第十一話 想いの先の未来に翔べ
魔物を蹴散らしながら、私は町のなかを駆けめぐった。
春の季節になりかけの、けれどもまだ冬の季節の冷たい空気が、私の頬をヒリヒリと痛める。
アンがどこにいるかわからないから、《空間移動》では移動できないの。
……アン。
どこにいるの、アン。
私に憧れを教えてくれた、私の大事な人。
家族って呼んでもいいくらいに、大事な人。
――失いたく、ないのっ。
魔王より先に見つけないと。
「…………いたわ」
ようやく、見つけた。
魔力探知に引っかかった。
2.3キロ先に、アンがいる……っ。
「見ツケタ」
――――――っッ!?
ギンッ、と。
音がした。
遅れてそれが、剣と剣とがぶつかった音だと気づいた。
迷宮のなかで磨きあげた技術が、私の勘が。
その剣をギリギリ捉えることができた、ってことも。
「オマエ、オカシイヤツ」
――魔王だ、と。
すぐにわかったわ。
そして目の前にいるのが魔王だと理解して、一瞬戸惑ってしまって。
私はふっとばされた。
魔王との力比べに負けてしまった。
「がッ、は……っ」
なんとか、受け身をとることはできたわ。
……私の力が、負けてる。
戸惑ってはいたけど、本気の力は出してたのに……っ。
移動してる間に、《能力百倍》、タメとくべきだったわね。
……目の前のことばかり、考えるくせは抜けてない。
もっときちんと、私が考えれてたら、よかったのに。
……今からでも、タメておこう。
きちんとタメることを思いつけただけ、よしとするわ。
「《能力百倍》、タメ開始」
私はつぶやいた。
ここから六分三十秒、つまり390秒耐えきれれば、私の勝ちよ。
つぶやくと同時に、声が聞こえた。
「おじょ、う、さま……?」
アンの声だった。
「アン、逃げてっ」
私がそう叫ぶのと、ケタケタと笑う魔王が襲いかかってきたのは、同時のことだった。
……重い。
けど、無理やり踏ん張って受け止める。
魔王は、牛魔王だった。
鎧を着ていた。
大剣を持っていた。
「オマエ、人間?」
言葉を操っていた。
私が剣を抑えている間にも、魔物が襲いかかってこようとしている。
そのたびに、アンが魔物をなぎはらっていた。
――タメが終わるまで、あと353秒。
私は必死の思いで剣を受け止め続けた。
「……オマエ、剣、モツ。オカシイ」
と、ここでなぜか魔王は一度剣を引いた。
……この隙、逃さないわ。
「《弾》っ」
周囲に何発も撃ちこむ。
魔王から視線をはずすことはできないけど。
剣を構えたまま、私は叫んだ。
「アンっ、逃げて。今のうちに、早くっ!」
――タメが終わるまで、あと319秒。
背中に温もりを感じた。
「お嬢様を置いて、逃げたりしませんよ。
逃げるなら一緒にです」
「なんで……っ」
アンを失いたくないのに。
だから、逃げてほしいのにっ。
なんでですか? と、アンが微笑んだ気がした。
「もう二度と、お嬢様を失う悲しみを味わいたくないからです」
――タメが終わるまで、あと284秒。
なんで、と私は泣きそうになった。
「お嬢様は、わたしの大事な家族だからですよ」
……違う、ちがうっ。
「私はもう、家族なんかじゃない……っ!」
「オマエ、ナンダ?」
魔王から問いかけられる。
私は、震えそうになる身体を必死に深呼吸で抑えこんで、告白した。
「だって私、ジェルスライムだもの。
……一回死んだ、単なる『エノディフィ・フォーダニモニア』の前世を持った、魔物なんっ、だから――ッ!」
――タメが終わるまで、あと256秒。
魔王は、ジェルスライム? と首をかしげた。
アンは――笑い声を、あげた。
「まったく、なに言ってるんですか?
あー、まぁ、実際そうなのかもしれませんけどね。なんだかんだ言って、お嬢様、嘘はつきませんから」
「だっ、たら」
「でもそんなこと、関係ないですよ。
だって、お嬢様はわたしのこと、助けに来てくれたんでしょ?
お嬢様が幼い頃に、わたしのこと、拾ってくれたみたいに。
お嬢様がお嬢様の魂を持っている限り、お嬢様はわたしの大事な家族です。
たとえお嬢様が魔王になったとしても、わたしはお嬢様のメイドのアンですから」
――タメが終わるまで、あと222秒。
私は泣きそうになっていた。
「オマエ、ジェルスライム?
ケド、人間、姿。シテル」
魔王はさらに首をかしげている。
「……私、まだ、家族でいいの……?」
「家族です。
お嬢様がなんと言おうと、わたしはお嬢様の家族です。
だからお嬢様を守りたいし、お嬢様が死んだら泣きます。ずっとずっと泣き続けます」
――タメが終わるまで、あと189秒。
…………涙はもう、こぼれてた。
「……ごめんな、さい」
私が死んで悲しむ人がいるんだ、って知った。
「勝手に自殺して、ごめんなさい」
勇者になれないかもしれないからって、勝手に死を選んでごめんなさい。
勇者になる以外にも生きる道はあるって、考えられなくてごめんなさい。
私が死んでも笑顔になる人がいないって、気づけなくてごめんなさい。
私も家族に生きててほしくて、笑顔になってほしくて、頑張ってたのに。
勇者になりたかったのに。
……アンやお父様やお母様やアルバートさんも同じなんだってわからなくて、ごめんなさい。
――タメが終わるまで、あと157秒。
アンは優しく笑った。
「まったく、本当に、ですよ。
けど、帰ってきてくれたから、許します」
「うん」
「一緒に戦いましょう。
わたしが周囲の魔物を抑えますから。
その間に、お嬢様が魔王を倒しちゃってください。
いいですね?」
「……うん、わかった。
一緒に、この町を、救うわよ」
こぼれ続けていた涙をぬぐい、私は前を向く。
「オマエ、魔王、倒ス?
ケドオマエ、魔物。
魔王、魔物、操レル」
「知ってるわ、そんなこと」
「魔王、魔物、王」
「それも、知ってるわ」
「魔王、倒セル、勇者ダケ。
オマエ、魔物。勇者、ナレナイ」
「知ってる。
私が勇者の器なんかじゃないってことは、昔からわかってたことよ」
けれども諦めきれずにいただけ。
おろかなくらいに勇者という肩書きに、すがりついてただけ。
「あなたは、この町を襲い続けるの?」
「……?
当タリ前。
魔王、人間、倒ス。殺ス」
「どうしても、殺さないといけないの?」
「意味、不明。
オマエ、魔物。
魔物、人間、敵。
魔物、知恵有ル、魔王。
ナラ、オマエ、魔王」
「あなたも魔王でしょ」
「ソウ。魔王。
ケド、オマエ、魔王。
人間、殺ス。
トナリノ、同士、殺ス人間。
殺ス」
「殺さない」
「殺セ」
――タメが終わるまで、あと108秒。
強く操られそうになった。
「私は、アンの家族よっ。
絶対に、殺すもんですか……っ」
「ナラ、オマエ、敵。
人間、守ル、敵。
オマエ、殺スッッ!!」
――タメが終わるまで、あと100秒。
魔王が襲いかかってきた。
「……負けない。
殺させない。
あなたに、アンは殺させないっ。
お父様も、お母様も、アルバートさんもっ!
私だって、殺させはしないっ!!」
剣と剣が交差する。
押し負けそう。
ふきとばされそう。
支えている腕は、ぷるぷると震えている。
けど。
「私は、守りたいのっ。
ただそれだけなのっ!!
家族の笑顔を守るのっ、絶対!」
「殺スッッ」
さらに力が加えられる。
――タメが終わるまで、あと67秒。
ずるずると、足と地面がこすれる音がした。
私は後ろに圧されている。
もう、死にたくない。
私が死んだら、悲しむ人がいるって。
知ったから。
「それができるならっ」
《火炎剣》
《水氷剣》
《風雷光剣》
《土大地剣》
《無剣》
「私は勇者になれなくたって、構わないっ!」
――タメが終わるまで、あと39秒。
少しだけ、押し返すことができた。
……――「《全上位属性砲》」
そしてとつぜん、魔王がふっとんだ。
「エノディフィ!」
少年の声。
視線を向けると、そこには。
バエニアン様がいた。
「ちっくしょ、魔物が多いな……。
持ってきたぞっ。
【勇者の首飾り】ッ!」
私をめがけて、投げられる。
曇りきった空の隙間からのぞく太陽が反射して、キラキラときらめいていた。
「おまえは勇者だっ!
誰がなんと言おうと、俺はおまえを勇者だと言い続けるっ」
だから、と彼は私を勇気づけるように、力強く笑う。
「胸を張って、魔王を倒せっッ!」
「――うんっ!」
私が返事して、左手で首飾りを受け取って。
「…………ッ」
体勢を整え襲いかかってきた魔王の剣を、私の[固有武器]で食い止める。
――タメが終わるまで、あと11秒。
私は力負けして、ふきとばされた。
できるかぎりで受け身をとろうとして、左手が視界のなかに映りこむ。
――タメが終わるまで、あと0秒。
【勇者の首飾り】は耀いていた。
「《能力百倍》、発動っっ!!」
世界が遅くなる。
地面に足をつく。
少し離れたところで、魔王が愉快そうに嗤っていた。
私を倒したと思いこんで、嗤っていた。
――けれどもまだ、私は生きている。
「私、勇者になれたんだ」
信じられない。
けれどもきっと、それは現実のことで。
もうよくわかんなくなった感情で心がうめつくされているなか、それでも確かに前だけは見つめて。
【蒼蒼筆頭菜】を構える。
――わたしはお嬢様の家族です、とアンは優しく笑った。
――おまえは勇者だ、とバエニアン様は私を勇気づけるように力強く笑った。
そして今、私は。
たしかに笑えていると確信できる。
だったらきっと、大丈夫。
「私はあなたを殺すわ」
《火炎剣》、と唱える。
「私の大事な人たちの期待と笑顔を守るために」
魔王が口を開く。
全てが百分の一に遅くなった時間のなかで、たった一体だけ、叫んでいるとわかった。
オマエハ魔物ダ、と叫び散らしている。
魔物ハ勇者ニナレナイ、と襲いかかってくる。
その全てが、私にはゆったりとした動作に見えた。
けれども、速かった。
……やっぱり、今の私の素の能力じゃ、魔王には敵わなかったのね。
――――だけど、今、この瞬間だけは。
たったの三十九秒間だけは。
私だけの、独擅場よ。
必死に積み上げてきた全てが今を作っている確かな実感に、脳みそがヒリついた感覚を味わいながら。
勇者の証を、首に下げる。
「魔物でも。
ジェルスライムでも、勇者にはなれるわ」
地面を蹴る。
【蒼蒼筆頭菜】を振りかぶる。
私は天才でもなんでもないけれど。
それでもここまでこれたんだ。
――だったら。
「私が私をかっこいいって、間違ってないって!
胸を張って信じているかぎりッッ」
【蒼蒼筆頭菜】を、振り下ろす。
――魔王が、真っ二つに割れる。
魔物の王の身体のど真ん中を通り抜け、血を浴びながら。
私は地面に降り立つ。
誇れ。
今だけは、自分をッ!
「私は、勇者よっッ!!!」
瞬間、時間の流れが戻った。
身体がふらつく。
目が見えなくなる。
耳が聞こえなくなる。
今の私に、魔王は殺せないけど。
私は、魔王を、殺したの。
口がなくなる前に、私は笑った。
「アン。私の介抱、頼んだわよ」
ぺちゃっ、と地面に落ちたジェルスライムの私に。
まったく、と肩をすくめて近寄ってくるアンの姿を、私の魔力が捉えた。
うん。
きっと、大丈夫。
だって私は、勇者になれたんだから。
この世界にはもう、魔王はいないんだから。
きっとみんな、笑ってくれるわ。
……大事な人たち、みんな生きてて、よかった、な。
魔王を倒し、家族の笑顔を守れたエノディフィ。
そしてついに次回、最終回です。
次回、『最終話 未来へ想いを縫い止めて、故に少女は勇者なり』
12月9日(本日)午後8時頃の投稿です。
また、次話には挿し絵があります。
あらかじめお気をつけください。




