アレクサンダー静岡に現わる・1b
「妙ちゃんたちは、今どこにいるの?」
華がそう訊くと、居間の天井近くにスクリーンが浮かび上がった。そこにはまだ女神の格好のままで、頭にはティアラを乗せている妙子が、疲れ切った様子で映し出された。それでもメイクはばっちり決まっていて、相変わらず美しい。
「ほええ」と愛梨紗が感嘆の声を漏らす。
妙子は答えた。
「ドイツ区の、私たちのアパートにいるの。他の住人の人たちが、しばらくは我慢してくれてたんだけど、もう夜が明けたし、そろそろみなさん、仕事とか学校に行かなきゃいけないから、周りにいる大勢のマスコミや野次馬をどうにかしてくれないかって……」
「外には出られない状況か?」と龍之介。
「とにかく街中が人で埋め尽くされているんです。外に出ると誰でも構わずカメラに撮られて世界中に報道されちゃうような状況で……」
「そりゃあ、出られんな」と、しのぶの父・正人はつぶやいた。
「あのきれいなお姉ちゃんは?」とユズは訊いた。
妙子はちらりと横を見て、何かを確かめてから正面に向き直った。
「さっちゃんのこと? あの人なら、もう仕事に出ていっちゃったみたい」
「妙ちゃんと同じ顔した双子のお姉さんが外に出ていったりなんかしたら、大騒ぎになるんじゃないの?」と、華がもっともな質問をした。
妙子は答える。
「大丈夫、さっちゃん、東北のおみやげのナマハゲのお面とコスチュームを着て出ていったみたいだから、怖がって誰も近づかないと思う」
「さすがだ……」と、みんなはざわめいた。
華は訊いた。
「そこまでして、お姉ちゃんはなんで出ていったの?」
「さっちゃん、自称エリート官僚だから、宇宙開発省のお仕事は絶対休むわけにはいかないって、無理やり出ていっちゃったの。まだインターンなんだけど」妙子は苦笑した。
龍之介が訊いた。
「天野、そこには今、君の他に誰がいるんだ?」
妙子は、「オットー、くるっと回ってみて」と小さく言ってから、カメラ役のオットーの動きに合わせてみんなの紹介を始めた。全体が白で統一されてすっきりとしたリビングには、大きな明るい窓があり、空間いっぱいにソファーやテーブルや観葉植物などがゆったりと配置されている。おのおのがくつろいだ姿勢でソファーに座っていて、画面に映ると愛想よく微笑みを返した。
「まずは夫のオットー・ハイネマン」
妙子がそう言うと、スクリーンに彼の手だけが映り、こちらに向けて挨拶するようにひらひらと振ってきた。「それから、お義母さんのヘレナ。まだパーティのときの格好のままだけど元気そうでしょ。隣りがお義父さんのペーター。かわいそうにぐったりしちゃってる。そして、そのお隣りがアレクサンダー・バラードさんと秘書のマギーさん」
「そこにいるのかよ」と、華たち全員が声をそろえた。
妙子は心底申し訳なさそうな顔をして、カメラの前に戻ってきた。
「そうなの、アレクサンダーさんがいらっしゃるの」
龍之介は言った。
「ちゃんと彼には説明したのか? 私はもう結婚していて夫がいるし、その両親も目の前にいらっしゃるし、どう考えてもあなたのご希望には沿えませんと」
「はい、何度もそう言ったんですけど、彼の意志は固くて、私が彼の申し出を受け入れるまでは絶対にここから離れないと言って聞かないんです」
カメラがアレクサンダーの顔を映すと、彼はそのあどけない顔で青い目をこちらに向け、がっちりと腕組みをして、大きなうなずきを返してきた。わがままな子供が言うことを聞かないときのあの顔だ。横に座る秘書のマギーは、叱るでも苦笑するでもなく、ただ無表情のままで両手を膝にのせている。
「あのきれいな幸子お姉さんじゃダメなの?」と、ユズはもっともな質問をした。
妙子は首を大きく横に振った。
「何時間か一緒にいただけなんだけど、アレクサンダーさんはさっちゃんじゃ絶対嫌なんだって、あんな女と結婚するくらいなら死んだほうがマシなんだって」
「おお……」と、華たちは絶句した。そこにいる全員が、わずか数時間を共に過ごしただけでアレクサンダーにそこまでのことを言わせてしまう天野幸子という女のポテンシャルに恐れをなした。
「龍之介、ちょっと……」
と、健太郎が声をかけた。龍之介が振り返り、男二人は小声で何かの相談を始めた。みんなはそれを期待を込めた目で見つめた。
話し合いはすぐに終わり、健太郎が顔を上げた。
「しのぶ君、ちょっと相談なんだが」
「なに?」と、しのぶ。
「アメリカ区に、すぐ飛ばせる船はあるかい? 君がお世話になっていた、あのモーガン・フリーマンにそっくりなおやっさんに訊いてみてくれないか」
「おやっさん、もう起きてるかな……、年寄りだから、もう起きてるよね。訊いてみるよ、たぶん何かあると思うよ」
そこにユズが口を挟む。
「しのぶさんが前に作った魔法の絨毯でいいじゃん」
しのぶは恥ずかしそうに顔を赤くした。
「あんなので太平洋を越えられるわけないだろ」
しのぶはネビュラで通信を始めた。「あ、おやっさん? 起きてた? 私だけど……」
その横では、龍之介が第十七小隊の残りのメンバーに連絡を取っていた。
「寝ているところ悪いんだけど、今から招集をかけたいんだ……」
そうして話はまとまった。
龍之介はスクリーンの前に立ち、妙子たちハイネマン一家と、そこに居座るアレクサンダー・バラードに向けて、みんなを代表して決定事項を告げた。
「これから数分後に、ガラパゴス日本区航空宇宙消防本部に所属する三人の宇宙消防士があなたたちの元へうかがいます。菊池源吾、夏木コウジ、犬養守の三人です。彼らが近くまで来たら連絡しますので、あなた方はすみやかにアパートの屋上に上がってください。そこでみなさんを船に乗せます。そして、しばらくの間、隠れていられる安全な場所にあなたたちをお連れします。場所は……」
龍之介はそこで、急に迷ったように下を向き、華と目を合わせた。「本当にいいのかい?」
「うん」と、華がうなずいたので、龍之介はスクリーンに向き直った。
「目指す場所は、日本の静岡県の、ここにいる桃井華の実家です。アレクサンダーさん、これでご納得いただけますか?」
「オーケー」
アレクサンダーは満足したように親指を立ててみせた。




