第一話 失望先の奇跡を願い
【ちょっとふざけた注意書き】
・この物語では、厨二成分を多分に含んだ表現があちこちに散乱しております。場合によっては過度な摂取となり、呼吸困難を起こす場合があります。お気をつけください。
・作者が後書きでいろいろつぶやきます。興味のない方はさっさと読み飛ばしてください。
・最速なので、飛ばします。それはもう、ビックリするくらいの全速力で駆けていきます。そのため、振り落とされないよう、お気をつけください。
【ちょっとまじめな注意書き】
・この物語では、第一話と最終話に挿し絵があります。苦手な方は、先にオフになさってからご覧ください。
勇者になりたい、と。
私、エノディフィ・フォーダニモニアが最初にそう思ったのは、いつのことだったのかしら。
使用人のアンが勇者の話が大好きだからって。
寝るときにアンの知ってる勇者伝をよく話してくれたから?
それとも、私がちょうど十歳になったとき。
魔王が現れたから、かしら。
知能のないとされている魔物のなかで特異的に知能を持っていて、それで、魔物たちを統合して人々を殺そうとしてくる魔物の王様。
縮めて、魔王。と呼ばれてる。
アンから聞かされた勇者伝説で勇者に憧れを持って。
そしたら、たまたまカチリと魔王が現れたのと。
あとは、――かっこいいから。
なのかなぁ、なんて感じたりもするの。
憧れになって、胸張れる自分になれるって。
とっても、とっっっても。
かっこいいなぁ、なんて。
そんなことも、想っちゃうから。
私は勇者に、なりたかったのかも、しれないわね。
……――けれども。
一応貴族ではあるけれどもほぼ辺境の地の領地しか持たない私の家は、正直とても裕福というわけでもなかったわ。
もちろんそれは、生まれつきの才能も同じで。
夢を見てばかりいた私に、現実は悲しいほどに冷たいものだったの。
……それは今だって同じで。
「――またおまえのせいだっ!」
ゴグンッ、という鈍い音。
私は咳き込む暇もなく、頬を殴られ地面に叩きつけられた。
受け身なんて、もちろん取れやしない。
けれどもそれを責める権利など、私にはないから。
「ごべんっ、なさい……っ」
私はただ謝ることしかできなかった。
私のことを殴り付けた本人――、
――王家と並ぶほどの力を持つという公爵家の次男、バエニアン・ドゥークディール様は。
憎々しげな顔で、私のことを見下ろしていたわ。
「謝ればすむなんて思うなっ!
またおまえのせいで、俺の迷宮攻略が振り出しに戻ったんだぞっ。
おまえが、あんな中ボスにヘマをしちまうから……っ!!」
そうだそうだ、と囃し立てる周りの声。
……彼の言っていることの全てが事実だったから、私はなにも言い返すことができない。
だって私は、彼らのような才能なんて持っていないから。
由緒ある貴族の血統である彼らに授けられる[神授技能盤]は、最初から強い[神授技能]ばかりが取り揃えられているから。
底辺に近い私の[神授技能盤]は、無駄ではなくても弱いものがほとんど取り揃えられているから。
……強いのもあるけれど、それを取得するための[魂換数値]がとても多くって。
しかも男女の体格差とか、そもそも私が十五歳という年齢と比べて幼すぎる容姿をしているとか。
そういうのも相まって、私はこのクラスの足を引っ張ってばかりいたわ。
――今、私たちは崖の上にいるの。
突然変異で発生したらしい、世界にただ一つしかない迷宮の真上にある崖に広がる野原に。
なぜ、迷宮に入らずにいるのかというと。
彼の言うように、私が中途半端な強さの中ボスとの戦闘中、ヘマをしてしまったから。
ヘマをして、戻って来らざるを得なかったから。
私は彼らに、王立第一学園に勇者育成を目的として特別に設置された勇者育成学部の人たちに。
迷惑ばかり、かけている。
もう魔王が現れてから五年弱が過ぎてるのに。
勇者選抜試験で勝ち残った人からも、勇者の証となる首飾りを光らせる人――つまり、勇者と認められた人がいないのに。
魔王を倒すための全ては、この勇者育成学部の生徒に託されていると言っても過言ではないのに。
私はそんな彼らの歩みを、邪魔しちゃってる。
「……本当に、申し訳ありません」
「だからっ! 謝ってすむ問題じゃねぇだろっ」
「――ッグフッ」
お腹を蹴られた。
いたい。
でも文句なんて、言えない。
……こういうの、いじめって、いうのかしら。
「ようやく高等部に上がって、迷宮に挑めるようになったってのに。
俺はできるかぎり次の年の大会までに迷宮の攻略を進めて、勇者にならなきゃならねぇんだよっ」
…………私だって。
「……勇者に、なりたいわよ……」
そのために、勇者育成学部に入ったんだもの。
あのとき。
お父様とお母様と、アルバートさんとアンに。
私が勇者になるって言ったら、笑ってくれたから。
頑張って、必死に頑張って、死ぬ気でくらいついて。
なんとか勇者育成学部に入学できたのに。
あのとき、前線が私たちの領地の目の前に後退してしまったとき。
色々やらなくちゃならなくって大変だったお父様とお母様が、それでも学費を出してくれたのに。
……私は。
「ハッ、なに言ってんだ。
おまえなんかが勇者になれるわけないだろ」
彼は、バエニアン・ドゥークディール様は。
嘲笑にのせてそう言い放って。
周りの生徒たちも、侮蔑の声をあげて。
………………あぁ、そうだったのね。
きっとお父様たちも。
私が勇者になれっこない、って。
そう判ってたから、笑ったのね。
無理だと。
苦笑いを浮かべたのね。
「……はっ、ははっ」
なぁんだ。
私、やっぱり勇者になんて。
なれっこなかったのよ。
…………悔しい、なぁ……。
けど、事実だもの。
なにか奇跡でも起こらない限り、私なんかが勇者になることなんて、できないのよ。
なんだか、なにもかもがどうでもよくなって、私はバエニアン・ドゥークディール様から視線を外した。
映りこんだのは、憎たらしいほどにきれいな色の青空と。
それから、わずかに見える、崖の下の迷宮の入り口。
……奇跡、ね。
「ねぇ、ドゥークディール様。
賭け事をしましょう」
傷だらけできしむ身体を、私は諦めきった心持ちのままに立ち上がらせる。
ゴホッ、と咳き込んだ口からは、血の混じった黒赤い痰が出てきた。
「……おまえが勇者になれるかどうかでか?
そんなの、判りきってることだろ」
歪んだ口で告げる彼に、私は静かに首を横に振る。
ゲホゴホッ、と壊れたように溢れ出した赤色。
「いいえ。
賭ける対象は――
――私が生き残れるかどうか、ですの」
不可解そうに眉を潜める彼に、私は続ける。
「私、ここから飛び降りますわ」
崖の方を顔だけ振り向かせた私。
なに言ってんだ、と背後であきれたように、けれども少しの震えも感じさせる声が響いた。
「死んでしまったら、私の負け。
勇者になれず、傷だらけのみっともないままに私は魔物たちのエサになります」
けれどももし――、と私は心底あり得ないだろうと思いつつ。
それでもすがる想いもある感情のままに、再度口を開く。
「私が生き残れたら。
私はなにがなんでも勇者になってやりますわ。
たとえこれ以上の傷を負ってでも、たとえこれ以上の苦しみにさいなまれたとしても」
ジクジクと擦り傷から来る痛みに耐えながら、私は一歩。後ろに進んだ。
三度、震え咳き込む私。
血が、溢れ出て。
ポタリと地面に染みを作る。
「それでは、ごきげんよう。
バエニアン・ドゥークディール様」
また逢えることを祈って。
そう言い残し、私は。
軽い力で跳び上がる。
宙に身が投げられる。
制止する声が。
慌てふためく声が。
驚き叫び散らす声が。
どんどんとだんだんと落ちていく私の耳に、響いて、弾けて。
……私。
勇者になりたかったわ。
けれどもなれないまま、死んでいくのね。
…………ぼんやりする頭のなか。
最後にふと視界のなかで印象に残ったのは。
地面でぐにゃぐにゃとうごめく、
黄色いジェルスライムだった。
…………ジェルスライムの上に落ちることができたら、生き残れたりするのかしら。
――まっ、今さらそんなこと考えたって。
「意味、ないわね」
☆☆☆
…………――……――――なにいろ?
なにも見えない。
ここはどこ?
私は誰?
私は、勇者に、なりたかった。
なれなかった。
そんなみじめでクズな落ちこぼれな人間。
名前は、エノディフィ・フォーダニモニア。
底辺貴族の一人娘。
……傷だらけで死んでいった、人間。
……………………あれ?
「………………」
なにも見えない。
身体は、動かない?
どうやったら、動けるのかしら。
声は、どうやって出すの……?
――でも、意識はある。
なにか、なにかわかるもの。
なんでもいいから、私のなにかがわかるものを……そうだわ。
[神授技能盤]
念じれば、頭のなかにも広がって。
[神授技能]以外にも、名前とか、種族とか、性別とか、年齢とか。
そんなこともわかるはずよ。
念じて、[神授技能盤]と……――
――見え、た………………
え?
あれ?
んと、名前は、あってる。
なのに、種族と性別と年齢とが、おかしいわ。
だって私、人間のはず。
なのになんで。
種族が、
ジェルスライムに、なっているのかしら?
初っ端から飛び降りた主人公エノディフィでした。
さてさて、ジェルスライムとなった彼女はこの先どうするのでしょうか。
次話、『第二話 奇跡に身を委ねず進め』。
12月8日(本日)の昼12時頃の投稿です。