらないらしいから、万が一のときのために取っておくことにしたわ。
新たに目標を定め、私は迷宮の攻略をさらに進めていく。
途中途中で、やっぱりつまずくことは何度もあったわ。
けれどもたしかに、つまずく回数は減っていった。
上位の剣の[神授技能]を上位四属性分と無属性のものをそろえたから、ってのもあると思う。
それにきっと、私の技術だってあがっている……はず。
たぶん、だけどね。
私の技量を測ってくれる人なんていないから、ほんとにこれでいいのかはわかんない。
でも進めてるなら、私は構わない。
だって、迷宮のさらに奥へと進めているってことだから。
強い魔物も倒せるようになってる、ってことだから。
そして、私がジェルスライムに転生して。
迷宮の攻略をはじめてから、八ヶ月が過ぎた今。
私はついに、最後のボスのいるフロアまで来た。
勇者育成学部の授業でそう習ったから、たぶん、あってると思うわ。
実際に完全踏破している人も、そう言ってたらしいから、ここが最後だってことは間違ってないはずよ。
それから、《能力百倍》の[神授技能]もここに来るまでに取得済み。
《起死回生》はまだだけど、もう少しで必要な[魂換数値]が貯まるから、このボスを倒したら取れるわ。
さて。
今から挑む最終ボスは、魔王を除くどの魔物よりも強いといわれているわ。
さすがに知能はないみたいだけど、野生の勘がとても強いらしいの。
しかも、違う属性の魔力を次々にまとうから、そのたびに対策を変えないといけないみたいで。
とにかく、倒すのがめんどくさくて、しかも攻撃も強いとのことよ。
……私に倒せるのかしら。
いいえ。
ここまで来れたんですもの。
たった一人で、しかも、今のところは最速の目標を達成できる状態で。
私なら、倒せるわ。
そして世界最速の迷宮踏破者にだってなれる。
けど、私の最終的な目的は世界最速の迷宮踏破者になることじゃない。
勇者になることよ。
勇者になって、魔王を倒すことよ。
そのために、この戦いでひとつ。
試したいことがあるの。
「《能力百倍》、使ってみたいわ」
取得したのは一ヶ月半くらい前なんだけど、まだ使ったことなかったのよ。
[神授技能]自体強いことは知っているんだけど、代償がどれくらいなのかわからなくって使えなかったの。
ほら、目標とした[神授技能]はどちらも私の知らないものだったでしょ?
[神授技能盤]で[神授技能]の説明は見れるんだけど、あまり詳しいことまでは書いてないの。
もし私が知ってる[神授技能]だったら、どれくらいの時間能力が下がって、どれくらい能力が落ちるのかもわかるんだろうけど。
まぁ、知らないものは仕方ないわ。
そういうことで、今回の戦いで試してみたいのよ。
まず、タメの時間を調べたいわ。
これは最終ボスのフロアに入る前に、準備としてやっておけばいいわね。
たいていこういったタメのいる[神授技能]って、完全にタメ終わってから少しくらいなら時間をおいても、その[神授技能]を使えるもの。
《能力百倍》も同じだって考えてもいいと思うわ。
たしか、タメの必要な[神授技能]で、タメ終わってから[神授技能]を使うまでの時間の制限で一番短いのは、一分五十三秒だったかしら。
なら《能力百倍》もそれだけしか時間をおけないと仮定して、戦う前に準備するべきだわ。
そして一番大事なのは、どれだけの時間[神授技能]の効果が持続するか、よね。
魔力が枯渇するまでか、あるいは時間がきっかり決められているのか。
自分の意思で止められるかどうかは……まぁ、今回は時間もないし調べなくてもいっか。
あとは、[神授技能]を使い終わったあとの代償がどんなものなのか、かしら。
能力の下がる期間は、私の知る限りだと丸二日がマックスだったから、勇者選抜大会までまだ一ヶ月近く時間もあるし、大丈夫だと思うわ。
あとは、勝ちにいくだけね。
……ふぅ。
なんだか緊張するわね。
今までの集大成になるから、かしら。
ここまで心臓がバクバクいってるの、はじめてよ。
前世死んだときだって、こんなに鼓動はなってなかった。
「……《能力百倍》、タメ開始」
つぶやく。
六分三十秒後、終わったことがわかった。
けっこうタメ、長いわね。
でも、準備はできた。
「《固有武器召喚》」
右手に【蒼蒼筆頭菜】を握る。
一歩、前へと踏み出す。
さぁ、最終ボスのお出ましよ。
《能力百倍》の効果と代償について調べたいけれども、まずは。
「私の、ここまでに築いた一撃」
くらうがいいわ。
最終ボス、竜種の最上位種といわれる魔物。
極光竜の色は。
――黄色。
土系の魔力をまとっている。
ならば、私は……っ。
剣を構えて駆け出す。
咆哮を放ちながら飛び上がる極光竜へ。
私も、跳び上がる。
「《弾》っ」
地面に撃ちだし、さらに上へ。
「ッァあアッ、《火炎剣》っッ!!」
下から上へのなぎはらい。
土系に強い火系の上位属性、炎系の斬撃をまとわせた剣を。
私の【蒼蒼筆頭菜】をっ!
――ダジィンッ! と。
たしかな手応え。
……手応えを、感じられているっ!
魔王を除く、最強の魔物に。
私は、今の、素の状態で。
張り合うことができている。
それがわかれば、十分よ。
――あとは。
地面に降り立ち、極光竜が体勢を立て直す前に。
私は、大きく息を吸って。
唱えた。
「《能力百倍》っ!」
――瞬間。
時が止まった気がした。
なるほど。
能力には、思考速度も含まれるのね。
だから、周りの全てが遅く見える。
ほら。
今にも動き出しそうな極光竜の動きだって、あり得ないほどゆっくりに見える。
それに、この[神授技能]、魔力を必要としないみたい。
……そうね。
せっかくなら、純粋の火力を測ってみようかしら。
四つの属性の魔力を次々にまとっていく極光竜。
けど、そんなの関係ないわ。
だって――
「《弾》に属性なんて、ないもの」
【蒼蒼筆頭菜】を軽く振って、《能力百倍》を使った状態でも耐えることを確認し、《固有武器格納》と唱えてしまった。
そして、斜め上に浮かぶ極光竜へ向かい、さっきよりも軽い力で跳び上がる。
けれど、今度は一発で。
極光竜と同じ高さまでたどり着いた。
……この[神授技能]、やっぱり、イカれてるわ。
「――《弾》」
急所とか関係なしに、ただ無造作に一発、放つ。
それで全てが終わった。
世界最強の竜が、弾ける。
私がジェルスライムのときに一番浅い階層で倒した、弱い魔物にけっこうな魔力をこめた《弾》を放ったときみたいに。
最小限の魔力で、最弱の技で、属性のないただの魔力の弾で。
私は、極光竜を倒せてしまったのよ。
こんなの、一方的な虐殺ね。
通常時でもいい勝負ができそうだったんだもの。
さすがに能力が百倍になったのならば、魔物の王である魔王を除く、最強の魔物とはいえ。
「こんな簡単に、倒せてしまうのね」
ふふっ、と。
そう私が軽く笑いの息をあげたときだった。
――ぱちんっ、と。
なにかが切れたような気がした。
同時にふらつく身体。
そのまま前世の私の形を保てなくなって。
《能力百倍》が切れたのね。
継続時間は、三十九秒。
……普通に考えれば、短いわね。
けど正直、これくらいイカれた[神授技能]なら長すぎるようにも感じてしまうわ。
その後。
私は余裕に倒してしまえた極光竜を食べ、能力がどれだけ下がっているのかを調べた。
というか、いろいろ試したの。
で、結果。
どうやら能力の低下は、[神授技能]が使えなくなるだけみたい。
……いや、ジェルスライムの私からすれば、[神授技能]が使えなくなるのは、辛すぎるんだけども。
なにか食べたりして魔力補給するのは[神授技能]とは関係ないジェルスライムとしての特性だったから、極光竜も食べれたんだけどね。
人間の姿にはなれないから、迷宮の最深部で、気配を消しながら縮こまってることしかできなかったわ。
……えぇ、正直辛かったわよ。
だってなにもできなかったんだもの。
へたに他の魔物と遭遇なんてしようもんなら、一瞬で消し飛ばされてしまうわ。
だって私、最弱種のなかでも最弱のジェルスライムなんだもの。
そして今私のいる場所って、極光竜までとはいかずとも、強すぎる魔物がそこら中をうろついている、迷宮の最深部なんだから。
ちなみに期間は、十六日と十三時間~十四時間だったわ。
……長すぎない?
やっぱり効果が絶大すぎてイカれていた[神授技能]は、代償もけた外れだった、ということね。
そして、ようやく《能力百倍》の代償である能力の低下から解放された私は、最後の目標としていた[神授技能]を取ることにしたわ。
能力が低下していた間は、どうしても周りに気を付けなくちゃいけなさすぎて、取ってる暇なんてなかったのよ。
前世の私の人間の形に《外郭変化》で変身したあと、空中に[神授技能盤]を表示させる。
そこから《起死回生》を選び、取得。
[魂換数値]はきちんと足りていたわ。
「――さぁてと」
迷宮踏破は、これにて完了ね。
かかった時間は、能力低下時を含めても、八ヶ月と二週間と二日。
能力低下時を含めなければ、ぎりぎり八ヶ月以内に踏破できたわ。
事前に決めていた通りに、ね。
無事、世界最速の迷宮踏破者となるという目標も果たしたことだし。
次は、勇者選抜大会よ。
迷宮攻略を最速で成し遂げたエノディフィ。
次回からは勇者選抜大会のターンです。
ちなみに、エノディフィが楽々と倒した極光竜。
普通の人は変わる変わる属性に相当苦戦します。
《弾》最強案件。
次話、『第七話 最速の先に夢を追え』
12月9日(明日)昼12時頃の投稿です。