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プロローグ


 さく、さく、小気味よい音が室内に響く。


 お気に入りのやわらかい赤色のワンピースに身を包んで務めて手を動かしていた。

 左手は布をはめた木枠を、右手には糸を通した針を持っている。


 私、ルチアーナは手を止めてほうとため息をつく。木枠の布には小さな花が2個、3個とつぼみを咲かせていた。

 プツンと糸を切り針を針山に戻す。

 私の眼前には色とりどりの布や刺繍糸が並べられ、真面目な性格を表すように色ごとに丁寧に分けられていた。


 それらは私の魔力を受けてちかちかと光の粒をまとっている。

 光の粒は滲むような淡い色で、じんわりと暖かみを感じるものだ。


「心を込めて作ると魔力がね、宿るの。それは『想いの力』というのよ」


 母はそう言って、幼い私の柔らかな栗毛を撫でた。


「想いの力?」


 丸い瞳がぱちくりする。


「ええ。見えるでしょう、この光。これはね私の魔力。魔力っていうのはね――」

「人が持つ力でしょ」

「そう、多かれ少なかれ皆必ず持ってる。それをどう使うかは人それぞれだけど、私たちは糸に魔力を移して仕立てているの。これを身につけた人が無事でありますように――ってね」

「ふぅん」

「好きな人が振り向きますように、とかもよ」


 ぱちん、といたずらっ子のように母がウィンクをする。

 魔力の話は母から何度も聞かされていたことで、私は退屈そうに頷いた。


 私の家は、代々、魔力を込めた糸で服やアクセサリー、お守りなどを仕立てて生計を立てている。

 母はとても誇りを持っていて、ルチアーナの記憶の中の彼女はいつも仕事場にこもって作業をしている姿ばかりだった。

 いわゆる仕事人間である。

 代わりに、料理や掃除などは父が担当していた。

 トーストの焼ける匂いと、珈琲ポットからのたてたばかりのほろ苦い香りでルチアーナは目が覚める。

 眠い目を擦りながら父の元へ行けば「もうできるから、母さんを呼んでおいで」とあっちこっちに跳ねた私の髪を撫でつけて微笑む。「はぁい」欠伸混じりに答えて、外に出て離れへ向かう。

 仕事場は母が建てさせた小屋で、家に居ないときは大体そこに居た。



 幸せだったなぁ。

 かつては母の作業机で――今では私のものになっているテーブルに、過去に思い馳せながら突っ伏した。


 私が10歳の誕生日に母は天国へ旅立った。

 無理が祟ったのである。

 過労だとお医者さまは言っていた。そして数年が経ち、父も後を追うように逝ってしまった。

 無理もない。母が死に、傷を癒す間もなく、慣れない針仕事を代わりにやりながら幼い子ども一人を育てていたのだ。


『すまない』


 父の残した手紙には、震える文字で一言だけ書かれていた。

 ブラブラと揺れる不安定な足とどこか安心したような父の死に顔を見たとき(やっぱり)と思ったし、驚きもしなかった。



 それからずっと私は1人で暮らしている。

 最初こそ寂しくて悲しくて泣き暮らし食も喉を通らなかったが、ああ、非情なこと。半年もすれば慣れてしまうのだ。

 町の人は優しく、週に一度は誰かしらが様子を見に来てくれた。

 なにせ、母も父も駆け落ち同然で、頼れる祖母や祖父が居なかったのだ。今では町の人が家族みたいなものである。幸いにも私は母から裁縫を教えてもらっていたから、それで日銭を稼ぐことができる(出来栄えは母より劣るが)ので、頼りっぱなしにはならなかった。

 たまに、隣町へ刺繍を売りに行ったりもしている。

 母は裁縫を得意としていたが私は刺繍やアクセサリーなど細々したものが向いているようだ。


「そろそろ町に売りにいかないとな……」


 足元のバスケットに視線を移す。

 中には刺繍が施されたハンカチやブローチなどが積まれている。どれもが光の粒をとばして、まるでバスケットの形をしたランタンのよう。

 ちょうどお日様もてっぺんで、外を歩くにも良い天気である。


 行くかぁ。

 グンと伸びをして外出の支度をした。


 ワンピースについた糸くずをはらって、歩きやすい革靴に履き替えて。日差しよけにボンネットを被っていこうか。お金を入れるためのポシェットをななめにかけて、バスケットを忘れずに持つ。

 小屋を出る前にぐるりと見回して忘れ物がないか、戸締りはきちんとしているか確認する。


「行ってきまぁす」


 当たり前だけど、返事は返ってこない。


 

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