アレクサンダー静岡に現わる・2a
千堂家の居間に集まった人々はテレビに注目した。空撮で映し出されたドイツ区人工島の街並みは、どこか古風で十九世紀の後半を思わせる。鮮やかな褐色で急勾配になった切妻屋根が連なり、そこここから教会の尖塔が伸び、その合間をモダンな高層ビルが埋めている。妙子とオットーが住むアパートは、中心街にそびえ立つビル群の外れにあった。ドイツ区人工島の中でも、その中心街の一帯だけが、褐色の平原の中に突如として現れたセコイアの森のように天に向かって突き出している。妙子たちが住む五階建てのアパートは、その森の外側にへばりつく灌木のようだった。
その灌木の周囲の道を、マスコミや野次馬が埋め尽くし、警察や消防の車両がそれらを分断して、なんとか混乱を治めていた。夜明けの太陽が、その群衆をほとんど真横から照らしている。
妙子たちの住むレンガ造りのアパートは、高層ビルから見下ろされ、飛び回るドローンからも映されて、どこにも隠れ場所がない状態だ。屋根の上には一応、屋上のような小さなスペースがあり、そこは通常は物干し場として利用されている。物干し場以外は急勾配な切妻屋根なので、飛行機が降りられるような場所ではない。
今のところ、屋根の上で動きは見られない。
「お前たち、腹は減ってないか?」
突然、しのぶの父・正人が、その宇津井健のような甘さと渋みの効いた顔でみんなを振り返った。「外で肉が焼けてるぞ。炭もまだ火がついたままになってるしな」
滑走路の端に立てたバーベキューの網の上に、串に刺した肉と野菜が置きっぱなしになっていることを、父・正人は急に思い出したのだった。
テレビに釘付けになっているみんなは、腹は減っているけど、テレビは見たいし、どうしようかなと迷っている様子だ。
しかし、愛梨紗だけはそそくさと立ち上がった。
「しょんなかねえ、私が火の見張りばしとーけん、みんなはここでテレビば見とりー」
愛梨紗があっという間に外に駆け出していったので、しのぶは慌てて叫んだ。
「愛梨紗に任せたら全部食われちゃうよ。テレビ持ってみんなで行こうよ」
「そのほうがいいと思う」と、華とユズも同時に言った。
そこで男衆二人がテレビを抱え、他のみんなはアンテナケーブルや電源コードなどを引っ張り出して、総出で外へ向かったのだった。
「なんね、みんなで来たと?」と愛梨紗はきょとんとしている。
ガラパゴスは朝を迎えたが、日本ではまだ夜だ。滑走路は照明で明るく照らされていて、はるか遠くまで見通せる。その端に組まれたバーベキューセットの周りで、肉を食いながらテレビを観る態勢が整った。宴会気分を盛り上げるために、ノンアルコールのビール飲料もしこたま用意してある。
「なかなか風情があって良いじゃねえか」
父・正人はさっそくコップに注いだビール飲料を飲みながらご満悦だ。
バーベキューの煙が滑走路に立ち昇り、みんなはワイワイと飲み食いを始めた。
そこでようやく、妙子のアパートに動きがあった。
テレビ画面の端から端まで入りきれないほど大きな翼に、四基のプロペラエンジンを載せた垂直離着陸機が画面に映し出された。銀色に輝く巨大な機体は、朝日をぎらぎらと照り返し、王者のような風格を群衆の前に披露している。そのプロペラの起こす風があまりに強いので、空撮のドローンがそばに近寄れない。
「やっと到着したか」
龍之介は木箱の上のテレビにぐっと顔を寄せた。「千堂、こいつはなんていう船だ?」
「ロールスロイスの新型VTOLだと思う。詳しくは知らないけど」
「なんでおやっさんはこんなの持ってるんだ?」と、健太郎は驚嘆の表情を浮かべている。
しのぶは片手にビール飲料を持ち、得意顔で言った。
「知らないの? おやっさんは世界に名だたる伝説の整備士なんだよ。いろんなところから船が集まってくるんだ」
「俺ほどではねえがな」と、父・正人は苦々しい顔で言った。
ロールスロイスの機体の窓に果敢に近づいた一機のドローンが、中にいる男たちを映像に捉えた。ちゃんと龍之介が事前に指示した通り、素顔が見られないように真っ黒な目出し帽を被り、黒いジャケットを羽織っている。体格のいい宇宙消防士たちがそんな格好をすると、まるで要人を救出に来た特殊部隊のようだ。源吾が操縦桿を握り、コウジと守がハッチを開けて待機している。
健太郎が羨ましそうにつぶやいた。
「いいなあ、映画みたいじゃん」
一方、龍之介はネビュラで妙子と連絡を取り合った。
「準備が出来たら屋上に出るんだ」
「了解」と妙子。
空撮のドローンがうようよと集まってきた。ロールスロイスの風に蹴散らされ、画面がひどくぶれながらも、アパートの屋上の様子を全世界に報じるべく、なんとかがんばっている。
屋上の階段から、黒いパーティースーツを着たオットーとペーターが現れた。その後ろには、女神の姿のままの妙子とヘレナがいる。さらにその後から、昨夜の舞台に立っていたときと同じだぶだぶのスーツを着たアレクサンダー・バラードと、その秘書のマギーがついて来た。六人が狭い物干し場に立つと、もうそれだけでいっぱいだ。みんなの髪と服がプロペラの風で激しくなびいている。
ドローンのカメラは、数時間ぶりに動いている妙子とアレクサンダーをめいっぱいズームアップして、その映像を世界に向けて送り出した。
コウジと守を吊り下げたロープが、するすると屋上に向かって降りていく。
二人が屋上に降り立つと、みんなに救助のためのハーネスを着け始めた。妙子もそれを手伝って、手際よく作業を進めていく。
まずヘレナが吊り上げられ、次にペーター、それからアレクサンダーが上がる予定だったが、まず先に妙子を乗せてからじゃないと乗らないと言い出したので、彼は妙子とオットーに挟まれる順番で上がることになった。こんな攻防も世界に向けて報じられた。
最後にコウジと守が吊り上げられると、ロールスロイス製新型VTOLは一気に高度を上げ、マスコミを振り切るようにエンジンを全開にした。
テレビ画面には、豆粒のような赤い炎が映り、つづいてスタジオにいる解説のアンカーの顔に切り替わった。
「さあ、これで集中して食えるぞ」
龍之介は肩の荷が下りた様子で、みんなにそう呼び掛けた。串に刺した肉の汁が炭の上で煙を上げている。




