黄金の林檎・4a
大型客船テティス号の甲板には、世界中から様々な人々が集まっていた。
「アンカー」と呼ばれる、個人で活動し、取材した情報を徹底的に精査して自らの意見を加えて報道する人たちや、それらを取りまとめる新聞社(ネビュラでいくらでも情報が手に入る時代でありながら、驚くことにこの業態は今もなお生き残っている。大衆は情報が多すぎるとき、その水先案内人を必要とするのだ)、広告業界、新商品によって新たな利益を得ようとするあらゆる企業、そして、この新しい技術に賛同する、あるいは反対し懸念しどうにかして排除の道を模索しようとしている科学者たち、それに加えて、ただただお祭り騒ぎに参加しようと集まってきた老若男女によって、この船上のパーティ会場は埋め尽くされていた。
そんな人々の中にあって、どうにかして自分の顔を売り、人脈を広げようと企む一人の女と、それに振り回される家族の追いかけっこが、ここでもまた続いていた。
「全然、反省してないよね、さっちゃん」
「むしろ私は問いたい。なぜあなたたちはこのような場に臨んでいながら、そのように落ち着いていられるのかと」
妹に片腕を後ろ手にねじり上げられている天野幸子は、痛みに顔を歪ませながら言葉を絞り出した。
オットーがその問いに答える。
「いろんな利害を持った人がいるし、守るべきものがある人もいるんだ。幸子、君の目にはみんなが楽しんでいるだけに見えるかもしれないが、その実、その腹にはいろんなものを抱えているのさ。ここにはパーティ主催者と志を同じくする者もいれば、それに反対する者たちもいる。もしかしたら、ここにいるみんなを道連れにしようと狙っているテロリストが紛れ込んでいるかもしれない。そうでなくても、あんまり君が目立つようなことをやっていると、君のことを利用して、何らかの利益を得ようとする不届き者が現れるかもしれない。このパーティに参加している人たちは、いろんな思惑を、笑顔や優雅な立ち振る舞いという仮面の下に隠しているんだ。それをむやみに刺激するもんじゃないんだよ。それに、僕らは君や、大切な妻を守る義務があるからね。どうかおとなしくしていてはくれないかね」
そこまで言葉を尽くして説得されると、さすがの幸子も受け入れざるを得ない。とりあえずこの場は静かにしていることを宣誓し、ようやく彼女は解放された。
「あっちに飲み物や食べ物があるよ」
小皿にソーセージやピザなどを山盛りにしたヘレナが、人々が群がる豪華なビュッフェを指さした。「あんたたちも何か食べな」
「さっちゃん、行こう」
妙子は姉の手を引いて、ビュッフェに向かった。
義父のペーターは、アルコールを含まないビール飲料を飲みながら、どこかの国の学者とひそひそ語り合っている。オットーもそのそばで耳を傾けつつ、妻たちの様子を遠くから見守っている。
姉妹は甲板の手すりのそばに椅子を見つけて、そこに腰かけた。幸子はどこか納得いかない顔で、ステーキなどをもさもさと口に運んでいる。その横では、妙子が日本にいる同僚たちの現況を知るためにネビュラで通信を始めていた。
「どう? しのぶさんの様子は」
なにやら真剣な顔で話をしている妹の様子を、幸子は何げなく眺めていた。
会話が進み、妙子が「あら」と言った後、、その両目がみるみる潤み、涙をこぼし始めたのを見て、姉はうろたえた。心配そうに見ている姉に、妙子は微笑みを返した。
「ああ、ごめんなさい。安心したもんだから、胸がいっぱいになっちゃって」
妙子は涙声で言った。幸子に背中をさすられると、妙子は嬉しそうに身体を寄せた。
ネビュラでの会話はそこで、姉の話題になった。そういえば今まで、妙子は双子の姉がいることを仲間たちに話していなかった。別に隠していたわけではないので、ちょうどいい機会だと妙子は思った。
「チームの子たちが、さっちゃんを見たいって」
「合点承知の助三郎でゴンス」
そんなことならお安い御用とばかりに、幸子は二つ返事して、向こうでこっちを見ているオットーを手招いた。
「あんたはカメラの役やって」と幸子。
オットーを前に立たせて、妙子と幸子は女神のような優雅なポーズをとってみせた。「どっちが妙子で、どっちが幸子でしょう?」などというやり取りをしているうちに、パーティ会場の舞台に司会者が現れ、人々のざわめきが静かになり始めた。
「妙子、そろそろ始まるよ」オットーは小声で言った。
「うん、がんばってね」と二人で声を揃えたところで通信が終わった。なんだか緊張感のある静けさが会場を包み始めたので、ハイネマン家の人々はお互い身を寄せ合って、それぞれの手をつかんでいた。妙子は夫の手を、夫は幸子の手を、幸子はヘレナの手を、ヘレナは義父の手を、義父はもう片方の手でビール飲料を持って、舞台に注目した。
「紳士淑女、世界の同胞の皆さん――」
司会者がマイクに向かって声を張り上げた。いよいよセレモニーが始まる。




