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ガラパゴス・ガーディアンズ こちら航空宇宙消防本部第十七小隊  作者: 霧山純
第十六話「アレクサンダー静岡に現わる」
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アレクサンダー静岡に現わる・3b

「華君、そろそろ清水ジャンクションだけど、どっちへ行くの?」

 健太郎が後ろへ声を掛けた。ベッドから起きた華は、運転席の斜め後ろの座席へ移動した。さっき沼津を過ぎたあたりですっきり目が覚めたので、華は懐かしい海と富士山を交互に眺めていたところだった。


「右に曲がって清水いはらインターチェンジへ向かってください」

「実家のほうとは逆だね?」

「うちの家族もおじいちゃんの家に向かうそうです。実家は市街地だから飛行機は降りられないと思うので。それに、降りられたとしても、たぶん、大騒ぎだし」

「そりゃそうだ」

 助手席では愛梨紗がいつの間にかくーくー寝息を立てて眠っている。かわいそうなので、華はちょっかいを出さずにおいた。


 高速道路を下りると、六人が乗るキャンピングカーは海を後ろに見ながら山の中へと入っていった。三方から山が迫ってきて、さっきまで見えていた富士山が隠れてしまった。そこからはいつもの自転車コースだ。華は勝手知ったる道を健太郎に指示するだけでいい。


 空全体を木が覆ってしまう森のトンネルをひたすら走り続け、やがてそこを抜けると、三百六十度がすべて山で囲われた、興津川(おきつがわ)の流れる渓谷に出た。川に沿った道を北へ向かって走ると、左右から迫りくる山々に挟まれたわずかな土地に、まばらな民家と緑鮮やかな茶畑が交互に現れる。頭上には、道幅と同じくらいしかない狭い空が南北に長く伸びている。

 午前六時に差し掛かろうという早い時間ではあるが、道にも畑にも人影がまったくないのが、華には不思議だった。普段なら誰かが農作業のために出てきているはずなのだ。


 揺れる山道で起こされたのか、第十七小隊の面々も順にベッドから起きてきて、それぞれの座席に納まった。

 ユズが窓から外を見上げて言った。

「いつの間にかすごいところに来たね。森と山の圧迫感がとてつもないよ」

「こういうところにいかした温泉が湧くんだよ」

 と、しのぶはもうお湯に浸かる気満々でいる。


 バスルームで身支度を整えてきた龍之介は、自然な流れで華の隣りの席に座った。華はちょっとずれて、彼が座りやすいように場所を空けた。石鹸のいい匂いがする。龍之介がちゃんと無精髭も剃ってきているのを確認すると、華は「感心感心」とうなずいた。

 これから家族に挨拶するのに、だらしない格好で会わせるわけにはいかない。


 道が左へカーブして、平地が広くなっている一角に出た。少しだけ圧迫感がなくなって、気持ちが楽になる。右手を流れる興津川に小さな橋が架かっているのが見えた。

 華は、運転席の横に身を乗り出して言った。

「あの橋を渡った先がおじいちゃんの家です」

「あれを渡るの?」と健太郎。

「いいえ、そのまま道なりに進んでください。しばらく行くと小学校があって、飛行機が降りられるグラウンドがあるんです。そこで、町長さんたちが待っています」


 かつて墜落した人工衛星によって大きな破壊を受けた西里小学校は、世界中から集まった寄付金によって立派に建て直され、さらにはその地下に大規模な避難シェルターを備えるまでに至った。

 校門には、クリーム色の背広を着てカンカン帽を被った、お馴染みの森田町長が杖を突いて待っていた。その横には、ひょろひょろと背の高い立派な身なりのおじいさんも立っている。ちなみに、二十年ほど前に地方自治法が改正されて、地方の自治権が大きくなり、区の中でも主要な町には町長が置かれることになった。森田町長は西里の初代町長でありながらずっと現役を続けている。


 健太郎は、華に訊いた。

「小さいほうは町長さんだとして、あの蓮實(はすみ)重彦しげひこみたいなでっかい爺さんは誰だい?」

「たぶん、校長先生だと思います」と華は答えた。


 キャンピングカーは校門の手前で停車した。第十七小隊の面々は車から降りて、町長とおそらく校長先生であろう人物に丁重に挨拶を行なった。休暇中で非番とはいえ、一応こういうことはちゃんとするのが龍之介の主義だ。

「ガラパゴス日本区航空宇宙消防本部所属第十七小隊三国龍之介と、以下五名、これより残りの隊員四名と合流するべく、御当地に参上(つかまつ)りました」

 龍之介が敬礼したので、森田町長は帽子を取り、校長先生と一緒に敬礼を返した。

「ご苦労様です。ようこそいらっしゃいました。町民一同、みなさんのご到着を心待ちにしておりました」


 町長の言う通り、グラウンドにはすでに町中から大勢の人々(七割は年寄りだが)が集まって、世界的な大物の到着を準備万端で待ち構えていた。さっき途中の道でまったく人を見かけなかったのは、ここにみんな来ていたからなのだ。子供たちまでもがみんな動員されて、大きな横断幕を持ち上げている。飛行機から見下ろしてもはっきり読めるように大きく作られた横断幕には、「ようこそアレクサンダー・バラードご一行様」の文字が鮮やかな色彩で染め上げられている。よくぞこの短時間で用意できたものだ。きっとバラードが来ることによる経済的な恩恵を期待しての行動だろう。


「大変、申し上げにくいのですが……」

 龍之介は恐縮しきりで声をひそめて言った。「あの大きな横断幕は、飛行機のプロペラに巻き込まれる可能性があるので、出しておかないほうがよいかと思われます。それと、着陸時には大変大きな風が起こりますので、みなさんはなるべく遠くまで離れられたほうがよろしいかと存じます」

 お祭り気分に水を差された町長はショックを受けながらも、気丈に平静を装った。

「なるほど、そのように計らいましょう」


 町長がグラウンドに駆けていって大声で指示を出すと、群衆は校舎の中に引き上げていった。さすがの統率力だと龍之介は舌を巻いた。あの中に華の家族も混じっているはずだが、今はもう挨拶する時間はない。


 時刻はちょうど午前六時、優秀な宇宙消防士は時間を厳守する。菊池源吾、夏木コウジ、犬養守の三人はきちんと任務を果たした。

 南の山の向こうから、銀色に輝くロールスロイスのVTOL(ブイトール)が大きく翼を広げて現れた。巨大な四基のプロペラはグラウンドの砂を巻き上げ、ひどい砂嵐を発生させた。その嵐の規模は、空が砂で覆われて辺りが暗くなるほどだった。みんなを校舎に避難させたのは極めて正しい判断だった。


 プロペラの回る大きな音を立てて、VTOLは小学校のグラウンドに無事着陸した。

 砂が舞い降りてしまうのを待って、森田町長と校長先生を先頭に、お客を歓迎する人々が校舎からわらわらと走り出してきた。

 VTOLの側面のドアの下から、折り畳みのタラップが三段階に分けて伸びてきて、地面にしっかりと固定された。


 群衆が固唾を呑んで見守る中、ドアから最初に現れたのは、口髭を伸ばして黒い背広を着たペーター・ハイネマンだった。

 わーっと歓声が上がった。その歓声があまりに大きかったので、もしかしたらみんな、あの妙ちゃんのお義父さんのことをアレクサンダーだと勘違いしているのではないかと、華は思った。


 くたびれきった顔で階段を下りてくるペーターの後ろから、広い肩も露わな赤いドレスに着替えたヘレナ・ハイネマンが登場した。彼女は元気そうに、赤い手袋をはめた手を振って群衆に答えた。ここでもわーっと歓声が上がったので、さっきのは別に勘違いではなかったのかなと華は思い直した。


 次に出てきたのは妙子だった。彼女は清楚な水色のブラウスと青いパンツに着替えて、髪はポニーテールにまとめていたが、その控えめな様子がますますその美しさを際立てていた。ここでも、もちろんわーっと歓声が上がった。この田舎の人たちはとにかく盛り上がりたくてしょうがないんだな、と華はようやく納得した。


 ここで、いよいよ主役のアレクサンダー・バラードが姿を現した。すると、たちまち群衆は息を吞んで、声を出すことができなかった。まるで帝王の登場に畏怖した民衆が平身低頭するかのような有様だ。これには華もなんだか情けない気持ちになった。


 アレクサンダーは相変わらずひょろひょろで、だぶだぶのスーツを着込んでいたが、今回は白いシルクのようで、茶色い髪と青い瞳もすべてまとめて、朝日を浴びて神々しく輝いている。彼はゆっくりと片手をあげ、少し癖のある日本語で挨拶した。

「みなさん、ども、ありがとござます」

 ここでようやく、わーっと歓声が上がった。彼は秘書のマギーと一緒に階段を下りてきた。


 最後に現れたのは、今回最大の悲劇の主人公である、夫なのに求婚者に妻を奪われそうな哀れな男、オットー・ハイネマンだ。彼は父と同じ黒いスーツを着て、沈んだ顔のまま、無言で階段を下りてきた。彼の丸い眼鏡は汚れで曇っていた。ここでも、不釣り合いな歓声がわーっと上がった。


 森田町長と校長先生は、頬を赤らめてアレクサンダー・バラードと握手を交わした。

「ようこそ、いらっしゃいました」

 アレクサンダーが何を目的としてここにやって来たかということには誰一人関心がないようだった。この町の人々は、とにかく彼がこの地に幸運と利益をもたらしてくれるはずだと心から期待しているのだ。

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