第五話 割り振る先の心傷を越え
深呼吸をして、私はついに中ボスのフロアに踏み入れる。
中ボスは竜種の下等種だ。
種族名は、炎竜。
四足歩行で、翼はあるけど退化して空は飛べない。
一番危険な技は、<火炎砲>。
とても大きくて熱い炎の弾を放ってくるという、危険すぎる技。
よく使ってくるのは、<地ならし>と<火弾>。
<地ならし>は、その名の通り地面を揺らしてくる技。
<火弾>は、<火炎砲>よりふた回りくらい小さな火の弾を単体で放ってくる技。
炎竜の主な情報といえば、これくらいかしら。
ここから考えられる私の戦法としては、
<地ならし>は跳び上がって避けるか、スライム系のなかでも弾力性の高いのに変身して和らげる。
<火弾>は、避ける。
魔力探知も同時に使った方が良さそうね。
見えないところから撃ってきたときの対策になるもの。
そして<火炎砲>も、同じく避ける。
ただ前世の経験上、避けきれるかはわからないから、剣で軌道をそらすことも頭にいれておいた方がいいかもしれないわ。
ここで《水氷剣》を使ってもいいわね。
とまぁ、こんな感じかしら。
他の技はさっきあげたやつと似たようなものばかりだし、対策としては同じ感じていいと思うの。
そうやって考えをまとめながら、私は私の[固有武器]である【蒼蒼筆頭菜】を構える。
【蒼蒼筆頭菜】は金色の剣身と蒼色の素朴な見た目の鍔の両刃の片手剣よ。
シンプルだけど使いやすいし、なにより蒼と金という色の組み合わせがよくって、とても気に入っているわ。
さて、そろそろ来るわね。
私がじっと見つめる先で、一頭の炎竜が咆哮をあげる。
そして炎竜が二本の前足をあげ、<地ならし>を放つ前に。
私は跳ぶ。
高くジャンプするときの筋肉の使い方は、勇者育成学部で習った。
習った方法は、ここにくるまでにマスターしてる。
波立つ地面。
それがちょうど収まったタイミングで、私は地面に降り立った。
すぐに、また跳ぶ。
今度は真っ正面に向かいながら。
途中の<火弾>も、確実に。
最小限の動きで。
避ける。
小刻みに跳ぶ方向をずらして。
――初撃。
「《水氷剣》っ」
一発で、しとめるっ!
竜種共通の急所である喉仏に。
最大限の魔力をこめ、私は斜め下からすくい上げるように。
地面とのわずかな隙間から縫い止める。
――炎竜は口を大きく開く。
今までで一番大きく。
縫われた剣の、さらに奥。
のどの奥から強烈な熱気があふれだす。
…………もしかして。
<火炎砲>……?
まさか最後の力を振り絞って、っていうこと?
そんな、こんな至近距離で放たれたら。
私も無事ではすまないわ。
どうする?
離脱、するには。
……――変身して、宙に逃げるしかないわね。
先に【蒼蒼筆頭菜】も回収しよう。
「《固有武器格納》っ、」
私の[固有武器]が光の粒子となって、私のなかにしまわれる。
飛べる魔物で、かつ私の倒したやつのなかに、コウモリ系の魔物がいたはず。
それに変身すればっ!
……マズい、早くしないと。
炎がどんどん大きくなってるっ。
「《外郭変化》っ!!」
えっと、コウモリの羽は人間の手と同じって聞いたことあるから。
こんな感じに動かせば、飛べるはずよ……っ。
うっうう……なんか気持ち悪い感触だけど。
魔力探知的に、ちゃんと宙を飛べてるっぽい。
とりあえず、気配を消して狙われないように。
上に逃げないと。
そうしてパサパサ必死に翼? を動かしていると、真下をなにかとても熱いものが通りすぎた。
たぶん、<火炎砲>だわ。
確実に通りすぎたことを確認して、私は人間の姿になる。
炎竜の目には、まだ光を宿していた。
……ウソでしょ。
まだ生きてるの?
しかも、また口を大きく開いてる。
「…………いいわ」
《固有武器召喚》と唱え、私は右手に【蒼蒼筆頭菜】を召喚させる。
私の残り魔力はわずか。
けど、炎竜も瀕死だわ。
誰がどう見ても、そう答える。
とても立派ね。
もう死んでしまいそうなのに、それでも敵に立ち向かおうとしている。
だから私も、ちゃんと立ち向かうわ。
剣を構え、息を吸う。
グッと息を止めて、私は地面を蹴った。
私が駆けるにつれ、迫る<火炎砲>。
小さく息を吐き、また吸う。
「《水氷剣》っ!」
避けながら、いなす。
……重いっ。
けど――っ!
「ハッァァアアアアッッ!!」
いっけ、たぁっ!
――あとはっ。
「あなた、だけよっ!」
燃えさかる炎の弾が、私のほんの少しだけとなりを通りすぎていく。
それとすれ違うようにして、私は。
もう一度、地面を蹴った。
駆ける。
駆ける。
駆けるっ。
ただ前だけを見つめて。
息を吸う。
炎竜は、<地ならし>をしようと前足をあげた。
させない。
「《弾》っ」
遠距離魔法系の[神授技能]。
わずかな威力しかないけれど。
さらに上へと足をあげようとしていた炎竜の体勢を崩して、時間を稼ぐくらいなら。
できるっ!
「……くらいなさい」
宙に浮かび上がった炎竜へ。
私は、剣を構え。
跳び上がる。
狙うは、さっきの縫い止めた傷一点っ。
「《水氷剣》ッ!!」
氷系をまとった斬撃を。
瀕死の炎竜へ、私は。
たった一点の傷を起点に。
下から上へっ。
なぎはらうっ!!
――――ザシュッ、と。
たしかな手応えとともに。
さわやかな音が、私の耳に響いた。
続いて、ごドンッ、と。
鈍い音がする。
なにかと思って振り向くと、そこには炎竜の頭が落ちていた。
時間差で返り血をあびた私。
けれど、そんなこと、気にもならなくって。
「……勝てたわ」
前世では、勇者育成学部の人たちがいても、勝てそうになかった相手に。
私は、勝てたのよ。
「やっ、た…………」
嬉しい。
そうこぶしを握ってガッツポーズをしようとした、そのときだった。
ふらりと、身体が傾く。
「……あ、え…………?」
突然、目の前が暗くなった。
音も聞こえなくなった。
その感覚は、まるではじめてジェルスライムとして目覚めたときと同じで。
――私、魔力を使いすぎたみたい。
えっと、……そうね。
ひとまずは、炎竜の死体を食べて、魔力の補給をすることにするわ。
☆☆☆
炎竜の死体を食べ終わったあと、私は新しい[神授技能]を取ったわ。
その名も、《火炎剣》。
ちょうど[魂換数値]が貯まったから取ったの。
《火炎剣》にした理由は、私が炎竜を倒すことができたから。
敵に対し立派であった炎竜への敬意の意もこめて。
炎竜が火系だったから、火系の上位属性炎系の[神授技能]を取ることにした。
それから探索を進めて、迷宮の四分の三くらいまで来たときには、目標としていた[神授技能]、
雷光系の《風雷光剣》と、
大地系の《土大地剣》、
あと転移系の《空間移動》を全部取得することができたわ。
途中、いろいろとつまずいて他の[神授技能]を取りたくなったときもあったけど、そこは我慢して。
最低限の目標としていた[神授技能]は全部取った段階では、まだ勇者選抜大会までには時間が残っていたわ。
それになにより、一度迷宮を最速踏破すると決めたからにはやりとげたくって。
だから私は、次の目標とする[神授技能]を決めたの。
見事、炎竜を討伐したエノディフィ。
目標[神授技能]を更新し、さらに先へと進みます。
次話、『第六話 心傷越えた先の最速を目指し』
12月8日(本日)午後8時頃の投稿です。