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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第十六話「アレクサンダー静岡に現わる」
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アレクサンダー静岡に現わる・1a

 ガラパゴスで天野(あまの)妙子たえこがアレクサンダー・バラードから求婚される騒ぎが巻き起こっていたちょうどその頃、日本の横浜では若い男女の集団が滑走路でのバーベキューに興じていた。


 雲一つない星空に、肉を焼く煙が立ち昇っていく。夜の虫の声が草むらから湧き上がる。辺り一面の田んぼでは蛙が鳴いている。

 千堂(せんどう)しのぶは一人、集団から離れてコンテナ用の木箱に腰かけ、頭の中で文章をこしらえていた。女子寮の寮長・花園(はなぞの)早苗さなえに向けて、自分の失恋が巻き起こした一連のごたごたをお詫びする反省文を書いているのだ。


「なんだかんだありましたが、あなたのおかげでいろいろ解決できました、っと……」

 最後に「ありがとう」を添えたところで文章は完成し、一通り目を通して問題なかったので封を閉じて送信した。ひと仕事終えたしのぶは、うんと両手を上げて伸びをした。黒いタンクトップの胸をめいっぱい反らして、コンテナから転げ落ちそうになるくらい身体を伸ばした。肩と背中がしこたま凝っていた。


「終わったみたいだな」

 遠くから娘の様子を見ていた父の千堂(せんどう)正人まさとが、バーベキューの焼き網から顔を上げた。

 網の上には肉の塊と野菜を一緒に刺した豪華な串が並べられている。そこから汁が火の上に垂れて、香ばしい煙が噴き上げ、周りで指を咥えて待っている女の子たちの顔に容赦なく襲いかかっている。桃井(ももい)はな佐藤(さとう)愛梨紗ありさ夏木(なつき)ユズは腹をぐうぐる鳴らしていた。


「もう、待ちきれないよ」とユズ。

「ユズ、私が良し、て言うまで、手ば出したらいかんよ」と、愛梨紗は厳しく見張っている。

 それを横で見ていた華は思った。自分とユズはさっきまで戦闘機で戦っていた愛梨紗のために三十個くらいのおにぎりを握り、お菓子や果物まで用意して食べさせたというのに、当の愛梨紗はすでに空腹でたまらないという顔をしている。彼女の胃袋はどうなっているのか。それを華が指摘すると、愛梨紗は頬を赤らめてそっぽを向いた。

「それとこれとは別っちゃなかね。あんまり細かかことは言わんとーて」


 男衆の二人、三国(みくに)龍之介りゅうのすけ山田(やまだ)健太郎けんたろうの二人は、千堂家の台所で大量の肉と野菜を切って、串に刺すという大変な作業をやらされていた。

「桃井、出来た分だけ取りに来てくれ」

 龍之介からネビュラで呼び出しを受けた華は、「はーい」と答え、ニヤニヤを隠せないでそそくさと家に向かって走っていった。

「いいよな、新婚さんは」とユズはぼやく。「ここはあえて華一人で行かせるのが思いやりだよね? 愛梨紗」

「わかっとーやなかね」と愛梨紗。


 父・正人は、コンテナの上でたそがれている娘に向かって手を振った。

「おーい、しのぶ、さっさとこっち来て肉を食え」

「しのぶさん、食べごろのやつがあるよ」とユズも手を振る。

 しのぶは手を振り返してコンテナから飛び降りると、こっちへ向けて歩き出した。


 そのとき、しのぶ、ユズ、愛梨紗、そして家に向かって駆け出していた華のネビュラに、大音量の音楽が流れた。音は大きいが優しいメロディのそれは、カーメン・キャバレロばりに派手にアレンジされたショパンの「夜想曲(ノクターン)第二番」だった。呼び出し音の音量とアレンジの違いは、緊急性の違いを表している。


「妙ちゃんからだ」

 台所まで辿り着いていた華は立ち止まり、龍之介たちの前でそう叫んだ。「緊急連絡?」

 華は、龍之介と健太郎ともネビュラを共有した。

 妙子はすごく申し訳なさそうに、どうしたらみんなを納得させられるだろうかと必死で考えている様子で、ひとつひとつの言葉を発した。

「ごめん、みんな、今とっても困っていて、どうにかして助けてもらえないかと思ってるの」

「どうしたの? 妙ちゃん」と華。

「外にマスコミがいっぱいで……、他にも監視の人たちがたくさんいて……、警察も、消防も、いっぱい……、ニュースを見てくれたらわかると思うんだけど……」


 そのとき、外に出ていたみんなも家の中に入ってきた。しのぶは居間に置いてある古ぼけたテレビのスイッチをひねった。おのおのがネビュラでニュースを検索するよりも、共通するメディアで確認したほうが混乱しなくて済むと思ったからだ。


 居間に押し掛けた全員が、そのニュースを見た。大型客船テティス号の夜の空撮映像が映し出され、そこで巻き起こった、アレクサンダー・バラードによる、ある日本人の人妻への求婚騒動が世界に向けて報じられていた。女神の格好をした、青いキトンドレスの妙子が名前付きで大写しになっている。

「妙子さんがニュースになっちゃってるよ」

 さすがのユズでも己の目を疑った。

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