第十話 壁の先の想いに向かい
〔それでは、このまま勇者選抜大会の表彰式に移りたいと思います〕
アナウンスが響き渡る。
そのなかで私は、ただひとり。
どうすればよいのかがわからず、その場に突っ立っていた。
「……さっきから、どうしたんだよ。
今になって【勇者の首飾り】に認められねぇかもしれねぇって怯えてんのか?」
治療班で治療を受けたバエニアン・ドゥークディール様が、私に話しかけてきたわ。
さすがはバエニアン・ドゥークディール様といったところ。回復も早いのね。
……でも今は、そんなこと考えている場合じゃないのよ。
故郷に行かないと、いけないのに。
なのに行っていいのかが、わからない。
だって、今から勇者選抜大会の表彰式があるんだもの。
……その表彰式で、私が勇者になれるかがに決まるんだもの。
表彰式では、【勇者の首飾り】に認められるかどうかも行われる。
そしてその主役は、もちろん私。
決勝戦に勝った人だけが、今年の最強の者として選ばれた、ということになるから。
『真の勇者となりし者は、多くの苦難を乗り越えし最強を示した者である』
【勇者の首飾り】に認められるための言い伝え。
だから、私は、せめて【勇者の首飾り】に認められるか認められないかがわかるまでは、この場から動いちゃいけないのに。
……でも。
もし、こんなところで立ち止まってる間に、みんなになにかがあったら。
お父様とお母様とアルバートさんと、それからアンに。
なにかが、あったら……っ。
きっと私は、死んでも悔やみきれない。
何度転生しても、死ぬことを選んでしまう。
「…………行かなきゃいけないの」
私の小さく絞だしたような声に、バエニアン・ドゥークディール様は意味がわからないといったように「は……?」とつぶやいた。
「私、行かなきゃいけないわ」
「どこにだよ」
「……前線に」
「……なに、言ってんだ?
おまえ、だって勇者になりたいって。
勇者になるためには、【勇者の首飾り】に認められなきゃならないんだぞ?」
知ってるわ、そんなこと。
……でも、でも。
「でも、行かないと。
……大事な人たちが、死んじゃうよぉ……」
今は、もう、家族じゃないのかもしれないけど。
でも、前世で家族だった人たちは。
私の大事な人たちだもの。
私に憧れを教えてくれて。
私の叶いっこない夢を、苦笑いで応援してくれて。
……つらかった学生生活で、たったひとつのよりどころになっていた人たちなんだもの。
小刻みに息をする私に、ふとバエニアン・ドゥークディール様は鋭い光を瞳に宿した。
「……おまえは、行かなければならないのか?」
「……どういうこと?」
「おまえは――」
しっかりと私の目を見て、彼から問いかけられる。
「――行かなければならないから、行くのか?」
…………――私は、息を吸った。
「……違う」
私は、
「大事な人を、助けたいから。
行きたいから、行くの」
これは、私の、意志だ。
そして、バエニアン・ドゥークディール様はやわらかく微笑んだ。
「じゃあ、行ってこい。
【勇者の首飾り】は俺があとから持ってってやるよ」
「――っ、うん。
ごめんなさい、ドゥークディール様。
勇者になるって、【勇者の首飾り】に認められるって、約束したのに、守れなくて」
「言っただろ、【勇者の首飾り】は俺が持ってく、って。
だからおまえは、おまえの大事な人たちを救ってこい」
「……ありがとう、ドゥークディール様」
行こう、前世の家族のもとへ。
「あー、それと。ひとついいか?」
ふとバエニアン・ドゥークディール様に引き留められ、私は《空間移動》をしようとしていたのを少し止める。
「俺のことは、バエニアンでいい」
……えっ?
〔それでは、表彰式の準備が整ったようです。
さぁ、今年こそ真の勇者は現れるのでしょうか?〕
アナウンスが入った。
「ほら、早くっ!」
……きっと、あとで質問責めにされるのはバエニアン・ドゥー……、バエニアン様だ。
だって、表彰式を、【勇者の首飾り】に認められるかどうかを調べることの目前にして、私がどこかに行っちゃうんだから。
希望が生まれもしれない瞬間があることをしっていて、それでも、止めなかったから。
けど、彼は笑顔で送り出してくれる。
私は彼から、彼の義務を奪ってしまったのに。
応援してくれている。
ならば、私は。
「――えぇ、行ってくるわ。
バエニアン様」
「ああ、行ってこい」
私も精一杯の笑顔を浮かべて。
「《空間移動》」
故郷へ、とんだ。
瞬間、切り替わる景色。
フォーダニモニア男爵家の治めている土地の手前。
「――っ! 《固有武器召喚》!」
なんでこんな、魔物がたくさん……っ。
とりあえず、屋敷に向かおう。
人がいないうちに、魔物の死体を食べて魔力を回復しながら。
このくらいの強さの魔物なら、普通に剣を振るえばどうにかなりそうね。
できるだけ魔力を温存しつつ、私は急いで前世の私の家に向かう。
駆け抜ける町のなかに、人はいなかった。
血の匂いもした。
「こっちです! ここは私が抑えますので、皆さんはここから屋敷に入ってください!」
……この声は。
「アルバートさんっ!」
【蒼蒼筆頭菜】で魔物をかきわける。
その先に、黒の執事服を血の色でぬらした、白髪の男性がいた。
「アルバートさんっっ!!」
ハッとした様子で、彼は振り向く。
「お、お嬢様!?」
「危ないわっ!」
手が止まっていた執事服の男性、フォーダニモニア男爵家唯一の執事兼秘書のアルバートさんに襲いかかろうとしていた魔物を、《弾》でふきとばす。
「……おい、あれって……」
「エノ嬢様か? けど、死んだって」
「いや、行方不明って領主様は言ってたぞ。死んだわけではないって」
「生きて、たのか……」
「みんなは早く屋敷に逃げてっ!」
私が帰ってきたことに驚いてるのはわかるけど、今は魔物が襲ってきているのよっ!?
「あの、お嬢様……」
「話はあとよ。
まずは、みんなを屋敷に逃がしてからっ」
「……わかりました」
アルバートは少しだけなら戦闘もできる。
少なくとも、お父様やお母様よりは。
私が勇者育成学部に入るための試験のために戦闘を教えてもらってた、メイドのアンよりは弱いけど。
でも、勇者育成学部のある王立第一学園へ行く前の私よりは強かったわ。
今は、一度戦ってみないと、正確にはわからないけど。
アルバートさんの動きがわかるようになってるから、頑張れば勝てるかしら?
屋敷に逃げてもらってるのは、屋敷から地下を通ってけっこう離れた場所へ行ける通路があるからよ。
町の正面口となる門はすでに魔物によって破られてたから、この通路から逃げるのが一番安全なのよね、きっと。
それからアルバートさんと一緒に魔物を止め、なんとかここにいた領民の人たちを屋敷への緊急通路に逃がすことができた。
「アルバートさん、お父様とお母様は?」
「屋敷におられますよ」
「アンは、戦ってるの?」
「ええ、そうです。
別の緊急通路のある場所で残りの領民を案内しております」
「他の領民は?」
「アンのところで最後です」
避難はほとんど終わっているみたいね。
たしか手紙で、この緊急通路と遠くに繋がっている通路は前線が破られたときに備えて作られたってことだし、あらかじめどんな感じに動くのかは想定してたのかもしれないわ。
「わかった。
私、アンのところを手伝いに行くわ。
アルバートさんも、私がここで魔物を止めているうちに逃げて」
「ですが……」
「お願い。
私のことが信じられないなら、あとで[神授技能盤]を見せるから。
アルバートさんに、死んでほしくないの。
……アンが危なくないか、確かめたいだけなの。
だから」
「私はお嬢様を危ない場所へ行かせるわけにはいきません。
先日の王都からの早馬で、お嬢様が生きていらしたことを知ったときは、本当に、心の底から嬉しく、涙がこぼれたのです。
ご主人様も奥様も、アンも同じです」
「……っ、それ、は」
アルバートさんは、私の言葉をさえぎって続ける。
「ですので、どうかここは私と共に逃げてください。
アンは大丈夫です。
彼女はとても強いのですから」
「けど、けど……っ」
アンのところに行きたい。
そう言おうとしたときだったわ。
……なにか、イヤな予感が、した。
「ごめんなさいっ」
言葉を途切らせた私を不審そうに見たアルバートさんに、私は謝って。
無理やり、緊急通路に押しこむ。
そして、扉を閉ざした。
「……アンが、アンが――っ」
アルバートさんは大丈夫。
緊急通路の入り口になってる扉は、魔物避けの陣があるって、手紙にかいてあったから。
わざわざ頼んで作ってもらった特性なんだぞ、と手紙のなかのお父様で自慢げに書いてあったから。
扉を閉じたら発動するって、書いてあったから。
もう魔物に、ジェルスライムになってしまった私には、触れることすらできないけど。
アルバートさん、お父様の秘書をやってるくらいに賢いんだもの。
開けたら魔物が押し寄せるって、わかってるはずよ。
だから、アルバートさんは、大丈夫。
「……行かない、と」
イヤな予感がしたの。
同時に、だれかに操られそうになる気がしたの。
「魔王が、来てる」
魔物を操ることのできる魔王が、魔物の王が。
この町に。
アルバートさんと再開し、町を駆け巡るエノディフィ。
魔王が町にやってきました。
最終決戦。
次回、『第十一話 想いの先の未来に翔べ』
12月9日(本日)午後7時頃の投稿です。




